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 昨日の中日新聞に「きけ わだつみのこえ」に関連しての記事が大きく記載されていた。

「きけ わだつみのこえ」は 日本人ならだれでも知っている。

 戦時中 戦没学徒たちが書き残した日記や書簡や遺書などが収められた本だ。

 学生だったとき この本を読んだ。
 すごい衝撃だった。涙が止まらなかった。

 当時の私と年齢もそんなに違わない優秀な若者たちが
「お国のため」の大義名分のもと 死んでいった。

 ある者は真にお国を思い ある者は家族のために ある者は恋人に宛てて                    切々と 偽りのない心のうちを文字にしていた。

 戦争という不合理なもののために 数多の優秀な若い命が失われた。

 衝撃が憤りに変わり その憤りの矛先をどこへ向けたらいいのか
 学生だった私は 友と深夜まで熱く語り合った。


 
 それなのに 日和見な私は いつか そんなことも忘れ 今を生きている。


 そういえば 夏休みに帰省して この本を実家に置いていたら
当時高校生で 少しグレていた弟が読んだらしい。

 読後の彼の行動が ちょっとおとなしくなったと 亡母が言っていた。
 弟には 平和と反戦 自分の生き方を考えるいい機会になったらしい。

 なんとなくきな臭さを感じる昨今 もう一度日本人みんなが
この「きけわだつみのこえ」を読んでみるのはどうだろうか。
 日本のこれからを考える一助にするために。

 思いがけなくも 様々に思われる昨日の新聞記事だった。
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 今日は朝からずっと雨ふり。

 夫は手持無沙汰ですることもなく 珍しくテレビのお守りだった。
夫のこんな様子を見るのは やはり彼も歳をとったということか。
コマネズミのように 常に動いて何かしていないと生きている気がしない夫なのだ。

 私はというと 雨で何もできない(晴れていても何もできない)のをこれ幸いと
読書三昧で 満足満足の一日だった。

 数日後には東京から娘たちが来て 長男の家族や次男も帰宅し
また何日間か賑やかになる予定だ。

 今日はその前の 夫婦だけの静かな一日。英気を養う一日。一時の静けさだったか。

 とはいえ 私には宿題が。忘れているわけではないのだが・・・・。

 中二の孫が三歳の折 可愛い和布でお手玉を縫い これも和布で縫った袋に入れてあげた。
 そのお手玉が 十年も経って縫い目の綻びや布の擦れが目立ってきたから 
繕ってほしいと 最前置いていったのだ。

 新しい布も準備して 新しく作るようには用意してあるのだが・・・

 なにせ 本を読むのにかかりっきりで 時間が・・・。ダメなダメなわたしぃ~~。

 こんな言い訳が 孫に通用するわけもなく 
 明日にでも取り掛からねばねぇ。

 江戸時代を描いた小説を読んでいると
庶民の 特に男性の伝法な口調の会話がよく出てくる。

 粗っぽい喧嘩口調の いわゆる〈べらんめェ口調〉がそれだ。
何冊も読んでいると それが小気味よく感じられてくるから不思議だ。

 今はもう 東京にもこんな口調の人はいなくなっているだろう。
 そう 思っていたら どっこい!!
今でも こんな口調でしゃべる男性がいた!!

 東京の娘が暮らす近くに 長い歴史を持つ八幡社がある。

 ここはマンションから近いこともあって 孫が歩き始める前からの散歩先だ。

 この八幡宮にいつ行っても 清掃している法被を着たおじいさんがいる。
毎日のように散歩に行っているうちに この人と自然に顔馴染みになる。

顔を見知ってくるうちに「おはようございます」から始まって言葉を交わすようになった。
毎日通う娘はもちろん たまに孫を連れて行く私にも 声をかけてくださる。

 このおじいさんの言葉が 〈べらんめェ!!〉

「オッ今日も来たねッ」「変わりねェかい」「気イつけて帰んなよッ」
「あっしはねェ・・・」「・・・した方がいいですぜェ」
というような具合の 言葉だ。

 庭師の棟梁らしく お宮に行事のある時など 何人もの人に指図している。
 その口調が 実に小気味いい。

 会う場所が神社ということもあって まるで江戸時代へタイムスリップしたよう。

 娘の所へ行き 孫の顔を見て一緒に遊んだりするのも楽しいが
八幡社へ孫と行って このおじいさんに会うのも もう一つの楽しみだ。


 

 最近 お気に入りの作家が もう一人できた。「佐伯泰英」。

 彼の作品はとても多い。いくつもの作品があり
しかも一つの作品が シリーズで何冊もある。

 その中で私のお気に入りは 「鎌倉河岸捕り物控え」。

 宇江佐真理の小説とはまた違った切り口で紡ぎだされる物語は 実に面白い。
このシリーズはすでに二十四冊。
 

 図書館で手にした一冊の文庫が「鎌倉河岸・・・」との出会いだった。
シリーズの途中の一冊だったが グイグイ物語の中へ引き込まれていった。

それからというもの 図書館でこのシリーズのまだ読んでいない本を見つけると
必ず 借りている。

 ところが 読む速度が図書館通いの回数に追いつかない。
 読みたい気持ちを抑えられなくて ついつい 本屋へ足が向き
同じシリーズの中の まだ読んでいない巻を 何冊か買ってしまう。


 先日も 駅で待ち合わせていた親友がなかなか来ない。
 自然に 書店へ足が向き 一冊を購入。

 一度読みかけると止まらない。物語の次の展開が気になって仕方がない。
 一緒に泊まった部屋で 早くから寝てしまった友の隣で 深夜まで読みふけった。
途中で目覚め手洗いへ起きた友に 呆れられた。

「本の中毒やねえ」彼女はそれだけ言うと また寝てしまった。

 腰が痛かろうと足が動かなろうと 這っても引きずってでも 図書館へ 本屋へ。

 自分でも おかしいんじゃないの?と呆れるが どうしても止められない。

 一番迷惑をこうむっているのは夫だろう。

 ごめんなさいね。こんな私を許してね。
 

 あった!あった!ありましたよ!!夫の携帯。

 家の中ばかり探していたら
 「外の花鉢に水遣りしたから 外で落としたかも」と 再び夫から。

 あらら・・まさか。外までは想いが至らなかったわ。

 さっそく 玄関戸を開けて・・・ 首を右へ左へ・・・

 なに?あれ??

 なんでこんなとこに??

 なんと 夫の携帯は車庫のど真ん中に ポチッと小さく 頼りなげに横たわっていた。

 見つかってよかったわ~~。

 それにしても なんで車の下敷きになる位置に落ちてたの?

 見つかってよかったけど 夫が帰宅するまでは この「不思議」は解決しないわね~。
 
 

 今朝 仕事に出ていった夫が                                         「携帯を家に忘れてきたみたいだから 探しておいてくれ」
と どなたか近くにいらしたのだろう 紋切型の口調で 固定電話で連絡してきた。


 最近 彼の物忘れが 目立ってきたように思われる。

 どうでもいいことなら 笑って済ませられるが
先日等は 自分で言い出して予約したコンサートの日時が
どうしても抜けられない重要な会議と重なっていた。

 それで仕方なく 彼はコンサートに行くのをあきらめた。

 この歳になると お互い 物忘れが 度々起きる。
だから ノートやカレンダーや携帯に いつ何があるか いつ何をしなければいけないか
二重三重にメモしたり その日にマーキングしたりして 注意しているはずなのに
たまに どうしようもないことが 起こってしまう。


 携帯を探して 家中を ウロウロしてみたが 見つからない。
 もしかして 車の中?
 でも きっと「ない!」ときずいた時に いの一番に探しただろうなあ・・・。

 
 物の在り処を忘れて探す・・・?
 
 あれ?? 私も一つ 大切な大切な「物忘れ」があったわねえ・・・
 どうして出てこないのかしら・・・どこへかた付けちゃったのかしらねえ・・・。

 二十四日に改装オープンした駅の棟の部分へ 帰り路に行ってみた。

 今までこの駅では見たこともないたくさんの人の数で驚いた!

新装オープンしたこの部分には 駅を利用する若者とオジサンをメインに狙ったか
高校生が列を作って並んでいるお店や 可愛い小物がきれいに並ぶお店が一階に
二階は 勤め帰りのサラリーマンやサラリーウーマンが立ち寄っていくようなお店
そして 三階は 今までより売り場面積が広がった書店 という構成。

 一階に新しく入ったスーパーは 値段は高めでも いい品物を扱うらしく
試しに買って帰ったお惣菜は とても味が良かった。

 なんでもそうだが 新しければ新しいほど 消費者の指向や好みに合ったものになる。
 改札を挟んだ 反対側の商業施設も それはそれでいいなと思っていたが
こうして片側が新しくなってみると 人々の気持ちはどうしてもそちらへ向いてしまう。

 商売を生業にしている人たちにとっては大変だろうと思う。

 オープンしたばかりの昨日今日は きっとむこうは閑古鳥がないていることだろう。

 それにしても ちょっと 欲張りすぎて 腰の痛みが・・・。
 明日はまた一日中寝て過ごす羽目になりそうだ。

 これも予想のうち。仕方ないわね・・・。
 

 腰の痛みをだましだまし 何か月も前から楽しみにしていたことができた!!

 都合が悪くなった夫の代わりに親友を誘い 
昨日今日と 予定通りの楽しみを味わってきた。

 痛みを抱えていると いくら予定していたり予約していたりしても
それを実行できるかどうか 直前にならないとわからない。

 だから 予定通りに事が運ぶと そのこと自体が嬉しい。

 昨夜は彼女と一緒に 安いホテルで泊まった。
 最近は 安い宿といっても設備はいいし 大浴場まである。
痛みには これがとてもありがたかった。

 朝食もバイキングだが 品数も多くて
「これで十分ね」と彼女も言っていた。

 たくさんの薬と杖に頼り エスカレーターやエレベーターを探しての行動だが
久しぶりに 楽しい二日間だった。

 昨日一日横になって休んでいたから
今日は 朝から起きだせた。
とはいえ 起床と同時に入浴。ぬるめのお湯にしばらく浸かっていると
あちこちの痛みが 少しずつ和らいでいくような気がしてくる。

 この分なら 遅くからでも書道教室へ行けそう。
 時間の半分くらいしか練習できないが 行けないよりずっとまし。

 行きはタクシー 帰りはバス。バス停からは休み休みゆっくり歩いて帰宅。

 辺りは春真っ盛り。空も真っ青。

 歩けるって嬉しい。
 歩けるって楽しい。
 歩けるってありがたい。

 山影に 姫シャガが咲いている。
 高速道路建設のために 立ち退いた家屋の庭にあったのが
家が壊されて 目につくようになったのだろう。


 植物ってたくましい。

 人に忘れられても 季節が廻れば 必ず咲く。

 

 教えられることはたくさんある。

 

 今日は 朝から腰の痛みが酷い。

 最近は なんとか動けるくらいには 痛みが落ち着いていたのだが
今朝起きた時から 激しい痛みを感じて 一日それが続いた。

 何故か 思い起こしてみると
ここ何日か 日をおいて たけのこを湯がいた。昨日も湯がいた。

たけのこを湯がくのには 大きな鍋にたくさんの水を入れなければならない。

この 鍋に水を入れて火にかける行為が 私の腰には かなりキツイのだ。
自分でも こんなことくらいでと情けないが 仕方がない。

 これ以上無理をしたら 文字通り動けなくなってしまうギリギリの状態。

 結局 今日一日 ほとんどベッドで横になって過ごしてしまった。

 明日は 書道の日。
 
 行けるかなあ~?

 今月初めから消費税が上がった。

 たった三パーセント上がっただけなのに
スーパーで買い物を済ませてレジに立つと
合計金額が 上がった分以上に 多くなっているような気がする。

 この機会に便乗値上げなどされていないか とさえ勘ぐってしまう。
 
 日々の食品や生活用品を買うのでさえ 高く感じてしまうのだから
高額な 電化製品などを買ったら もっと値上がりを実感するだろう。
 
 年金は 年々静かに目減りしていくし 物の値段は上がるしでは
一生懸命働いて 社会を支えてきたのに・・・と愚痴も言いたくなってくる。


 このうえは 今まで以上に 身近かなことに ささやかな幸せを見つけて
チンマリと 静かにしているよりない。

 でもでも どうせ 外出もままならない体なのだから・・・
 いいかあ~ これまでとおんなじかあ~。

 今夜 滝川クリステルさんが 秋田県仙台市で
国際結婚したご夫婦を訪ねる内容の テレビ番組を視た。

 娘が国際結婚してから 同じように外国人と結婚している人たちの話を
テレビで放映されたり 本で書かれたりしていると 興味をひかれる。

 番組の最後のほうで ポーランド人のご主人が
「人間同士の信頼や信用は 国や言葉の違いを超えたところにある」
とおっしゃっていたのが とても印象的だった。

 娘婿の場合もそうだったが 国が違って言葉が通じなくても
接していると 自ずと お互いにその人となりが解かってくる。

 国際結婚ということで 心配なことは いろいろあっても 
お互いに信頼しあえれば それが幸せになる一番大切なことだと思っている。


 親は 子供の幸せだけを願って育てる。
 それは どんなに子供が大きくなっても変わらない。

 親よりはるかに前を生きる子供たちだが 

 それでもなお 親は 幸せであれ と子の将来の安寧を祈っている。

 昨今 江戸時代を扱った小説がブームだという。

 その風潮に乗ったわけではないが
 私も ここ数年来 江戸物の小説に どっぷりはまっている。

 書道教室の先輩に「これ面白いわよ」と紹介された小説が江戸物だった。

 以来 中毒のように 江戸物から 抜け出せないでいる。

 数えきれないほどの江戸物を読むと それぞれの作家の特徴などもわかり
 自ずと 好きな作家も決まってくる。


 私のお気に入りは 宇江佐真理。

 彼女の小説は たぶんすべて読んだと思う。

 その時代を生きる人々 特に庶民の生活の機微を描かせたら
 これほどうまい作家は いないのではないか。

 登場人物たちが 紙面の中で 生き生きと 心細やかに描かれる。
 しかも 文体が湿っぽくないしネットリともしていないし饒舌でもない。

 それでいて 登場人物は 優しく慈しみのある目で見守るように描かれている。
 だから 読み手も 自分が 同じ場所に生きているような気さえしてくる。

 そんなことが 無理なく自然にできてしまうのが
 宇江佐真理の小説だと思う。

 おそらくこれからも 宇江佐真理の小説には飽くことがないだろう。

 こんどは どんなものが出るのか。

 新しい小説が出版されるのが待ち遠しい。

 我が家のすぐそばに高速道路が通る。

 最初はもっと我が家寄りに計画されていた。
図面で測ってみたら 家からノリ面まで たったの六メートルしかなかった。

 近隣の人たちとルート変更の運動を続けた結果
ようやく 少しだけ 南へずれることになった。

 そして最近 ダンプ等の通る工事用道路の建設が進んでいる。

 庭から見える小山の上には 鉄塔が立っているが
それも動かさなくてはならない。ここ三日ほどは その準備のために
周辺の木々を伐採する作業も始まった。

 
 高速道路とともに アクセスする国道のバイパス道路や市道の拡張など
同時進行で進んでいる工事もある。

 ほどなく それらの工事も 我が家の近くまで迫ってくるだろう。

 ここを終の棲家に決めたのは 
すぐ前に小さな山があり 四季の移ろいや小鳥たちの声を楽しめるからだった。

 山裾の泉から流れて来る 水のきれいな用水には
ザリガニは勿論亀までいたし カジカも鳴いた。

 泉には タガメやたくさんの昆虫がいたし
 夏になると 鬼ヤンマが生まれてスイスイ飛び交い 家の中にまで入って来た。

 子供たちは 年中長靴をはき網を手にして 存分に自然と遊ぶことができた。 


 木々が倒される音を聞きながら 

 過ぎていった年月と 周りからなくなっていく自然を 惜しんでいる。

 今日 パソコンの勉強を終え 帰られる**さんを見送りに外へ出た時のこと。

 春の日の夕方がそこまで来ている時刻 まだ日中の温もりが辺りに漂っていた。

 思わずどちらからともなく                                         「桜が散った後 若葉になるまでの 短い間の季節がいいねえ」と
車の傍で 短い立ち話をした。

 山々の木々が芽吹くほんの少し前だけ 山は まるで思春期の乙女にように
恥ずかしげに ほんのり柔らかに淡く色着く。
 それが何とも言えず 可愛くて美しい。

 二人は 偶然にも 短いその時期が一年のうちで一番好きだとわかり 嬉しくなった。


 やっぱり 気の合う友だちって いい!!

 来週になったら そろそろ山は 今年もそんな時期になるだろう。

 その短い時が終わり 若葉になる頃 **さんの明るい声がまた聴ける。

 楽しみだ。

 

 今日は午後**さんから 久しぶりにパソコンのご指導をえた。                         錆のこびりついた頭には なかなかすんなりと覚えられなくて 情けなくなる。                  忙しいなか時間を作っていただいて 家まで来ていただくのに。

 それでも 遅々とした足取りではあるが こうしてブログなど
できるようになったから 今の段階でさえ 私としてはとても嬉しい。

 書くことは 幼いころから好きだから 今までは鉛筆と消しゴムを両手に持ち
辞書を前に置き 言葉や漢字を確認しながら 書いてきた。(私はいわゆるギッチョだ)

 それが パソコンで文章を書くことを覚えると
これがまあ なんと 簡単に言葉が連なることか!!

 漢字への変換や言葉の選び方 すべてパソコンがやってくれるから
こちらは ただただキーを打つだけ。

 一体どういう仕組みになっているのかは全く理解できないが
せっかく 教えていただくのだから この便利なものを
私なりに 使えるように頑張らなきゃ!!

 話は変わるが
 ラジオからテレビに テレビからパソコンへと 情報に関する電化製品の変遷は
世の中の目まぐるしい変化より もっとその変わりようは激しい。

 わが子たちは テレビで育ち 小学校のころにゲームが出てきた。
 今 孫たちは それが進化した中で育つ。

 二歳の孫でさえ 私の持っているガラケーの画像を
小さな指で 一生懸命に広げて見ようとする。

 スゴイ変わりようだなあ等と 悟ったようなことを言っている場合ではない。

 せめて 孫たちが大きくなった時に 彼らとパソコンで交流ができるように。

 足腰が今以上に悪くなって 外出が困難になった時に
一人でいても 暮らしが楽しくなるように。

 **さん これからも よろしくお願いしますね。

 
 

 一年に数回しか会わないが それでもお互いの中にはいつも存在している
 今日は そんな友人二人と久しぶりに会った。
 付き合いが始まって もう三十年以上だから 気の置けない仲間だ。

 若かった頃の話題は ほとんどが子供のことだった。
それが 齢とともに話題が変化して 今では 互いの連れ合いの体の具合だったり
お互いの健康状態のことだったり。

 そして今日メインの話題になったのは「お墓」
万が一の時 葬式をどうするか 遺骨をどうするか等等。

 私たちもとうとうこんな事を話すようになったのねエと言いながらも
話に花が咲いた。

 気がつけばかなりの時間が経っていた。

 コヒー一杯でこんなにねばる客は お店は迷惑だろうが
おばさんたちにとっては(いや おばあさんたちか) こんな場所がありがたい。

 数日ぶりに我が家へ帰った。
 今朝 カーテンを開けてみると 出かける時には つぼみだったり 
花芽すら見られなかった 庭先の草花や木が 可愛い花を咲かせている。

 コゴメ桜 花海棠 白花山吹 黄花山吹 など 卯の花もつぼみが膨らんでいる。
牡丹もいくつか咲き 芍薬の丸いつぼみも大きくなっている。

 下を見れば パンジーにマーガレットや花ニラ クリスマスローズなどがまだ花盛りだ。
スノードロップが可愛くうつむいてあちこちに咲いている。                           もうすぐオダマキやテッセンも咲くだろう。モッコウバラもつぼみが膨らんでいる。

 猫のひたいほどの小さな庭だが 草花の成長を 日々目にして花を愛で
季節を感じてそれを楽しむ。

 ささやかだが それができることがむしょうに嬉しい。

 暮らしのなかで 身近にあるほんの小さな事が 生きることに力を与えてくれる。

 昨夜は 明るい満月に火星が接近するという 珍しい現象が見られた。
クッキリとした白い月のすぐ近くで ポチッと赤く輝く火星が可愛いかった。

 これもささやかだが 日常に喜びを感じさせてくれることだった。
 

 娘の子はまだ二歳と何か月かだ。
 これぐらいの時期は 吸い取り紙のように なんでも吸収していく。

 孫も御多分に漏れず 語彙が日に日に増えて どこでそんな言葉を覚えたのかと
大人がビックリするような言葉を使ったりする。

 子供にとっての環境といえば 一番は家庭、特に両親の言葉遣いや会話だろう。

 父親が英国人だから いきおい家庭内では日本語と英語が飛び交う。
おもしろいことに 母親が日本語の本を読み聞かせると 日本語で反応する。
しかし 父親が英語の本を読んで聞かせると リアクションはまるで英国人である。
興味をそそる場面だったり主人公の行動だったりが盛り上がってくる場面になると
「ワオ~~!」などと言って反応したり 大げさなボデイーアクションをしたりする。

 まだ自分からは長いフレーズでの英語は話せないが 
そのうち 父親とも日本語と同じように英語で会話する日が来るに違いない。
きっと 父親はその日を心待ちにしているだろうと思う。

 環境がそうだから 当然食生活も日本人の家庭とは少し違う。
夫が好むせいもあって 娘は西洋料理のほかにメキシコ料理などもよくする。
だから孫はまだ幼いのに「エンチラーダ」だの「トルテイーヤ」だのと
まだよく曲がらない舌で上手に言える。

 先日食卓に 細かい麺だかパスタだかわからないモノが出た。
私がこれは何だろうと考えていると 孫が「クスクスはいやだ」とぐずりながら言った。
それで私は ああこれがクスクスというものなのか と知った次第だった。

 子供が成長する過程が どのような環境であるかによって
身のこなしから 言語に至るまでのすべてが決まっていく。

 当然のことではあるが ある種 おそろしいことでもある。

 それにしても 六十**歳まで生きてきた私より
生まれてたった二年の孫のほうが知っている物事があるなんて・・・。

 この歳になると 世の中のことの大半を見聞きしてきたと思っていたが 
それが とんだ思い上がり思い込みにすぎないことが 身にしみてわかった。

 
 
 

 代々木公園にも ホームレスの人たちが住み着いている。
何度も公園へ通い 辺りの人々を観察してみて ようやく判別できる。

 なぜかというと ここの人たちは 一見ホームレスとは判断しがたいからだ。
まず彼らの服装が一般の人と変わりがない。身ぎれいなのだ。

 公園の近辺には 富裕層が多く暮らしていて その人たちは
破れたり古くなったりしたような衣類は ゴミには出さない。
最新とまではいかなくても 新しい衣類が 惜しげもなくゴミとして出される。
その衣類を探し拾って着られるから いつも清潔できれいな恰好でいられるのだ。

 よく見かけるホームレスの人たちは 薄汚れて 衣類も穴が開いていたり
体も汚れているから異臭がする。新宿西口で見かける人たちがそうだ。

 公園内には噴水があり大きい池があり水道もあるから 体もいつでも洗える。


 ホームレスさえも 塒にする場所によって 生活が変わるとは知らなかった。


 最近のホームレスは 高学歴の人も少なくないと聞く。

 日中 公園のベンチにゆったりと座り 本など広げていると 日光浴などしながら
ゆったりとくつろいでいるとしか見えない。 まったくの一般人だ。

 時たま都会へ出て行くと 田舎にいては絶対に見られないものや考えられない物
反対に考えさせられる物事に出会う。

 まるで「田舎のねずみと都会のねずみ」のお話のようでおもしろい。
勿論 私は田舎のねずみだ。

 都会は実にたくさんの話のネタが転がっている。
 

 娘の住まいの近辺には 沢山の大小の公園がある。
どこも歩いてほんの数分の所だから 散歩する人や子供連れの親が多い。

 代々木公園は さすがに広大だ。
休日ともなると 広い芝生のフィールドが人で埋まる。
三々五々集まって 輪になっていたり ちょっとしたスポーツをしたり。

 面白いのは シャボン玉をしているオジサンだ。
シャボン玉といっても 小さなのではない。
長い鎖を使って一度にたくさんの玉を飛ばしたり 大きな輪で特大のシャボン玉を
作ったり もう芸と呼んでもいいくらいの技だ。

 当然 その人の周りには 子供だけでなく 大人までもが集まって
様子を見て楽しんでいる。

 一度その人に シャボン玉の液はどのようにして作っているのか尋ねたら
快く液を作る材料やその配分を教えていただいた。

 帰宅後 孫を相手にその液でシャボン玉をしたら 上手にできた。

 代々木公園は カラスも多い。
うっかりしていると 食べ物をうまくもって行ってしまう。

 代々木公園と路をはさんだ西側には 春の小川公園や地続きの公園があり
こちらは 子供のための公園だ。

 春の小川公園は面白い。
この公園の名称は 春の小川の作曲者だか作詞家だかが 昔近くに住んでいらっしゃって
そばを流れる小川から 歌を作られたとか。

 そんなイワレがある公園だからか 春の小川公園はプレイパークだ。
よくある子供の公園ではなく 子供たちがのびのびと 自由になんでもできる。

木を切ったりトンカチで何かを作ったり 泥んこ遊びができたり
基地を作って遊んだりと 子供なら天国のような公園だ。

 しかも 係員が数人いて朝から夕方まで 面倒を見ている。

前回も記したが 東京は人口が多い分 住民に対してなんでも手厚い。

 都会というと 殺伐としたイメージにとらわれがちだが
実際の東京は 住みにくくもなく 住民が享受できることも沢山ある。

 ただ 元々の住民でない者たちのコミュニケーションは乏しい。

 よそ者の集まりのような都市で 孤独を感じて暮らす人が多いのかもしれない。
それでも 自らの気持ち次第では とても快適な生活が送れる街でもある。
 

 

 どこへ行っても帰り道に つい寄り道してしまうところ・・・
 私の場合は たいてい図書館か本屋と決まっている。

 以前夫に「私にとってなくてはならないものってなんだと思う?」って聞いたら
即座に「本!」と返ってきた。(俺!という答えが返ってくるかと思ったら)

 それくらい 私の生活に本はかかせない物だ。

 だから どこへ出かけたとしても 帰りがけには 
本屋へ寄るのが 以前の私だった。

 でも 体を悪くして 運転もできなくなると それができなくなった。

 以来 病院の帰りに 図書館へ寄るのが 唯一の楽しみのようなものだ。
何故 病院帰りかというと 受診後に痛み止めの点滴をしてもらうから
痛みが弱まっているからだ。

 絶えずある激しい痛みというものは 人格をも変えてしまうほどこわいものだ。

 薬とこの点滴のおかげで 人並みとまではいかなくても 痛みをコントロールして
なんとか日常生活を送っているが ここまでになるのが大変だった。

 薬のなかには ほかの人にはとても効果のある新薬でも 私には合わなくて
意識を失くして何度も昏倒したり 他の副作用が出たり・・・。

 だから 今 病院の帰りに図書館へ寄れるのが とても嬉しいしありがたい。

 どれだけでも長く この楽しい寄り道ができるようにと 願っている。

 今日は朝ご飯の後 婿の食事の食材をメインに買う予定で
娘の運転で 外国人向けの食材が中心に置いてある 都心のスーパーへ買い物に。

 東京へ来る度に思うが 車線も車も 私の住む町とは比べものにならない
煩雑な街中を よくもまあトラブルも起こさずに運転できるものだ。

 車線を変え 右に左に曲がりながら進み 目的のスーパーに着く。

 驚いたことに 駐車場には沢山の係員が立っていて
客の乗り付けた車をそれぞれのスペースへと入れる。

 店内は さすがに外国人の買い物客が多いが おしゃれな日本人もちらほら。

 並ぶ品も 我が家の近くのスーパーでは 見かけたことのない食材ばかりだ。
どれもこれも 私には珍しい品ばかり。私もつい連られて二三の品をカゴへ。

 混雑する店内をカートを押し ほしい品を探しながら進む。

 娘によると どれも現地で買うより数百円は高いらしい。
それでも 客はそんなことには頓着しないで ほしい品物をカゴの中に入れている。
自国の食材がほしい客にとっては その値段でも仕方がないのかもしれないが。

 買い物を済ませると 例の係員たちが 車をお店の入り口へ横着けしてくれる。

 さて まだお昼前だが 込み合わないうちに昼食にしようと
車を駐車しやすい六本木ヒルズへ。

 以前娘の勤め先だったビルだから どこにどんなお店があるのか
よくわかっているので よけいに入りやすいようだ。

 どのお店も 値段はあまり高くない。ランチ時だからか。

 ゆっくり食事を終え 帰路に。

 娘のところに来る度に思う。

 東京って やっぱり日本の首都だけあって 外国人が多く住んでる都市なんだなあと。

 今日は午前中 孫を連れて 近くにある区立のポニー公園へでかけた。
土日とあって 沢山の子供が親や祖父母と一緒に来ていた。

 最初は ポニーにブラッシングをする体験だ。
臆病な孫は 今までこれが怖くて できなかったらしい。
今日は 私が一緒なので いいところを見せようと 頑張って三回も挑戦。
初めてにしては うまくできた。

 次は引き馬の乗馬だ。
 順番にチケットを持ち並んで 自分が乗れる番を待つ。
 眺めていると いろいろな性格の子供がいる。
やはり 親の影響は大きいと痛感する。

 ようやく孫の番がきた。
いつも娘が連れて来ているから 孫は上手に乗った。
順番を待って並び 三回も乗った。

 次は餌やり。
各自が持ってきた人参やキャベツの葉を五頭の馬に直接手からあげる。
娘がスーパーから沢山のキャベツの葉をいただいてきたから 
どの馬にもたっぷりあげられて 孫は満足満足。


 それにしても驚いたのは この施設が区立だったことだ。
現在公園にいる馬の他に どこかの山に牧場があって
沢山の馬が放牧されていて 間隔をおいて 公園と山を行き来しているのだそう。

 公園は 乗馬は勿論無料だし 施設も設備も山の牧場も 
すべて 区費から賄われている。

 さすがは 東京の高額納税者の集まる区だけのことはある。

 東京は 緑がないとか人が住むのにはちょっとなどと言う人がいるが
この辺りに限ってだろうか。まったくそんなことは感じない。

 メジロや鶯、しじゅうからなどの小鳥も庭先まで来るし
以前散歩していたら 近所のオープンな庭に子ゲラもいた。

 住まいも環境も きたない言葉だが やはり「金しだい」ということか。

 田舎に住む私としては なんだかあれこれと複雑な思いがする。

 昨日 婿は娘に付き添われて 入院した。
さすがに 手術を控えて 落ち込んでいた。痛みも我慢しているようだ。
「自分でしたことだからしょうがないね」と 元気なく言っていた。

 小さい子供は 面会もお断りの病院だから「バイバイ手術がんばってね」
と玄関で見送った。

 娘は 内心では怒りながらも なにくれとなく夫を気遣い
固形物が食べられない夫のために 様々な食品をミキシングしてスープにしたり
片手ではできない事の手助けなどしていた。

 電話では 怒り心頭に達するというような気配だったから
夫婦仲がどうかなってしまうのではないか と心配もしたが
娘の動きを見て 少しホッとした。

 今日は 孫は 保育園へ出かけて行った。
本格的に幼稚園へ入る前に 集団生活に慣れさせたいからと
月に四回あずけているが たまたま今日が その日だ。

 娘は 一日病院に詰める。

 私は 一人留守番。
自分の家ではないから なんだか静かすぎて 落ち着かない。
それに このマンションのセキュリティがひどく厳しいから
訪問者があると 玄関先まで通すのが 大変なのだ。

 母譲りかと思うが
季節や節句など それぞれの時に合わせて
掛け物や小物など 因んだ物を飾って 楽しむのが好きだ。

 今日は病院から帰ってから 玄関先を 端午の節句バージョンに。
可愛い鯉や桃太郎など小さな置物を 飾り棚に並べた。色紙も兜の貼り絵に。

 今までは 桜にちなんだ物で飾っていた場所が たちまち端午の節句に。

 しかし 大きな絵は 自分では架け替えられない。残念!!こればかりは 夫頼みだ。
ところが 彼は こういうことには頓着しないから なかなか気がつかない。

 畑仕事なら なんでもドンドンやっちゃうのにねえ・・・。

 早く架け替えてほしいなあ・・・。

 土曜日 娘は子供を連れて 自分の関連するグループのお花見へ。
婿は 彼の関連するグループのお花見へ。それぞれに出かけたそうだ。

 ところが 娘が帰宅後 救急隊員からの緊急電話が入ったらしい。
「今 ご主人を***病院へ搬送している。来てほしい」
たまたまその時 一日中外出していた疲れから 子供が泣いていたという。
それで 隊員も仕方なく「来なくていい」と言われた。

 娘は大体のことは理解しながらも 夫の帰宅を待ったという。

 なんと!!!
 彼は 自分の不注意から 酷い怪我を負っていた。

 娘は怒りながらも 昨日も今日も 入院や手術の手続き 書類の記入など
忙しくしていたらしい。

 何もできなくて 役には立たないが
それでも そばにいて 孫の相手をしたり 話相手ぐらいにはなれるだろう。

 夫も行ってやれというので 今週はいつもの通院の後
娘の所へ行くことになった。

 来週までには帰宅できるだろうと思っている。

 それにしても
予期しない事は起きるもの。

 婿も これに懲りて 猛反省してくれればいいが・・・。
その前に 早く治してくれないと・・・。

 君子ランの花が今年も咲く。
初めは一鉢だったのが 年数が経つに連れて鉢の数が増えた。
冬場は屋内に入れて管理しなければならないから 場所もとるし大変。
それであちこちに貰っていただき 今は三鉢になっている。

 その君子蘭にそれぞれ数本の花の茎が伸びてきた。
花数はそれぞれ違うが 合計九本の茎だ。
これからしばらくは 咲く花を楽しめる。

 あまりこまめに世話をしなくていいから ありがたい。
夏場などは 戸外で ホッタラカシの状態なのに
こうして 季節が廻って来ると ちゃんと忘れないで咲いてくれる。

 植物はいい。そこにあるだけで人の心を和ませてくれる。

 私にも「あなたがいるだけで和むわ」なんて言ってくれる人が何人いるだろう。

 多くは望まないが そんな人がいてくれたら 痛む体で生きる励みになるというものだ。

 今日は毎年恒例の 息子家族とのお花見だった。
場所も 何もかも 毎年同じのお花見だ。

 違ったのは天気。強い風に時折パラパラと雨までも。
しかし これくらいのことでは 誰も止めようと言わないのが 我が家流。

寒い寒いと言いながら バーベキューの炉を囲み
お肉を焼き 野菜を焼き おにぎりを焼き 焼きそばを作り。
みんな 食べる食べる。

 無事にお花見終了。

 それでも さすがに体が冷えている。
 帰る途中でカフェへ寄り みな好みの温かい飲み物を注文。
ようやく体が温まって一息つく。

 ところが!ところが! 雑談中に
下の孫が 塾の春休みの宿題を まだ二十ページもやり残していることが発覚!!

 大変大変と 息子たちは早々に帰宅していった。

 残されたジジババは
通って来た道と 三人のわが子の幼かった頃を思い出して 苦笑いしきり。

 それにしても 春休みは今日まで。絶対に間に合わない。

 
 いったいどうするのかねえ 孫の猛者ぶりには驚かされる。
 

 四日は 夫の母親の命日だった。
 桜が見事に咲く中 霊柩車が進んで行った。

 あの日からもう六年が過ぎた。

 きつい姑で ずいぶん酷いことも言われ 数えきれないくらい泣かされた。

 それでも 姑の人生は 気の毒な人生だったかもしれないとも思う。

 横須賀生まれで なに不自由なく育った娘が 軍人だった若者と結婚した。
まもなく終戦。基地のあった横須賀へ米軍が上陸してくる際
婦女はひどいめにあうという流言飛語のために
見も知らない夫の郷里へ 一人で逃げるようにやってきた。
焼野原となっていた中を ようやく夫の生家にたどり着く。
そこには 厳しい姑と 田畑を耕す 初めての暮らしが待っていた。

 ようやく復員してきた夫は もはや軍人ではなく
母親を養い田畑を耕して暮らすしか 生きる術がなかった。
彼女は横須賀へ帰るという望みが絶たれ 慣れない暮らしを続けるより外なかった。

 初めてのことばかりの生活 夫の母親との長い確執 三人の子の子育て

 それでも 姑は 持前の気の強さと負けん気で 生きてきた。

 そんな母だったから せめて息子の嫁は 近くから自分と一緒に農業に従事する娘をと
期待したことだろう。

 ところが やってきたのは 私だった。

 のほほんと育った私は 気もきかず 体も丈夫でない。
おまけに 生まれた初孫は 生まれながらに病気があった。

 さぞかし 口惜しく悔しい想いだったことだろう。
それをストレートに 私にぶつけてきた。

 あのころの地獄とも思えた日々は 忘れようにも忘れられないが
それでも今は すべてが深い井戸の底に沈んで 穏やかな水面になっている。
 

 桜の咲く季節が巡るたび 姑の命日も巡ってくる。