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 昨夜 夫が 明日池田温泉へ行かないか と言った。
 ここへきて 疲れが溜まっている様子だったから お湯に浸かって
コリをほぐしたくなったのだろう。
 もちろん 私に異存があろうはずはない。

 ということで 十時を回ったころに 家を出た。これくらいに出かけると 着く時間には 
お昼前で お客の数が少し減って ゆっくりお湯を楽しめる。
 
 ところが 今日は洗い場の空き椅子がないほどの 混み様だった。
 しかも 男女の湯が 入れ替わっていて お気に入りのほうではなかった。
 いつもは運よく ジャグジーが露天にあって数も多いほうに当たっていたのに。
 そちらのほうが 湯殿が全般に広いし開放感があるから 気持ちがいいのだ。
 とはいえ お湯は同じなのだし 行きたいと言い出した夫には よかったろう。

 さっぱりとした後は お決まりのお茶アイスを すぐそばの道の駅で。
 ここの黒ほうじ茶アイスは 日本人なら 一度食べたらまた食べたくなる美味しさだ。
 色が黒ずんでいて ちょっと見にはギョッとするが 色と味は全く違っている。
 お茶どころならではのアイスクリームだ。
 これが 街中で売られていたら アイス好きは毎日食べても飽きないくらいだ。

 あちこち寄り道しながら帰宅すると もう三時を過ぎていた。
 今日で夫の夏休みはお終い。明日からまた朝早くからの勤めが始まる。
 長かったのやら短かったのやら・・・。
ともあれ 明日からまた 夫はご苦労様だ。
 事故なく 元気で二学期も頑張ってね!!

 私は 明日は午後に 腱鞘炎の手術。
 これくらいのことは 手術と呼ぶのもおこがましいが 術後は多少痛みもあって
家事は多分できないだろう。 何日かの辛抱だ。
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 今月の初めから 購読している新聞を 他社のものに変えた。
 今までの新聞に 何か不満があってのことではない。
 いつごろからか 二紙を交代で購読するようになっているのだが
気付いたら もう六年間も一社の新聞を続けていた。
 勧誘訪問に来たセールスの人に言われて そのことに気付いた。

 六年も同じ新聞を購読していると その紙面割りの仕方や カラーの入れ具合など
見慣れてしまう。
 だから 変えたすぐは 慣れなくて変な気がした。
 特に違って戸惑うのは テレビの番組表だ。
 今までなら どのラインがどのテレビ局と記憶しているから その時間に
視たい番組を 探したり見つけたりできた。
 ところが 新聞が変わったとたんに 縦に並ぶ放送局順が違っている。
 それに引っ掛かかると 不思議なもので 今までと表示の仕方はそんなに違わないのに
番組名がすぐには 見つけられなくなってしまった。
 一月かかって ようやく最近 慣れつつある。

 六年前に今まで読んでいた新聞に変えた時には こんなに戸惑うことはなかった。
 これは六年の間に 脳が老化している証拠だろう。
 新しい物事へのちょっとした変化さえも すぐに順応できなくなっている。 

 家の中ばかりにいるから 余計に老化が進む。
 先日も 娘に 最近時々メールに誤字があるよ と指摘された。
 これも 老化現象だ。
 殊に 携帯のメールは 文字を打つ速度も落ちている。
 それなのに 誤字があるとは情けないことだ。

 若返ることはできないけれど 精々認知症にならないように 気を付けねば!!


 習字の練習も終わりごろ お願いしていた印が出来上がった とご主人から先生に連絡が。
 先生が 持ってきてくださった。

 立派な布貼りの箱を開けると 大小二つの印と朱肉が 小箱や陶器の中に収まっている。
 赤いビロードの裏地の上に それぞれスペースが作られていて 箱だけでも見事なものだ。
 印は それぞれがとても繊細な感じの文字で彫られている。
 特に 仮名用の印は 特別な石を探し求めて 作ってくださったらしい。
 頭に桃を頂いた 可愛くて上品な印である。
 二つの印は どちらも清澄でしかも女性らしくて 私にはもったいない品だ。
 嬉しさが こみあげて来る。
 この印に負けないような力をつけなくては と想いも新たになった。

 これから一生 この印は 私の傍らにあって 心を暮しを豊かにしてくれるだろう。 
 宝物が また一つできた。

 今日は朝から忙しかった。
 まず 夫は下の孫を車に乗せて 孫の通う学区のラジオ体操へ。
 この休みは皆勤しているとかで 例えお泊りでも行けるものなら行ってハンコが欲しい
というから それなら連れて行くよ と昨日からの約束だった。
 二人が帰宅する時間を見計らって 朝食の準備。
 八時には 釣り場へ向かう。
 一時間半ほどかけて 目的地に到着。
 およそ二十匹の鱒を放流してもらい 早速孫二人が竿を川へ。
 長良川の最上流に位置する場所だから 水は恐ろしいほど澄んでいて 冷たい。
 夫は専ら二人のサポート。切らした糸や針の付け替え 釣った魚を針から外すなど
一切の面倒をみるから とても忙しい。
 私は 何も手伝えないので 辺りの川原で 時間つぶしの丸い石探し。

 二時間くらいで ふたりは十五匹を釣りあげた。
 去年は なかなか釣れなくて 下の孫は途中であきてしまったが
今年は そんなこともなく二時間が過ぎた。
 もう これ以上は釣れないだろうという頃に 上の孫の竿を借りて 私もやってみた。
 さすがに もういないのでは?と諦めかけた時 当たりがきた!まあまあの大きさ。
 これに気をよくして 再度挑戦。 しばらくすると また引いた。
 よし!と竿を挙げ糸を引いて手繰り寄せる。とプツン! と糸が切れてしまった。
 見ていたみんなが残念がる。 夫もかなり大きかったと惜しがった。
 それまで見ているだけだった夫も よし俺が と私と交代。
 さすがは夫 それから二匹を釣り上げて 本日は終了となる。

 数えてみたら 十八匹になっていた。
 まあこれくらい釣れば あらかた釣ってしまったんじゃない? とみんな満足。

 最後に川へ入って遊んだ下の孫は 水びたし。
 丸裸にして バスタオルを体に巻き 温泉へ直行。
 出る時間を打ち合わせて 男女に別れていざ温泉へ。

 汗を流し ゆっくりお湯につかった後は お昼ご飯。
 数年前から毎年の夏休みに来ているから 孫たちも慣れたものだ。
 注文する料理も いつも同じ。「岩魚のから揚げ定食」だ。これがとても美味しい。
 こんな山奥なのに 広い食堂はいつ来ても満員で かなり待たなければならないが
ここ一軒しかないのだから仕方がない。 席が空くまで待つ。
 待つ時間より食べる時間のほうが短いが から揚げの美味しさに四人とも黙っていただく。

  去年は 食事を終えると 家へ直行だったが 今年は寄り道して ある会館へ。                          3Dトリックの面白い絵画展を催していると 新聞やテレビで紹介していたのを                           孫たちも見ていたらしく 興味津々。
 大人が見ても面白い。 よかったのは 靴を脱いで 絵画と一緒に写真を撮れたこと。
 楽しく廻れて 孫と一緒に行くのに とてもいい展覧会だった。

 昨日まで 朝から雨が降ったり止んだりの 定まらない天候だったが
今日は 釣りを終えるまで ずっと晴れていた。それが 一番嬉しかった。
 年に一度の行事でも 雨では中止しなくてはならないからだ。

 孫たちは 母親が勤め帰りに我が家に寄って 連れ帰って行った。
 ああ~ 今年も事故なく済んで ほんとによかったわァ~。

 お昼に 早めの夫の誕生日祝いを兼ね 二人を連れて外食。
 息子夫婦なしで 孫たちと食事に出かけることは 年に数回しかない。
 だから お泊りも含めて 私達も孫たちにも 楽しみな今日と明日だ。

 子供には親離れしなければならない時期があり 親にも子離れする時期がある。
 その時期を逃がさずに 上手に乗り切らないと その後互いに苦労することになる。
 私は その時期を子供が十歳の時だ と常々考えてきた。
 下の孫は ちょうどその時期にあたる。

 野生に生きる動物たちは 互いに生存していくために 厳しい子別れをする。
 それは 人間のように愛情という感情が 前面に出ないからともいえるが
人間も動物である以上 確実に子離れの時期はある と思っている。

 嫁の勤め先の職員旅行の行先は 今年はハワイだという。
 パート社員まで 旅費を会社持ちで職員旅行に連れていく会社は あまりない。
 せっかくのチャンスだから 行っておいで と勧めているが
嫁は嫁で 下の孫は孫で 数日が離れがたくて 行くか行かないか迷っている。
 そこで 要らぬ口出しと解かっているが 息子に行かせるようメールした。
 旅行は子供たちが冬休みに入ってからだから 嫁が留守の間は 我が家へ来ればいい。
そうも言い添えて 助言のつもりで。

 精神的に自立させるのも 親の重要な務めだと思う故の 要らぬ口出しだったが
 さて 息子夫婦は どんな結論を出すのだろうか・・・。

 昨日の午前中に 国外へバカンスに出かけていた 娘家族が 帰国した。
 事前に 向こうへ行ったら時間を見てスカイプしよう と約束していたが
一月の間 連絡がなかったから 無事にバカンスを楽しんでいるのだろうと 想いながらも
音沙汰がないのを 内心では 少し心配していた。
 今日スカイプで 孫と娘が元気な姿を見て 安心した。
 今年の滞在は 山辺が多く 特にスイスは電波が悪くて 連絡が出来なかった由。
 孫は また身長が伸びたようだった。
 『三匹のやぎのガラガラドン』を読んでもらうのが大好きな孫は 
挿絵によく似た山やぎの大きなぬいぐるみを買ってもらって帰って来て ごきげんだった。
 彼女のベッドは 今までもぬいぐるみでいっぱいだったから
大きな仲間が増えて ますます手狭になったことだろう。
  トランポリンでピョンピョン跳ねて 元気いっぱいだった。
 早速 リクエストの野菜や 夫が釣ってきた小鮎などを荷作りして 送った。

 明日からは  長男のところの二人の孫が 泊まり込みでやって来る。
 去年は二人別々だったが 今年は 上の孫が忙しくて時間をとれず 二人一緒に泊まる。
 明日は お昼ご飯は外食と 予約してある。 メインは明後日の釣り。
 近年の恒例行事になっている 川の上流で鱒を放流して それを釣るというもの。
 竿や針やえさは 全て こっちが準備する。 それは 夫がもう昨夜のうちに済ませた。
 孫たちは お泊りに必要な物だけを持って やってくる。
 天気だけが 気がかりだ。
 互いの家が近くて 普段の行き来が頻繁だから 今年のお泊りも問題はないだろう。
 二人とも 素直で優しい。 わがままでないのは ありがたい。 

 三人の孫たちが 健やかに成長している姿を見ると なにより安らぐ。
 さあ 明日は賑やかになるぞォ~!
 
  



 今夜 NHKで 阿寒湖のマリモを取り上げた番組を視た。
 今や 世界中で マリモが群れて生息しているのは 北海道の阿寒湖しかないという。
 阿寒湖でも ほんの限られた区域でしか生息していないとも  番組は告げていた。

 マリモは どうしてあのような球体なのか。
 どうして 阿寒湖だけなのか。 どうして特定の区域だけなのか。
 カメラで捉えた事実を通して 研究者と実証していた。

 自然には 本当に人知の及ばない力があることを 改めて驚異を持って感じた。
 しかし 自然とは 全く人間の手や影響が及んでいないからこその 自然だ。
 かつて 世界中に点在していたマリモの生息地が 消失してしまったのは
人間の営みのせいだった。
 きれいな 手つかずの川や森や湖が 本来のあるべき姿でそこにあることは
地球上に人間が生きている限り とても難しいことだとも 改めて思った。

 いったい 私達人間は 今後どうやって生きていけばいいのだろうか・・・。
 いくら考えても しがない一個人には 答えは見えてこない。

 自然を壊さず 自然の営みを巧みに利用して生きているマリモは
もしかして 人間より ずっと賢いのかもしれない。
 人間は あまりにも社会欲や自己顕示欲があり過ぎる生き物だ。
 自然の中で生きることを 真剣に考えなければ 子孫に残すものが益々目減りする。

 この度の広島の土砂災害は 死者が五十人に近く 不明者も四十人を越えた。
 日本中が この無残で痛ましい出来事を 悼んでいる。

 この地区に住む人たちは 家が危うい土地に建っていることは 承知していた。
 だから 今年に入って 砂防ダムを設けてくれるよう 市へ陳情したりしていた。
 でも まさかこのような大災害が 近いうちに起きようとは 誰も考えもしなかったろう。
 真夜中に土砂に襲われた人々は 今も悪夢の中にいらっしゃるにちがいない。
 起こったことを受け止めるには あまりにも現実は過酷すぎる。

 我が家が建つ辺りの土地も 軟弱地盤だ。
 故に 間近かに高速道路が通る計画が浮上した時には 自治会をあげて運動した。 
 せめてルート変更をと。

 公の機関は いったん計画を立てたり 反対に民間からの企画だったりすると
なかなか その変更や実現が難しい。
 実際 高速道路も こちら側が粘り強く何年も 地盤の軟弱なことを訴え続けた結果
ほんの十メートルにも満たないような距離だけだが 遠ざかった。
 そんな距離でも 計画が変更されたことは 家や住民には重要なことだ。
起こるかもしれない事を 未然に防ぐことに繋がったかもしれないからだ。
 そう考えると たった数メートルでも動いたことは 幸せだといえよう。

 広島の場合 急激に拡がっていく都市の変化の中 山肌の危険性に対しての手当てが
後回しになってしまった感は否めない。
 公という大きな器の中では 危険性を認識できても なかなかそれが顕著化しない。

 後からとやかく言うのは全て結果論であって 失ったものが返ることはないのだが・・・。
 
 なにか他人の身に起こった災難のように 淡々と 時に笑みさえ浮かべて
インタビューに答えている家族や住民の姿は 我が身に降りかかった災害に
今はまだ 向き合うことさえできていない人々の 心の在り様を視る想いがして 辛い。

 せめて 一刻も早く 不明者が 大切な親や子のもとに帰ってこられますように・・・。

 今日 大学病院へ行き 診察の順番がきた。
 診察室へ入っていくと いつもと違った 少し強張った様子の医師の雰囲気を感じた。
 何かあるな? と想いながら医師の前に座ると 医師が
「実はですねえ 今まで使っていた 点滴の『リプル』が使えなくなってしまったんですよ」
 と 開口一番おっしゃる。

 いったいどうしてなのか なんで ? とっさには訳がわからない。
 麻酔科で使用されている薬の多くが 保険適用外の物なのだそうだ。
 リプルもそうなのだが この度国から使ってはいけない薬として通達があったのだという。

 リプルを使っている患者は 私を含んで大学病院にだけでもたくさんいる。
 使っている患者みんなが 困ってしまう羽目になってしまった。
 かといって すぐに同じ効用の点滴薬が見つかるかといえば そうは簡単にはいかない。
 一人一人症状が違うから 合う薬に辿り着くまでが 大変なのだ。

 それで 今日はとりあえず キシロカインだけの点滴になってしまった。
 追々 リプルに代わる薬を 見つけていかなくてはならない。
 その間 薬によっては 効き目はもちろん なんらかの副作用が出たりして
なかなか 合うものに出会うまで またかなりの時間がかかる。
 薬の副作用が強いと 体にかなりの負担がかかる。
 それを想うと うんざりする。がなにより 早く代替の薬が欲しい。

 大学病院への通院も長くなっているが こんなことは初めてだ。
 医師も 患者には言わないが 困惑しているのが正直な気持ちのようだった。

昨夜 無意識に椅子に座っていたら 突然腰に激痛が。
どうにも動けない状態になってしまった。
お手洗いにも行けない。 寝室へ行ってベッドに横になろうにも 歩けない。
仕方がないから しばらくそのままの体勢で じっと椅子に座っていた。
その後 おそるおそる上体を動かさずに ソロソロと立って 用を済ませ ベッドへ。

こうなったのには 思い当たる事がある。
昨日 腱鞘炎を手術してもらうために 紹介状してもらった病院へ行った。
その病院の待合室の椅子が いけなかった。
その前に 外で仕事をしていた夫のために 氷水を入れた洗面器や
お茶を冷やすために 氷の入ったボールを 玄関の外まで運んだ。
おまけに 病院からの帰り スーパーでスイカを買おうと 幾つか持ち上げてみた。
これ等のことが重なって この始末になってしまった。

こうなってしまうと 動かないで安静にしているより他ない。
今日は 一日 ベッドで過ごすはめに。

全く我ながら 情けなくなる。
明日は 大学病院の予約が入っているから なんとかして行かなくては。
明日の朝には 今より多少はよくなっているだろうから。