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  一年も前に日が飛び切りいい日を選んで 七五三の詣りの日を決めてあった。
娘が決めた。日本の行事ごとやお祝いのあれこれは 日本人である娘の采配で進む。
  当然 それに関わる諸々も 全て娘の肩にかかってくる。
  そこが国際結婚であることの特徴だろう。
  だから 娘にかかる負担も夫の分まであるわけで 娘はなにも言わないが
きついことも多々あるだろうと 日頃から思い遣っている。

  今回の七五三も例外でなく お宮さんでのお祓いの予約 祝い膳を囲む場所
写真やの手配 孫の着物に合った被布を選ぶこと等々・・・。
  すべて娘が準備した。もちろんアドバイスはしているが 実際動くのは娘だけだ。

  万事においてこのようだから 口には出さないが彼女の疲れ方はかなりのものだと
想っている。
  それでも 愚痴ひとつ言わないでいるから かえって心身が心配になってしまう。
  私もそうだったが 恋愛で結婚すると結婚生活のすべての問題は自分にかかって
くるから どこへもぶつけようがない。ましてや親には愚痴れない。
  娘も多分そう想って暮らしているのだろう。おまけに国際結婚ときているから
なおさら そう想っているにちがいない。

  母親としては もう少し肩の力を抜いて 親に頼ってもらいたいと思う。
  ふんわりとやわらかい気持ちで子育てしても 子供は悪い子には育たないから。
  娘が真っ向から向き合って子育てする分 夫と私が孫にやわらかく接していこう。
これは いつも夫と話していることだ。

  東京では 孫がじいじとばあばが来るのを 楽しみに待っているらしい。
  少しずつ物心がついていくから 会う度私達も楽しみだ。 
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  ようやくパソコンが使えるようになった。
  二時間ほどかかって デスクのほうも繋がった。ただしあちらはアドレスが変わった。
  だから メールの相手に知らせなくてはならない。
  私のほうは 要らない変なものが入っていたのが二つほどあったらしいが 
消してもらえた。
  おまけにプリンターとも繋いでもらったから 印刷しようと思ったら できるはず。
まあ 私がおもちゃにして遊んでいるぶんには めったに必要ではないが。

  それにしても 私がパソコンで遊ぶのは 免許なしで車の運転をするようなもの。
限られたことしかできないが 他のことはしようとは思わないから なんとかなっている。
  パソコンがなんぞや とわかっていなくても 使えなくなったここ数日は
やはり不便だった。
  買い物はもちろん電子書籍も見られないし 不都合だった。
  なんやかやいっても 生活の中にパソコンがしっかり入り込んでいると感じた。

  もうこれで大丈夫。 やれやれだ。

  昨夜 突然ネットが繋がらなくなってしまった。
  元からあるデスク型のパソコンの調子が悪くて 息子にみてもらっていた。
  どうしても使えるようにならなかった。
  息子達が帰った後 さて とこのパソコンを開こうとしたが今度はこちらも繋がらない。
  いろいろやってみてもダメ。

  ブログが挙げられないのは諦めるとしても オークションで買い物をしている最中で
入札中の品物の締め切りが昨夜の物が一件あったから 大変。
  高値更新になっていればいいのだが落札になっていると 相手と代金の振込先など
すぐに連絡しなければならない。

  そこで 苦肉の策。
  息子の家で作業して 今 このブログも 息子の家で書いている。

  光フレッツの工事が終了して そちらで繋がるまでは ブログもお休みだ。
  仕方がないなあ~。

 

 今夜 久しぶりに東京の娘と孫と スカイプで話した。
  娘は家族で 今月の初めに イギリスでの結婚式に行ってきた。
  向こうで 夫の父母や叔父 祖母に会って 楽しく過ごしてきたようだった。
  スカイプでは 孫は大叔父さんにいただいた青いうさぎのぬいぐるみを紹介してくれた。
  最近は そのウサギを赤ちゃんに見立てて お風呂へ入れたり ミルクをあげたりして
遊んでいるという。
 
  孫は 父親がイギリス人だから お腹の中にいる時から 英語を聞いている。
しかし日常的には 母親が日本人だから 当然会話は日本語中心だ。
  父親は 彼女に合わせて日本語で会話したり 時には英語で話しかけたりしていた。
  夫婦の間も 英語と日本語が混じり合った会話をしている。
  最近では 父親の言葉も理解して英語の単語で返事したりしていた。
  ところが イギリスへ行って 周囲の言語が英語だけの環境に囲まれた時
孫の中に蓄えられていた英語の単語が 一気に噴水のように まるであふれ出したか
のように しっかりとした一文になって 英語が出て来た と娘が言う。
  帰国後は それまでの単語だけでない しっかりとした英語の一文での会話を
父親としている という。
  その 突然の英語の出方に 娘は驚いたという。
  もちろん まだ幼いから語彙も少ないが ちゃんと英語で会話できるようになった事は
婿にとって嬉しいことだろう。

  語学とは かくも日常が大切なのだと 考えさせられた。
  解からないだろう と想っていても 言語は確かに脳の中にしっかりしまわれて
ある時なにかのきっかけで 外に出てくるのだ。

  イギリスへ行くまでは 英語が言語の一つなのだという認識が 孫の中になかったのが
今回 英語だけの世界に包まれた時 初めて 日本語と同じように英語も意志疎通の
手段としての言葉なのだ ということが理解できたらしい。
  これは とても大きいことだったと思う。
  これで 孫は これから二つの言語で生きていくだろう。

  二つの国の国籍を持って生きていく孫の人生が 今始まった気がする。

  夫とともに インフルエンザの予防接種を かかりつけの医院で受けた。
  今年の第一回目の接種だ。
  特定疾患があるから 毎年しかも二回の接種をしたほうがいい という医師の奨めで
私だけでなく 夫にも私のために二回の接種を奨められるから 二人とも二回受ける。
  そのためか 夫も私もインフルエンザに罹ったことがない。
  早々と一回目の接種を受けたのは 来月初めに孫の七五三があるからだ。
  彼女は春に特別な病気になり 入院していた。
  万が一にもそんなことはないだろうが 彼女にインフルエンザを移したら大変だからだ。

  このところ夫と私は 娘の所へ行く準備を 徐々に進めている。
  娘の家族が大好きな 義弟から分けてもらったお肉や野菜を送ったり
お祝いの おこわを炊くように 小豆缶やもち米 一緒に入れるように冷凍しておいた栗など
も既に送った。
  当日の着物も送ってある。
  そして 昨夜は ここ数日 夫と話し合って 祝いをお金でなく 孫が喜ぶ品物にする
ことに決めて 娘夫婦の了承を得 ネットで見つけた品物を注文した。
  完成品だと とても高額になるが 自分で組み立てるのだと 予算内だった。
  それに 付属の小物を数点 別のネットのお店で選んで 送る手配をした。

  こんなことをしていると アッという間に時間が過ぎてしまって
  昨夜は ブログのことを忘れてしまっていることにさえ 気付かないでいた。

  今日は日中 とても気温があがって カラッと晴れたいい天気だった。
  私が外出するのにはありがたい天気。
  帽子をかぶり 杖をついて ゆっくり歩いてバス停へ。
  昨夜注文した品の代金を振り込むために 郵便局へ。
  足の傷めた小指が痛むが 仕方がない。
  手は親指 足は小指。なんたることか・・・。
  それでも 一人でバスに乗っての外出は 久しぶりだから嬉しい。
  郵便局は バス停に近い場所にある局を選んで 用をたす。
  そして またバスに乗って帰ってくる。もちろん また歩いて。

  たったこれだけの外出だが 天気がいいこともあって 気分がいい。
  帰宅すると 額が汗ばんでいる。 こんなことさえ 私には嬉しい。

  明日も いい天気らしい。

  今日 NTTのテレビとネットの工事の日にちについて 連絡があった。
  以前にも書いたが 切り替えの営業に来た人と電話工事に来た人 テレビの工事に
来た人が違っていて おまけにそれぞれの言う工事の方法が違っていたり こちらが
聞いていない事があったりして 夫も私も納得がいかなかった。 
  だから営業の人へそのことを伝えてあった。
  それなのに苦情についての解決の返答がないまま また改めての今日の電話だった。
  連絡の電話の際 その点について電話口の人に少し伝えた。
  少し口調が厳しくなっているのが 自分でもわかった。しかし 方法に納得が
できないままで 工事をしてもらっても仕方がない。
  テレビ工事の人から 夫が在宅の時間に連絡してもらうよう 約束して電話を切った。

  電話口の女性に どの家もこんなふうなままで すんなり工事をするのか
それで 今までなんの問題も起きていないのか と聞いたら 問題なく工事をしてきた
とのこと。 それには逆にこちらが驚いた。
  いったん営業が仕事を受けてきたら 電話工事とネットとテレビ工事の係りの三者が
その家の工事方法について 簡単でいいから一度意見や工事方法についての意志疎通
をはかるのが 契約者に対しての誠意なのではないか と私は強く考える。
   だって 契約は電話とネット テレビの三つが一つの NTTそのものとするのだから。
  それをしないから 我が家のような事態が発生してくるのではないか。
  営業は営業だけのノルマさえ果たせればいい 電話は電話さえ工事をすればテレビや
ネット工事の際のことなど知ったこっちゃない こんなバラバラな工事が有りだなんて
日本のNTTともあろう会社のやり方だとは とても納得できない。

  相対に会社なり団体が大きくなるほど 細やかなサービスややり方が大雑把になっていく。
ましてや元が国営の電電公社だから 親方日の丸意識がまだまだ残っているのでは
と想ってしまうのは 私がわがままだからだろうか。

  とにかく 数日中には連絡があるだろう。
  その時に 夫とどのような工事法をとるのか合意できたらいいのだが・・・。

   今日は大学病院へ行く日。

   いつものように 朝早く 夫の通勤車に同乗して 病院へ。
   受付番号を取って 受付が始まるのを待つ。
   もう 二十人くらいの患者が 私の前に受け付け番号を取って 待っていた。
   毎回 だいたいこのくらいの番号になる。
   しばらく待つと受付開始のアナウンスが流れ 内科と外科の分野に分かれた
それぞれの受付カウンターで 番号順に呼ばれ 診察券の裏に数字が印字される。
   自分の数字が 待合の前に表示されると 決まった担当医の診察室へと入って
診察を受けるシステムになっている。

   受付を済ませて 麻酔科の待合で血圧を測り 自分の印字の数字が表示される
のを待っていた。
   ここまでは 数えきれない回数 同じ手順で繰り返してきたことだから 私だけでなく                     待合には 顔見知りの患者たちが 静かに診察が始まるのを待っている。
   ところが いつもなら受付開始と同時に診察が開始される 担当医師からの
診察室への呼び込み番号が 表示されない。
   その時点では 他の患者も あれ?今日は先生遅いのかな? くらいの気持ちでいた。 
   そのうちに 他の医師が診察を始めた。次々に患者が診察室へ入っていく。
   三十分経っても担当医の診察は始まらなかった。
   このころになると さすがに私達同じ担当医の患者たちが ソワソワと
ちょっと不安げな面持ちで 互いの顔を見合わせたりし始めた。

   一時間も過ぎたころ 点滴室から これも顔見知りの看護士が 待合に出て来た。
そして言うには 
   **先生 今日は県病院へ出向の日なんです。 今 先生から連絡がありました。
 私達も知らなかったんです。 ごめんなさいね。
 だから 今日は他の先生に診てもらうことになりますが それでいいですか?
 もし 嫌だったら 改めて他の日に予約を入れてもらうようにしますが・・・。
  と 申し訳なさげに 一人一人の患者に誤って回った。

  患者たちはビックリした。そんなことって・・・としばらくは無言。
そのうち口調荒く文句を言う患者が何人か出た。しかし来たからには診察してもらいたい。
  みんなは渋々承知して 他の先生に割り振られただろう順番を待つことに。
  待合のあちこちから ブツブツ苦情を言い合う声が聞こえてくる。

  こんなに待つことは 今までなかったことだったから 四十分を過ぎたあたりから
私は ひょっとしたら と思い始めていた。
  今年の春頃から 大学病院の医師が交代で 県病院に開設された疼痛緩和の科へ
出向され始めた。 私の担当医もそのローテーションに加わっていた。
そのために それまでは規則的だった診察予約日が 少し変わってきた。
また 多忙さからか 診察を受けた時に 次の予約日をパソコンに打ち込み忘れたり
小さなミスが何回かあった。
  だから もしかしたら・・・と想っていたのだ。

  私の側へ看護士が来て 説明とお詫びを言った時に 私は小さく笑いながら
 やっぱりねえ ひょっとしたら と想っていたわ と返した。
  何年も通ってお互いに顔見知りで 看護士も私の性格を知っているから 看護士は
 **先生おっちょこちょいなとこがあるもんね ごめんね できるだけ早く診てもらう
ようにするからね 今日は代わりの先生で我慢してね
  そう言って 他の患者の方へ。

  番号が表示されて 顔は見知っているが 受診は初めての医師に診察してもらい
処方箋を印刷してもらい次の予約をしてもらって 点滴を受けるよう ベッドに横になる。
  横になって 点滴が準備されるまで待っていると さすがにいつもとは違った医師や
看護士の動き。そして助教授が**先生の単純ミスについて看護士相手に文句を
言っているのが聞こえてくる。
  迷惑をこうむっているのは患者ばかりでなく 自分の患者以外に割り振られた患者の
診察をしなければならなくなったのだから 医師だって大変だ。
  看護士も 三人の医師にたくさんの患者を割り振って受診させなければならないから
あたふたしている。

  このぶんだと **先生 病院へ帰ってきたら かなり絞られるだろうなあ・・・

  点滴を受けながら 私はそんなことを想っていた。
  患者は他の先生に診てもらえるんだから被害度は低いが それをこなさなければ
ならなくなって 大忙しになった三名の医師は 大迷惑だったことだろう。

  **先生 もうこんなミスしちゃあダメですよ!!
  科内での評価が下がりますよ!!
       

 

 先日 娘から 今度の七五三に着たいんだけど合うのない?あったら送って と
 連絡があった。

 勿論 彼女には箪笥二棹に入りきらないほど 着物を贈ってあるが わが子の特別な
日に 今まで着たことのない着物を着たい という気持ちがあってのことだろう。
 亡母は働きながら 老後に趣味のお茶やお花の時に着たい と随分の着物を作って
楽しみにしていた。
 それまでに作った着物もたくさんあって 箪笥二棹にもなっていた。
 ところが 退職して数年で倒れてしまったから 何枚も手を通していない着物があった。
 実家を他人に貸す時に 全部私の家へ持って来ている。  
 娘は 小さい頃から着物が大好きだったが 長じても着付けの教室へ通って免状を
取得するほど着物が好きで 現在も事あるごとに着物を着る。
 そんな娘だから 亡母の遺した着物も抵抗なく手を通す。今までも何枚か
娘のところへ行っている。 それでもまだしつけをしたままの着物が何枚もあるのを
娘は知っていて 連絡してきたのだった。
 おばあちゃんが大好きだった娘だから むしろ好んで亡母の着物を着てくれるから
私も嬉しい。
 寸法もなんとか合うので 私も娘もありがたい。

 今日は 二階に上がり 日中いっぱいかかって 娘に合いそうなものを
何枚も出した。 ついでに私が着た着物で もう娘が着られるようになったものも
一緒に送ろう とそれらも出した。
 ところが 連絡があった時に あれならと頭に浮かんだ着物が 出てこない。
 仕方がない。 まとめて何枚も送れば その中から娘が自分で合うものを選ぶだろう。

 そうでなくても 私自身の着物も箪笥がギシギシなのに 亡母の物が加わっているから
当然収まりきらず箪笥を新調くらい一体どれだけあるの というほどの数だから
いくら 種類別にして引出しに納めていても 探すとなると大変なのだ。
 腰や足が悪いから なかなか手早く仕事が進まない。
 それでも ようやく選び出して 自分が当日着る予定の着物と帯それに合うように
帯揚げと帯締めを一緒にして 深い箱と浅い箱の二つに入れ 送る準備ができた。

 それを リハビリの後 夫の車で運送店まで運んでもらった。
 合計すればかなり高額になるが 三十万円を超えると窓口で受け付けても
すぐには送れない とのこと。
 何日もかかっては間に合わないかもしれないから 限度額で申告して保険をかけた。

 数日内には東京へ着く。
 一度にたくさん送ったから娘は驚くだろう。そして困るかもしれない。
 今でも二棹の箪笥がいっぱいだからだ。この前 これ以上は入らないから と言っていた。
 でも 私がどうかなれば いずれは娘のところへいく着物だ。明日のことはわからない。
早めに送っておいてもいいだろう。それでなくても こっちもいっぱいなのだから。

 向こうに着いたら 娘はどんな顔をするだろう。
 何枚送ったか 知らせていないから。送るよ とだけは連絡したが・・・。
 
 

 
 

  もういいかげんに江戸時代の小説から抜け出そう と思ってはみるのだが
未だに 現代小説や他の時代を題材にした物を 読む気になれないでいる。
  何故抜け出せないかというと 気に入った作者のお気に入りのシリーズの続編が
次々に出版されたり またお気に入りの作者が新たな作品を発表したりするからだ。
  それになんといっても 抜け出せない一番の理由は 今まで知らないでいたり
あまり名の知られていない作家や若い作家の小説の中にも とても面白い物があって
そんな小説や作家に出会うと 他にどんな小説を書いているのだろう と また腰が
そこで座ってしまう。
  
  最近図書館で いくらなんでも もう大概の江戸物は読んだから離れる時期が来た
かな と思いながら 書架の間を背表紙を見て歩いていた。
  そうしたら 今まで見過ごしていたのだろうか 新しい作者の作品が 目に留まった。
  読んでみたら これがなかなか面白い。
  すると同じ作者の作品を次々に読むことになった。
  図書館に同じ作者の小説がなくなると もっと 今まで知らないでいた作者があるかも
と思ってまた探す。見つける。読んでみる。面白いから他の作品も・・・
という具合に広がっていき・・・それで抜け出せない。私にとっては嬉しい悲鳴だ。

  今はまっているには 時代物の書き手としては若い 女性作家二人だ。
  一人は あさのあつこ もう一人は 西條奈加。
  この二人の小説が 実に面白い。
  小説の構成も内容もしっかりしていて 賞ももらっている。
  こんな作家や小説と出会うと 内心ニンマリしてしまう。
  こうしてなにかしら新しい発見があるから 読む醍醐味もあるというものだ。

  こんなふうだと 一生江戸物からは抜け出せないかもしれない と最近では想う。
  それならそうでいい。そんな形の幸せがあってもいいのではないか。
  というよりこれは 自由に動けない私に どこからか与えられた幸せなのではないか
とさえ このごろでは想えてくる。
  人間 いたるところに青山あり・・・与えられた場所で与えられた幸せを生きる。
  人間万事塞翁が馬・・・改めてこの言葉を頼もしく感じる。
  この幸せ 眼福がずっと続きますように・・・。
  

  今日もいい天気。
  いつものごとく 朝早くから夫は起き出して なんやかややっている気配。
  私はといえば 昨夜 最近なかった足の激しい痙攣が起きて あまり寝ていなかった。
  一昨日 左足の小指を傷めてしまった。 気温の変化に体がついていっていないから
思っているより 歩く時に足が上がっていないようだ。
  用心のために 昨日リハビリの前に診察を受けた。
  レントゲンで かすかに見えるか見えないかで 細いヒビが入っているのわかった。
  しばらくは不便だが 自然に治るのを待つより仕方ない。 との医師の言葉だった。
  右足にきた痙攣は そのせいもある。
  強い痙攣の後は いつまでも痛みが治らずに なかなか眠れないのだ。
  
  それなのに 夫ったらマイペースで早くから自分の布団を剥がして干しにかかる。
  そのうえ 私の掛布団まで 剥がして干そうとする。まだ布団の中にいるのに!
  昨夜はあまり眠っていないから もう少し横にならせてよ と言っても聞き入れない。
  私も負けずに 言い張る。でもふざけながら引きはがす。
  もう~!まだ足の痛みがあるし腰も痛いんだって!!
  しばらくは夫はあきらめたようだったが 今度は嫌がらせのように洗濯機が回る音が。
  まるで 早く起きて仕事しろ と脅迫されているような・・・。
  まあこれもいつものこと 仕方がない起き出すか 足はまだ元に戻っていないけど。

  起き出すと同時に 夫は布団カバーを外して干しにかかる。
  カバー洗っても干すスペースもうないじゃない! とは思っても洗濯しなくちゃ・・・。

  家の中の事が粗方終わると 今度は溜まっている用を済ませに 外出。
  飾り棚の蛍光管がパカパカしだしたから買い替えの物が要る。
  いろいろ不足の物を買い足しにホームセンターへ。
  溜まっている文庫本をブックオフへ持って行く。
  食品の買い出しにスーパーへ。
  欲しい物が揃わなくて三軒のスーパーをハシゴする。

  お昼ご飯も食べないで これだけの用を済ませて帰宅。すぐにお昼ご飯の準備。
  夫は食べ終えるやいなや 畑へ飛んで行った。 やれやれ・・・。

  夕方早めに帰った夫は 娘の所へ送る野菜や なんやかやを箱詰めにかかる。
  手伝って 今日買ってきた物も数点入れて 大きい段ボールと冷凍物の箱とを作る。
  そして 夫が早速宅配会社の営業所へ持って行った。

  帰って来る間に夕ご飯の用意を始めた。
  帰って来たら夫は風呂だ。出た時には夕飯が準備されているのが当然のように。

  これは長年培われてきた二人の関係だから仕方がない と諦めてはいるが
もう少し おっとりゆっくりのペースで生活したいと思う。
  いつも なにかに追われてでもいるかのように せかせかと落ち着かない毎日だ。
  特に 夫が仕事が休みの日。 普通は逆じゃないの? 休みの日くらい 二人で
のんびりしてゆったりと過ごすんじゃないの?もうこの歳なんだからさあ~
 こんなふうだと 夫婦の会話なんてなくなるよ・・・。 
 少しは二人でってこと 考えてよねえ~・・・。