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  夫は深夜 いつもの友人と釣りに出かけて行った。
  おにぎり三つとお茶を持って。
  前夜までの夫は まるで修学旅行に行く小学生のよう。これもいつものこと。
  はたして釣果はいかに?

  明日から私は東京へ。
  向こうは暖かい。室内も温かいから私の体にはいい。
  それで 当分の間 向こうで過ごす予定だ。
  その間 夫は独りになるが 近くには息子家族もいるので心配はない。

  家の掃除はして行かないつもり。
  せっかくきれいにしていっても 帰って来た時には元の木阿弥。
  していってもいかなくても同じだから。
  よそのご主人の中には 主婦が留守の間は 食器も限られた物だけを
洗っては使って 室内も汚さないように気遣うようだが 夫は違う。
  まあそれでも 快く私の東京行きを認めてくれるだから 文句は言うまい。

  長い滞在だから パソコンは持って行こう。
  なかなかテレビをみる時間もないだろうが 寝る前にパソコンを開くことぐらいは
したいと思う。
  
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  昨夜は激しい風雨。
  窓ガラスに打ちつける大きな音にあまり眠れなかった。
  だからというわけではないが 今朝はグズグズとベッドの中で過ごした。
  最近は夫もこんな日は けっこう目覚めるのが遅くなっている。
  朝寝できるのも二人暮らしの気楽さだ。
  夫は年齢のわりにはよく動くが やっぱり心身は正直だ。
  雨の日くらい できるだけ長く休ませてあげたい。

  近所のTさんが畑で作った野菜をたくさん持ってきてくださった。
  それも一つ一つの出来が素晴らしい。チンゲン菜もター菜も水菜も一株がとても大きい。
  雨間をみてとってきてくださったというのに どれも葉に汚れがついていなくて
丁寧に収穫してきてくださったことがよくわかる。 沢山の種類をこんなにたくさん。
  お手伝いもしないのに自転車に乗って持って来てくださる。いつも心苦しい想いだ。

  とても食べきれない量だから 息子や娘のところへもおすそ分けする。
  Tさん宅の野菜は無農薬だから 味もスーパーのそれとは違って とても美味しい。
  孫たちも喜んでモリモリいただくに違いない。

  明日は娘のところへ いただいた野菜を送ってあげよう。

  今日は午後 Iさんに来ていただき 体の痛む箇所を温める試みを 前回に続いて
やっていただいた。
  前回より長く試みていただいたせいか 終わった後もホンワカとした温かみを感じて
嬉しかった。
  自分のためにも家族のためにも これを継続してみたいと Iさんにお伝えした。

  家族全員の体調が良くなればいうことはない。
  長男は連日残業残業で疲れが溜まっているようで肩こりがひどいし まだ子供なのに
小学生の孫もひどく肩がこるらしい。勤めに出始めた嫁も体が疲れているだろう。
  みんなの体にいい影響を与えられるなら こんな幸せなことはない。

  その後 Facebookを指導を受けながら立ち上げた。
  一応 手順をノートに記録しながらやったから 一人でもできるはず。
  うまくやり取りができればいいが・・・。
  遠くにいる甥や姪の動向などがわかれば楽しいだろうと思う。

  ところが私は未だガラ携だから スマホを持ってパソコンと連動させている人のようには
うまく事は運ばないだろう。
  それに 友人や離れて暮らす息子に Facebook始めたよと連絡したら なんと彼らから
やっていないよ という返事がきてしまった。
  息子曰く 面倒だし友達増やしには興味がない だって!
  なによ!!なによォ!! せっかく習ってできるって張り切ってたのにィ~。

  でもでも いいの!!
  I さんとだけだっていいもんねェ~だ!!
  

  今日から大学病院への通院は 木曜日になった。
  担当医師の県病院への出向が火曜日にある。そうなると規則的な通院ができない。
  それで今回からしばらくは 木曜日に通院日を替えてもらった。
  本当は木曜日は書道の日なのだが 来月いっぱいはお休みさせてもらうことにした。

  受診の曜日が違うと なんだか麻酔科全体の雰囲気が違う。
  火曜日は診察ブースに助教授が出てみえるが木曜日は教授。看護士さんたちは
メンバーが変わらないのに 少しいつもより言葉遣いが丁寧で声も小さめ。
スタッフ同士や患者との無駄口や冗談もない。
  助教授の人柄からか 火曜日はもっとフランクだ。
  教授もふんぞり返っている人ではないが やはりスタッフには助教と教授は
応対の仕方が精神的に違ってくるのかもしれない。

  曜日は違っても私が受ける診療内容は変わらない。
  点滴の後痛み止めのトリガーを何か所にも打ってもらう。

  いつもと同じなのに 終わったのがいつもより二時間近くも遅い時間だった。
  火曜日より時間がかかる患者が多いせいかもしれない。
  次回もきっと今日と同じくらいになるだろう。

  そんなことを想いながら 飲み物を買ってホールで休み 駅へ向かった。
  

  今夜何気なくテレビのチャンネルを替えていたら 面白い番組をやっていた。
  子供が三人の時が一番母親にかかるストレスが高くなるそうだ。
  たしかに 自分も子供が三人になった時は心身ともにしんどかった。
三人が一度に熱を出した時など 何日も不眠で看病してフラフラになった。
  母親も三人が一番えらいというよ と言っていた。
  四人になると 上の子が下の子の面倒を見たりして 母親の分も肩代わりしてくれる
から そんなにいつもいつも神経を張りつめていなくてもいいらしい。

  たしかに人間が三人集まると社会ができる。 社会ができるといざこざが起き
様々な問題が出てくる。事が起こると一対二に分かれてしまう。その段階で意見が対立
したまま事が解決しない。ところが四人になると 意見の対立はあっても時々で賛否の
メンバーが変わるから メンバー間での評価は時と場合で様々になる。
  多すぎても互いのことに無関心になるだろうから かえって自己中心な子供になる
可能性が出てくるだろう。

  育児ストレスも何十年も前のことで 今はかえってしんどかったあの頃が懐かしい。
  今頃になって 科学的にわかってきたことをつきつけられてもやり直しはきかない。
  子供それぞれが 社会の中で自分の場所と幸せを見つけて
穏やかに暮らしてくれたら それでいい。

  もし今夜のテレビをあの頃見たら 四人目を考えただろうか。
  経済的に余裕があったなら別だが まず無理だっただろう。
  やっぱり私には三人が精一杯だった と思う。
  子育てはとても大変な仕事だ。一つも手が抜けない。
  毎日気を張りつめての育児は神経をすり減らす。
  
  孫たちを育てている盛りの息子や娘を観ていて 自分で よくやってきた と
自分に言い聞かせているようでは とてもじゃないが四人は考えられない。

  よく晴れて風もない穏やかな小春日和の日 孫の七五三詣りを無事に済ませた。
  連休で大安おまけに犬の日と 日和がいいから 七五三だけでなく安産祈願や
結婚式もあって 神社は大賑わいだった。
  いつもは静かな境内も まるで街中のよう。
  社殿の中もお祓いの順番を待つ家族で 床几は埋まっていた。

  御簾の向こうでは 厳かにそれぞれのお祓いをする神官の祝詞が聞こえてくる。
  そんな中 座って自分の番を待っていられなくて 動き回ったり大声をあげたりする
子供がいる。
  同じ歳のほとんどの子が おとなしく両親や祖父母に付き添われて待っているから
そういう子は目立ってしまう。 
  他の親や祖父母は なんてしつけのなっていない子 という目で 床几に腰を下ろして
見るともなく そんな子の様子を目で追っているのがわかる。
  それでも そういうタイプの子の親は 不思議に周囲には気を配らない。
  ちょっと考えたら みんな同じ歳の子供なのだから 自分の子も他の子と同じように
振る舞えなければおかしいのだが そうは考えられないようだ。
  きっと親も同じような育ち方をしたのだろう。
  
  今回東京で 神社だけでなくあちこち孫を連れて行ったが そのどこでも同じような
子供がたくさんいることに気づいた。
  わが子が可愛いのはどの親も同じだ。どの時代でもだ。
  それでも親は 自分の子が社会で生きていくために必要不可欠なことは躾けてきた。
  それが昨今の親は まるで野放図でわがままな子に わが子を育ててしまっている。
  この傾向を黙って見過ごしていいものだろうか。
  
  こちらの年齢がそう思わせるのか 最近首をかしげざるを得ないような有様に
気づくことが多い。

   今日もいい天気。
   今まで見て見ぬふりをしていたが 狭い庭には咲いた後立ち枯れた花の名残りが。
   一番多いのがホトトギス。春に咲いた小手毬や小米桜も枝が伸び放題になっている。
   夫は柿剥きで精一杯。よし!ちょっと切るか。
   ちょっとと思っても 案外に大変だ。やり始めてしばらくすると案の定
腰の痛みが増してくる。それでもキリのいいところまでやらなくては。

   ホトトギスを片づけただけでも 少しすっきりしてきた。
   次は小手毬が隣のお宅までも伸びる勢いだから その枝を幾つか切る。
   ついでに 全体の枝先も揃うように切り詰める。
   その後は小米桜。こちらもフエンスを飛び越えて側溝の上まで伸びている枝を切る。

   これだけすると かなりきれいになってきた。
   体さえ丈夫なら こんなことは朝飯前だが 今の私にはこれだけが精一杯。
   それでも久しぶりに剪定ばさみを握って 小気味いい音を立てて枝を切ると
気分もその音のようにスカッとする。

   多分夫は気づかないにちがいない。いつ気づくだろうか。
   それまでは黙って知らん顔をすることに。
   じゃないと イタイイタイと言っているのになんでそんないらない事をする!と
叱られるのがわかっているから。

   わかってるけどね 私だってたまにはこうして真似事でもしないとね
生きてる気が萎えてくるのよ・・・。

   

  今日も午後から駅へ。
  午前中は習字へ。今月最後になる旨先生にお願いした。
  いつもは火曜日の大学病院の受診が 来週は木曜日になったからだ。

  先月末からよく駅へ行く。
  今日は東京からの帰りの特急券を買いに。
  それと 図書館から予約してあった本の順番がきたとの連絡があったから
本をとりに。ついでに他の本も借りに。

  駅に繋がる商業区の一方が改築されてから 以前より賑わうようになった。
  鉄道自体の利用者より商業区の利用者のほうが おそらく多いだろう。
  それくらい人が多い。

  今日は切符を買う窓口で ずいぶん待った。
  窓口を利用する度に思うが 係りが二人 というのはいささか少ない。
  何故かというと ただ購入するだけのお客ばかりではないからだ。
  購入済みのを変更する人 いろいろ聞きたい人 幾種類もの違った切符を買う人
会社の社員のために様々に切符を組み合わせて何人分も購入する人などなど。
  だから さっさとスムーズに列は進まない。
  列の中には 当日のそれも時間がせまっている切符を買って 間に合う電車に
乗りたい人もいる。その人がイライラと待っているのが伝わってくる。

  窓口が 当日分の切符を購入する窓口と 一か月以内の切符を購入する人の窓口
質問等を受け付ける窓口とに分かれていれば 乗りたい電車の時刻がせまっているのを
イライラしながら並んで待つこともなくなるし 窓口を分けることによって
待ち時間も大幅に縮小されるはずだ。

  NTTの工事の時にも思ったが 元は国が経営していた大きい会社の営業が
利用者の側に立ってのサービスでないことがおかしい。

  日本式のおもてなしが昨今取沙汰されるが オリンピックの時 海外から押し寄せる
たくさんの観光客が このJRを利用するとする。そして今日の窓口の私のように
切符を購入する際に長く待たされたら おもてなしを 日本を どう思うだろう。
  気配りの行き届かないやり方は とてもおもてなしから遠いところのある。
  ましてや言葉の通じない国でのこと。もっと細やかな心配りの行き届いたサービス
でなければ おもてなしの国とは言えまい。

  海外で日本のおもてなしが取り上げられ評価を得ていることに 胡坐をかいては
いないか。
  ここらでもう一度 私達の国を私達の国の現状を 地に足着けてしっかり見直す
必要がある と強く思う。
  海外での評価に値する 心配りのできる 真におもてなしの国 と胸張って言える
そんな日本でありたい。
 

   また今年も柚子が黄色い実をたくさんつけた。
   去年は 植え替えたばかりだったから 実の数が少なかった。
   今年は しっかり根付いたからだろう 可愛い実がたくさん生った。

   それで 毎年作ってきた柚子味噌を今年も作った。
   今年は少し作り方を変えてみた。
   まず 柚子の皮だけを予め摩り下ろしておく。
   その後 皮をむきふさだけにして種を取り除き ジューサーにかける。
   白みそに砂糖を加えてよく練る。その後火にかけて砂糖と味噌を溶かし混ぜる。
   よく練れてきたらジューサーで出来た柚子汁を加えて練る。

   この作り方が正当なのかどうかわからない。すべて我流だ。
   でも出来上がった物は 味見してみると美味しい。
   冷ましたら瓶に詰めて冷蔵庫へ。
   おすそ分けもする。

   耕す土地や庭があると 一年中何かしらする手仕事がある。
   一年最後の夫の仕事が干し柿作りだとすると 私のは この柚子仕事か。
   まだ畑の木には二十以上の実がなっている。
   蜂蜜漬けにしたり 焼酎漬けにしたり。できればジャムも。
   そして残りは柚子風呂に。
   まだまだ 柚子で楽しめる。

  昨日は Iさんに足や手を温めていただいたからだろう。
  リハビリで温パットをあててもらったら いつもより温かみを感じた。
  改めてありがたかった。
  
  昨夜 そうしたリハビリから帰り そそくさと夕飯の支度をして食べ終え 
ヤレヤレと 夫とテレビをつけてくつろいでいた。
  そこへ一本の電話。
  初めは いつもと少し違った声の様子に 何事かあったなと想った。
  しかし それが何なのか見当がつかなかった。

  話を聞いて驚いた。
  嬉しいことだが 危うい話の内容で 聞いているうちにも顔が知らず知らず引き締まる。
  事の次第が固まるまでは 慎重にしなくてはならない。

  これからはイタイイタイとばかり言っていられなくなるかもしれない。
  私の力でどうにかなるものではないが なんとか事が成就できるよう神仏に縋ってでも
成り行きを見守りたいと思う。

  午後から 四か月振りに Iさんが来てくださった。
  来てくださったら あれも話そうこれも話そう と想っていたのに お顔を見たとたん
まるで昨日会っていたみたいに玄関先で話していた。それも玄関の内外に山になっている
渋柿の話を 何のためらいもなく。

  Iさんは お変わりなくむしろ以前よりもお元気な様子だった。
  気取りがなく なんでも話せてしまう雰囲気は いつ会っても変わらない。
  こういう方と 長い年月お付き合いさせてもらえる幸せを実感する。

  彼女はスピリチュアルなことから心身を快腹治癒させる様々な方法まで 広い知識
と技術を持っている。
  その技術で 私の痛みや冷えを改善してやろうと 今日試みてくれた。
  普通なら 今まで試みた人は体が次第に温まってくるのだそうだが
どうしたことか 瞬間的には表皮は温まるのだが 直後にはもう冷めている始末。
  血のめぐりが極端に悪くなっているようだ。
  それに 長年たくさんの薬を服用しているのも 体が芯から冷え切っている一因
だろうと思う。

  なんとしても体を冷やさないことが 痛みを緩和する第一になる。
  それは 娘のところへ行くとよくわかる。
  しっかりした造りのマンションだからだろう。全く冷えを感じない。それに痛みが
ずいぶん緩和するからだ。

  だから 今日彼女が試みてくれた施術でも きっと体は温まって痛みも緩和するはず。
  彼女は 今日の結果に懲りず あきらめないでまたやってくれると言う。
  本当にありがたいことだ。

  こんな実益を期待して 最初からお付き合いが始まったわけではないが
想いかえしてみると 私は彼女から助けてもらう一方のような気がする。
  彼女の懐の深さや幅広い知識が いつも私を救ったり助けたりしてくれる。
  どれだけ精神的に助けられてきたことか。
  そして今 心だけでなく体までも改善してもらおうとしている。
  
  彼女の清祥な心根と相手を想う心の深さに これからも甘えて行く私が見える。
  私から彼女に なにかお返しできることがあるだろうか・・・。

  昨日は友人と会ったり図書館へ寄ったりで 駅まで行った。本は二週間借りられるので
しばらくは行くことはない と思っていた。
  そうしたら 今日 娘から電話があり 先日やりそこねていた七五三を 
今月下旬の連休にしたいという。 娘に予定が入っているということで 連休には無理
だから 来月にでも という話になっていたのだが 予定がキャンセルになったから
出来れば連休にお詣りしたい というのだ。
  夫も私も 今月には無理 と娘が言った時点で 夫は友人と釣りに行く約束をし
私は病院の受診予約をし それぞれ予定を入れてしまっていたから大変!
  さっそく夫は友人に連絡して 釣りをキャンセル。私のほうは 月曜日にならないと
予約センターと繋がらないから 月曜に受診日を変更しなければならない。

  可愛い孫娘のためだから仕方がない。
  それに いつかは国外で暮らすようになるだろうから できるだけ様々なことを共有
して一緒の時間を過ごしたい という私たちの想いもある。

  今月下旬の連休ならば 神社もまだ七五三詣りの装いで お詣りする子供も
多いだろうから 時期としては外れていないし 来月よりはよっぽどいい。

  二度手間になってはしまったが 元気になって無事に七五三を迎えられたことは
ジジババにとっても嬉しい限りだ。 喜んでまた東京へ行ってあげよう。

 小学校からの友達から 昨日電話があった。
 ご主人と一緒に 県内にあるご主人の実家へ来ている という。
 
 今までは 猫を何匹も飼っていたので家を空けるわけにいかず ご主人が実家へ
帰られても 彼女はついて来なかったが 猫がみんなあの世へ旅立ったから 一緒に
動けるようになった。それで今回 一緒に実家へ来ていたのだ。
  彼女のブログで 実家へ行くことは知っていたが 県内や近くに何人ものお兄さんが
住んでいらっしゃるから きっとそちらとの行き来で忙しいだろうと思っていた。
  それでも めったに実家へ来ない彼女だからこそ 会いたいと思って連絡してみた。
  ちょうど私も 図書館へ火曜日までに行く用事もあった。 それなら今日駅で会おう 
と約束ができた。

  そんな時に限って足に強い引き攣れがきて 今朝は出かける時間が遅くなってしまったが
それでも彼女は気長に待っていてくれた。友のありがたさをしみじみ感じた。

  久しぶりに会っても互いの日常の出来事など 話すことはたあいもないことばかりだ。
  それでも 顔を合わせて話出したとたん 彼女が やっぱり楽だわァ~ と言う。
  それぞれの夫より付き合いが長いから 全てとまではいかなくても お互いの表も裏も
知っている間柄だからだろう。 タレパンダのごとく ダレェ~とした心持ちのままで話が
できるからだろう。それは私も同じだ。
  お昼を食べ 新しくできた県産品のショップを覗き 駅に隣接しているお店を
あちこち見てまわった。合間には腰を下ろせる場所で話しながら。

 適当な時間がきて 彼女は間に合う列車で帰っていった。
 たったそれだけのことだったのに 彼女の言葉ではないが 私も気持ちが晴れた。
 ここ数か月というもの 日中ほとんど家の中に一人でこもっていたから余計だろう。

 やっぱり人と それも気の合った友人と話すのはいい。
 なんのてらいもなく話せて しかも解かってもらえる人と話すことの楽しさを
改めて感じた。
 本ばかり読んでいては感じない心地よさがある。

 月曜には 数か月振りで Iさんが我が家へ来てくださることになっている。
 楽しみだ。
  

 最近急に気温が下がったのに伴って 体の冷えも急に感じるようになった。
 それも並大抵の冷えではない。

 気温が下がり始める頃から すでに敷毛布は使っている。肌着も長袖 長ズボン下も
履き 分厚い靴下も履いて 体を冷えないようにしている。
 おまけに寒いと感じる日には 今年の初め 暖かくなって店頭に見られなくなる前に
買い求めておいた貼るカイロを 腰に貼っている。
 そして 日中はミノムシのようになる形状の電気毛布にくるまって過ごしている。

 そこまでしているのに 体の芯がまったく温まらないのだ。
 それどころか リハビリに通い始めて以来 首腰足の三か所を温めるのだが その温め
さえも 足が特にだが 全然温かく感じられなくなってしまっている。
 感じないから おかしいと思ってパットに触れてみると熱い。
 やっぱり感覚がなくなっているのだと分かる。

 それで今日は 足 腰 背中 両腿 両腕 にカイロを貼った。
 それなのに それでも 体が温まらなかった。
 リハビリに行った時に そのことを話てはみるが どうしてもらいようもない。

 自分なりに 元々腰椎の二つが竹筒状だし 足の大切な神経が傷ついてしまっているから
こんなに体が芯から冷えているのでは と思っている。
 が それにしても今年ほどの冷えを感じたことはない。
 これから 毎年冬が近づく度にこんな冷えを感じながら暮らすのかと思うと 嫌になる。
 どうにかならないものだろうか・・・。
 
 

  実現しなかったが先日孫の七五三のために 東京へ行った時 滞在最終日に
絶対観たいと思っていたので 上野の国立博物館で開催中の 日本の国宝展へ出向いた。
  午後も遅い時間帯だったにもかかわらず 拝観者が押すな押すなで 着いた時には
入館まで 四列に並んで五十分待ちの状態だった。
  仕方がないから最後尾に付き並んだが 私の体が 立って待っているうちに
持たなくなりそうだった。そんな私を夫が見て これはダメだと思った。
  あまり普段は使いたくないのだが こんな場合は別だ。それで夫は すぐそばにいて 
待っている人の列を整理している係りの人に 実は身障者手帳を持っているのだが と
話すと 係員は それなら向こうにいる係りにその旨を伝えてください という。
夫は小走りにその人の所へ行き 事情を話した。係り員は承諾してくれて 別の入り口から
夫と私を館内へ入れてくれた。
  長く待っている人たちには申し訳ないが こんな場合はありがたい。
  そうして入って 拝観の人で混雑するなか 観てまわった。
  観るといっても 足腰が悪いし杖もついている。人ごみの中での杖はかえって危険
でもある。人の意識が他へいっているから 気付かないで杖を蹴飛ばしたりされるからだ。
だからその注意もしながら 混雑のなかでもできるだけ人の少ない陳列物を選んでまわる。

  そんな状態だから ゆっくり一点一点を心ゆくまで観てまわることはできない。
  それでも 展示物はすべて国宝 それもめったに観られない御物ばかりを日本中から
集めての展示だから とても見ごたえのある展覧会だった。

  正倉院の御物も数点あった。作られてからの年月を感じさせない宝物だった。
  中尊寺からの国宝もあった。この夏 夫と行って観てきた国宝を また観られるなんて
なんて幸せなことだろう。
   
   堪能するまではいかなかったが それでも素晴らしい国宝の数々をこの目で観られた。
   七五三は残念だったが それをうめるくらいの満足感を得たように思った。

   この秋一番の楽しいことだった。

  今日は大学病院への通院日。いつものように夫の車で送ってもらう。
  一日に何百人も受診する大学病院は 行く度になにかしら発見がある。

  今日も なんでもないことだけど ちょっと心が温まる事があった。
  面白いと言ってはとても失礼なのだが 日本人からすると珍しい光景だった。
  大学病院の中にはコンビニもコーヒー屋も食堂もあるが 小さいが郵便局もある。
  受診のために外出したついでに寄れるから この郵便局はとてもありがたい。

  振り込みをしようと寄った郵便局でのことだ。
  いつもは 待たないで用事を済ませられるのだが 今日はちがった。
  郵便の窓口も貯金や振り込みやらを扱う窓口も 順番を待っている人が数人いた。
  狭い局の中はそれでもういっぱいだ。
  あら めずらしい と思いながら入口近くで番を待っていた。
  すると ゴソゴソガサガサ音がする。
  立って待っている人たちの足でこちらからは見えないが その人たちの足元から音は
聴こえてくるようだ。
  なんだろう と足の間の向こうを見ると 隅っこで背を向けて人がしゃがんでいる。
  あまり体格は大きくはないが 大人の男性のようだ。
  興味本位で 観察することにした。
  なにやらブツブツ独り言を言いながら 箱の中に手を突っ込んでガサコソさせている。
  それも 言葉は日本語ではないようだ。外国の人だ。
  箱の中には何が入っているのだろう。気になる。
  もっとよく見ると しゃがんでいる周りには白い紙がたくさん散らかっている。
  なにをしているんだろう・・・。あの白い紙はなんだあ・・・。

  待っている人がいなくなって 私とその人だけになった。
  
  山のようになっている紙には 文字が書いてあるようだ。
  そして 箱の中には 小さな箱がたくさん。それに緑色のなにか。
  箱の外にも 小さな箱やらなんやらが幾つか散らかっている。
  その真ん中で 床に這いつくばるようにして 男性が。

  その人は しばらくすると 重そうな箱を持って窓口へ。
  たどたどしい日本語で これでいいか聞いているようだ。
  そうか あの紙の山は書き損じた宛名だったり 内容物の申告書だったりだ。
  そして どれを入れてどれを外せばいいかあれこれ試していたんだ。何度も何度も。
  持ち込んだ品物が多すぎて 送る箱の中には入りきらないから大変なんだ・・・。 
  おまけに日本語が通じないから 窓口の係とのやりとりもスムーズにいかず
何度も梱包し直したり書き直したり 随分時間がかかってしまっているんだ。
  あの緑色の正体もわかった。ロゴブロックの入れ物だ。
  おそらく国元にいる自分の子供か親族の子供への品だろう。

  よく考えたら来月はクリスマスだ。クリスマスに間に合うようにと 
あれこれプレゼントを揃えて送るのだろうと気付いた。
  床の上で 汗みずくになって 遠くで暮らす家族や親族へ贈ろうと 必死になって
荷作りする姿は なかなか日本人には見られない光景だ。

  初めは好奇心だけだったのが 事の次第が理解できると
最終的に荷物が受理されると 思わず よかったわねえ と声をかえてしまった。
  その人は恥ずかしそうに私を見た。係の人もヤレヤレと思ったのか 笑顔だった。

  病院からの帰り 私もその人に触発されて 何かクリスマスの品を買う気になった。
  そして 孫たちに送るクリスマスのカードを書店で買った。
  ちょっと奮発して 高いのを・・・。
  

  いつもリハビリに行っている整形外科の受付のそばに 小さなガラス製の額がある。
  今までは気に留めなかったが 今日リハビリが終わり診察券を受け取ろうと待っていると
その額が目にとまった。
  よく見ると 小さなガラス板には 天国の言葉 とある。
  そしてその下には ありがとう 幸せです 感謝します ごめんなさい と縦に並べて
彫ってあった。 天使と一緒に。

  これらは 天国の言葉というより天国へ行くための言葉 だろう。
  他人に これらの言葉をたくさん使えば使うほど 自分の心が清められて 
あの世へ召された時には きっと天国へ行ける というものだろう。

  ありがとう や ごめんなさい 感謝します より 一番言いにくいのが 幸せです
かもしれない。
  自分のおかれた立場や毎日を 幸せと思って過ごすことは 考えるより難しい。
  いつもいつも幸せと思える種を心のうちに持っていて なおかつそれに水をあげて
芽を育てることを日々忘れない・・・。
  
  人間は自分勝手な動物である。自分本位に物事を考え行動することが多い。
  他人を羨むこともある。不甲斐ない自分が情けなくなることもある。
  そんな生活を送る中で 幸せと感じられない日も多い。
  それでも 幸せ と感じるためには よほど達観しているか宗教でも信じているか。

  思いついて幸せ 考えたら幸せ でなく 自然体で 幸せです と感じ言えたなら
どんなにか毎日を楽しく過ごせるだろうと想う。

  痛む体も 自由に動けない悩みも関係なく 幸せです と言える私でありたいと思う。

  
  
  
 

 我が家の目の前に建設される高速道路工事に伴って 高圧線の鉄塔が幾つか移動する。
その工事も次第に進み 新しい鉄塔が作られて 古い鉄塔が撤去される。
 目の前の小山に立っている鉄塔も 撤去の対象になっている。
 昨日あたりから本格的に 撤去に向けての作業が始められた。                                    今朝からも雨の中 高圧線を張り替えるために 高所での作業がされた。
 めったに見られない作業だから 夫は気が付く度に双眼鏡を持ち出して 見ていた。
そしてその都度 私に おい今こうしているぞ ああしているぞ と知らせてくれ おまけに
私にまで見てみろと言う。
 たしかに 高い所で豆粒が少し大きくなったような人が動いて 見る度少しずつ形や線が
変わっている。

 いったん登った人は 午前ずっと登ったままで作業して降りてこない。
 下世話な話だが 夫は トイレはどうしているのだろう オムツでもはいているのだろうか
と 余計な心配までしていた。
 宇宙飛行士も 打ち上げ時にはオムツをはいているというから きっとそうだろう。
 お昼過ぎにいったん降りて しばらくしてまた登っていった。
 降りるのも登るのも 高いから時間がかかるようだ。
 それにしても これだけ工事方法が進んだ世の中でも 登り降りは自力でだ。
 慣れている作業とはいえ 大変なことだ。

 今まで どうやって電線の架け替えをするのか不思議に思っていたが 作業を観ていて
ようやく分かった と夫の言。
 それくらい 今日の昼間何回も何回も 子供みたいに仰ぎ見ていた夫だった。
 七十近くなっても 好奇心の薄れない夫である。
 

  私の友人に 広い畑でたくさんの作物を作っているご夫婦がある。
  元々は奥さんと友達なのだが その友人のご主人という方が また器用な人で
春は春で山へ入って山菜を採り 秋は秋で茸を採り おまけにミツバチまで飼って
はちみつ採りまでしている。もちろん畑にはぶどうなども作ってみえて 一年中
よく動いてみえる。 まるで我が家の夫のようだ。

  何年も前に 我が家で干し柿を作っている話をしたら ご夫婦とも好きだから
わざわざ渋柿を買って干し柿作りをしている とその友人が言った。
  夫にその話をしたら 渋柿を採りにきてもらったらどうか と言ってくれた。
以来 毎年ではないが 何年かおきに採りにみえる。
  今年も 今日 遠い所からご夫婦でみえた。たくさんの土産を持って。
  毎回 そんな気遣いはいらないからと言うのだが それでもなにやかやと
畑で採れた野菜はもちろん 友人の住む地域にしか売っていない食品をあれこれ細々と
取り揃えて 夫婦でやってみえる。それなのにそうやって遠い所から来てくれるのに                       一度も我が家の中へ入ってもらったことがない。なんだか申し訳ないのだが
着くや否や すぐに畑へ行って柿をちぎった後 とんぼ返りして行かれるからだ。
  本当はもっとゆっくりしてもらって お茶などお出ししたいのだが 帰りが遅くなるから
いい と固辞される。

  今日はお昼すぎに我が家に着かれた。
  ちょうど夫がお昼ご飯を食べに戻っていたから さっそく一緒に畑へ。
  そういえば 夫とご主人は今日が初めての顔合わせだった。
  今までは 夫の勤めが入っていたり 友人が娘さんと来たりで 顔を合わせる機会が
不思議になかったからだ。
  この辺りの干し柿の作り方や干し方を 夫がご主人に伝授していた。
  器用なご主人だから きっと自分で美味しい干し柿を作られることだろう。
  何事も手間を惜しまないで働かれるご主人と よく似ている性格の夫は
初対面とは思えない様子で話していた。

  身軽なご主人は木に登って 友人は下で 二人は短時間で柿をちぎって 
また今年も アッという間に帰って行かれた。
   遠い所を ご苦労様でした。
   お土産たくさんありがとう。
   柿剥きたいへんだけど 美味しい干し柿つくってね。

  
  

  明日から 夫は渋柿の収穫にかかる。
  その前に 干し柿の連を作るためには まず 剥いた渋柿を三個ずつさす竹串を
作らなければならない。 孟宗竹を切り出してきて串の長さに切り 切ったものを刃物で
細くさいて竹串を作る。毎年およそ四十連ほど作るから串の数は四百本ほどになる。
  年々作る連の数は減っているから今年は三百五十本ほどか。先週の土日でそれを作り
何回かに分けて沸騰するお湯に入れ消毒した後 それを乾かす作業を終えた。
  収穫した柿を玄関に入れておき 室内に敷いて剥くためのシート 連にするのに必要な
ロープや 連にしたのをカビないように燻蒸するための道具などなど 準備するものも多い。
  それらが もうまとめられて玄関に陣取っている。

  明日の晩からは 柿剥きが始まる。
  そうして 完成品にするまで 手間と時間が費やされる。

  その昔 この干し柿を市に出して得るお金が 唯一農家の現金収入だった。
だから 市場でお金が入ると そのお金で亡父は子供たちにグローブや長靴など
欲しい物を買ってきてくれたという。買ってあげられる幸せ 買ってもらえる幸せ・・・
その日を思い描きながら 父母はもちろん夫も嫌がらずに手伝ったのだろう。
  夫の作る干し柿も立派だから 売ったらと言う人もあるが 夫にその気はない。
  皆さんに褒めてもらって 美味しいと言っていただくのが嬉しいのだ。

  昔 夫が今は亡き父母を手伝った干し柿作り。 夫が生家を離れた後は 亡父母が
黙々と背を丸めて夜なべでした柿剥き・・・夫が生まれるずっとずっと前から生家の畑に
植わった渋柿の木は 祖父母 父母と受け継がれ 彼らの想いとともに夫に渡された。
  だから 干し柿作りの作業は 夫にとっては一年中で一番大切な農作業だ。
  
  今は生家のある地域でも 干し柿を作る農家はめっきり減って あれほど有名だった
干し柿の連がまるで暖簾のように軒下に下がって干される情景は 見られなくなっている。
  手間のかかる割に見入りが少ないのと 昨今は冬場に甘いお菓子や食べ物がたくさん
あるから地味な干し柿はあまり好まれなくなったからだ。それに 見合う値を求めれば
とても高価になってしまう。それなら洋菓子を買ったほうが 見栄えもいいし好まれる。

  それでも夫の作る干し柿は大きくて甘いから 差し上げる方はとても喜んでくださる。
  それに 干し柿は 元々日本の年越しとお正月には欠かせない縁起物でもある。

  夫は また今年も さしあげる方々の顔を思い浮かべながら 父母を想いながら
柿を収穫し 皮を一つ一つ丁寧に剥くだろう。
  父母と同じように 黙々と 背を丸めながら・・・。

  実は 一昨日東京から名古屋まで乗車した新幹線の指定席車内の座席に 
夫が自分のバッグを置き忘れてしまった。
  身に着けていないことに気付いたのが 最後に下車したG駅の改札を出てからだった。
  切符はスーツのポケットに入れていたから 新幹線から東海道線への乗り換え時にも
バッグを持っていないことに 全く気付かなかったのだ。
  本人だけでなく私も まさかそんなこととは思いもしていなかった。

  慌ててG駅の改札口で 新幹線の車内に忘れものをした と届け出て書類を書いた。
  その列車は新大阪行きだったから 駅員は もし新大阪で見つかれば
その旨連絡が入るから と告げた。
  駅を出てすぐ 今度は警察へ行き 遺失物の届けを出した。
  応対した若い婦人警官は バッグの中に入っていた物を書きだす夫の顔を
信じられないものを見るような目で見ていた。
  それはそうだろう。 バッグの中には 財布は勿論 運転免許証 健康保険証
カードが二枚 ジパングの写真入りの手帳 車と家の鍵 現金三万円 その他諸々
  どれだけ大切な物を入れていたの そんなバッグをよく忘れたわねえ・・・
  だれでも そう言いたくなる。
  その場で一件のカード会社へ電話して すぐに止めてもらった。

  バッグを置き忘れたことに夫が気付いてからというもの 夫は自分のミスなのに
まるで私が悪いかのような言動。
  お前が 早くから荷物を棚から降ろせと言うからだ・・・
  座席の横に置いていたのに 何故気付かなかった?・・・  などなど・・・。

  自分が忘れたのに なんで私のせいにされなきゃならないの!!と言い返したいが
それをするのは 火に油を注ぐことになるだけなのが解かっているから
こちらは どうして大事なバッグを忘れたりしたの!!と言いたいのもグッと我慢して
G駅からは 全くだんまりを通して必要なことだけしか言わなかった。

  家の鍵は私も持っていたからよかった。
  帰り着くや 早速カード会社へ連絡。
  帰宅途中 駅や警察からは現時点では出てきていない と電話が入っていたから
まずカードが不正に使われてしまわないよう手配した。
  次は運転免許証と保険証。
  翌朝になって 再発行の手続きをしなければならない。

  
  だから昨日は 免許証がないから 夫は仕事にも行けず 私を大学病院へも送れず。
  仕方がないから 私はいつもより早く家を出て バスを乗り継いで病院へ行った。
  役所が始まる時間を見計らって 夫は様々な手続きをする予定でいた。
  ところが 役所へ出かけようとしていたら 新幹線の新大阪駅から連絡があった。
  バッグが無事見つかった という連絡だった。届に記載してあった品物すべてを
チェックしたが 無くなっている物はないようだ との事だった。
  夫は お礼を言い 至急送付してもらうようお願いした。
  そのバッグが今夜着いた。確認したら無くなった物は一つもない。現金もそのまま。
  新大阪へすぐにお礼の電話を入れた。

  見つかったこともそうだが まったく中身がそのままの状態だったなんて
奇跡としか言いようがない。
  指定席で名古屋の後誰も座らなかったことも幸いしたのだろうが外国ではありえない。
  正直者が多くて 誠実な国民性の日本だからこその奇跡だと思う。
  改めて 日本ってなんて素晴らしい国なんだろう と感激した。

  根が楽観主義の夫は 見つかったという知らせがあった時点で饒舌になり
親父ギャグまで飛び出す始末。
  いったいさっきまでのアレはなんだったのよ!と呆れてしまったが 見つかって
よかった と私もその場にくずおれてしまいそうになるくらい 安堵した。

  今朝は 夫は長男に乗せてもらって出勤したが バッグが届いて鍵が戻ったから
明日の朝は送ってもらわなくていい と嫁に電話したら 夫の性格や私の性格
私たち夫婦の普段の様子を知っている嫁は
  お義母さんのためにも よかったですねえ
と笑いながら電話の向こうで言っていた。
  その通り!! ヤレヤレだわ!!    



  

  

 昨夜遅く 東京から帰宅した。
 楽しみにして行った 孫娘の七五三だったが 着いてみたら 残念なことになっていた。
 この春 川崎病になった孫だったが それと同じような症状が 夫と私が行く前夜から
現れ始めて 熱まで出てきていた。
 全身にアレルギーのような蕁麻疹のようなボロが出て とても七五三どころではなかった。
 娘宅に着くや否や 娘と孫に付き添って 緊急で大きな病院へ走った。
 ところが春もそうだったが 川崎病に特徴の症状が判然としない。
 だから 症状がどのように出るかを見極めねばならないから 熱さましは処方されない。
 救急医と病棟医の判断で その晩はなにもされなくて帰宅。次の日に再度診察を受けた。
 やはり川崎病らしいとなって 時間をかけての点滴を。

 その日は本来ならば神社にお詣りしてお祝いの膳を囲むはずだった。
 病気では仕方がない。
 七五三の一日を記録するようにカメラマンを予約してあったが キャンセル。
 元気になったら必ずまた依頼するからと とりあえずキャンセルを頼み込んだ。
 食事のほうは簡単ではない。お店が事前に食材を準備してあるからだ。
 娘が電話して事情を説明すると キャンセルはできないがケイタリングしてくれるという。
 伝えた時間に 料理人が三人で運んできた。ありがたかった。
 そこで家での食事会となった。
 孫も食欲だけは衰えていなかったので お店で食べるよりゆっくりゆったり食事できた。
 味もとてもよくて 孫もモリモリ食べていたが やはり体が思わしくないのか途中からは
ダラダラ。点滴の効果が切れ始めると また湿疹や熱が・・・。

 そんなわけで 東京滞在中は外へも連れ出せず屋内で過ごした。
 孫はじいじとばあばが来ると楽しみにしていたらしく しきりに遊びたがる。
 七五三のお祝いにと求めた ままごとのキッチンを 夫と婿で組み立て。
 完成すると それでままごと遊び。
 
 最後の日の昨日は 午後から 友人の結婚式に出席する娘と一緒に家を出た。
 名残惜しいが どうしても観ておきたい美術展があったからだ。
 上野の国立博物館で開かれている 日本の国宝展。
 さすがにすごい人人・・・。
 それでもめげず 人の間から覗き見るようにして観て廻った。
 午後も遅かったからあまり時間はなかったが 数々の宝物を観られて 満足満足。

 楽しみにして行った孫の七五三は残念な結果になってしまったが 素晴らしい国宝を
この目で見られたのは とても嬉しかった。

 今月の後半にある連休にお詣りしたいが と娘が都合を聞いてきた。
 はてさて どうなることか・・・。