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  夫は深夜 いつもの友人と釣りに出かけて行った。
  おにぎり三つとお茶を持って。
  前夜までの夫は まるで修学旅行に行く小学生のよう。これもいつものこと。
  はたして釣果はいかに?

  明日から私は東京へ。
  向こうは暖かい。室内も温かいから私の体にはいい。
  それで 当分の間 向こうで過ごす予定だ。
  その間 夫は独りになるが 近くには息子家族もいるので心配はない。

  家の掃除はして行かないつもり。
  せっかくきれいにしていっても 帰って来た時には元の木阿弥。
  していってもいかなくても同じだから。
  よそのご主人の中には 主婦が留守の間は 食器も限られた物だけを
洗っては使って 室内も汚さないように気遣うようだが 夫は違う。
  まあそれでも 快く私の東京行きを認めてくれるだから 文句は言うまい。

  長い滞在だから パソコンは持って行こう。
  なかなかテレビをみる時間もないだろうが 寝る前にパソコンを開くことぐらいは
したいと思う。
  
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  昨夜は激しい風雨。
  窓ガラスに打ちつける大きな音にあまり眠れなかった。
  だからというわけではないが 今朝はグズグズとベッドの中で過ごした。
  最近は夫もこんな日は けっこう目覚めるのが遅くなっている。
  朝寝できるのも二人暮らしの気楽さだ。
  夫は年齢のわりにはよく動くが やっぱり心身は正直だ。
  雨の日くらい できるだけ長く休ませてあげたい。

  近所のTさんが畑で作った野菜をたくさん持ってきてくださった。
  それも一つ一つの出来が素晴らしい。チンゲン菜もター菜も水菜も一株がとても大きい。
  雨間をみてとってきてくださったというのに どれも葉に汚れがついていなくて
丁寧に収穫してきてくださったことがよくわかる。 沢山の種類をこんなにたくさん。
  お手伝いもしないのに自転車に乗って持って来てくださる。いつも心苦しい想いだ。

  とても食べきれない量だから 息子や娘のところへもおすそ分けする。
  Tさん宅の野菜は無農薬だから 味もスーパーのそれとは違って とても美味しい。
  孫たちも喜んでモリモリいただくに違いない。

  明日は娘のところへ いただいた野菜を送ってあげよう。

  今日は午後 Iさんに来ていただき 体の痛む箇所を温める試みを 前回に続いて
やっていただいた。
  前回より長く試みていただいたせいか 終わった後もホンワカとした温かみを感じて
嬉しかった。
  自分のためにも家族のためにも これを継続してみたいと Iさんにお伝えした。

  家族全員の体調が良くなればいうことはない。
  長男は連日残業残業で疲れが溜まっているようで肩こりがひどいし まだ子供なのに
小学生の孫もひどく肩がこるらしい。勤めに出始めた嫁も体が疲れているだろう。
  みんなの体にいい影響を与えられるなら こんな幸せなことはない。

  その後 Facebookを指導を受けながら立ち上げた。
  一応 手順をノートに記録しながらやったから 一人でもできるはず。
  うまくやり取りができればいいが・・・。
  遠くにいる甥や姪の動向などがわかれば楽しいだろうと思う。

  ところが私は未だガラ携だから スマホを持ってパソコンと連動させている人のようには
うまく事は運ばないだろう。
  それに 友人や離れて暮らす息子に Facebook始めたよと連絡したら なんと彼らから
やっていないよ という返事がきてしまった。
  息子曰く 面倒だし友達増やしには興味がない だって!
  なによ!!なによォ!! せっかく習ってできるって張り切ってたのにィ~。

  でもでも いいの!!
  I さんとだけだっていいもんねェ~だ!!
  

  今日から大学病院への通院は 木曜日になった。
  担当医師の県病院への出向が火曜日にある。そうなると規則的な通院ができない。
  それで今回からしばらくは 木曜日に通院日を替えてもらった。
  本当は木曜日は書道の日なのだが 来月いっぱいはお休みさせてもらうことにした。

  受診の曜日が違うと なんだか麻酔科全体の雰囲気が違う。
  火曜日は診察ブースに助教授が出てみえるが木曜日は教授。看護士さんたちは
メンバーが変わらないのに 少しいつもより言葉遣いが丁寧で声も小さめ。
スタッフ同士や患者との無駄口や冗談もない。
  助教授の人柄からか 火曜日はもっとフランクだ。
  教授もふんぞり返っている人ではないが やはりスタッフには助教と教授は
応対の仕方が精神的に違ってくるのかもしれない。

  曜日は違っても私が受ける診療内容は変わらない。
  点滴の後痛み止めのトリガーを何か所にも打ってもらう。

  いつもと同じなのに 終わったのがいつもより二時間近くも遅い時間だった。
  火曜日より時間がかかる患者が多いせいかもしれない。
  次回もきっと今日と同じくらいになるだろう。

  そんなことを想いながら 飲み物を買ってホールで休み 駅へ向かった。
  

  今夜何気なくテレビのチャンネルを替えていたら 面白い番組をやっていた。
  子供が三人の時が一番母親にかかるストレスが高くなるそうだ。
  たしかに 自分も子供が三人になった時は心身ともにしんどかった。
三人が一度に熱を出した時など 何日も不眠で看病してフラフラになった。
  母親も三人が一番えらいというよ と言っていた。
  四人になると 上の子が下の子の面倒を見たりして 母親の分も肩代わりしてくれる
から そんなにいつもいつも神経を張りつめていなくてもいいらしい。

  たしかに人間が三人集まると社会ができる。 社会ができるといざこざが起き
様々な問題が出てくる。事が起こると一対二に分かれてしまう。その段階で意見が対立
したまま事が解決しない。ところが四人になると 意見の対立はあっても時々で賛否の
メンバーが変わるから メンバー間での評価は時と場合で様々になる。
  多すぎても互いのことに無関心になるだろうから かえって自己中心な子供になる
可能性が出てくるだろう。

  育児ストレスも何十年も前のことで 今はかえってしんどかったあの頃が懐かしい。
  今頃になって 科学的にわかってきたことをつきつけられてもやり直しはきかない。
  子供それぞれが 社会の中で自分の場所と幸せを見つけて
穏やかに暮らしてくれたら それでいい。

  もし今夜のテレビをあの頃見たら 四人目を考えただろうか。
  経済的に余裕があったなら別だが まず無理だっただろう。
  やっぱり私には三人が精一杯だった と思う。
  子育てはとても大変な仕事だ。一つも手が抜けない。
  毎日気を張りつめての育児は神経をすり減らす。
  
  孫たちを育てている盛りの息子や娘を観ていて 自分で よくやってきた と
自分に言い聞かせているようでは とてもじゃないが四人は考えられない。

  よく晴れて風もない穏やかな小春日和の日 孫の七五三詣りを無事に済ませた。
  連休で大安おまけに犬の日と 日和がいいから 七五三だけでなく安産祈願や
結婚式もあって 神社は大賑わいだった。
  いつもは静かな境内も まるで街中のよう。
  社殿の中もお祓いの順番を待つ家族で 床几は埋まっていた。

  御簾の向こうでは 厳かにそれぞれのお祓いをする神官の祝詞が聞こえてくる。
  そんな中 座って自分の番を待っていられなくて 動き回ったり大声をあげたりする
子供がいる。
  同じ歳のほとんどの子が おとなしく両親や祖父母に付き添われて待っているから
そういう子は目立ってしまう。 
  他の親や祖父母は なんてしつけのなっていない子 という目で 床几に腰を下ろして
見るともなく そんな子の様子を目で追っているのがわかる。
  それでも そういうタイプの子の親は 不思議に周囲には気を配らない。
  ちょっと考えたら みんな同じ歳の子供なのだから 自分の子も他の子と同じように
振る舞えなければおかしいのだが そうは考えられないようだ。
  きっと親も同じような育ち方をしたのだろう。
  
  今回東京で 神社だけでなくあちこち孫を連れて行ったが そのどこでも同じような
子供がたくさんいることに気づいた。
  わが子が可愛いのはどの親も同じだ。どの時代でもだ。
  それでも親は 自分の子が社会で生きていくために必要不可欠なことは躾けてきた。
  それが昨今の親は まるで野放図でわがままな子に わが子を育ててしまっている。
  この傾向を黙って見過ごしていいものだろうか。
  
  こちらの年齢がそう思わせるのか 最近首をかしげざるを得ないような有様に
気づくことが多い。

   今日もいい天気。
   今まで見て見ぬふりをしていたが 狭い庭には咲いた後立ち枯れた花の名残りが。
   一番多いのがホトトギス。春に咲いた小手毬や小米桜も枝が伸び放題になっている。
   夫は柿剥きで精一杯。よし!ちょっと切るか。
   ちょっとと思っても 案外に大変だ。やり始めてしばらくすると案の定
腰の痛みが増してくる。それでもキリのいいところまでやらなくては。

   ホトトギスを片づけただけでも 少しすっきりしてきた。
   次は小手毬が隣のお宅までも伸びる勢いだから その枝を幾つか切る。
   ついでに 全体の枝先も揃うように切り詰める。
   その後は小米桜。こちらもフエンスを飛び越えて側溝の上まで伸びている枝を切る。

   これだけすると かなりきれいになってきた。
   体さえ丈夫なら こんなことは朝飯前だが 今の私にはこれだけが精一杯。
   それでも久しぶりに剪定ばさみを握って 小気味いい音を立てて枝を切ると
気分もその音のようにスカッとする。

   多分夫は気づかないにちがいない。いつ気づくだろうか。
   それまでは黙って知らん顔をすることに。
   じゃないと イタイイタイと言っているのになんでそんないらない事をする!と
叱られるのがわかっているから。

   わかってるけどね 私だってたまにはこうして真似事でもしないとね
生きてる気が萎えてくるのよ・・・。

   

  今日も午後から駅へ。
  午前中は習字へ。今月最後になる旨先生にお願いした。
  いつもは火曜日の大学病院の受診が 来週は木曜日になったからだ。

  先月末からよく駅へ行く。
  今日は東京からの帰りの特急券を買いに。
  それと 図書館から予約してあった本の順番がきたとの連絡があったから
本をとりに。ついでに他の本も借りに。

  駅に繋がる商業区の一方が改築されてから 以前より賑わうようになった。
  鉄道自体の利用者より商業区の利用者のほうが おそらく多いだろう。
  それくらい人が多い。

  今日は切符を買う窓口で ずいぶん待った。
  窓口を利用する度に思うが 係りが二人 というのはいささか少ない。
  何故かというと ただ購入するだけのお客ばかりではないからだ。
  購入済みのを変更する人 いろいろ聞きたい人 幾種類もの違った切符を買う人
会社の社員のために様々に切符を組み合わせて何人分も購入する人などなど。
  だから さっさとスムーズに列は進まない。
  列の中には 当日のそれも時間がせまっている切符を買って 間に合う電車に
乗りたい人もいる。その人がイライラと待っているのが伝わってくる。

  窓口が 当日分の切符を購入する窓口と 一か月以内の切符を購入する人の窓口
質問等を受け付ける窓口とに分かれていれば 乗りたい電車の時刻がせまっているのを
イライラしながら並んで待つこともなくなるし 窓口を分けることによって
待ち時間も大幅に縮小されるはずだ。

  NTTの工事の時にも思ったが 元は国が経営していた大きい会社の営業が
利用者の側に立ってのサービスでないことがおかしい。

  日本式のおもてなしが昨今取沙汰されるが オリンピックの時 海外から押し寄せる
たくさんの観光客が このJRを利用するとする。そして今日の窓口の私のように
切符を購入する際に長く待たされたら おもてなしを 日本を どう思うだろう。
  気配りの行き届かないやり方は とてもおもてなしから遠いところのある。
  ましてや言葉の通じない国でのこと。もっと細やかな心配りの行き届いたサービス
でなければ おもてなしの国とは言えまい。

  海外で日本のおもてなしが取り上げられ評価を得ていることに 胡坐をかいては
いないか。
  ここらでもう一度 私達の国を私達の国の現状を 地に足着けてしっかり見直す
必要がある と強く思う。
  海外での評価に値する 心配りのできる 真におもてなしの国 と胸張って言える
そんな日本でありたい。
 

   また今年も柚子が黄色い実をたくさんつけた。
   去年は 植え替えたばかりだったから 実の数が少なかった。
   今年は しっかり根付いたからだろう 可愛い実がたくさん生った。

   それで 毎年作ってきた柚子味噌を今年も作った。
   今年は少し作り方を変えてみた。
   まず 柚子の皮だけを予め摩り下ろしておく。
   その後 皮をむきふさだけにして種を取り除き ジューサーにかける。
   白みそに砂糖を加えてよく練る。その後火にかけて砂糖と味噌を溶かし混ぜる。
   よく練れてきたらジューサーで出来た柚子汁を加えて練る。

   この作り方が正当なのかどうかわからない。すべて我流だ。
   でも出来上がった物は 味見してみると美味しい。
   冷ましたら瓶に詰めて冷蔵庫へ。
   おすそ分けもする。

   耕す土地や庭があると 一年中何かしらする手仕事がある。
   一年最後の夫の仕事が干し柿作りだとすると 私のは この柚子仕事か。
   まだ畑の木には二十以上の実がなっている。
   蜂蜜漬けにしたり 焼酎漬けにしたり。できればジャムも。
   そして残りは柚子風呂に。
   まだまだ 柚子で楽しめる。

  昨日は Iさんに足や手を温めていただいたからだろう。
  リハビリで温パットをあててもらったら いつもより温かみを感じた。
  改めてありがたかった。
  
  昨夜 そうしたリハビリから帰り そそくさと夕飯の支度をして食べ終え 
ヤレヤレと 夫とテレビをつけてくつろいでいた。
  そこへ一本の電話。
  初めは いつもと少し違った声の様子に 何事かあったなと想った。
  しかし それが何なのか見当がつかなかった。

  話を聞いて驚いた。
  嬉しいことだが 危うい話の内容で 聞いているうちにも顔が知らず知らず引き締まる。
  事の次第が固まるまでは 慎重にしなくてはならない。

  これからはイタイイタイとばかり言っていられなくなるかもしれない。
  私の力でどうにかなるものではないが なんとか事が成就できるよう神仏に縋ってでも
成り行きを見守りたいと思う。