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  昨夜 夕飯の後 ご機嫌で歯磨きもし 私と一緒に孫のベッドに横になった。
  いつもなら 母親が一緒に寝るのだが 今夜はお腹の具合が悪く歩くのもやっとなので
言い聞かせて 私と寝たのだった。

  ベッドに入り 赤いくつ のお歌を歌って と言われて 何度か歌った。
  どうも 孫は い~じんさんに~つ~れられて~ のくだりを
に~んじんさんに~つ~れられ~て~ と思い込んでいるようだ。
  女の子が人参に連れられて行くのだから そりゃあ不思議だろう。 

  その後は昔話を三題。
  もっともっと とせがむのを 狸寝入りでごまかしていた。
  孫はもぞもぞと 一人で動いていた。

  ところが 突然 まったく急に 嘔吐し始めた。 
  ピューッと吹き出すように 何度も嘔吐する。                                                     あまりにも突然だったから 何が起こったのか戸惑うくらいだった。

  これはいけない!と体を動かし 進行形の孫に枕にしていたタオルを与え
とにかく 娘を呼んだ。
  幸い婿も帰宅していて 私は後始末 娘は新しいシーツ類を出し 婿は孫を洗面所へ。

  ノロウイルスだと大変だから 早速マスクに手袋をし 後始末にかかった。
  自分が着ていた衣類も汚れたから まず着替える。

  ベッドに並んでいたぬいぐるみも全滅だから 汚物を掃い 消毒のために多めに
ハイターを入れて洗濯機をまわす。
  洗い終わったら 平置きの二段になった網にのせ 浴室の乾燥機にかけた。
  ベッドから剥いだシーツ類は ぬいぐるみの後に一度洗って漬け置きした。
  何枚ものシーツだから 一度にはできない。

  娘が出した新しいシーツをベッドにかけ タオルを何枚も敷いた。

  それからは 孫が触ったと想われるドアノブや床 ベッドサイドの汚した壁 洗面所など
消毒剤と洗剤で もれなく拭いた。
  
  これだけのことをすると 頭の先から汗がポタポタとしたたり落ちる。
  することを終えてシャワーを浴びたら もう日付が変わっていた。

  孫の容態は まだまだ落ち着いていない。
  それでも 次第に間遠になっていくようだ。しかしその分 孫の体力は無くなっていく。

  妊娠中の娘にうつらないか それが心配だが 私と寝室が離れているし
こういう時は やはり母親でないと仕方がない。
  
  明日は 保育園を休ませ かかりつけの小児科医へ連れて行くことになるだろう。

  先週お休みしていた保育園のクラスの男の子が 今日久しぶりに登園し
一緒にプールに入ったりしたらしいから おそらくその子が持っていたウイルスを
もらってしまったのではないか と想う。
  だとしたら ひょっとして 同じクラスの他の子供たちの中にも 
今夜 孫と同じ様なことになっている子がいるのではないか・・・。
  孫だけでなく・・・。

  明日 小児科を受診すれば 正体がわかる。
  
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  土日になると 代々木公園では なにかしら催しがある。
  この土日は 自然農法で農業をしている人や無農薬で野菜を作っている人などが
集まって それぞれがテントを張ってのイベントがあった。

  今日明日だけが晴れの天気予報が出ているし 孫を連れての外出も
保育園へ通うようになってなかなかできなかったので 孫を連れて
そのフェアーへ行ってみた。 

  娘が事前に調べたら 無農薬のプラムを販売するお店もある というので
プラム大好きな私は 期待して行った。
  我が家の畑のプラムは 今年は全滅 と 夫から聞いていたから なおのことだった。

  会場までは いつものようにハチ公バスに乗った。
  公園のへりをちょっとまわる感じの道のりだから アッという間に着く。

  公園に着くと 正面のステージでは ワールドミュージックフェアー と銘打って
歌やダンスが披露されていた。
  私は興味もなく 素通りしようとしたが 意外や孫は ステージのダンスに興味津々。
  そのダンスが ベリーダンスだった。

  さすがに日中の公の場だから 衣装も露出の少ないものだったが
それでも 独特の音楽に合わせて腰を激しく振る踊りに 初めて目にする孫は釘づけ。
  一曲また一曲と 曲が変わる度にダンサーも衣装も変わり 音楽も変わる。
  胸から下 おへその下まで出して 激しく腰をまわしたり前後左右に振ったりしながらの
踊りに 身じろぎもしないで見入っていた。

  次から次に 新しい音楽や踊りが出てくるから 適当なところで切り上げて
そのままファーマーズフェアーの会場へ向かった。

  ところがところが そのフェアーは大したことがなく 私としてはガッカリ。
  なにか珍しいものや美味しそうなものがあれば 買ってかえろうと思って来たが
目新しいものはない。
  お昼近かったから 無農薬米のおにぎり三個とお餅を一つ それに
人参とリンゴのジュースを買って 近くに設けられたテーブルで食べた。

  お祭り騒ぎ的なこともなく お客の数もそこそこで 落ち着いた気持ちでゆっくり食べた。

  目当てのプラムを販売しているテントさえ あまりにも地味過ぎてわからなかった。
  それでも 見つけて 五個二百円を十個買った。安くはない。

  ヤギのミルクを使ったパンを販売しているテントがあって
そこに 子ヤギが繋がれていた。
  パン屋はその一店舗だけだったし 孫はそのパンは食べられないから買えなかったが
そのテントに 子ヤギが繋がれていた。
  触ってもいい とのことだったので 孫に頭をなでさせた。
  怖がりの孫は おそるおそるだったが ちょっとだけなでた。
  孫の収穫といえば これだけだったろう。

  興味を引くものが別にないから またステージの横を通って帰る。

  ステージでは 若い女性の 売れない?シンガーソングライターが
なにやら小難しい歌詞の曲を 電子ピアノを弾きながら歌っていた。
  孫は ここでも立ち止まって二曲ほど聞いた。

  バス停へと歩きながら孫が言うこと。

  あのおねえさん ハトポッポたいそうのお歌 うたったらいいのにねえ
  ハトっポッポたいそうのお歌 たのしいよねえ
  **ちゃん ハトポッポたいそうのお歌 ききたかったなあ~

  そう 孫の保育園ではプールに入る前 そのハトポッポ体操の歌なるものを歌いながら
みんなで体操をして プール遊びをしているのだ。
  これがよくできていて 準備体操を 幼児向けの歌に合わせた動きで体操と思わないで
楽しく体操できるように作られている。

  なぜ私が知っているかというと 最近 孫がベッドに入る前に
娘のアイパッドから流れる曲と画像に合わせて 一緒に体操させられているからだ。
  幼児向けだから 体操といっても簡単で単純な動きだから 私でもできる。
  娘はソファーに座ったまま 手だけ動かしている。

  このハトポッポ体操に 孫がはまっている。
  だから ステージのおねえさんが このお歌を歌ってくれたらいいのに・・・
  なんだかわからないお歌を歌って聞かせるより・・・

  孫の中に きっとそんな想いがあったのだろう。

  三歳児らしいかわいい想いが 期待してきた割にショボカッタ催しも 暑かったことも
すっかり許せるような そんな心持ちにさせてくれたのだった。

   今日は 朝からこぬか雨が絶え間なく降っている。
   保育園へ行かない孫は いつもより朝寝坊。
   それに連れて 私のすることも いつもよりのんびり。

   昨夜の深酒で帰宅の遅かった婿は 多分一日寝ているだろう。
   
   昨日夕暮れに届いたトウモロコシを 今朝食べたい と娘が言っていたから
外側の皮やヒゲを除いてラップで包み レンジに入れる。
   毎日飲んでいる ごぼう茶を作る。

   起き出した孫の洗面や着替えを済ませ 娘と三人での簡単な朝食。

   さて 外は雨だ。
   一日 何をして過ごさせよう・・・。

  日課の金魚の世話を一緒にさせる。
  金魚を水槽からすくって 小さなバケツに移させる。
  金魚すくいの要領だから 孫はこれが楽しみだ。
  三十分かけてその中で餌を食べさせた後 今度は薄く消毒薬を入れた
もう一つの器へ移す。
  五分間その中で泳がせたら きれいにした水槽へ戻す。

  その後は 孫と二人で 焼きドーナツを作った。
  粉や材料を量り一緒にして袋に入れ コネコネさせる。

  孫は おいしくなァれ おいしくなァれ と言いながら 小さな手でこねる。
  孫は精一杯コネコネしているつもりだが なにせ力もないし指先でのコネコネだから
いつまでたっても 中身は混ざらない。
  おてつだいしてェ と言い出すまでやらせる。
  あ~あ~つかれちゃったァ と言いながら 私へバトンタッチ。

  しっかり混ざったら 袋の角を小さく切って 今度は型に絞り出す。
  孫に袋を持たせ私が助けて 型へ絞り出した。

  孫の作業はそこまで。
  あとは熱くなったオーブンへ入れて十五分。

  出来上がったドーナツは六個。
  私と母親に しぶしぶ一個ずつをくれ あとの四個をぺろりと食べた。

  コネコネやら力を入れての絞り出しやらで 本当に疲れたのか
四個目を手に持ちながら 孫の目が次第にトロンとしてきた。

  食べ終え 口をきれいにさせて そのままベッドへ。
  しばらくは なにやら母親との話声がしていたが それも今はしない。

  私も 孫が目覚めるまで自由に過ごす。

  今夜の夕飯は いなりずし。

今朝 孫を保育園に送って行くのに同乗し 検診に行く娘と一緒に 婿の運転で
東京衛生病院へむかった。
  いつもは婿が付き添って受診するのだが 今日はインターナショナルスクールの説明会
があるので 私におはちが廻ってきた。

  上の孫もここで産んだから 病院の場所は知っていたが 出産前の検診の付き添いは
今回で二回目だ。
  今日は案外早くに 娘の番号が表示されて 私も診察室に入った。

  今の超音波はすごい!
  お腹の赤ちゃんの頭の中の脳までが 画面に映し出される。
  心臓も 四つに分かれた心室心房それぞれや弁が クッキリと映っていた。
  背骨も臍帯 手足もすべても異常なく育っていた。

  私が妊娠中の時も 超音波検査はあったが 画像の解析度も悪かったし 第一それでの
検査は とても高かった。
  四十年の医学の進化はスゴイ。

  お腹の状態も 前回の時より悪くなっていなくて もしかしたら そのまま入院か と
ヒヤヒヤだったが 帰宅できる とあって 娘も私も一安心。
  私が来た成果だと 二人で喜んだ。

  あと十日間なんとか保たせられたら その後はもう薬は飲まなくてもいい と言われた。
  
  もう少しで赤ちゃんが産まれてくる!

  午前中は 洗濯をしたり留守の間の夫の食べ物を準備したり タクシーで整形外科へ
リハビリに行ったり と 慌ただしく過ごした。

  そうしておいて 間に合うひかりに乗ろうと 家を出た。
  ちょうど 三時半前のに乗れた。
  このひかりは一時間四十分ほどで品川に着く。
  孫の保育園からの帰りに間に合わせようと タクシーで できたばかりの高速環状を
近くの出口まで使い マンションに着いた。

  着いて十分もしないうちに孫が帰ってきた。
  迎えに下のエントランスまで行くと 私の顔を見るなり飛びついてくる。
  私が帰宅していた間 いつ戻ってくるの と何度も娘に聞いて待っていたらしい。

  孫がヘルパーにお風呂に入れてもらっている間に 夕食の準備にかかる。
  今夜は ホウレンソウのクルミ味噌和え モズクときゅうりの酢の物 餃子風焼き物
それに 枝豆を茹でたもの。
  簡単な物ばかりだから 孫がお風呂を出る前には 食卓の準備が出来上がった。

  三人でワイワイ話しながら きれいに平らげた。
  歯磨きのあとは ベッドでの読み聞かせタイム。
  最近の孫は かこさとしのカラスのパンやさん がお気に入り。
  ベッドにぬいぐるみのお友達を並べ その横に座って 一緒にお話を聞く。
  その後は 娘が来て一緒に寝入るまで横になっている。 

  本読みを終えた後は 月曜日からやっていないという 金魚の世話。
  三十分間 カルキ抜きと塩を入れた水に金魚を入れてえさをあげる。
  その後は カルキ抜きと消毒液を入れた水に移して 五分間。
  水槽の水を換え 酸素タブレットをきれいにする。
  その後 きれいになった水槽へ 金魚を戻しておしまい。

  いつもは 朝 金魚の世話をするのだが 明日は孫が出るのに合わせて
娘は病院へ行くから 私も付き添わねばならない。
  折あしく明日は 孫が九月から入るインターナショナルスクールの説明会があるから
婿はそちらに出席しなくてはならない。
  入学に際しての必要なことなど しっかり聞いてきてもらわねばならないから
婿は 今回は娘に付き添えない。
  それで 急きょ私が 娘の病院行きの付き添いだ。

  そんなこんなで 多分明日は朝から四人ともが 外出の準備をしなければならない。
  孫の保育園行きの準備は もう済ませた。
  教避難訓練があって プールはなかったから 明日はリュックと水筒が持ち物だ。
  リュックの中への着替えは もう入れた。
  明日の朝は 豆乳パックとコップ歯ブラシを入れるだけだ。

  今日は朝から 慌ただしく過ぎた。

  明日 娘がマンションに戻って来られますように。
  診察の後 そのまま入院 なんてことになりませんように・・・。
  

  
  
  

  昨日は忙しかった。

  早朝 夫の出勤にあわせて便乗し大学病院へ。
  治療後 会計の番号が呼ばれるまでの時間を利用して 留守中に着いていた
光ファイバーからの振り込みを 院内の郵便局でした。
  それから 何件かATMで作業。
院内に 郵便局や三社のも銀行のATMがあるから とても助かる。
  その後会計を済ませ 処方箋をファックスで薬局へ送った。

  いつものように 直行バスで駅舎に繋がる図書館へ行き 東京へ持って行って行った本
を返却し 何冊か新しく借りる。
  本屋も覗いて数冊の本を購入。
  一番楽しみにしていた本は まだ出版されていなくて残念。多分この本は東京の書店で
買うことになるだろう。
  いつも利用する駅舎内の本屋さんでは ポイントカードを作っているから
本当はここで買いたいが 早く読みたい気持ちには勝てない。
  これらの本は すべて今度東京へ行く時に持って行く。

  夫に迎えに来てもらって 内科医院へ。処方箋をもらい薬局へ行く。
  大学病院の山ほどの薬と一緒に内科の薬も出してもらった。
  大きな紙袋いっぱいの薬。
  これらのおかげで 東京へも行けるのだから 私にはなによりも大切な物だ。

  薬局で薬をもらった後は そのまま整形外科へ。
  リハビリを受ける。
  来なかった分 足腰はカチカチ。
  それぞれが短時間の施術だが 受けるとやっぱり楽になる。

  帰宅すると もう七時を廻っていた。
  着替えて 夕食の準備にかかる。
  私がいない間に掘った新じゃがや玉ねぎなどを使った料理をすると
夫は機嫌がよくなるから 疲れていても面倒でも それらを使って作る。
  私がいない間 簡単な物しか食べていない夫だし 手間がかかっても作らねば。

  今日は新じゃがを煮ている。
  まだ皮が薄いから 飛騨風のころいもにはならないだろうが 料理酒やみりんなど
少なくなっていた調味料を買って待っていた夫の手前 煮ないわけにはいかない。

  留守中溜まった家事やなんやかやしているうちに 時間はアッという間に過ぎていく。

  

  品川を午後四時過ぎのひかりに乗った。

  今夜と明日の夕食の分として 野菜たっぷりのカレーを煮込んできた。
  これで明日までは 娘は食事の準備をしなくて済むだろう。
  朝は 婿が孫の保育園行きの世話をするというから 簡単な物を食べさせればいいし
なんとかやっていくだろう。
  洗濯や掃除は いつものようにヘルパーが来てするし 孫の入浴もさせてくれるから
主だった家事は 娘はしなくていい。

  問題は その他になんだかんだと 細かなことで動かなくてはならないことだ。
  いちいち横になった体を起こし 動くのは辛いだろうと思うが 私が帰っている数日の間
だけ お腹の赤ちゃんに影響がでない程度に ソロソロと動かざるを得ない。

  私も 幼児の世話がどれほど大変か 体を使うか とっくに忘れていたことを 追体験
している思いだから 私のいない間 娘があの体で動く と想像するだけでこわくなる。


  品川から名古屋まで 二時間のうちを 殆どウツラウツラとしてきた。
  
  明日はまた早く起きて 夫の車に便乗して 大学病院へ行く。
  

  最近の孫は 婿と話す時 完全にイギリス人だ。
  今までは婿の問いかけや話に イエスとかノウとか簡単な言葉でしか答えられなかった。
  ところが 今回来て驚いた。
  たった二か月ちょっとの間に 完全に言葉として英語を使って 父親と会話している。

  言葉が通じて 会話ができるようになったからだろう。
  婿の孫への働きかけも 以前と比べると格段に多くなっている。
  自然に可愛さも増すとみえ 近頃では 土日になると孫を連れて外出するようになった。

  昨日は 二人で電車に乗って日本橋の書店へ 孫の本を買いに行った。
  そして 英語の幼児書を六冊も買って帰って来た。
  それも 高価な飛び出す仕掛け本ばかりを。

  娘は 私には甘やかすなっていうくせに こんな高い本ばっかり六冊も買い与えるなんて
信じられない 
  と 笑いながら言っていた。
  英語を理解し始めた娘に 嬉しさを隠しきれない。その表れなのだろう。
  家庭の中で自国の言葉で会話ができる これほど気持ちの安らぐ事は
ないに違いない。

  今までも 彼は妻との会話は英語だったが 娘が初めに理解した言語は日本語だった。
  妻は娘と日本語で日常会話するし 交わる大人ともお友達とも 日本語で会話してきた。
  だから娘が 今まで英語で会話する機会は 日本語よりはるかに少なかった。
  自分との意志の疎通もまだまだ幼くてできなかった。
  多分 彼は淋しかったのではないだろうか。
  それがこのところ 娘に一気に英語力が着いてきたから いろいろな会話が
幼児なりにできるようになってきた。
  その喜びは 私たちには はかり知れないものがあるのだろうと想う。

  赤ちゃんが産まれれば 母親は当然その世話に追われるようになる。
  上の子はその分淋しい思いをすることも多くなるはず。
  そんな時 父親との会話がはずめば 多少なりとも気もまぎれるし
ますます父親との絆が深まっていくだろう。

  出産を控えたこの時期に 孫が英語で会話できるようになってきたことを
婿のためにも孫のためにも 嬉しいことだと思っている。

  

  娘は 自社の仕事をするために 孫がまだ一歳にならない頃から 都の福祉制度にある
保育ママ という人に 月に数回 孫をお預けして お世話してもらってきた。
   
   保育ママ制度は 忙しかったり急に病気になったりして 子育て中の母親が
ちょっと子供から離れたい時 お世話をお願いできる制度だ。
   保育ママとして 区に登録して認可を得た人に 予約しておいて預ける。
   区で決められた時給を その方に 預けた時間の分 お支払いする。
   保育ママは 保育の状況を示す金額の受領の印を 区に月ごとに提出されるらしい。

   区内には何人もの保育ママがいらっしゃるから 最初は区へ連絡する。
   区から紹介されるのだから どんな人に当たるのかわからない。
   来てもらう場合も こちらが保育ママのお宅へ預ける場合もある。

   孫の場合は ラッキーだった。
   預かってくださる方が 実にいい方だった。
   多分これ以上の人はいないだろう と想える方だ。
   だから預ける時は いつもこの方にお願いするようになった。
   そして今も毎日 保育園へ迎えに行きマンションまで連れ帰ってもらっている。
   本当なら こんな短時間の預かり労働は嫌だろう と思うが 
Mさんは 孫が保育園へ入った時から 娘の事情を分かってくださって
時間をやりくりして ずっと続けてくださっている。

   保育ママのMさんは 七十代の半ばを超えた女性だ。
   しかし お歳を聞いて驚くほどの 実に若々しい女性だ。
   単に顔立ちがいいとか肌の手入れがいいとかではない 心や生き方までもが
姿かたちになって現れている そんな感じの女性だ。
   あのような雰囲気は お金があってどれほど身を飾っていても醸し出せないだろう。

   彼女は 背筋がピンとして おしゃれで素敵な方だ。
   まさに 山の手の奥様 という風格で 言葉遣いも実にきれいだ。
   以前に一度 娘と一緒に孫を預けに行ったが 住まいも初台の高級住宅地にあり
お金ではなく 自身の生き方として 保育ママを続けていらっしゃるのだろう と思った。

   長年幼児教育に携わっていらっしゃったから 子供の扱いは言うに及ばず
母親に対する気持ちも行き届いて 保育ママとして申し分のない方だ。
   こんな方だから おそらく保育ママとしての人気も高いだろう。
   Mさんにお預けしたい と希望する母親も多いだろうに 園への送迎という
短時間のお願いで 申し訳ないような気がする。
   
   昨日も 渋い朱色のサマーセーターに白い麻のパンツ 肩にショルダーバッグ
をかけて白い靴を履き 颯爽と 軽やかに孫を送って来てくださった。

   生き方が姿に出る というお手本のような女性だ。
   

  今日で 今回東京へ来て 一週間が過ぎる。

  娘の容態は 日を追うごとに わずかにわずかに悪くなっているような気がする。
  お腹の赤ちゃんが日に日に大きくなっていく月齢の時分だから いたしかたない。 
  大きくなっていく胎児を なんとか子宮の中に留めさせて 医師の言う
万が一出てしまっても 管をつながなくてもいい状態にまで育てなければならない。

  そんな娘の様子が心配ではあるが いつも傍に居て 自分の目で見られることで
多少の安心感のようなものもある。

  月曜日には 例え遅くなっても 一時帰宅しなければならない。
  金曜日が 娘の検診日。
  この一週間私が来たことが 少しでも検診の結果に 現れてくれるといいのだが・・・。