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  今日は 久しぶりに動いた というか 仕事をした。

  夫が 畑から ゆずをとって来ていた。
  隣の畑から移植した柚子の木は 移植先の畑が気に入らないのか
なかなか 実の数が増えない。

  それでも 平らなおりぶたに並ぶほどの数は 収穫して来た。

  冬至用に数個残し 長男宅へ十個ほど揚げた残りを使って
今日 柚子ジャムを作った。

  なんでも手作業はそうだが 出来上がりは地味でも 美味しく作ろうとすると
手間がかかる。

  同じジャムでもイチゴジャムなどとは違って 柚子の実には 苦味があるから
まずは この苦味のもとになる 皮の内側の 白い綿の部分を取り除く作業から
始めないといけない。
  この作業が大変な手間で 時間がかかる。
  
  そして 皮を細かく切って ジャムにとろみをつけるために 種を茶袋に入れて
分量の砂糖と一緒に煮た。
  皮を細かく切るのにも 時間がかかった。

  煮すぎないように気をつけながら ようやく完成。

  ほぼ半月 寝たり起きたりだったから これだけで 腰痛がひどくなる。
  我ながら ふがいないことだ。

  でも 久しぶりに 何かを作った 仕事をした という気分は残った。
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  特に今月 体調不良で いつにも増して 引きこもりの生活をしている私を
夫は 夫なりに気にしてくれていたのだろう。

  私が大好きな女優が出ている映画がかかっているから 観に行こう と
昨夜 夫が言ってくれた。
  上映開始時間が二時近くだから 朝ゆっくり寝ていても大丈夫だから とも
言ってくれた。

  まだ頭が重くて 気分もすぐれないが せっかく夫が言ってくれるのだから と
行くことにした。

  お昼近くまでベッドの中にいて お昼ご飯を手早く済ませて 
映画館へ出かけて行った。

  映画の日本名のタイトルは 黄金のアデーレ。
  イギリスの女優 ヘレン・ミレンが主人公。
  戦時中 ウイーンの富裕家庭から ナチスによって持ち去られ
戦後 オーストリア国の所蔵物となっていた クリムトの絵画数点を
正当な持ち主として返却を求め 国と闘い勝利した 実話を基にした話だ。

  ヘレン・ミレンが演じる主人公の 伯母を描いたクリムトの絵は
あまりにも有名な絵画。
  
  自身の家族が幸せだった時代 その後に起こったホロコースト・・・
  主人公は 辛さから 今までわざと封印して生きて来た過去の出来事と
裁判で争うことで 向き合うことになる。

  辛く難しい裁判の過程で 彼女がくじけそうになった時
初め弁護を引き受けたのは 絵画の時価に魅かれてのことだった若い弁護士が
自らの親族もまたホロコーストの犠牲になったことを 我がこととして感じ
ビジネスではなく 彼女のために 絵画を取り戻そうとと 動き始める・・・。 

  私が四十代の初め 小さな映画館で上映された 描き方が絵画的で
音楽的な ちょっと変わった映画で ヘレン・ミレンを知った。
  以来 テレビでも 英国警察の警視役で出たドラマも 日本で放送されたり
アメリカのアカデミー賞をとったりしている 実に演技のうまい女優だ。

  気分も体調も 万全ではなかったが 映画を観ている間は 忘れていられた。 
  

 十一月も 残り数日。
 それなのに まだ霜が降りない。

 私が育った高山の冬は 寒い。
 雪が降る前の ほっぺたがヒリヒリするような早朝には 必ず霜が降りていた。

 真っ白な 五センチはあろうかという霜柱が
まだ舗装されていない道にも 周りの田んぼにも畔にも 真っ白に降りていた。

 学校へ行く前 集団登校の出発前 足下の霜柱を踏んでは遊んだ。

 白くて長い霜柱は 靴底で踏むと サクサクと乾いた音を立てた。
 その音を聴きたくて まだ踏まれていない霜柱を探しては 踏んだ。

 陽が照り出すと 日向の霜柱は またたく間に ゆるんで水になり
踏まれた場所には ぬかるみができる。
 すると あれほどきれいだった霜柱は 汚れたものになり
今度は 歩く度に靴底にベッタリと付いて 人には嫌われものになってしまう。

 あの 靴底で踏みしめる霜柱の サクサクと崩れる音と感触が
夫と 霜が降りない と 話していて よみがえってきた。

 ひ弱で覇気のなかった私と一緒に・・・。 

  今朝は 今冬一番の寒さだった。
  寒くても 夫の出勤の車で 医院まで送ってもらい 点滴を受けた。

  ようやく 炎症反応も下がって 明日からは 点滴に通わなくてもよくなった。
ようやく ここまでになった とうことか。

  今朝は 今冬一番の寒さでも まだ 霜は降りていない。
  今冬は まだ一度も 霜さえ降りてはいない。
過ごしやすいから助かるが この時期になっても霜が降りない などとは
気味が悪い現象だ。

  二時間もかけて点滴を終えての帰り道
気温が上がらず 風の冷たさが身にこたえる中 医院に近いバス停から
バスに乗った。

  早朝には 空は どんよりと濁った低い雲に覆われてはいたが
雨は降っておらず 防寒だけはしっかりして 家を出て来ていた。

  バス停の数でいえば たった二つ離れただけの距離だから
乗ったと思ったら アッという間に降車する。

  ところが たったそれだけの距離と時間 バスに乗っただけなのに
降車する時には ポツポツと雨粒が落ちて来始めた。

  降りたとたん急に雨脚が激しくなり なんと 雨に交じって透明ではないものが。
  まさかの みぞれだ。
  まだ 霜も降りていないというのに・・・。

  みぞれまじりの雨粒が 容赦なく振ってくる。
  傘など持っていないから 家まで濡れるより仕方がない。

  今朝 首に巻いて出た大きなショールを広げて 頭から首へと回し被って
歩き始めた。
  コートの襟を立て 私なりに 足早やに 家へと帰ってきた。

  こんな時 注意するのは 杖。
  晴れた日のようにつくと ツルッと滑って かえって危険だ。
  用心しながら やっとのこと 帰り着いた。  

  今年初めての みぞれ。
  今日の高山は きっと 初雪だろう。

 

  毎日 点滴に通っていたのに 体温がなかなか下がらなかった。
  下がっても 三十八度台までで 毎晩 氷枕を使って ベッドに。

  今日も 朝 夫が出勤する際に 医院まで送ってもらい 診察と点滴。

  いつもそうなのだが 私の血管は細くて見えない。 
  だから 下手な看護士だと 何回も針を刺し直し それでもダメで

けっきょく他の看護士に代わって ようやく点滴が始まる。
  腕ではできないから いつも手の甲の細い血管を使う。
  すると 太い血管からのように 早くは液を落とせない。
  ポトンポトンの間隔が 通常よりかなり間遠でないと 血管痛があり
腕全体の血管が 真っ赤に網の目状に現れてきてしまう。

  それでも 今日の血液検査の結果では 漸く炎症反応が1になった。
  医師は 炎症反応は下がってはきたが 明日が休診なので 金曜日に
もう一度 点滴に来るように と 言われた。

医院を出たのは 十一時近くになった。
  足の痛みも和らいできたから 医院の近くにある本屋へ
しばらくぶりに寄ってみた。

  この書店には 新刊の書棚とは別に 古本も売っている。
  最近は 古本といっても 出版されてすぐのものが売られている。 
  だから 新刊で読みたい本があるときには これはありがたい。
  古本といっても 一度目を通して読み終えたものを 購入者が すぐに
書店へ売った本だから 新品同様のもの。
  新刊に比べて 半値前後の値段で買える。
  私が読みたい本は 殆どが娯楽ものだから この古本で十分だ。
  ネットでも購入するが 紙の本よりは多少安いくらいで 古本よりは高い。
  それに 読みたい新刊が すぐにはネットで買えない場合が多い。
  そんなときには 古本がいい。
  出版されて一週間もしないうちに もう古本として 本屋の書架に並んでいる。

  今日は 三冊 読みたい本を見つけた。
  
  ちょっと体がよくなったおかげで これらを読む楽しみができた。

   

今朝 夫が 軒下に吊るしてある干し柿に 黒いカビが発生した と言う。
夫は 小鳥たちが ついばみに来るのを防ぐために 毎年小屋根の雨どいから
目の細かい網を 吊るす。
その作業をしようと 脚立をかけようとしていて カビに気づいた。

びっくりだ。
今まで長い年月 毎年たくさんの干し柿を作り 同じように干してきた。
干している間にカビが発生することなど 一度もなかった。

今年は暖かくて いつまでも気温が下がらない。
渋柿をちぎるのも 例年よりかなり早かった。

慌てて アルコール度数の高い果樹酒用の焼酎を 一つ一つの柿に吹き付けた。

これでは 干し上がっても 例年のような立派な連には ならないだろう。

下手をすると まったく食べられないような代物になってしまう可能性もある。

まったく 今年は散々な年になってしまった。

これだから 自然 天然相手の仕事は 怖い そして恐ろしい。
予測ができない気候相手の仕事は 大きな掛けの要素を含んでいる。

儀父母が作っていた時代には おそらく こんなことはなかっただろう。

今後もこのような気候が続くとなると 干し柿は作れなくなってしまうのではないか。

それでも 一生懸命に 一つ一つの柿に アルコールを吹き付けている夫の姿を
見ながら そうでなくても少ない連が これ以上悪い状態にならないように と
心から願った。



  昨日は 朝から体がだるく なんだかおかしかった。
  それでも 習字の稽古日だったから 休んだらその分書けなくなる と思って
出かけて行った。

  稽古中も 体の違和感は変わらなかったが なんとか時間まで稽古して帰った。

  帰宅後 ひょっとして と 体温を計ると 三十九度あった。

  パジャマに着替える気力もなく そのままベッドに入った。
  すると 今度は 元々悪い左足に 激しい痙攣が起き始めた。
  いつも 痙攣が起き始めると 終わることがなく続く。

  昨日も そうだった。
  強烈な引き攣れが次々に起こって 痛みを我慢するので 呼吸までおかしい。

  夕方になって 夫が帰宅。
  私の変調に気づいた夫は さっそく氷枕を持って来てくれた。

  それまで 我慢していた足の痙攣が 右足にまで起こるようになった。
  もう ダメだ。

  夫に足のマッサージを頼む。
  痛い所をマッサージするものだから 痛みはもっと強くなる。
  それでも 硬くなった箇所をもみほぐしてもらわないことには痙攣は治まらない。

  マッサージの間にも 次から次に 引き連れが起こって来る。
  痛いのを堪えながら 三十分も マッサージしてもらうと 少し和らいできた。

  少しでも痛みが楽になれば と シップをベタベタと足中に貼ってもらった。
  足の平から腿の前後まで貼ると いつも病院で処方してもらうシップンの袋は
二つも三つも使ってしまう。
  効き目はあるはずだが ここまで痛みが強烈だと 効きめは感じない。
  それでも 熱を持っているから 痛みは変わらなくても ひんやり感があっていい。
  苦しくなっている呼吸が楽になれば と 首や胸にも張ってもらった。

  熱や痛みもあるし 引き連れも多少弱くはなったがまだ来るし で
夕ご飯は食べる気もしなくて ソロソロ歩いて ベッドへ行き 横になった。

  多少楽になったのだろう。
  トロトロとまどろろんでは目覚め を 何度か繰り返して 朝になった。

  そして今朝は 夫が出勤時間を遅らせて かかりつけ医院へ運んでくれた。

  朝イチで行ったが 胸のレントゲンを撮り 血液検査をし 点滴をし終えると
医院の中には 私一人。
  
  隣の薬局で薬を受け取り タクシーを呼んで帰って来た。
  
  明日も 点滴に行く。
  その後は 連休に入ってしまうから 善くならないと・・・。
 
  

  今夜 歌謡番組を視終え チャンネルをそのままにしていたら
故 土光敏夫氏を取り上げた番組になった。

  土光氏は どれだけ地位が上がろうと 生涯 夕食のおかずには
めざしを食したことで 有名だ。
  野菜も 自ら作った物を 食卓に載せた。
  質素を旨とした生活を 生涯貫いたことで 世に知られている。

  日本の経済を再生させた と言われる土光氏は 強い信念の人だったが
その源は 母親にある と ナレーターが語った。

  母親は 七十歳にして 女学校を設立した。
  その影に 土光氏の支えがあったことは 言うまでもないが
 それにしても 母親の行動力に すごい情熱と やはり 強い信念を感じる。

  彼女の座右の銘ともいえる言葉は
      個人はつつましく 社会は豊かに
だという。

  なんてすてきな女性だろう。
  なんてすてきな言葉だろう。

  こんなすてきな女性だからこそ 土光氏のような偉人が育ったのだろう。

  まさに この母にしてこの子あり だ。 

  はてさて 翻って 我が身を想えば どうだろう・・・。
  我が子たちは どうだろう・・・。

  こんな母からは あんな子たちしか育たないのも 仕方がないか・・・。
  でも でも それでも 私には 過ぎた いい子たちだけど・・・。
  

  娘のところの上の孫は 十二月生まれだ。
  おまけに 来月は クリスマスだ。

  来月になると クリスマスが近くなるせいで プレゼント用に おもちゃなどの
品を求める人が多くて 間近かになって欲しい物を探しても すでになくなっている。

  だから もう今から ネットやお店で探して プレゼントを確保しておかなければ
孫が欲しがっている品物を プレゼントできなくなってしまう。

  長男宅の二人の孫は もう大きいから 図書券 という決まりになっている。
  だから プレゼントで悩むのは 娘宅の二人への品だ。

  上の孫は お医者さんごっこができるおもちゃと 絵本がいいらしい。
  下の孫は まだおすわりもできないから 彼女専用のぬいぐるみあたりが
いいか と思っている。

  絵本はともかく お医者さんごっこのおもちゃは早く買って 誕生日に届くように
手配しなくては と思っている。

  下の孫へのかわいいぬいぐるみも 探して クリスマスに備えなくては。

  一年の経つのの早いこと 早いこと・・・

  フランスのパリの真ん中で 信じられない事が起こった。

  強い信仰心が基盤にある・・・というが どんな宗教も むやみに他人の命を
奪ってもいい などとは教えてはいまいに。
  集団的発狂に似た心理が 犯人たちが属しているグループを支配している 
としか 考えられない。

  数年後に オリンピックの開催を予定している日本も 他人事ではない。
  彼らは いつ どの国を標的にするか わからない。

  もし 今後 中東での自衛隊の活動が 今までとは違って もっと積極的に
なっていったら 私達の国もまた すぐにも標的に成りえる。

  無差別に 他人の命を 尊厳も生きる権利も何もかもを否定して奪うなど
絶対に許してはならない行為だ。

  パリは 何度か訪れた都で 大好きな街だ。
  あの美しい街で おぞましい犯行がなされた。

  犯行に巻き込まれた方々のご冥福を 心からお祈りする。