FC2ブログ

いよいよ 今年も今日が最後。
朝から 年越しとお節の準備に 慌ただしく過ごした。
昨日の朝には 孫が扁桃炎になり 急きょ耳鼻科にかかる事態が発生し おおわらわ。
でも 薬を飲むと 少し痛みが和らいだようで 今日は ぐずらない。
次男も帰省して 大晦日の歳取りは 賑やかだ。

子持ちながらも 娘が手伝ってくれるから いつもの大晦日より 様々な準備が
早くできて 何年ぶりかで 明るいうちに お風呂に入って 今年のよごれを落とせた。

長男の交通事故などあったが 夫と私は なんとか 大事なく一年を過ごせた。
ありがたいことだ。
もともと悪い私の体も 容態が悪くなることなく いい日悪い日はあったものの
こうして年末を迎えられた。

家族が 皆元気で歳を越せることに感謝だ。

来る歳が より幸せ多い歳でありますよう
世界中が より平和でありますよう。
スポンサーサイト

一昨日の午後 娘夫婦が 二人の孫娘を連れて やってきた。
下の孫は まだ五か月なので 父親が 抱っこひもで 胸にだっこしてきた。

上の孫は 物心ついてから 何回か来ているから 何日も前から 我が家へ来るのを
楽しみにしていたらしい。

下の孫は 生後一か月の時に見たきりだった。
娘が メールに写真を添付して送ってくれてはいるが 実際に会ってみると 写真より
ずっと可愛くなっていた。

おめめが大きくてクリクリとしていて 機嫌よく 顔を合わせると いつもニコニコ笑う。
この時期の赤ちゃんは 人見知りするものだが この子は たぶんせずに過ぎるかも
と 内心想うほど 絶えず笑い顔を見せてくれる。

寝返りが出来るようになったばかりで まだお座りができない。
ベビーチェアーに半分座ったようにして寝させると お利口でいる。
まだまだ おっぱいを飲むだけの ほんの赤ちゃんだ。

上の孫は 家へ上がるなり 用意してあったおもちゃで さっそく遊び始めた。

夫と私は 昨日まで 迎える準備におおわらわだったのを忘れて
二人の孫の世話にかかる。

娘も よくしたもので はいじいじ はいばあば と 二人を私たちに預ける。
幼い子供を二人もかかえていると 母親の体も心も 休まる時がないのは
自分の経験から承知しているから 帰省しているうちは 少しでも娘に楽をさせて
あげたい と思う。

一昨夜は 婿も好きだと聞いているから とんかつ。
そして昨夜は 長男の嫁が 勤め先の忘年会だというので 孫二人と 仕事帰りの
長男が 我が家で一緒に 夕飯を食べて帰って行った。
大勢の時は 鍋が一番いい。
幸い 白菜がたくさんあったから ちょうどよかった。

みんなでワイワイと賑やかに済ませて しばらく後に 長男が 仕事から帰って来た。
彼は それから夕食。
その間に 孫二人は 勉強したりお風呂に入ったり。
十時頃 三人で帰って行った。

今日は 五年生の孫が 宿題の書初めを我が家でするために また来る。
娘のところの孫は 一緒に遊んでもらえるのが嬉しいらしいから
きっと 今日も はしゃぐだろう。

長男が近くに住んでいるから 本を借りたり遊具を借りたりできてありがたい。
そのお返しに ではないが 来たら しっかり習字の面倒をみなくては。

今年 夫が作った干し柿の出来栄えは とても 例年のように 他人様へ
差し上げられる出来ではない。第一 色が悪い。
でも 大きさだけは 店頭に並んで売られているものに比べたら
段ちがいに大きい。
カビがきたのが 実に悔やまれる。

それでも 家で食べる分には いい。
明日から来る孫は 干し柿が大好きだ。
夫は 孫に食べさせたいがために 干し上がった柿を縄から外した。
例年より極端に少ないが それでも 孫を喜ばすことはできるだろう。

明日からが楽しみだ。

明日の午後 娘の家族が来る。
来てしまってからは バタバタできなくなるから 今日のうちに できることをやってしまおう
と 夫も私も それぞれに これはと思いつく片付けやなんやかやを てんでに
思いついた順にやった。

これをする あれをする と口にしなくても しなければならないことは わかっている。
長年夫婦だからこそ てんでにてんでの仕事ができる。
だから おおかた半日 互いに会話もせずに さっせと動いた。

三時を回る頃 互いの仕事に 自然に区切りがついた。
一休みして 今度は買い物へ。
今日は友引だから 花や鏡餅 玄関飾りなどや 明日からの二三日分の食料品を買うためだ。

家へ帰り着くと 仕掛けておいたはずのご飯が炊けていない。
大急ぎで出かけたため 予約ボタンを押すのを忘れていた。 夫がだ。

私がしたことなら雷を落とすのに 自分がしたことだから 夫も 炊き上がるまで我慢だ。
時間ができたことは 私には勿怪の幸い。
その間に 花を二杯分生け 残り花を小さな器のオアシスにアレンジして 四か所に 置いた。

これで今夜予定していた仕事は終了。

家中が片付いてきれいになり あちこち 今まで気になっていた所もすっきりし 花も生けた。
家の中が久しぶりにきれいになると 心の中までさっぱりする。

お正月が過ぎて いつまでこのままでいられるか・・・。
それは 夫次第だろう。

私としては このままひっそり本など読んで 散らかさないで暮らしたいのだが・・・。

夫が もとの職場を退職してから めったに夜出かけることがなくなった。
それどころか 夜間に家を空けることなど 年に二回ほどしかない。

今夜は 夫の職場のお泊り忘年会。
だから 明日の午前中まで 夫は帰って来ない。

私は 日中 美容院へ行き 帰りに スーパーで お寿司と好きな総菜を
買って来た。
今夜は それを食べながら 好きなテレビ番組を 視たいだけ視られる。

この開放感は どうだろう。

夫との仲が悪いわけでも 夫がわずらわしいわけでもないが
日ごろは 私一人ではできない用事が多くて いつも 夫とセットになって
動いているから たまには 一人でいたい。

おそらく 夫も同じ思いでいるのではないか。
特に お酒の好きな夫は 飲み会が 前の仕事を退職してから
まったくなくなってしまったのが さみしいらしい。
だから今夜は 夫にとっても 私から離れての 久しぶりの飲み会だから
楽しみにしていた。
そして いそいそと出かけて行った。

長年連れ添って 共に年を重ねてきた夫婦でも たまには 一人で過ごすのも 悪くない。

さあ この後 どんな番組があるか・・・どれを視ようか・・・
せっかくの おひとり様の夜。
楽しまなくては・・・。

クリスマスは 私の手作りのケーキを持って長男宅へ行き みんなでワイワイと
賑やかに食事会をするのが例年のことだが 今年は 上の孫が受験生とあって
勉強に集中させたい という 長男夫婦の思いで 今年は なし になった。

それでも プレゼントはあげよう と 先日 前もって 長男宅へ届けておいた。

だから 聖夜は 夫と二人 いつもの夜と変わらず過ごした。
ただ チキンと甘いワインで乾杯し クリスマスの印だけはした。

昨夜は 世界中の子供たちが あくる朝の枕元に期待を寄せながら 眠ったことだろう。
東京の孫も まだ寝ない と 頑張ったそうだが 早く寝ないとサンタさんが来ない
と言われると 大急ぎでベッドにもぐりこんだらしい。

昨日は 年内最後の書道の練習だった。 終わって 先生と孫の話になった時
先生が 去年のクリスマスの朝の孫さんの様子を撮ったビデオがとても可愛かった
と 話てくださった。
息子さんが 撮って送ってみえたらしい。

両親に起こされた二歳のお孫さんは ねむねむで起きてみると
枕元に たくさんのプレゼントが並んでいた。
それを見たときの 驚きと喜びの混ざった お孫さんの様子も可愛かったが それより
サンタさんが持ってきてくださった と 両親に言われると キョロキョロと
サンタクロースを探し 見当たらない と わかるや 空を見上げて 大きな声で
サンタさ~ん ありがとう サンタさ~ん ありがとう と 何度も言ったのだそう。
それも プレゼントの箱を胸にしっかり抱えながら。

あまりに可愛いお孫さんの様子に 涙が流れたわ そして あどけない その姿の
ビデオを この一年 何回も視ては楽しんだの。
今年は どうかしらねえ と おっしゃった。

サンタクロースの存在を いつまでも信じられる子供でいてほしい と 二人で話した。

去年 サンタクロースが住んでいる場所から クリスマスカードが届く という
郵便局の催しがあるのを知った。
商魂に乗っかるわけではないが サンタから直接クリスマスカードが届いたら
ちょっと嬉しいかも と 孫たちに 去年から贈ることにした。
もちろん孫たちは 私からだとは知らない。

もう大きくなっている 長男宅の孫たちも 突然送られてきたカードにビックリし 喜び
学校へ行って クラスメイトに 君んちへも届いた?と 聞いたのだそうだ。

そんなことを聞くと 贈った方も やったア と思い ニンマリする。

今 荒々しい現実への初めての門にさしかかっている 長男宅の上の孫にも
心のどこかに 童話の世界を忘れないで持っていてほしい と 願うとともに
どうか 彼女の希望が叶いますように と 私から サンタにお願いした。

毎年 この時期になると なんだかんだと することがあって 忙しい。

今年の暮れは 特に慌ただしい。
二十七日には 東京から 娘の家族が来るというので 例年なら
大晦日までの数日に片付ける事を それまでに し終えなくては という思いが
あるからだろう。

実際 夫は 今日は 勤め先から頼まれた 青竹数本の切り出し 玄関内の天井から
つるす 松飾り用の松の切り出しなど 外での それも 向いの山へ登っての仕事や
家の中では 娘夫婦や孫の寝具と 元旦の晩に泊まる長男家族の寝具の準備など
また 和室に敷くじゅうたんや暖房器具を出したりして 朝からずっと動きっぱなしだ。

一方 私は ようやく年賀状を書き終えたところだ。
それでも あれをこうして あれはこうして と 心積りは ずっとしている。
特に 娘たちが帰省している間の食事の献立や それに基づいての買い物
年越しの食卓や元旦の料理のことなど 座っていても 頭の中はフル回転している。

明日は 今年最後の書道の練習日。ついでに郵便局で年賀状出しと用事を済ます。
次の日は 私は予約してある美容院。夫はお泊りでの忘年会。
夜までには 玄関や飾り棚を 正月用にしつらえる。
土曜日には 正月飾りやおそなえなどを買い 生ける花数杯分の花を買って
夜に生ける。

日曜日には もう 娘たちが来る。
来てしまえば あれよあれよ なんだかんだ と 二人の孫の世話にワイワイし
あっという間に大晦日になってしまう。

することがありすぎて 少々頭の中がいっぱいの夫は 自分のペースに合わなくて
動かない私に イラついている。

テレビでもついていようものなら いきなりプツッと切ったりして 困ったものだ。
することが多くて 気ぜわしくてイライラするのはわかるけど 八つ当たりのようにして
私に当たるのは やめてよね~。

大学病院がある隣の市の 街中にあるショッピングモールが 少し前に
リニューアルした。

このショッピングモールは バスで大学病院から駅の図書館へ行く途中にあるから
これまでも ここで途中下車したりしていた。

リニュウアル後には それまであった書店がなくなって その代わりに
近辺では それまで名古屋にしかなかった丸善書店が 新しく入店した。

以前仕事をしていた頃には 市内では入手できない書籍は わざわざ名古屋まで
買いに行っていたくらいだったから 丸善が入る と 知って 期待していた。

オープンを待って行ってみて その占有面積に驚いた。

広いワンフロアーの片面全部と 反対側のフロアーの半分くらいが
全て 丸善書店が占めていた。

名古屋の丸善は 一つのビルになっていて 何階もに別れているが
このモール内の丸善は 平面になって広がっているから まるで大きな図書館
のようだ。

今日は いつもの市の図書館が休館だったから 夫との待ち合わせを
このモールにしてあった。

今までは このモールで夫を待つのに 時間をどうやってつぶそうか と思ったが
丸善が入ってからは そんな思いがなくなった。
たくさんの書架の間を歩きながら 興味を引く書の立ち読みをする楽しみができた。

今日も 夫が来るまでの時間を おおかた丸善で過ごした。

たいがい ほとんどの読みたい本は 買ったり借りたりしているから 気にいっている
作家の まだ読んでいない本を見つけた時など 嬉しくなってしまう。

そして 第一に 何より嬉しくて楽しいのは たくさんの書籍に囲まれた空間に
ゆっくり身をおけることだ。
たくさん並んでいる書架すべてが まるで自分のもののようにさえ想えてくる。

外での楽しいことや嬉しいことからは遠ざかっていても 私なりの 小さな楽しみが
また一つできた気分だ。

江戸物の小説ばかりを読み続けてひさしいが
最近 テレビの江戸物ドラマを視ていると 楽しい。

江戸物の小説を読む前には 時代劇を視ても感じなかったり わからなかった事が
大量の江戸物を読むようになって ある行為の意味するところや
暮らしの中に出てくる道具 習慣など よくわかるようになってきたからだろう。

先日も ドラマの中で 二人の武士が 固い約束をした。
その際 互いに 自分の刀の小柄を 刀の刃に打ち付けて キーンと音を立てた。
これは 武士同士の 正式で最高の 必ず約束は守る という意志を現したものだ。

夫にそれを説明すると その動作のカッコよさに 夫は いたく感銘を受けた。
男の約束 ということで 共鳴するものがあったのだろう。

高尚なことでもなんでもない 娯楽時代劇でも やっぱり 様々な知識があって視るのと
何もなくて視るのとでは 理解の深さや面白味が 断然違ってくる ということだ。

これからも 時代劇を視る楽しみは ますます深くなっていくだろう。

今日 いつも行く 整形外科のマッサージの先生から いいことを聞いた。

マッサージの先生は三人 中の一人は女性だ。
彼女は まだ今ほどタイ式マッサージが有名でなかった頃 単身タイへ渡り
タイ式マッサージを学んできた。
帰国後 日本でも学び 資格を得た。
これは 彼女から 直接聞いたことだ。

彼女は 三人のうちで 一番マッサージがうまい。
日によって先生が替わるマッサージだから 夫も私も 今日は当たり だとか
今日ははずれ などと 帰りの車の中で 冗談に話したりする。

そのマッサージのうまい彼女が 私のマッサージをしながら
興味深い話をしてくれた。

昔 ベトナム戦争のとき アメリカは 捕虜にしたベトナム人を 筋肉を弱らせて
動けなくするために 一人一人を 狭い場所に寝させていたらしい。
始終寝ているのだから 体は弱っているはずなのに そこから出すと 入る前と
変わらない身のこなしで 立ち向かってきた という。

どうして弱らなかったか というと 捕虜になったベトナム人たちは
寝させられているうち 動けないから 常に脳で 運動して筋肉を動かす
イメージトレーニングをしていたのだという。

ことほどさように イメージトレー二ングは 効果があるのだ と 彼女は話した。
だから 痛みが強くて歩けない日は 歩いているイメージをするといいですよ と
私に勧めてくれた。
そうすれば 筋肉も弱らないし 今日は歩いていない という気持ちの負担も
軽くなるでしょう とも言ってくれた。

もともと怠け者の私は この話を聞いただけで とても気持ちが楽になった。
実際 腰の痛みや足に激しい痙攣がきた後は 歩きたくても歩けない。
これからは そんな日 彼女が言うように 横になっていても いつも歩くコースを
歩くイメージをしよう と思う。

足腰を痛めてから いつまでに何をする とかの目標や目当てはおろか
直近の予定ですら 立てられない状態になった。
激しい痛みが襲ってくると 何も手につかなくなるからだ。
そんな生活が続くと意欲がなくなり 日常 何をどうしよう という思いが失せる。

こんな生活の中で 唯一 書道だけは 細々と続けてきた。
それは 先生の寛大な計らいがあってこそのことだったが。

この書道で 今回 久しぶりに 目標を持つことにした。


書道は 漢字と仮名を同時に始めた。
途中からは それに調和体が加わって 三種類の練習になったが
仮名が 目途とした段階になってからは 漢字と調和体の練習を続けた。
漢字が仮名と同じレベルになってからも なんとなく そのまま続けてきた。

それが 先月あたりから また仮名の練習をしたい と 思うようになった。
先生にその気持ちを伝えると 快く承諾してくださった。

だから 漢字の練習は ひとまず今月までになる。
来年一月からは 仮名と調和体の練習をする。

今月の課題は 条幅紙に書く 書初めだ。
今月で終わり と思うと なんだか 練習する一字一字が愛おしい。
おまけに 書初めは 外部の書展にも同時に出品される。
賞を狙うわけではさらさらないが それでも 自ずといつもより力が入る。

今年の練習日は あと一日になった。
漢字の練習も 残り一回。
次回は 清書だ。
自分でも満足のいくような字が書けるといい と思う。
そして 心残りなく 仮名の練習に移っていけたら と思う。

どうしたわけか 昨日の夕方から 急にネットがつながらなくなった。
夫が使っているデスク型のパソコンも 同時につながらなくなっていた。

今日になっても つながらない。
その時 以前にもこんなことがあったことを思い出した。
それで コンセントを一度抜いて その後に入ってもう一度差し込むと
わけはない つながった。

こういう時に パソコンのことを 何もわからないで使っている と 思い知る。

しかし とにもかくにも また使えるようになったことで ほっとした。

先だって漬けたグーちゃん漬けの水が上がってきた。
今のところ 順調にいっているらしい。

今年も 残り半月になった。
なんだか 心せわしくなってきた。

あれだけたくさんあった大根だったが あちこちへおすそ分けしたり
珍しく 夫が 切干大根を作ったりしたから いらない部分を切り落とした後に
重さを量ってみると 一本余るだけで ギリギリの分量の大根しか残っていなかった。
それに 赤カブを混ぜて レシピ通りの調味料を加えて 漬けこんだ。

残った一本の大根は 赤カブと一緒に薄切りの輪切りにして 甘酢漬けにした。

漬けたはいいが 樽の置場所に困る。
我が家で 一番涼しいのは 玄関。
仕方がないから 夫に そこへ運んでもらった。

さて おいしいグーちゃん漬けができるだろうか。
調味料や大根と赤カブは 教えてもらった通りの分量にはしたけれど
要は 気温の問題だから 後は 天命を待つ気分だ。

お正月までには 漬かるだろうか・・・。
どうか うまく漬かりますように・・・。

高山の友人が 毎年 おいしい漬物を漬けている。
その漬物は 私が育った頃にはなかった漬物で ぐーちゃん漬け という。

長漬けにしても品漬けにしても大根漬けにしても 昔からある漬物だから
子供の頃から食べて育ったし 白川村にいた三年の間にも それぞれを
自分で 大きな樽に漬けて 春まで よく食べて 樽が空になったほどだった。
漬物は 寒い所ほど 上手に漬かるし また 寒い所で食べるからこそ おいしい。

白川から帰ってからも あのおいしかった漬物の味が忘れられなくて
漬けてはみたが なにせ気温が違うから おいしくは漬けられなかった。
何年も試してみたが とうとう諦めて その後は 漬物は 浅漬けだけで
漬けなかった。

それが 店頭で売っている グーちゃん漬けを 家庭でも作れる と 友人が漬けた
ものを頂戴して知った。
それが もう 何年も前のことだ。

年々 歳を重ねる毎に 食べ物の好みが変わってきたが
近年は 素朴で あまり手をかけない 昔食べたようなものが 食べたくなってきた。
すると やっぱり おいしい漬物が食べたくなってきた。

普通の 塩だけで漬けるものは 以前ダメだったが 思いついたのが
友人からもらったグーちゃん漬けだった。
この漬物は 初めから酢を大量に使って漬けるから 暖かい所でも
できるのでは と思ったのだ。
さっそく 友人に漬け方を教わった。友人は わざわざ手紙で知らせてくれた。

おまけに 折よく 別の高山の友人が 大根と赤かぶをいらないか と
言ってくれた。
ほしい ほしい!! 今年はグーちゃん漬けを漬けたいと思っているから と
応えると それじゃあ大根と赤かぶが取れたらあげるわ と 言ってくれた。

その友人が ある日突然 ご主人と我が家へ たくさんの大根と赤かぶを
届けてくれた。

その後 なかなか気温が下がらないから 今まで漬けられなかった。
それが 最近 少し気温が下がり 冬の始まりらしい陽気になってきた。
もう 漬けても大丈夫かな? と 思い 昨日は 一緒に漬けこむ材料を
買い込んできた。

今日は 大根と赤かぶを洗う。
そして 教わった分量で漬けこむ予定だ。

さて 果たして うまくいって おいしいグーちゃん漬けが食べられるか・・・。
楽しみなことだ。

どうか おいしいグーちゃん漬けができますように・・・。

書道の稽古の帰り 郵便局に用事があって 途中でバスを降りた。
降りて 数歩も歩かないうちに 足元に 小さな黒いバッグがあるのに気づいた。

バスに乗る人か降りた人が 落としたことに気が付かないで そのまま 行って
しまったにちがいない。

よく見ると 口が開いていて 中のものが ちよっと顔を出している。
中を おそるおそる覗くと 電卓やお守り 古めかしいメモ帖と想われるものなど
細々としたものが入っているようだった。

きっと 落とし主は 老齢の女性だろう と 想像がつく。
古めかしい もう 黄土色になってしまっているメモ帖も 落とし主にとっては
とても大切なものなのかもしれない。

とにかく 警察へ届けなくては と 郵便局での用を済ませた後 またバスに一区乗って
警察署へ行った。
落とし物係の窓口で わけを話すと バッグの中のものを 全て出して 警官が検めた。

バッグの中には 現金が六円 印鑑が二本 メモ帳 電卓 セピア色になった写真が二枚
などが 入っていた。

書類に署名して またバスに乗って帰ってきた。

夫の帰宅後 夕ご飯を食べながら 夫にそのことを話すと
お前が拾う前に 誰かが気づいて 大きい現金だけ抜き取って あとは そのまま
そこに捨てて 立ち去ったことも 考えられる と 言う。

見つけた以上は とにかく警察へ届けなければ そればかりで まさか そんなことは
想ってもみなかった。

しかし 夫の言うことも もっともだ。
もし そうだったら 持ち主が現れた時 正直に届けた私が 一番に疑われてしまうではないか。

せっかく いいことをした と 気持ちがよかったのに いっぺんに そんな気が失せてしまった。

落とし主がわかったら 連絡するから と 警察で言われたが もし 高額のものがなくなって
いたら どうなるだろう。

正直者がバカをみるような ことにならないことを 願うのみだ。

とうとうパソコンを変えた。

まったく 何が何やらわからない私は 初期設定やらなにやら すべて他人に頼るほかない。
こんな時は 長男が頼り。

今夜も 仕事で疲れているだろう と わかってはいたが 仕方がない。
電話で 二三日中に来てくれないか と頼むと それなら今夜しかないから
仕事が終わったら こちらへ来てくれる と 言ってくれた。

夕飯がまだなのはわかっているから 早速 ありあわせでサンドイッチを作り
果物とコーヒーの準備をして待った。

我が家へ来た息子は サンドイッチを食べながら 私ではさっぱりわからないことを
時間をかけて やってくれた。
おかげで こうして また日記が書ける。

今回 思ったことは 電気や電子の機器は やっぱり日本製が一番 ということだ。
前のパソコンは まさかの販売終了 おまけに 充電器まで販売終了になっていた。
そのうえ どのお店で探しても このパソコンに使える 代わりの充電器がない。

充電器がなかったら どんなにパソコン本体がいたんでいなくても 使えない。
そんなバカな話はない。
日本のメーカーでは ありえないことだ。
たとえ 充電器が壊れても 日本のものなら 代替え品がある。
今まで使っていたパソコンの充電器には 代替品どころか 何かと何かを組み合わせて
使えるようにする事すらできなかった。
あるお店では こんな充電器 見たことがない とまで言われた。
この言葉には こちらもビックリだった。

まあ これからは 安心して使える。

それにしても 今時の人間は どうしてあんなにパソコンのことが 解っているのか。
学校で習ったわけでもないのに と 不思議だ。

なにはともあれ 一安心。
私の大切な友達のパソコンが 戻ってきた。



  また 私の好きな女性作家の一人 杉本章子さんが亡くなった。
  ついこの間 大好きな宇江佐真理さんが 亡くなったばかりなのに・・・。

  同じ時代を描いても 男性と女性では 焦点の当て方によって
描き方が違ってくる。

  江戸を描いた小説の中で 武士同士の切り合いの場面でも
男性作家は えてして刀が打ち合う音や構えの表現が多い。
  女性作家だと それらよりも 心理描写が多くなる。

  女性ならではの細やかな描写は 日々の暮らしや思いにも表れる。
  作風は全然違うが 宇江佐真理も杉本章子も その描き方が
実に見事だ。

  虫が知らせるのか 宇江佐真理が亡くなる時にも 今回の杉本章子も
彼女らの新作を読んでいる最中に 訃報に接した。
  この続きを早く読みたい・・・なぜかそう思っている時の訃報だった。

  ああ・・・これでもう 彼女らの新作は 永遠に読めないのだ・・・と思うと
がっかりもし 淋しい。

  

  ようやく 熱も出なくなり 足の痛みも 普段程度になったとたん 突然
友人から 高山へ行く格安チケットがあるよ それもアソシアでの宿泊だよ!と
メールがあった。
  そして **ちゃんも行くんだけど 一緒に行かない?と誘ってくれた。

  詳しく内容を聞けば 往復には希望時間の特急の指定席を使い 
ホテルアソシアで朝食付きだという。 おまけに市内のお店での買い物に
おまけが付いている。
  驚いたのは 私が乗る最寄りの駅からの料金が なんと一万四百円!
  こんなに安い料金で一泊して来られるなんて 聞いたことがない。

  ちょうど 年末からお正月にかけて飲むのに 高山のお酒を求めたい と
夫が言って 欲しい銘柄を探し始めていた。

  夫に 友人から誘われた と言うと そんなに安いなら行ってきたら
そして 欲しいお酒を 酒造蔵で買ってきて と 迷っている私の背中を
押してくれた。

  じゃあ 思い切って行ってこよう と 誘ってくれた友人に さっそく連絡した。

  そうして 急に 昨日から今日にかけて 三人で 出入りまるまる一日の
高山行きの旅をして 夕方になる前に帰宅した。

  高山では 急だったにもかかわらず 友人たちが連絡をとって集まってくれ
夕食時には総勢九人になった。

  中でも一番仲のいい友人が 私達三人が 市内での用事を済ますために
車で それぞれの場所を廻ってくれた。
  そのおかげで 寄りたかった家一軒と 酒造元へも 歩くこともなく寄ってこられた。

  友人たちに助けられて たった二日 まる一日だけの有意義な旅を終えた。

  思いもかけなかった 師走に入っての 高山行だった。



  

  昨日は 温かかった。
  師走に入ったというのに まるで小春日和のような陽気だった。
  まだ 霜も見ていない。 

  水曜日は午後が休診になるから いつもなら この日は整形外科へは行かない。
  夫の帰りを待っていては 行けないのだ。

  しかし あまりにいい陽気だったから 散歩を兼ねて 行ってきた。
  健常ならば 十分くらい歩けば着くが 私の足では そうはいかない。
  だから ゆっくり 転ばないように気を付けながら 歩いた。
  そうやって歩いて行くと 倍以上かかるが 急いで行って来て 次に何をする と
いうこともないし 帰りを待っている者もない。

  もうすぐ医院という場所に橋が架かっていて 下を流れる川に中州がある。
  その中州に よく見ると 何やら細い通り道ができている。
  中州に生えている青い草が なぎ倒されたような場所もある。

  どうも ヌートリアが まだ ここを住処の一つにしているらしい。 
  まだ というのは もう十五年以上も前になるが ヌートリアが珍しくて
何度か 自転車に乗って 見に来たことがあったからだ。

  その時には ヌートリアは 数匹の家族で みんな ゴロリと横向きになって
並んで横たわり 日向ぼっこをしていた。

  橋の上からみる その姿が なんともユーモラスでほほえましくて可愛かった。
  何かの折に 当時の仲間とお茶をしながら その話をすると
私の様子があまりにも不謹慎にうつったのか ヌートリアって害獣だよ! と
厳しい声で言った人がいた。

  しまった!と思ったが もう遅い。
  たしかにそうだ。
  田んぼを作っている人にしてみたら 彼らは 畔に穴を開けたりする邪魔者だ。
  それを 可愛いなどと なんで想えようか。

  それに 捕らえて役所へ持って行けば なにがしかのお金まで頂けるらしい。

  最近のアライグマにしてもそうだが 元は人間が持ち込んだ動物だ。
  ヌートリアも 戦前に 毛皮をとるために 国が輸入したのだ。
  それが今では 厄介モノの御尋ねモノ。

  人間は勝手だ。
  自分以外のものは 全てその時その時の勝手な判断で 生かしたり殺したり。

  ところがどっこい 彼らは しぶとく 細々ながら 生きながらえていたのだ。
  しかも 何食わぬ顔で 同じ場所に。

  人間様の思うようにはいかないよ と 鼻で笑われているような気がした。
  
  また今度 天気がよくて暖かい日があったら 歩いて橋の上まで行ってみたい。
  したたかな ヌートリアに会いに。

  

  東京の孫へのクリスマスプレゼントを何にするか なかなか決まらない。

  孫はお姫様が大好きだから と 今夜もネットで見て これならと想う品を
娘へ写真を送ってはみたものの 娘がいうには 孫の好むドレスは なかなかない
と 言って 即却下。
  あァあ~ 長い時間 パソコンに向かって調べた甲斐もなく・・・。

  それなら 孫が気に入ったドレスを そっちで買って 代金はこちら持ち って
ことでどうだ と 夫が 娘にその考えを伝えよ と 私に言う。
  さてさて この返事は 明日来るだろうか・・・。

  私達の世代は 物がない時代に育ったから 他人様から何かしら頂くと
その品物をいただいたこと事態が嬉しくて 色や形など 気に入ろうが
入るまいが そんなことは 二の次だった。
  だから どんな品物をいただいても 嬉しかったし大切にした。

  夫は そんな考え方が 私より強い。
  だから 今夜も こっちで贈ってあげるんだから こっちが これでいい という
品だったら 届いて開けてみれば なんでもきっと喜ぶ と言って はばからない。
  娘からの返答に 少々腹を立てながら 私に ブツブツと そんな風なことを
繰り返し言っている。
  でも 決して 娘には そんなことは 直には言わない。言えない。
  それだけ 娘には弱い。いいところだけを見せようとする気持ちが見え見え。

  いつも 間に入って 私がウロウロするはめになってしまう。

  さて 明日の娘の返事次第では 孫へのクリスマスプレゼントは 絵本だ。
  面倒くさいから そうしよう!!

  またまた 毎日使っている 私のパソコンの充電器が 壊れそうになって来た。

  パソコン自体 買ってからまだ二年。
  なのに もう何回か パソコンへの 充電器の差込口がダメになった。
  その都度 ネットで購入しては 使ってきた。

  今回も 完全に壊れる前に購入しておこう と ネットで探したが それが
見当たらない。
  仕方がないから コールセンターへ電話して 聞いてみた。
  パソコンを作った会社なら あるだろう と 思ったからだ。

  ところが コールセンターの話では 私が使っているパソコンの製造は
既に終了となり 従って 充電器も もはやない との こと。
  ええッ! だって 買ってからまだ二年にもならないのよ!!
  それなのに もう ないの??!

  驚いて何度も尋ねる私に 応対に出ている女性が
お店か パソコンショップになら あるかもしれないが・・・と 歯切れ悪く言った。

  そこまで言われては どれだけ話しても 仕方がない。

  それで 電話を切って 今度は 以前 I さんに紹介してもらったショップへ
電話してみた。
  店主が出張中だと 用事が済まないが 運よく在店だった。

  さっそく訳を話して お店で手に入るかどうか 聞いてみた。
  すると 店主は 無理ですね と 一言。

  えッ 無理って 充電器が使えなくなってしまったら このパソコンも
使えなくなってしまうってことですか?!!

  まあ そういうことですねえ・・・。

  ええッ じゃあ 充電器が壊れてしまったら パソコンを買い替えないとダメって
ことですか??

  そうなりますねえ・・・。

  そうなんですかァ・・・じゃあ今使っているパソコンは 遠からず使えなくなるって
ことなんですねェ・・・新しいパソコンを買わなくてはならないってことなんですねェ・・・

  私は 同じこと と思いながらも なお 重ねて質問をした。

  店主の 受話器から聞こえて来る答えは 同じだった。

  それじゃあ また 充電器が使えなくなってしまったら お店の方へ伺います
その時は よろしくお願いします。

  そう言って 電話を切った。

  なんてことだろう!!
  こんなふうになることがわかっていたら 前回 新しく充電器を購入した際に
余分に数個買っておくんだった・・・。
  まさか こんなに早く製造販売が終了するなんて 想像もしていなかった。

  でも でも 本当に もう どこにも 充電器の在庫はないのだろうか・・・。
  諦めきれない。
  ひょっとして どこかで購入できないか・・・。

  どうしても 諦めきれない。

  しかし もし パソコンを買い替えても 完全に壊れてからでは データーを
新しい方へ移せないのでは・・・??

  まさかまさかの 想ってもみなかった事態に 古びてぼんやりした この頭が
パソコンより先に ダメになりそうだ・・・。

  ああ~~!!
  どうしよう・・・・!!