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猪鍋がよっぽど美味しかったらしく 夫が 長男家族にも食べさせてあげたい と 言う。

かといって 受験生がいるから 私たちと一緒に鍋をつつく気持ちのゆとりはないだろう
なにせ 私立の受験が迫っている頃だから。

猪突猛進思考の夫に とにかく電話してみてからにしてよ と 私が言うと
でも どうしても食べさせたいから それじゃあ つゆも食材も すべてこちらで準備して
持って行けばいいだろう と夫。

それならそれで嫁の都合もあるんだから とにかく一度電話して聞いてからにしてよ と私。

そんなやり取りの後も 電話なんてしなくても 全部調えて持って行くんだから・・・と
向こうの都合などお構いなしの夫は まだ ブツブツ言っていたが
電話してみると 孫の私立の試験が 昨日今日で終わり 今夜は 塾もないから
みんなで行ける 今日の夕方 そっちへ行くよ と 息子の返事。

それならそれが一番いいから と 段取りが決まり 今夜 みんなで猪鍋を囲むことになった。

昼間のうちに 肉以外の材料を揃えて つゆも準備して 息子たちが来るのを待った。

四人で来るはずが 息子の姿がない。
聞くと 急に来られなくなった とのこと。
長男が 中学の時にお世話になった先生が 三月で退職される。
その先生の退職祝いの会を 先生には内緒で 有志で計画している。
その当日のための 同窓生との打ち合わせの会を 急に持つことになったらしい。
残念だが それなら 仕方がない。

長男はいなくても 嫁も孫たちも 楽しく みんなで よく食べてくれた。
十分に準備したお肉も 野菜やきのこも 長男の分を残して 全部平らげた。

帰りには 長男のための材料やつゆと一緒に 美味しい と ポリポリ食べていた
自家製の漬物も持たせ 送りだした。

孫の受験が終わったら 月に一度くらいは またみんなで食事する機会を持ちたいね
車のテールランプが見えなくなると そんな会話をかわしながら 家へ入った。
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今日は 昨日の続きで 予報通り 朝起きた時点で もう 外は雨が降っていた。
こんな日は いくら夫でも 畑仕事には 出かけられない。

都合よく 三月末には引継ぎをしなければならない 大切な事を抱えている。
それで 今日は一日中 パソコンに向かって 次年度の役員との引継ぎ会の資料や
総会に向けての資料作りに 専念していた。

疲れてきたり あきたりすると ユーチューブで 好きな演歌歌手の歌を聴いたりしながら
夕飯まで 地道な作業を続けていた。

退職するまでは 毎日のように パソコンに向かって仕事をしていたが
こんな夫の姿を見るのは 本当に久しぶりのことだった。

私は私で 自分のパソコンで 一日中遊んだりしながら過ごした。

二人が 一日中家の中にいて 互いの姿を見ながら過ごしたのは
いつ以来のことか・・・。

亭主 元気で留守がよい とも言うが
私たち夫婦のように 結婚生活は長くても 一緒に過ごしてきた時間の少ない夫婦には
今日のような日も 珍しくて なんだか 気持ちが和む。

久しぶりに 本当の意味での 雨の休日だった。

東京の孫は 爆破予告騒動があった日 母親と一緒に避難している最中 周囲には泣き叫んでいる
子もいたようだが その場は 泣く余裕もなかったのだろう 泣かずに帰路についたらしいが
途中で 急に泣きだしたそうな。

学校から離れるまでは 緊張がとれなかったのだろう。
幼児ながらもう安心 という場所まで来たら 急に気持ちが崩れて泣いたのだろう と 想われる。

警察がサイレンを鳴らしながら 何台ものパトカーで来たり 爆発物処理班が いかめしい恰好で
学校の周囲を取り巻いたり 大きな消防自動車が来たり 自分たちには
突然 全校生徒に避難指示が出て 騒然としたり・・・。
ちょうど 保護者のお迎えが来る 降園時間帯だったからよかったものの
もし この騒動が 違う時間帯だったら 孫の心境はどうだっただろう・・・。

それでも 今日あたりは 家で 母親と一緒に パンケーキを作って食べたり と
落ち着いてきたようで こちらも一安心だ。

それにしても きょうびは どこが安全でどこが危険なのか わかったものではない。
本当に 嫌な世の中になってしまった。

今夜は 暮れに義弟からもらって冷凍してあった猪肉を 昼間から解凍しておいて
猪鍋にした。
猪肉が 大きな塊になっていたから 解凍に時間がかかる。
それでも 夕食の準備をする頃には 包丁を入れるのに ちょうどいい具合になって
出汁をとって味噌味にしたつゆが煮立った中へ 猪肉や白菜 きのこ類を入れて煮ると
いいにおいがし始めた。

つゆを作った段階で味見をしたから 多分 いい味の鍋になっただろう とは想ったが
なにぶん お肉嫌いの私には まったく食指が動かない。
それで 最終的な味見もせずに 食卓に出した。

待ちかねていた夫が さっそく器に取って 食べて一言 うまい!!
あら よかっかわ 美味しくて・・・。

お前も食べてみろ 本当にうまいぞ いい味だから 一口食べてみろ。
多分 本当に美味しいのだろう。
でも どれだけいいにおいがしていても まったく食べたいと思わない。
どれほど言われても じゃあ 一口・・・ とは思わないから 自分でも不思議だ。

うまい うまい を連発しながら なんと夫は 一人で一鍋を すっかり平らげた。
夫がこんなに喜んで うまいを連発して 美味しいさに舌鼓を打つなんて珍しい。

最近は 食もけっこう細くなっている夫だ。
美味しそうに食べる夫の横で 昨日の残り物をおかずにした私だったが
一緒に鍋をつついたような 楽しい気分で 夕食を終えた。

東京の孫が通っている幼稚園で 今日 爆弾騒ぎがあった。
校舎の どこかに 爆発物を仕掛けられたらしい。

年少組は ちょうど降園の時間帯だったから 親やナニーが迎えに行っていて 騒ぎが起きた。
だから 年少組は 父兄に連れられてそのまま避難 そのまま帰宅した。
それより年上の子たちは 身ひとつで 園舎から避難した。

爆弾騒動 なんて テレビやニュースの中の出来事だったから
娘からの連絡で ビックリした。

幸い 爆発物は発見されず けが人もなかったからよかったものの
本当に仕掛けられていた としたら 大変なことに・・・。

まったく 物騒な世の中になった。
愉快犯だったのか 犯人の気がしれない。

それにしても どうして 的が 孫の幼稚園だったのか・・・。
人騒がせなことだ。
早く 犯人が捕まってほしい。

人一倍 臆病で怖がりの孫だから さぞかし 怖かったことだろう。
今夜 夜中に 泣いて起きなければいいが・・・。

東京にいる娘が 孫が通っている幼稚園のママ友を介して
孫に 子供服のモデルになってもらえないか と 頼まれたらしい。

今まで 街頭では 何度も声をかけられたが その都度 お断りしてきた経緯があった。
見知らぬ人から 突然声をかけられても 素性もわからないから 信用もおけない。
それに 婿が 自分の娘は見世物ではない と 頑なだったからだ。

しかし 今回は 信用のおける人からの話で そのママ友が仲立ち とあって 承諾したらしい。
子供同士 仲良くしていると むげに断ることも はばかられたようだ。
それに 今回の依頼は 孫そのものを というのではなく あくまでも 主役は洋服だから
婿も いい と 心を動かした と 娘が話す。

とはいえ 孫はまだ四歳になったばっかり。
聞くと 十二着もの服を とっかえひっかえ着ての 撮影らしい。

娘も 電話で言っていたが なにしろ 孫は 人並はずれて 臆病で恥ずかしがりやさん。
おまけに 変に がんこちゃんだ。

だから イザ現場へ連れて行っても その場の雰囲気次第では いや と 言うかもしれない。
また 長時間にわたって となると 途中で 投げ出すかもしれない。
そんな心配も 先方に伝えたが それでもいい との 会社の意向だという。

東京にいると けっこう外国人の子もハーフの子も 見かけるが
モデルに となると なかなか ないらしい。

はてさて 孫のモデルデビューは すんなりいくかどうか・・・。

おすわりができるようになった孫は 離乳食も始まったらしい。

今までは 母乳ばかりだったお腹に ドロドロのペースト状の食べ物が入っていくようになった。
そのせいか これまでは すんなり出ていたウンチが そうはいかなくなったらしい。

おすわりができるようになってからは 目が覚めている時間に 横になるのを嫌うようになった。
ウンチを催した時も おすわりしている時が多い。
催しても なかなか出ないから 自然に 目をすえて ウーン と 顔を真っ赤にしながら うなる。

その様子が かわいいし おかしい と 母親である娘が 言ってよこした。

以前に送ってきた孫の写真は まるで おすわりしているキューピーちゃんみたいだ。
そのキューピーちゃんが 真っ赤な顔をして ウーン と うなっている姿を想像して
夫と 大笑いした。

おもしろがった夫が その姿の写真を送ってくれ と 娘に言うと
娘は 本人が 出なくて真っ赤になってうなっているのに はいこっち見て なんて写真
気の毒で 撮れないわよォ と 笑いながら返してきた。

そりゃあ そうだ。
いくら赤ん坊でも 出なくて苦しくてうなっている最中に 写真なんて
撮ってもらいたくはないだろう。
夫と二人 また そう言いあって 大笑いになった。

年寄り二人には 孫の話題や 夫の勤務先の幼児たちの話題が 一番の癒しだ。

今夜も この孫の話で 二人とも 大笑いできた。
こんな たわいないことで大笑いできる日が できるだけたくさんあるといい。

夫も私も 開運なんでも鑑定団 という テレビ番組が好きで ほとんど毎週見ている。

出演者が持ち込む骨董はもちろんのこと 出演者がそれを入手した話も 実におもしろい。
そして 出演者がつけた価格や 骨董を見て自分がこれくらい と つけた価格が
実際に鑑定されてつけられる価値と どれくらいの違いがあるか また 本物か贋作かなどを
言い当てたりするのも 実におもしろい。


実家のある町には 縄文時代の遺跡があり その遺跡からの出土物などを
収蔵し展示している建物が 遺跡の側に建っている。
昔そこで 著名作家や郷土にかかわりのある作者の 書や軸などを集めた展覧会が催された。
所有者はすべて町内の住民 と聞いて たまたま 実家に帰省中だった私は
どんなものが どの家から出されているかも 興味があって 建物へ足を運んだ。

そこそこ古い書や軸が展示してあった中には 本家からの物もあったが
総じて 物足りなさを感じる展示会だった。
それで 帰ってから父に聞くと どの家も 本当に大切な価値のある物など
人目には さらさないのだ と 教えてくれた。

古いものは 空気にさらされるだけで変色したり傷んだりするし
第一 そのような価値ある物を所蔵していることがわかると 税金にも関わってくる。
だから 旧家が家宝にしているものや 分限者が所持している物などは
めったにその家からは出さないものらしい。

たしかに 日本中に 旧家と呼ばれる家は限りなくあるが 意外に 番組に出演する人は少ない。
お家の秘中の秘 は 誰の目にもつかないよう 家の暗闇の中に 静かに眠っているのだろう。
そんなお宝が 日本中に どれくらいあるのか・・・。

なんにしても 骨董は 人よりも長い命を持ち 幾多の歴史や秘話をはらみながら 今に至る。
それを知るのは 実におもしろい。
骨董には ロマンがある。

最近になって 思うことがある。
私に繋がる遠い祖先の 書を読み書を書き 絵を愛でる気風が 私の血となって流れている と。
骨董や美しい造形物に魅かれるのは そのせいだろう と想う。

美術館が好き 図書館が好き 本屋が好き そして 書道が好き 美しいものが好き・・・
これらの血は 父の中にも母の中にも 確実に流れていた。

現に 弟は 今も美術関係の仕事をしているし 甥は デザイナーとして
最近少し 世界に名前が出るようになってきた。
母方のいとこは ずっと絵を描いているし その弟は 陶芸を仕事にしている。
また 父方のいとこの一人は カメラマンになっている。

こんなことは たまたまの偶然で 彼らは 血 などとは考えもせずにいるだろう。
私が歳をとり 考え方が保守的になってきたからこその 想いなのかもしれない。

でも これからもきっと 私は鑑定団を楽しみ 書や軸を鑑賞して楽しむだろう。
書道も 体がそれを許すかぎり 教室へ通おう と 思っている。
へたの横好きで・・・。

高山の葬儀が 今日お昼の十二時から と 聞いたので
大寒波の予報が出てはいたが 昨夜は 万全の寒さ対策をしてベッドに入った。

私としては 寒波のことも頭に入れて 一人でワイドビューで行くつもりでいたのだが
夫は 車で乗せて行って 葬儀の間は 食料を買いにスーパーにでも行って
時間をつぶす と 言うではないか。

寒波がやってくる とわかって 彼なりの 私の体を案じてのことだから むげに
一人で行ってくる とは 強く言いもならず 仕方なく それじゃあ乗せってって と
言わざるをえない状況になってしまった。

そして 今朝 やっぱり雪が降っている。
ひどい降り方ではないが パソコンで 高山の天気や 東海北陸道の状況を見てみると
これからも低い気温が一日中続き おまけに 行きの道路が 事故で渋滞している様子だ。
雪深い方向へ向かって行くことを考えると ここは思案のしどころだ。

夫は 自分からは 止めよう とは言わないが さかんに もっと降る とか
道路が心配だ だとか ブツブツ言っている。

夫がこんな時は 何か事が起こったら大変なことになる・・・と 今までの経験からわかる。
事故を起こした時 渋滞に巻き込まれた時・・・イラつく夫が 目にみえるようだ。
なにが嫌いって 渋滞の中で運転することほど 夫が嫌いなものはない。
普段は気長そうな夫の本性が現れる時だ。

いろいろ迷った結果 今日は行くのをあきらめよう という結論を出した。

その旨を夫に告げ そうと決めたからには 次にすることは ただ一つ。
弔電を打つことだ。

さっそく 電話帳を広げ 電文を決めて電話する。
係が 寒波だから 今打っても 夕方までに着くという確約はできない と 言う。
それでは 葬儀場へは間に合う保証がないから 仕方がない 当家の住所へ打った。
当主の葬儀だから 奥さん宛にした。

次に 行けない と 実家のお向かいの家のおばさんに 電話した。
おばさんも 無理をして来て なにかあってもいけないから そのほうがいい
と 言われた。
おばさんに そう言われて ちょっと救われた気がした。

昨日 何度も二階へ上がり下りして 時間をかけて揃え準備したことが
すべて無駄になってしまった・・・。

一日中 気落ちしていたが 今夜 高山の友人に 行けなかった と メールすると
その方がよかった 雪はたいしたことはないが とても気温が低く 凍みがひどいから
と 言う返事だった。

友人のこの言葉で ようやく諦めがついた。
明日にでも 手紙を添えて 持っていくはずだった香典を送ることにしよう。

夕ご飯を食べている時 夫と私の携帯に同時に メール着信の音が鳴った。
こんな時は 必ず 東京の娘からだ。

どんな内容か と 見てみると 下の孫の写真が添付してあって
昨日から おすわり が できるようになった とのこと。

写真には ニッコリ笑って おすわりしている姿があった。
婆バカ 爺バカ で 二人一緒に かァわいイ~~!!と叫んでしまった。
そして 二人とも 送られてきた写真を さっそく携帯の待ち受け画面に。
赤ん坊の無垢な笑顔は 孫だからというわけでなく 人の心にたまったオリを浄化してくれる。
よく 赤ん坊は 天使に例えられるが 単なる例えではなく 天使そのものだと 写真を見ながら思う。

あんまり可愛い様子の写真だったから 友人にも見てもらいたくなって 転送してしまった。

この年になると 世の中の理のおおかたが分かり 驚くことも感動も どこか薄くなっている。
無垢な笑顔や 小さな手足の様は そんな心に 新鮮な空気を流し込んで 感覚をリセットしてくれる。

これからのしばらくは 携帯を開ける度に このかわいい様子の孫が 目に飛び込んでくる。
* *ちゃん 毎日 見るからねぇ。