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今朝早く 宅配便で なにやら届けられた。
差出人の確認をすると 先日 高山でお見舞いに立ち寄った知人宅からだった。

なんだろう と 箱を開けてみると 中には 様々な種類の 高山の駄菓子の袋が
封書の手紙と一緒に 入っていた。

教師だったご夫妻は 新婚当初の何年かを 実家の二階で過ごされ
ご長男もその頃生まれて 両方のお母さんが交代で 赤ちゃんのお守りに
通っていらっしゃったことを覚えている。

当時の私は ちょうど小学校から中学校へと通っていた。
昔のことだから 変に勘ぐった考えの人もいなかったのか
ご主人のほうは 我が家の二階で暮らしながらも 隣の組の担任だったり
理科の担任だったりしたが 家では二階の住人 学校では先生 という関係が
何の差しさわりもなく 数年続いた。

その間 奥さんのほうも教師を続けていらっしゃったが 母とも気が合ったのだろう。
親戚関係で とかく嫌な思いをしてきた母だったが その数年は
同じ台所で炊事しながら 楽し気に 奥さん先生と 笑いあったり話たりしていた。

その後 高山に家を建てて転居されたが 以来 親戚付き合いのような 親密なお付き合いが
父母が亡くなるまで続いていた。

その後 十余年寝込んでいた母が亡くなり 私は 認知になった父を引き取っていたから
お付き合いも 年賀状や暑中見舞いのやり取りだけになってしまっていた。
ちようど母が倒れて間がない頃にご主人も倒れられて それ以来ずっと 入退院の繰り返しを
奥さんが 手厚い看護や介護を続け ご主人を支えて生活していらっしゃった。

そんなお二人のことが気にはなっていたものの つい近年まで 直接お見舞いに伺うこともなく
失礼していたが 自分の体調も悪いなりに諦めがついて 心も落ち着いてきたこともあり
急に お二人の様子が気になりだした。

私自身も 体調と相談しながらだから なかなか思うようには尋ねて行けないが
とりわけ 老齢の奥さんの体が心配だから これからも お二人の様子を見に
できるだけ出かけよう と思っている。

いつの時も 奥さんの手紙は 流麗で整った文字で認められている。
先日は 先客があったために 細かなことが話せなかったから
今夜 お礼の言葉とともに 近況や心情などを ゆっくり書いて
明日 ポストに投函するとしよう。





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夫の傷は 昨夜 マムシ焼酎をカット綿に含ませて 傷口に貼って寝たら
今朝は もう口がふさがって かすかに細い筋が見えるだけになっている。
やっぱり効き目はすごい!!

そんな夫は 朝早くに市場へ行き 娘や息子宅へあげるための 野菜やイチゴなどを買ってきた。
来月の一日は息子の誕生日だし 三日はひな祭りだから それぞれへのお祝いに
昨夜作ったフキノトウ味噌や菱餅と一緒に 持って行ったり送ったりするためだ。

朝採りたての野菜は どれも葉がピンと張って新鮮そのもの。
イチゴは 粒もそろって大きく つやつやと光っている。

そういえば
義父母が壮健だった頃は 十メートルものイチゴの畝が六本もあるビニールハウスが
何棟もあって 二人でイチゴを作り出荷していた。
だから 子供たちは 出荷できない大きさや形のいびつなイチゴを ふんだんに食べて育った。
彼らは そんなことを覚えているだろうか。

ともあれ 息子へは先ほど届けたが 娘宅へは 夕刻 段ボール箱に詰めて送らねばならない。
離乳食をモリモリ食べるという下の孫と イチゴが大好きな上の孫のために。
上の孫は 大好きなものを見つけて きっと大喜びするだろう。




今日の午前中 夫は 市内に住む子供たちに 昔からある遊びや糸くりなどを教えながら
一緒に遊ぶ という行事に誘われて参加した。

お昼ご飯は 行事でお餅つきが行われ それをお腹いっぱい頂いたから要らない と言って
着替えると そそくさと 畑へ出かけて行った。

畑仕事には休みがない。
一年中 なにかしら仕事がある。
だから 今日も 午後は畑へ行く と決めていたらしい。

畑へ出かけると 夫は なかなか帰って来ない。
ところが 今日の夫は 意外に早く帰って来た。

あら?早かったのねえ・・・と言いながら 家へ入って来た夫を迎えると
夫は ちょっと怪我をした・・・と 力なく言う。
え!どうしたの!?と 夫の顔を見れば こめかみに近い額の脇が・・・。

畑のフキノトウが出始めていたから 採って帰って フキノトウ味噌にしたくて
下ばかり見て採っていたら そこに張り出していた梅の枝があるのに気が付かず
その枝で 少し長く深く傷してしまった と 洗面所で傷をきれいにしながら言う。

早速 傷を消毒して薬をつけ テープで止めた。
湯上りに もう一度 薬を付けた脱脂綿を換え 夫は就寝。

薬をつける といっても 夫の薬は 必ずマムシ焼酎 と決まっている。
これ以外の外用薬は 絶対に使わない。
怪我も打ち身も すべて マムシ焼酎で治してしまう。
よく効くことは解っていても 私や子供たちは その匂いが嫌で使わない。
不思議なのだが これが 夫には抜群に効く。匂いも気にならないらしい。
多分 明日の朝 傷口は きれいにふさがっているだろう。

たいしたことにならなかったのが なによりだったが
これでまた何日かは 家の中には独特の匂いが漂って
私は その中で暮らすことになる。

ホテルのチェックアウトが十二時なので 毎朝 起き抜けに温泉につかることができる。
足や腰の痛みには 何よりありがたい。
ここの温泉の温度は いつ来ても 私にちょうどいい温度で 実に気持ちがいい。

お風呂のフロアーには 幾種類もの露天風呂もあり ツアーで来ているわけでもないから
気の済むまで ゆっくり入っていられる。

三日目の朝も 始動はゆっくりだった。
温泉につかった後 昨日買ってきたパンやサラダで朝食。
部屋の中で浴衣のまま 食べたい物を 三人でテレビを見ながら 時間をかけて食べる。
三人には こんな時間も楽しい。

チェックアウトの十二時ぎりぎりにホテルを出た。
お昼は懐かしいお店で と 昨夜から決めてあったから そのお店へ向かった。
お店の前には 入店を待つ人の列ができていた。
おそらくはガイドブックに 安価で昔から変わらない味のお店 とでも紹介されているのだろう。

順番を待って店内に入り 店内でもまた待って ようやく注文のお皿が運ばれてきた。
変わらない昔馴染みの味は 昨日食べた中華そばと同じように
私たち三人の胃袋へ すんなり収まっていく。

食べた後は 昨日スーパーで買って ホテルで美味しく食べた 高山独特の
サツマイモの天ぷらを買って帰ろう と またスーパーへ。
衣が いわゆる天ぷらの衣と違って 小麦粉だけでなく 何か混ぜてあるのだろう。
洋風の感じで カリッとしていて おかずとしてではなく おやつの感覚で食べられる。

友人も私も 天ぷらのほかに 帰宅後の夕食のおかずに と ついつい幾つもの
惣菜を買い込んで 予定のワイドビューに乗るために 高山駅へと
友人の車で送ってもらった。

いつでも 別れはつらい。
また会える と分かっていても つい先日 急死された知人を思うと これが最後かも
という想いが 頭をよぎって つらい。

列車の中では 友人も私も 座席に背中をあずけながら 言葉も少なく帰って来た。

高山在住の友人は わざわざ 私たちと一緒に ホテルで二泊してくれた。
そして 三日間 二人の足になって 車を動かしてくれた。

二日目は お昼近くにホテルを出て 家で留守番の夫の土産に お酒を買いたい私のために
酒造会社のある 古い町並みへと 出かけた。

この界隈は 高山が まだ観光都市として舵をきる前 子供の頃からなじんだ街並だ。
小学生の間の何年かは一人で 後には 一緒に来た友人と二人で この町筋にあった先生のお宅へ
ピアノを習いに 毎週日曜日 汽車に乗って通った。

その頃は 通りのほとんどは 高山独特の 弁柄格子の町家だった。
今では逆に ほとんどの家が なにかのお店になって 観光客で賑わっている。
観光客に交じって通りを歩きながら 昔の 静かな佇まいの町並みを思い出したりしていた。

お昼は どれだけ観光客が多くなっても お店を拡張もせず 味も昔のままを守っている
中華そばのお店へ入った。
いつ来ても変わらない 懐かしい昔のままの高山が そこにあって お腹も気持ちも
ほっこりと 温かくなった。

それからは 買ってまとめて家へ送る という友人のために 市内のスーパーめぐり。
土産物店より こまごまとした高山独特の食品が並んでいる。
同じ商品でも 値段もスーパーのほうが安い。

高山は山の中にあるが 食材は 海の物も新鮮なものが 品数も多く並んでいる。
富山に近いからだ。
そして お肉も野菜も 季節季節の地の物が豊富だ。
高山でしか手に入らない物も多いから 飛騨の出身者は 懐かしさもあって
買って帰る人が多い。

友人に連られて 私も いくつか買った。
友人は 近所や知人への土産やお返しにと 大きな段ボール箱いっぱいに買った。
着日を指定しての買い物だが 親切にも 買った商品を一度売り場に戻し 改めて同じ商品を
新しく詰めて発送してくれる という。
なんて親切な対応だろう と 感心した。

観光によって 街並みや市の在り様は変わっても そこには 昔と変わらない飛騨人のやさしさや
心配りが感じられるようで なんだか嬉しかった。

高山市へ出かける日は 天気も良くて 高山も 駅に着く頃から
真っ白なアルプスの連なりが 青い空にくっきりと よく見えた。

駅まで 高山在住の友人が 車で迎えに来てくれていた。
会えた嬉しさから 私は 思わずハグしていた。

まずは私の用事を済ませよう と三人の話が決まり
早速 私が育った町へと向かった。

用事の第一は 両親のお墓参り。その後 生家の隣家へお悔やみに伺う。
その後 知り合い宅へのお見舞いに。

この三つは 今回 私が高山へ来た最大の理由だから
まずは これらを先に済ませないことには落ち着かない。

花屋で お悔やみに持参するアレンジフラワーを作ってもらい
途中のスーパーで お墓に供える花や お見舞いに持って行く果物などを調達。

今冬は暖かいから お墓の周囲にも雪がなくて ありがたかった。
二人の友人も 一緒に手をあわせてくれた。
お墓の中で さぞかし父母も 喜んでくれたことだろう。

お墓参りを済ませた足で 生家の隣家へ。
奥さんである私の幼馴染は 急死されたご主人を悼んで 私の顔を見ると
泣き崩れた。

胆のうが悪く この春 仕事を退いたら手術する予定でみえたらしい。
それを 仕事先が 何か月も休めない事情を抱えていたために
知らず知らずのうちに どんどん悪化させてしまい 遂には 急性膵炎になり
とうとう あっという間に亡くなってしまった。

そう 奥さんは 切れぎれに泣きながら語られた。

本人も周囲の者も 体調不良になっていくことに 気づきながらも
まさか そんなに悪くなっているなんて 想いもしなかったらしい。
そして 病院へ駆け込んだ時には もう最期だった。

六十三才と まだまだ若くて体力もあり 無理も効く年齢だったのが
かえって 症状を急速に悪化させてしまったのだろう。

亡くなる前後の様子を聞きながら 生前の優しかったお姿が思い出されて
奥さんの気持ちを考えると いたたまれない思いがして 私も泣いた。

沈む心を引き立てて 次のお宅へのお見舞いに向かった。
こちらのお宅だって 決して愉快な気持ちでは 伺えない。

長年 入退院を繰り返しながらも 奥さんの手厚い看護で 頑張っていらっしゃる。
その知り合いが 年末から今月の上旬まで また入院してみえた。
ご夫婦共に 八十五才になられるから 老々介護だが 幸い 息子さんが同居だから
今では奥さんも かなりの部分 息子さんに頼っていらっしゃるようだった。

母や父の介護をし続けてきた私には 日々の細かい大変さがよくわかる。
病人は 病院や施設から面倒をみてもらえるが 病人を支える者は
どこからも その体調や心のケアもない。
だから よっぽど周囲に 手助けしてくれる人がいないと つぶれてしまう。

病人を見舞う と同時に 奥さんの体調も心配だったが
くたびれながらも まだまだ元気なお姿に安堵して お宅を辞した。

こうして 着いた日は過ぎて行った。

安いツアーを見つけて 明日から二泊で 高山へ行ってくる。

実家の近所のお宅へ伺い できれば お焼香をさせてもらうため。
それと 両親のお墓参り 知り合いのお見舞い。
それらが どうしても の用事。
あとは 毎年この時期にする 友人二人との顔見世だ。

ここ数年は 高山の友人と滋賀の友人が 私の住んでいるところまで来てくれた。
しかし 今冬がとても暖かく 高山も いつになく雪が少ない とあって
私と滋賀の友人が 高山へ行くことにした。

会って話すだけなら 一泊でもいいが 高山へ行く となると 実家もあり
親戚や知人ばかりの私は 黙って行き来するわけにもいかない用事が できてくる。
それで 二泊することになった。

でも 個人で行くにしては このツアーは 格安だ。
高山までの往復を 座席指定の特急を使いホテルで二泊もするのに
なんと 一万四千円だ。
我ながら いいツアーを見つけたものだ。
これなら 気楽に行ってこられる。

機嫌よく行かせてくれる 夫に 感謝 感謝!



今日は 私の誕生日。
友人からお祝いメールや電話をもらい 子供からカードも届いた。

この歳になって 誕生日もないものだ とも思うが
素直に言えば みんなから祝ってもらえるのは やっぱり嬉しい。

子供たちが高校や大学の頃 髪振り乱して 仕送りに邁進していた年代には
自分の誕生日が めでたい と思う暇もなかった。
だから 子供たちの誕生日や夫の誕生日には 必ず なにがしかのお祝いをしたが
自分の誕生日がきても 家族が気づかない限り 何もしなかった。

むしろ うんと 子供たちが幼かった頃のほうが 子供たちが 手作りのプレゼントを
贈ってくれたりして 楽しい思い出がある。

ところが 近年になって 自分が無事に一年を過ごし また新しい誕生日を迎えるられると
それだけで そのことが嬉しく 喜べるようになってきた。
歳をとる とは こういうことなのだろう。

今日ばかりは 外食嫌いの夫も 外での食事に連れて行ってくれた。
去年はうなぎだったが 今年は 洋食。
それも高級店でなく パン食べ放題の大衆レストランだったのは いかにも夫らしい。
しかも 私よりたくさん食べていた。

それでも お互いの誕生日を こうして夫婦そろって祝えるのは ありがたいことだ。

夫は 今年 古希を迎える。
誕生日までに お祝いをどうするか 考えなければ・・・
食事しながら 私はもう 夫の誕生日のことを思っていた。

今日 夫が勤務する幼稚園の 一年で一番大きな行事である 音楽発表会があった。

この日は 毎年 理事長が 私に会って話をするのを 楽しみに待っていてくださる。
楽屋から ステージでの園児たちの発表を見たり聞いたりしながら
二人で 高山の話をしたり お昼のお弁当をいただいたりする。

ご高齢の理事長だが まだまだかくしゃくとしていらして 凛とした生き方が そのまま
お顔に現れている方だ。

母の幼馴染 ということもあってか なんだか親戚の伯母さんにも似た
飛騨人独特の 優しみを感じる。

ステージでは 園児たちが この日に向けて練習してきた演技を
精一杯に演じる。

私の後ろに座っている観客からは 小さいのに よくあれだけのことを覚えられるなあ
と 感心した声が聞こえてきた。
それぐらい 園児たちは 邪気がなく 懸命に練習し それを懸命に演じる。

そんな孫の姿が ジジババの癒しにもなるのだろうか。
北海道からも 飛行機でやってくるジジババさえ いらっしゃるそうだ。

今日も 観客席は ほぼ満席だった。
今夜 園児たちは それぞれの家庭で さぞかしジジババに
褒められ 甘やかされていることだろう。

ホントホント みんなよく頑張っていたね!
じょうずだったよ!

私は なんでも 一度気にいると なかなか気が変わらない。
美容院もそうだ。
同じ美容師にお世話になって もう 三十年以上になる。


彼女もご主人も おおかたの従業員も 飛騨出身 ということもあって
共通の話題もたくさんある。

今日 その美容院へ行って来た。
今日 彼女と話題にしたのは 漁や猟のこと マタギのことだった。

我が家は 義弟が猟をするようになって 猪や鹿のお肉が手に入るようになった。


私の父は まったくその方面には興味がない人だったが
二人の叔父や夫が 釣りをしたり網をしたりしてきたし 叔父の一人は 中学生のころには
もう 一人前に うさぎや小動物にわなをかけて捕獲したりしていた。
だから 小学生のころ 祖母の家へ行くと 捕獲した動物が 軒下につるされていたりした。
もちろん うさぎのすき焼きなども 食したことがある。

夏場は もっぱら 川で魚とりをしていたし 秋の枯れ葉が落ちる時節には
そのころは まだ許されていた イワナもとってきた。
囲炉裏端に いつも 串にさしたイワナが 遠火にあぶってあった。
その叔父二人は 私を可愛がってくれるし 私も大好きだ。

そんな環境で育った私と 美容師の彼女は とても話が合う。

彼女のお父さんは 体を悪くされる ごくごく最近まで 猟師会の会長をされた
飛騨の山々のことなら 隅から隅まで知っている マタギだった。
遭難者の捜索は お父さんなしではできない と言われたほどだ。

だから 彼女は 周りにはいつも生きた猪やら鹿やら熊がいたり
その毛皮や 製品にする課程の熊の胆がぶら下がっていたりする環境の中で育った。

もちろん 渓流からのめぐみや きのこや山菜も 何がどこへ行けば どのくらいあるのか
知り尽くしてみえるお父さんの生き方を見ながら 生きてきた。

でも彼女は 仕事がらもあって めったに お父さんが生きてこられた仕事について話さない。
人によっては 生き物を捕ることに抵抗のある人もあるし ましてや生々しい話など
お客さんの前では 話題にできないからだ。

でも私は 彼女ほどではなくても 彼女が 熊の胆の小片を水に溶かす時の様子などを
語っても 経験もあるから解るし 猟の話や 山歩きや山のめぐみ全般の話も
よくわかる。

だから 彼女は 気楽に そんなことに関しても 私を相手に話す。
特に 彼女も 年齢を重ねて 父母への思いが深まってきたのだろう。
最近は 以前にも増して お父さんのことを話すようになった。

話には 若かった時には なかなか想い至らなかった 父親への思いがあふれている。
体を悪くされてから あれほど好きだった山へ入れなくなって さぞかし悔しくさみしいことか
と お父さんの心境を思いやる彼女の心が 言外に伝わってくる。

お父さんの話は 聞いていても 一遍のドラマか小説にでもなりそうで 興味深い。
実際 あるテレビ局が 何年もにわたってお父さんを追って
ドキュメンタリーを製作したらしいが 途中で製作者自身が 心臓が悪いことを 誰にも告げずに
お父さんについて山へ入っていて急死されたために お蔵入りになってしまっている という。

私が 叔父たちのことなど想いもせず 夫と一緒になったように 彼女もまた
夫になる人が 父親と気が合って 父親と一緒に猟や漁について行くなど
想いもしなかった という。

縁て おもしろいよね 自分では気づかないところで 伴侶を選んでいたなんて・・・。

今日の美容院は そんな言葉で終わった。