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環境の変化 特に 面倒をみてくれる者が変わることに 赤ん坊はとても弱い。

今回 上の孫の入院で 下の孫は 生まれてこの方 離れたことのない母親から離れて
私が日常の世話をするようになった。
すると 心の安定を失ったかのように あれほど いつもニコニコ顔の絶えなかった孫が
よく泣くようになってしまった。

おなかがふくれてオムツも汚れていないのに ぐずるし なかなか一人遊びをしない。
昼間私の姿が見えないと すぐに泣くし 娘夫婦が帰ってきてからも 彼らの姿が見えないと
泣きだすようになってしまった。
一番困るのは 眠くなっているのに泣いて寝つかないし ようやく寝ても 睡眠時間も短くて
割と早くに泣いて起きてしまう。

これほど 赤ちゃんの心は乱れやすくて繊細だ。
搗き立てのお餅のように どんな形にでもなってしまう。

生まれた時から周囲が騒がしかったり 家族や兄弟が多くて育つ子は 神経や心も
それに馴れて育つから おそらくこんなことにはならないだろう と思う。
一人っ子や兄弟の少ない環境で育つ子ほど 神経が細い。

もちろん小さいから 環境が変化しても なじむのは早い。
赤ちゃんの時に養子に出されたりすれば いっときは 今の孫のように泣くだろうが
一週間もすれば 生みの親など忘れてしまうに違いない。

幼いから楽な反面 幼いからこそ 環境の変化を心身で丸ごと受けてしまうのが
赤ちゃんだ と 昨日今日 泣く孫をあやしながら つくづく感じている。







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昨夜 病院で一人で寝た孫に 娘は 朝起きた時には ベッドのそばにいるからね と
約束して帰宅していた。

それで 気にもかかるし約束したし で 娘は 今朝四時半頃から起き 家に置いて行く下の子の
離乳食を準備したりして 五時半には 家を出て行った。

下の孫が 起きだした気配に ベッドまで迎えに行くと 孫は キョトンとした顔をしている。
昨日も お昼寝の後には 私の顔を忘れていたから 今朝もきっとそうなのだろう と思った。

とにかく オムツを換え 離乳食を食べさせにかかった。

昨日は なにもかもがうまく運び お昼寝も離乳食も問題なくて 娘が帰宅するまで
終始 ご機嫌で過ごした。

ところが 今朝は そうはいかない。
寝て起きてリセットされた孫の頭の中には 私の存在が消えている。
家の中を見回して 不安げに 母親を探している様子だった。
それでも おなかはすいているらしく おとなしく食事椅子に座って 離乳食を食べ始めた。
食べながらも 私の顔を まばたきもしないで じっと見つめていた。
そして 思い出したように 台所や居間のドアの方を見て 親の姿を探している。

いつもなら完食するのに 今朝は あまり食べない。
そしてちょっとぐずり始めた。
やっぱり 親も姉の姿もなく 声さえ聞こえてこないから 幼いながらも家人を探すようだ。

ぐずっていたのが だんだん激しくなって しまいには 一人でお座りもしなくなってしまった。
抱っこから下ろそうとすると ひどく泣いてしまう。
そのうちに とうとう泣き止まなくなってしまった。

そうなると もうどうしようもない。
娘にメールして 帰ってきてもらった。
おっぱいをあげて寝させたら また病院へ行こう と 娘は考えていたらしいが
どっこい 孫は寝てくれない。
仕方なく 車にベビーカーを積み込んで 孫も私も 一緒に病院へ行かざるをえなくなった。

病棟へは赤ちゃんは入れないから 中庭やロビー 入院階のラウンジで時間を過ごした。
家にいて泣かれるよりは ベビーカーに乗せて動いているほうが ずっと楽だ。

ぐずりだしたり おなかがすいた様子になると 娘と交代して 私が病室へ。
そんなことを繰り返して 今日は一日の大半 病院で暮れた。

なんにも話さず 理解もできない赤ん坊でも 感覚は鋭い。
自分の身を守る本能の働きに 振り回された一日になった。

昨日 ちょうどお昼時に品川に着くと 娘が 上の孫と一緒に 改札口まで迎えに来ていた。
孫は 遠くに私の姿を見つけると 大きな声で ばァばァ~ と呼んで手を振った。

幼子の成長は 実に早い。
前回会った時よりも また背が伸びていた。顔つきも少し変わってきている。
幼女から少女へと 急速に成長していくのがわかる。
嬉しいような もっとゆっくり大きくなっていってくれたほうがいいような・・・。

娘も元気そうだ。
子供も二人になり 年相応の落ち着いた様子がうかがえる。

迎えに乗って来た車で 高速を使い 自宅マンションへ。
着いてしばらくすると 下の孫が お昼寝から目覚めた。
私と顔を合わせると 不思議なものを見るように 泣きもせず笑いもせず じっと見つめて
目を離さない。
ちょうど人見知りする月齢だから 泣かれないだけましだろう。

見慣れない人だけど 家族の雰囲気からすると 警戒しなくてもいいらしい・・・
彼女が本能で そう納得するまでに あまり時間はかからなかった。
あ~あ~う~う~と よくおしゃべりする子だ。
大きなまるい目をして 私と目があうと 手足をバタバタさせ ニッと笑うようになった。
そうすると 小っちゃくて真っ白な歯が二本 可愛い口元からのぞく。
離乳食もモリモリ食べて 元気いっぱいの赤ちゃんだ。

昨日は 仏教国の日本人には馴染みがないが キリスト教やユダヤ教では大切な
イースターだった。

娘の家についてしばらくして 孫が 私に どうぞ と差し出した卵の形のチョコレートで
それと知った。
婿は 敬虔なクリスチャンではないが この家では 日本とイギリスが混じり合っているから
お雛様も飾るし こうしてイースターも祝う。

いつも日曜には 何かしらのお肉を 婿が自らローストする。
イースターは 必ずラム肉を食べるのが習わしだから と 夕食はラム肉とボイルした野菜。
それに 特別な日だからと とっておきのワインを開けた。
飲めない私も 少しだけお相伴。
こうして 娘の結婚以来 婿がストックしている美味しいワインを飲むようになって
日本酒だけでなく ワインの良しあしも ちょっとだけわかるようになった。

一昨年から去年にかけて生活を共にしたこともあって お客様ではない雰囲気がいい。
娘夫婦も 二人目の子が生まれてから 子育てに余裕が見受けられる。
それが 二人の心にゆとりをもたらしているのを感じる。

さて 今日は午後から 上の孫は娘夫婦と一緒に病院へ行く。
下の孫は 病室へは入れないから 授乳を済ませて 家で私と留守番だ。

病院では 個室の空きがなくて 入院するのは四人部屋らしい。
そして 夜間は 付き添いはなし だ。
さてさて どんな展開になることやら・・・
面会時間が過ぎて 二親が帰る時 孫は泣くだろうなァ・・・。

午前中 家で 叔母のための総菜やご飯を作っていると 叔母から夫に電話があった。
看護師さんに 今日は帰られても大丈夫ですよ と言われたし フラフラするような気がするから
家へ帰って来た 今夜は 家で休む という内容の電話だった。

それじゃあ 病院へ寄った後 家のほうへ ご飯とおかずを持って行く と返事した。

どうやら 叔母が付き添っていなくてもいいようになったらしい。
あるいは 叔父の容体も多少よくなってきたが その分 叔母の疲れが観てとれるから
看護師が ゆっくり休んだほうがいい と思って アドバイスしたか・・・そのどちらかだろう。

病室へ行ってみると 叔父は 昨日より 目に力があるようだ。
二日ほどステロイド剤を注射するようになってから ずいぶんよくなってきた。

それでも まだ声は出ないし絶食も続いているし ベッドの上からの移動はできない。
しかし これ以上の終日の付き添いは 叔母には無理だろう。
このへんが潮時だろう と想う。

叔父も 病室に一人で居ることに馴れたほうがいい。
叔母がいるとすぐ頼るし ちょっとしたことでも させようとする。

それに 完全看護がたてまえの病院だから 医師が告げたわけではないが
危機を脱すれば 付き添いも邪魔になるだけだろう。

明日から東京へ行く私にとって 少し叔父の容体がよくなったことは嬉しい。
安心して行って来られる。

帰って来た時には 今日よりもっとよくなっていてほしい。
そう願いながら 明日の午前中には 新幹線に乗る。

昨日で 夫の 家中の雨戸のペンキ塗りが終わった。
雨戸の色が変わっただけで 家の雰囲気も変わった。
たかが雨戸なのに 不思議なものだ。

懸案の仕事をし終えて 今日はゆっくりするか と思いきや 夫は また次の仕事にかかった。
本当によく動く人だと 今更ながら感心する。
こんなによく働けば それに比例して お金も貯まればいいものを 残念ながらそうはいかない。

まったく あてにされていない私は 一か月に一度に会う友人と 午前中 お茶をしながら話してきた。
最近になって身辺が忙しいが こんな時間もないと 気持ちがもたない。
その点 夫は どう気持ちの転換をしているのだろう。

今日会った友人は 長く生協の仕事をしてきた人で 考え方はもちろん 社会の観かたも深い。
退職後の今も 様々な団体やグループに属していて 広く活動している。
家の中ばかりにいる私には 社会と繋がるのに 欠かせない友人の一人だ。

だから 彼女と会うときには必ず 社会の情勢や経済 地域の発展に話が及ぶ。
私は 彼女のブレない確かな目を通して 物事を考えさせられる。

また来月会うと決めて 別れてきた。
重かった気持ちが 少し晴れた。

勤め先が春休みなり 二週間ほど在宅になった夫は 以前から 休みに入ったらやろう と
心づもりしていたのだろう 家の雨戸のペンキ塗りを始めた。

たしかに 私も気になってはいた。
壁を塗りなおしてから もうかなりの年数が経っている。
壁もだが 雨戸も退色して 赤茶色になっていた。

我が家は通りに面しているし 高速道路建設のために周囲の住宅がなくなったせいで
遠くからでも 我が家がよく見えるようになった。
すると 余計に 雨戸の色が気になっていた。

どうやら夫も 同じ思いであったらしい。
それで 休みになったら・・・と 思っていたのだろう。

昨日は 一階と二階の東に面している雨戸と二階の北の雨戸を 梯子をかけ下へ下ろして塗り
戸袋も塗った。
雨戸の枠も一緒の色になるように塗ってくれた。
ちょうどいい天気だったから 短時間で乾き またそれらを もとに戻した。

そして今日は 二階の南に面している窓の雨戸を塗ってくれた。

昨日も今日も 朝 私を大学病院へ送ってくれ そのあと帰ってからの仕事だ。
私を迎えに来てから 叔父の病院へ行くので どちらも午前中にし終えた。

夫の年齢を考えると 長い梯子を上下して雨戸を下ろしたり上げたりするだけでも
かなりの体力がいる。
そうしておいてのペンキ塗りだから さぞかし疲れるだろう。

それなのに 私の送迎 叔父の病院への往復 おまけに お風呂に入ったりする叔母を
自宅まで連れて行って また病院まで連れ帰ってくれる。

いくら丈夫な夫でも さすがに体が心配になる。
じっとしていられない性格で DIY も大好きだから 本人は いっこうに気にならないらしい。

家のことはともかく 今回の叔父の入院に関しては 本当によくやってくれる。
ありがたい と思う。

せめて 疲れをとるためにも 夜は 早く休んでね。

いつも 隔週の火曜日が 大学病院の受診日だ。
だから今朝も 当然のように 夫の車で送ってもらい 出かけて行った。

いつものように受付番号の札をとり やおらバッグから診察券を取りだした 。
そして 何気なく診察券を裏返して見た。
ムムム~!? 印字が二十三日になっているではないか!!
え~ツ! どうして?

自分の番号札の番号が呼ばれた。
もうすっかり顔馴染みになっている受け付けの係に 私間違って来ちゃったのかしら?
いつも受診が火曜日だから 診察券見ないで来ちゃったんだけど・・・ と言うと
彼女も そうですねエ いつも火曜日ですもんねエ~変ですよねエ~
そう言いながら パソコンで調べてくれた。

やっぱり予約は明日になっている という。
彼女自身も納得がいかないらしく わざわざ今日の担当医師の予定を 確認してくれた。
すると 今日の午前中は 私だけでなく 担当医師の診察枠は 空になっていた。
早く行く私は 担当医の診察順は たいてい一番だから 後のことを調べてくれたのだった。
間違いなく 診察日は 今日ではないらしい。

親切に彼女は でもお昼近くなら一人入っているから もし待っている時間があるなら
その枠に入れられますよ どうします? せっかく来られたのだし・・・ と言ってくれた。

でも かすかに思いだした。
そういえば 前回診察してもらった時に
今度の火曜日は都合があって午前中いないから 水曜なら 診察枠はないが 病院にいるので
臨時枠を取って 診察しますから 次回は 二十三日に と おっしゃっていたような・・・。

これは 診察室の看護師に確認してみるのが一番かも・・・
そう思って 受付の彼女に ちょっと診察室の看護師さんに聞いて来ます・・・
その上で 今日診てもらうか 予約通りに明日出直すか 決めます そう言い置いて
診察エリアへ行き まだ始まっていない診察室を そっとのぞいた。

すいません・・・声をかけると こちらも顔見知りの看護師さんだ。
私 間違って来ちゃったみたいです 受付の方は お昼近くなら入るけどって
言ってくださるんですけど 今日は先生 午前中いらっしゃらないんですよね・・・
そういうと ここでも看護師さんが パソコンで調べてくれると やっぱり 私の予約は明日。

看護師さんも お昼まで待てるなら 今日診てもらう?それとも他の先生に診てもらう?
そう言ってくださったが 明日の予約を間違えて 今日来てしまったのは 私のミス。
お忙しい先生の時間をつぶしてまでも 今日 強引に診てもらう異常があるわけではない。
ここは 潔く 明日出直す と決めた。

お礼を言って診察室から受付へ戻り 先ほどの女性に 明日また来ます ありがとう
お手間をとらせてしまってごめんなさいね そうお礼を言って 受付を離れた。

まったくもう!!われながら このうかつさに呆れる。
バカみたいなミスだ。

それでも 気を取り直して モールで叔母への惣菜を買い 叔父の病院へ行った。
叔父の容体は 相変わらずだ。
顔には出せないが 内心の重みが ますます増していくのを感じる。

浮かない気分を引きずりながら 夕方 リハビリに行った。
その帰りだった。 東の空に 黄色く明るい朧月を見つけた。

薄くおぼろがかった黄色い月は 私だって こんなにぼんやりした日もあるんだから・・・
また 明日行けばいいことでしょ・・・そう まんまるい顔で笑ったように想えた。
そう想えるほど 月は いたってのんびりと 穏やかに 空にあった。

そうなのだ・・・一人落ち込んでいても仕方がない・・・誰を傷つけたわけでもなし・・・
明日また行けばいいだけのこと・・・。

おぼろに霞んで もの問いたげな月は その円い顔で
まるで母親のように やさしく私を見守っていた。

叔父が入院して以来 叔母は ずっと付き添っていて 病室の外へさえ なかなか出られない。
そんな叔母に 院内の売店で そそくさと買って来て食べる おにぎりやお弁当では 味気ないし
栄養もとれないだろう と できるだけ温かいうちに食べられるよう 毎日 おかずやごはんを
家で作って 差し入れている。

五年前に胃がんの手術をしている叔母は 消化の悪いものは食べられないし 一度に
小量ずつ 数回に分けてしか食べられない。
だから 作って行くおかずも 気を遣う。

今日 持って行ったのは 叔母が大好きな混ぜご飯に 鶏の手羽元と大根の煮物
細切りにしたきゅうりと焼いて皮を剥いたパプリカを生ハムで巻いたもの それに
大根と長芋をおろして甘酢で和えたもの だった。

病院の付き添いは 意外に疲労感が強い そして 神経を使う。
そんな時は 必ず胃腸が弱っているから 消化のいいおかずがいい。
若者ならいざ知らず 手の込んだ料理も 油っこい料理も厳禁だ。
そうしたものは かえって胃にもたれて 付き添いが体調を崩す原因になったりする。
自分の経験から こういう場合 酢を使ってあるものは 口の中もさっぱりするし
胃腸を休めて 疲れにも効くような気がする。
だから 毎日必ず 一品は 酢を使った総菜にしている。
特に 長芋は慈養もあるし消化もいい食材だ。

病院へ行くと まず 叔母を夫が 叔父夫婦の家まで車に乗せて行き ゆっくりお風呂に
入らせてくる。
その間 私が病室にいて 叔父に付き添う。

叔母がさっぱりして帰ってくると 持参して行ったご飯やおかずを持って
叔母と一緒に食堂へ行く。
入院以来ずっと絶食状態の叔父の前では 叔母が食事ができないのと
病人から離れて ほっとする時間を 叔母に持たせることが目的だ。
だから 叔母が食べる間 私が話相手になって いろいろ叔母の愚痴やら不満やらを聞く。
なんでもないことだが こういうことが 目の離せない病人に付き添っている者には
気分転換になる。

そんなことをしていると いつの間にか時間が過ぎて 病室を出る頃には外はもう真っ暗だ。
そして 帰宅後 夫と夕食をとる。

家の中のことは せいぜい洗濯するくらいで あとは何にもできない。
最初は もっと時間にゆとりがある と想っていたが 毎日が慌ただしく過ぎていき
なかなか ゆっくりできる時間が持てない。
でも まあ これも仕方がないだろう 四六時中 付き添っていて 十分な睡眠もとれていない
叔母に比べたら 神経を休める時間はあるのだから。

明日は 自分の病院受診日。
また朝早くに 夫の車に同乗して病院へ行く。

昨日も 叔母の食べるものを作って 五時頃 病院へ出かけて行った。
叔父は 相変わらずの様子で ベッドに横たわっていた。
呼吸も荒く 喉もゼイゼイ言わせている おまけに 今日は発熱まで。

夫に病室にいてもらい 叔母に早めの夕飯を食べさせるために 食堂へ。
病院の夕食時間にはまだ間があるらしく 誰もいなくて ゆっくりできそうだった。

作ってきたおかず数種類と 炊き立ての炊き込みご飯の容器を開けると
炊き込みご飯が大好きな叔母は おなかも空いていたのだろう すぐに食べ始めた。
いい味 おいしい と言って食べてくれるから 作ってきたかいがある。

叔父夫婦には 子供がいない。
でも 叔父には一人 息子がある。
しかし 小さい頃から一緒に暮らしてこなかったこともあって 離れて生活しているから
家族ということでの 細々とした世話は お嫁さんもしない。
だから結局 一番近くにいる私と夫が 昔から世話になってきたし 頻繁に顔も出してきたから
こんな場合 できるだけのことをしている。

とても苦しそうにしていても 叔父の意識はしっかりしているから それが救いだ。
今日も ゼイゼイいいながら 兄貴は幾つで逝った? と私に聞いた。
こんな時に と思いながらも 九十だったよ 叔父さんも頑張らなくちゃね と返した。
兄弟では一番下の叔父には まだ数年ある。

九十四才で認知症の叔母の他には 父の兄弟は この叔父だけ。
たとえ この先が数年であろうとも それまでは 叔父には元気で生きていてほしい。
本当に 頑張ってよくなってもらわねば・・・。

お昼ごはんを食べながら一年に一度の旅の相談をしよう と 毎年一回行く旅の会のメンバーが
今日 お昼に集まった。

もう二十年以上も続いている会だ。
その間 会員は徐々に減っていき 最後に今のメンバー六人に固定して もう十五年過ぎたろうか。
日ごろは 近所なのに それぞれが忙しくて めったに顔を合わせたりすることもないし
道で会っても 短い立ち話をするくらいだ。
それなのに 性格も環境も異なる者の集まりで行く一泊の旅の会が 何故か続いてきた。

旅の途中の列車の中は みんなが 中の一人が話す内容に なんだかんだと応答したり
意見や考えを話したり にぎやかだ。
宿に入っても 布団に入ってからも それぞれが話すが かといって 後から思い返すと
いったい何の話をしたんだったか ほとんど覚えていない有様だ。

でも そうだからこその この旅の会の意味もある。
日ごろ 家庭にあって 家族の前では話せないことや 家族への不満などを
この会の旅の間に 各々が吐き出すように話せる。
言ってみれば この会は 心の浄化作用ができる場所と時間になっているのだ と思う。
それがあるから こんなにも長く続いてこられたのだろう。

毎年 二人が一組になって幹事を務める。
今年の幹事は 私ともう一人の人。
事前に二人で 今年の行先や おおよその行程を決めて 今日 メンバーに提案した。
だいたいは その年の幹事に任せられているから 今日の集まりでも 大筋は合意された。
あとは もう一人の幹事とで 予約やら細かい行程を練って決める。
旅の費用も 幹事が支払い役になる。

私は 今 迷っている。
このまま 今年の幹事役を終えても メンバーとして 来年以降も続けていくか
今年を限りに この会からはずれるか・・・。

年を重ねる毎に 私の体の状態が悪くなっていることを感じている。
みんなに迷惑をかけないうちに 外れたほうがいいのではないか…そう感じている。

でも 今日も ちょっとそんな思いを言い出すと 大丈夫 みんな年々弱っているから・・・
遠くない日には 全員タクシーで移動するようにもなるんだから・・・
メンバーは そんな意味合いの言葉を それぞれが言って 全員が引き止める。

どうしようか・・・
今 本当に悩んでいる。