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我が家のテレビやネットの回線や電話は 元々テレビが有線だったから
その続きで そちらの回線を利用して料金を支払っていた。

それが 早く繋がるからと営業に勧められて NTTの光フレッツの方へ移った。
それが およそ二年前だ。
ところが 契約時のサービスがなくなるに従って このところの利用料が
なんだか上がってきたように感じていた。

そうしたら つい先ほどだ。
NTT光フレッツからの転用の形で Ene光 という会社に代わる契約をすると
料金が 二千円も安くなる と電話があった。

最初は 新手の詐欺かと疑ってかかったが どうも違うらしい。
応対も丁寧だし しっかり手順を踏んだ説明をしてくれる。
しかし それでも信用できなくて なんだかんだ質問したりした。

聞くと 昨今 携帯会社各社などが テレビとネットと電話をまとめた料金プランを
提示しての勧誘や契約にやっきになっている。今まで NTT の独占分野状態
だったのが そうもいっていられなくなり Ene光へ転用の形で 業界最安値の
料金設定にして 顧客をつなぎとめておこう としているのだという。

なるほど その説明で なぜ二千円も安くなるのか が理解できた。

今月の十日過ぎたころだったか フレッツの料金がいかにも高いような気がして
実際にソフトバンクのお店へ行き 契約寸前までのことを済ませて来ていたのだ。
その際には 携帯をスマホに変えての料金も含めての設定だった。

今思えば 契約してこなくてよかったのかもしれない。
提示された料金は 今とあまり変わらなかったからだ。

改めて契約書が送付されれば契約しよう と思っている。
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昨日 巡回に来た看護師が
めまいが収まっていないのに退院せよとは言わないから安心して。
しっかり治してからしか出さないから大丈夫。
と 私がいる前で 叔母に言ってくれた。

この言葉は そうでなくても どうしてめまいが起こるのか や
いつ起こるかわからないめまいに 不安な思いでいる叔母に
とても力をつけた。
内心 またここでもすぐ出されるのでは・・・と思っていた私も この言葉には
救われる思いがした。

この言葉を聞いた後の叔母は それまでより元気が出てきたようだったし
顔も明るくなった気がして 叔母には一番の薬になるような言葉をかけてくれた
その看護師に 感謝した。

ところが今日 私が 午前中にかかりつけの内科を受診して薬をもらい
家へ帰って お昼ごはんを食べていると 叔母の沈んだ声での電話が入った。

今来た看護師にね 行先が決まっているんだったら 来月の一日には退院です
って言われてしまったわ・・・
昨日 介護の担当の看護師に あんなこと言わなきゃよかったよ・・・
あの看護師が 退院後にあの高いケアハウスに入るつもり ってわかったから
それを医者や看護師に話したから もう退院させてもいいって みんな
考えちゃったんじゃないの?・・・

不安そうな低い声で言う。

ええッ・・・その話は主に私が介護担当にしたから もしそれが本当なら
私の責任だ・・・
あくまでも この病院でしっかり治してもらってから そのあとどうするか ってことで
こちらの心づもりを話したのであって だから早く退院させられても大丈夫だなんて
言ってない!
本当にそんなふうに伝わっているのなら大変だ・・・。

叔母に 大丈夫 昨日そんな意味で介護担当に話したんじゃないから
今から行くけど もし今日その看護師と話す機会があったらそう伝えるから
と答えておいて ご飯の後片付けもそこそこに 夫と病院へ向かった。

病室に入って行くと 昨日帰る時の顔色とは全く違う顔色をした叔母が
今日も椅子に座っていた。

持ち帰って洗濯した下着類やタオルをクローゼットに片づけながら
叔母の不安が軽くなるように 電話と同じことを話した。

しばらくした時 叔母を不安にさせた例の看護師が たまたま用があって入室した。

病室を出て行こうとする看護師に 私は
実は 昨日 こういう内容の言葉をかけていただいて とても心強かったんです。
ところが 叔母が 次に行くところが決まっているんだから もう退院させられる
って さっき言われたと 不安がっているんですが・・・。

すると その看護師は
そんなことないですよ。ちゃんと治してからでないと退院なんてないですから。
ただ 退院時に次の行き先が決まっているのなら そこに空きがないと困るから
退院が近づいたら そちらと連絡をとって退院の日にちの調整はしますが・・・
と 語った。

微妙なニュアンスを含んではいるものの 今日明日にも退院せよ とのことでは
ないようだ。

叔母は それで少し安心したのか ほっとした顔をした。

しかし 今後の診療計画書を見ると 一日に MRI の検査が入っている。
だからきっと その検査結果次第で 退院の日が決まるのではないか・・・
私は 内心でそう思っている。
そうなったらなったで 仕方がない。
移るつもりでいる次のところへ行くだけだ。

叔母は 叔父の死後三か月が経つが まだ心模様が不安定なのだろう。
今日は 叔母が親友とも呼べる彼女の友人からの電話に 傷ついてもいた。

叔母から聞いただけだから その方がどういう気持ちでそういう内容の話を
叔母にされたのかは わからない。
その友人は 叔父の息子つまり叔母にとって義理の息子家族を呼び寄せて
一緒に暮らしたらいいのに・・・。
そう言われたのだそうだ。

まさか友人からそんなことを言われるとは考えてもいなかったから・・・
友人は自分の生き方や考え方を十分承知していてくれると思っていただけに
叔母はショックを受けた。

再婚時には中学生だった息子と 現在まで一緒に生活をした経験もない。
年に数度会う機会はあっても 別の場所で成人し結婚し 家を建て家族を設け
今では退職する年齢になっている義理の息子やその家族との同居など
今さらできる話ではない。
それに彼には 寝た切りとはいえ 存命の生母がいるのだ。

私もその友人を存じ上げているが どういう気持ちでそうおっしゃったのか・・・。

それにしても 他人の言葉に一喜一憂する か細く弱弱しい叔母の姿が
なんだか儚げに思えて 切ない。


数年前 今回と同じことで同じ皮膚科へ行った。
右のこめかみの少し下の部分が 徐々に小さく盛り上がってきていて
洗顔や化粧の際などに指がひっかかり 気になった。
それで受診すると 数回ドライアイスのようなもので焼き その盛り上がりを取った。

今日もまた その後同じように徐々に盛り上がってきたものを取ってもらいたかった。
医師の診断は前回と同じだった。
そして同じ治療をすることに。
数回通えば取れる とのこと。
繰り返すことはあっても 悪性のものではないから安心していい とも言われた。
それで 一安心。

今日は 叔母の病室へ家から茶器やお茶の葉 ふきん I H 用のやかんなどを
持って行った。
叔母が入っている病室には I H のコンロを備えたキッチンが付いている。

叔母は 在宅時には いつも度々温かいお茶を飲んでいる。
それが水分補給の助けにもなっていた。
入院すると 自分でお湯をわかすことすらできない。
それではきっと 温かいお茶を飲みたいだろう と思い 持って行った茶器だ。

案の定 温かいお茶が飲めることをとても喜んで 私が買える夕方までに
何杯もお代わりをして飲んだ。
そのおかげもあってか 出の悪くなっていた尿も便通もあった。
よかった と思った。

叔母は 今朝起きるとまたひどいめまいがして 立つことができなかった。
医師に 横になっていない方がいい と言われたと言って 私が病室へ入ると
叔母は 椅子に座っていた。
めまいの原因はまだわからない。

尿の出が悪い ということで午前中に看護助手が押す車いすで 泌尿器科外来を
受診した際に 飲む水分が少ないのでは と医師に言われてもいた。
だから 今日茶器ややかんを持参して 温かいお茶を飲ませたのは 正解だった。
結果 残尿も便通も改善したようだから 私の判断が正しかった と嬉しくなった。

一昨日と今日 ブドウを買って行ったことも 正解だった。
皮ごと食べられるブドウは 洗って冷蔵庫に入れておきさえすれば 好きな時に
一粒ずつ口にできる。
このブドウがとても甘かったから 種類の選択も間違っていなかった。

人の世話ばかりしている と言われてしまう私だが 世話をしてきたからこそ
今 その人に何が必要か どうしてほしいか が 他人よりわかるのだろう。

だとしたら 私が生きてきた道や経験も無駄ではなかった ということだ。
そして その経験してきたことが 他人の役に立っているのであれば
なおのこと 無駄ではなかった と しみじみ思える。

昨日 今朝十時に 美容院の予約がとれた。
もう三か月以上も行っていない。というより 行けないでいた。
髪は伸びパーマはとれ染めもとれてしまって 自分で鏡を見るのも嫌になっていた。

久しぶりに行くと 三十年も通っているから オーナー夫婦も従業員も親戚のように
みんな目を瞠って どうしていらっしゃったんですか 体悪かったんですか と
聞いてくれた。
いえいえ 実はこんなわけで・・・と 来なかった期間に起こったことを
かいつまんで話すと よくその体でそれだけ動けましたねえ 大変でしたねえ と
いたわりの言葉が口口から連発。

私よりずっと若いが オーナーの奥さんが付き合いが一番長い。
初めから私と郷里が近くて 話があった。考え方も前向きで性格もいい。
オーナであるご主人も 一番古い従業員も同郷だ。
気ごころのわかった心地よさと 彼らの確かな技術が魅力で
他のお店へは変わる気がしない。

久しぶりで髪を短く整えると 頭痛が消えていくような気がする。
昔 亡母が言っていた 髪だけはいつもきれいにしておくように という言葉を
しばらく忘れていた。

さっぱりとした髪で 畑から帰る夫を待ち 叔母の待つ病院へ行った。

午前中は夫と整形外科へ行き 午後からは 叔母がちょこちょこ食べるものを
スーパーで見繕って買って行った。

昨日入院すると 薬剤師や栄養士などが 部屋へやってきて 説明や聞き取りを
して行った。
その際 栄養士に 胃がんで胃を切除している と伝えると
三食はやわらかめのご飯を普通食として出すから 食べられるだけ食べて
食間に食べるものは 患者側で食べたいものを用意してください と言われた。

それではと 皮ごと食べられる種なしぶどう バナナ 果実百パーセントのグミ
クッキー あられ 一口ケーキ などなど 細々と買った。

それらを持って病室へ行くと 叔母は喜んだ。
特に ブドウを洗って冷蔵庫に入れる前 食べると聞くと 食べたいというので
数粒をとってあげた。
口にすると おいしい!!と 最近の叔母にしてはハッキリとした声で
うれしそうな声をあげた。

なんで私たちだけが こんなにしんどい思いをしなくちゃならないの!という
日ごろの気持ちが こんな言葉で報われる気がする。

叔母自身は 根はやさしくて思いやりのある温かい人柄だ。
誰だって なりたくて病気になるわけではないのだ。

乗りかかった船 という言葉もある。
せめて 体がしゃんとして一人暮らしができるようになるまでは
できることはしてあげよう そう最近の自分の心持ちを反省した。

今日は午前中に 三か月も行けてなかった美容院や皮膚科へ行き
午後には整形外科へ行こう と心づもりしていた。

ところが 朝七時半過ぎ頃 叔母から またまた尋常ではない声での電話。
またひどいめまいがしている 這って玄関先まで来ている・・・とのこと。

とっさに これから駆けつけるのに時間がかかる・・・ご近所に頼むしかない・・・
そう判断して 前回の退院時 お礼かたがた退院の挨拶に出向いた折に
お聞きした電話番号に電話した。
事情を話し これから向かうので様子を見てほしい と お願いした。

叔母宅に着くと 近所二軒の奥さんが 叔母の枕元に来てくださっていた。
既にかかりつけ医に連絡してくださっていて 医師がかけつけて診察し帰られた
後だった。ありがたいことだ。
そのあと 医師の日赤病院への紹介状を持って 看護師が注射をしに来た。
注射を二本し 処方していただいている薬が残り少ないことを告げると
帰ってすぐに医師に聞いて連絡するから と言い置いていったん医院へ帰り
薬は日赤で出してもらうようにしたから これからすぐに向かうように との指示。

そうしている間に 汗だくになって 夫と二人で入院用品を調え 玄関に。

夫の車に 叔母と荷物を乗せ日赤病院へ。
案内の受付で その旨を伝えると 看護師が叔母を車いすに乗せて内科外来へ。
診察を待っている間にも 叔母は車いすに耐えられなくなって 処置室のベッドで
横になった。

家から叔母宅へ向かう途中で妹さんに事情を電話し 今後の対策を相談したいから
来てほしい と連絡を入れておいた。
病院に着いてからは夫が 叔父の息子に 同じ内容の電話を入れた。

まさか こんなに早く再入院になるとは思ってもいなかったが
今後の対応策を決めてもらうのには この機会を逃せない と思ってのことだった。
面倒を見てはいても 子供でも血縁でもないから 私たち夫婦には決定権がない。
叔父の息子にしても 扶養の義務はないものの 遺産分配に関わる関係がある。
妹さんは もちろん血縁である。
その二人に私たち夫婦の考えを聞いてもらい 今後どうしたらいいか
一番いい という方法を決めてもらいたかった。でないと これからも私たちに
かかってくる負担がどんどん大きくなっていくことは目にみえているからだ。
健康ならいいのだが あいにく私も体に影響が出始めている。これでは
共倒れになってしまう。

それと 一番考えたいのは 今度退院しても また同じよう事態になる可能性もあり
そんな不安をかかえたまま一人で暮らす叔母の気持ちだ。
不安や 不安定な気持ちを抱えたままでは 安心して落ち着いた生活ができない。
心のケアや精神安定のためにも ケア付きのマンションなりハウスなりに退院後
入り 善くなったら自宅へ戻るのがいいのではないか・・・。

決まった病室に叔母が入り 入院用品の片づけを終えて一段落。
妹さんが着き 息子が着いた後 本人にも考えを話した。
その上で 知人から聞いていた タワービル内にあるケアハウスのことを話した。
ここは お金はかかるが 叔母のように退院後に一人暮らしが不安な人には
とてもいい所だそうだ。

息子がパッドで概要を調べると 私が知人から聞いた内容に間違いはないが
詳しいことはわからない。
それで 二人を帰りの駅へ送りがてら 四人で見に行くことにした。

ケアハウスは ケア付きのホテル と考えてほしい との説明だった。
確かに 至れり尽くせりの設備やサービスと部屋だった。
その上の階からの療養型マンションは 直にケアの階に連絡できる作りだった。

それぞれの案内やパンフレットを頂いて 二人と別れた。
妹さんは 高くてもケアホテルのほうが姉にはいいのでは という意見だった。
息子は その額に驚いて なんとも言えない様子。
最終的には叔母が判断して決めるよりない。

明日はまた病院へ行って 今日の見学のことを説明しなくてはならない。

夕方 娘たちが帰って行った。

娘は 朝から自分たちが使ったシーツやケット、タオル類を 次々に何回も洗濯し
自分たちの衣類も洗濯し乾し上げて 大きなトランクにギュウギュウ詰めにして
荷造りした。

子持ちは荷物が多い。
それに加えて今回は イギリスへ行った時に毎回お世話になる伯父さんへの
プレゼントの掛け軸までが入った。

伯父さんは 三十年も盆栽作りの趣味を持っておられるのだという。
そして イギリス国内で開かれる盆栽展にも出品されるのだそうだ。
今までずっと その盆栽展に出品する際に 盆栽の後ろにかけるのに
本物の日本の掛け軸がほしいと思ってきたのだ と言われたらしい。

娘家族は イギリスへ行くたびに両親よりお世話になっている伯父さんの願いを
叶えてやろう と思いながら今回帰国した。

その底辺には 我が家には 亡父が残した売り物の掛け軸がたくさんあるから
どれかもらえたら という思いがあったらしい。

娘は帰省するとすぐに そのことを私に話した。
ネットで見ると高価でとても買えないから 日本に安価な物があったら
ほしいのだが と伯父さんが言われた時に 婿が いくらくらいのがほしいの?
と聞くと 提示された金額は とてもそれでは贖えない金額だったらしい。
娘が 実家におじいちゃんちから持ってきたものがあるから 帰国したら
聞いてみるわ と言うと やっぱり伯父さんは 提示した金額を言われたらしい。
婿が * * の実家には そんな安物はない と断ったそうだ。

二三年前 婿の日本びいきのお父さんに 掛け軸を二本差し上げたことがあった。
伯父さんがお父さん宅を訪れた際 それらを見て 余計にほしくなったらしい。

私は 娘たちがイギリスへ行くたびに 泊めていただいたり 孫たちの誕生日や
クリスマスには 必ず心のこもったプレゼントを贈ってくださることを知っているから
伯父さんが盆栽趣味 とは知らなくても なにかお礼を と かねがね思っていた。
だから 掛け軸は快くプレゼントするよ と 娘に言った。

東京へ帰っていく今日 どれがいいか あれこれ出してみた結果
書がいいだろうと思い 一幅持たせた。
その軸を トランクに入れて帰ったのだ。

ちゃっかりやの娘のことだ。
きっと クリスマスの際に 彼らからのプレゼントとして贈るのだろう。
それでもいい と 承知で持たせた。

イギリスへ行ったときに 婿だけでなく娘や孫たちを 向こうの親戚の方々が
快く受け入れてくださって 可愛がっていただけるのなら それでいい。
それこそを いつもそれを 願っているのだから。

昨今の忙しさのせいで せっかくやった神経根ブロックも まるで効き目がない。

腰の痛みが激しくなると 足のほうへも影響が出て 大きな痙攣が何度も起きる。
そのせいで 左足のまねきが想っているより悪いのだろう。
先日 悪い左足の親指を傷めてしまった。

二三日は 傷めた部分が青紫になって腫れて痛み 歩行にも困ってしまった。
さすがに これは単に親指をつっかけただけの状態ではない と思い
行きつけの整形外科で診てもらった。
レントゲン写真を見ながら 丸い筒状になっているべき骨が ひしゃげている と
医師に告げられた。
しかし 治療の方法がないから 湿布を張って腫れを抑えるくらいかな とも
言われた。 苦笑いしながら
しばらくは痛いでしょうが 自然に治るまで我慢するより仕方がないから
まあ 頑張ってください。
とも 続けられた。

以来 痛む足先をかばいながら暮らしているが 昨日 よちよち歩きの下の孫に
思い切りふんずけられてしまった。
孫に悪気があってふんずけたわけではないから ウッ! と うなってはみたものの
それこそ我慢するよりない。

まったく 病み足に腫れ足 それに加えて病み腰 状態のこの頃だ。


せっかく娘や孫たちが来たのに 連日の暑さで戸外へ遊びにでかけられない。

前に来た時に行った ファミリーパークの子供エリアも こう暑くては行けない。
せめて 夕方遅くまで開園していれば連れても行けるが 五時には閉園するから
まだまだ暑い時刻に出かけていかねばならない。
それでは ばててしまう。

プール遊びはしても 家ばかりにいるから 上の孫は体力を持て余し気味だ。

どこか屋内で遊ばせるいいところがないかと あそこは?あそこは?と
娘に誘い水をかけてはみるが
ええ~面白くないじゃん~ とたちまち却下。

それでも 孫のためにどこかないか・・・と思案するうち
以前 長男家族が行って楽しかった と言っていた近隣のモールがあったことを
思い出した。
そこには広い子供ゾーンのような場所があって 長男の孫も楽しかった と言っていた。

さっそく娘にそのモールのことを伝えて 娘がパッドで調べた。
すると 近隣三県ではそこにしかない子供が楽しめる施設がある とわかった。
しかも 東京近辺にもある施設で かなり大きいらしい。

それで今日 夫が娘と孫たちを連れて行った。
私は 腰が痛いので留守番。

夏休みとあって かなり混んでいたらしいが 孫たちはそれぞれ存分に遊んで
満足し くたくたになって帰ってきた。

娘が 子供たちが遊んでいる最中の写真を 何枚かメールで送ってきた。
タイヤがいくつも繋がったようなチューブで ゴロゴロ回転して遊ぶ上の子の姿や
ウレタンの階段を上ったり下りたりする下の子の姿など どれも楽しげだった。

帰宅するとすぐに浴室へ直行 シャワーを浴びてさっぱりすると
上の孫は 楽しかったことを私に話してくれる。

最近のこの子の会話は面白い。
英語が堪能になってきたからだろう 一生懸命話す言葉が 英語と日本語が
混じり合っている。
それに時々 日本語のイントネーションが 英語のそれになっている。
夢中になって 目を瞠って話せば話すほど 英語と変な日本語が多くなっていく。
本人はそれに気づいていないから 聞いている方は その様子がまた可愛い。
笑い出さないよう 必死でこらえて相づちを打つのに苦労する。

夕食は この子が好きな トンカチだ。
我が家のとんかつは ヘルシーで脂肪がないヒレ肉で作る。
だからか 肉食女子の孫には ちょっと物足りなくて硬く感じたらしい。
たぶん 東京で外食する際に食べるとんかつは ロース肉だからだろう。

こんど * *ちゃんが来た時には 東京のトンカチとおんなじにしてね。
と 言われてしまった。

おなかをふくらせ 今夜はみんな早々にベッドに入った。
体を動かし楽しんだ分 くたびれてよく寝るだろう。