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昨日 一年ほど会っていなかった友人と会った。

あいにくの雨の日だったが 彼女は 前庭いちめんに彼岸花が咲くお寺へ
連れて行ってくれた。

足を運ぶ細道以外は どこも赤い花で埋まっていた。
長雨に濡れて咲く彼岸花たちは 長いしべの一つ一つに露を宿して
陽の中で見るそれとは また違った風情があった。

彼岸花は 川岸や土手に一むら咲いているのを 離れて見ることが多い。
一面に狂ったように咲く たくさんの赤い彼岸花を こんなに間近で見ると
日本に一千以上もあるという この花の別名を 思わずにはいられなかった。
妖しげな花の形状と血を想わせる花色と ましてや全草に毒性があるということが
刺激となって 日本各地の土着性と結びついた 様々な呼び名を生んだのだろう。

時代物に 未だどっぷりハマり込んでいる私は
おびただしい数のこれらの花が 満開の時期を過ぎる頃には どんな景色見せるのか
と 意地悪い長屋のかみさんの心情で思った。

今は 花魁の花かんざしにも似て 長いしべを華やかに揺らしている花たちだが
真っ赤な花頭が色あせる頃には しべもダラリと垂れ下がり ただの枯色になるだろう。
凛と立つ瑞々しい緑の一本茎も その頃には腰折れて 葉のないことの情けなさを
思い知るに違いない。
目に浮かぶ みすぼらしくひ弱に崩れ立つ姿は あわれな夜鷹の群れのように想えて
なんだか哀しささえ感じていた。

場所がお寺 というわけではないが
あまりにも美しいものには 常にその果ての姿がついてまわる。

美しいけれど 見るものの心を寂しくさせる 彼岸花の群れだった。










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今朝 習字に出かける前 友人から電話があった。
しばらくぶりで また日記を書きだしたのだが このつたない文章を読むのを
楽しみにしていてくださる方が 彼女の周りに 数人いらっしゃる という。

今まで 読んでくださっている人四人は わかっていた。
みな 私という人間を知っていてくださる人ばかりだから 安心して
その時の気持ちに任せてのひどい書き方もしてきたし 時には怒りや嘆きや愚痴も
匿さず書いてきた。
私という人間の人格を理解してもらっているからこそ 誤解される心配も
歪曲したとり方もなく 今までこられた。
これは とてもありがたいことで この日記を目にする人も みな離れた住所の人だから
近所の井戸端会議の話題にもならず 今までこられた。

でも 考えてみれば これは公開のものだから どこでどんな人の目に触れるかわからない。
私の文章を読んで それはちょっと違うでしょ? と思う人だっていても不思議ではない。

最近の私は このことを忘れていた。
目を通してくださる方が多くなれば なおのこと 書き込む内容や表現の仕方に
一層の注意をはらわねば と 改めて思っている。

かといって 私は私だから 心と裏腹なことは書けないし 飾った言葉も使えない。
やっぱり これまでと同じように 生活の中で起こるあれこれや それらへの思いを
私なりに 書き留めていくよりない。

有名人や芸能人のブログではないのだから 多少の言葉の逸脱があっても
感情の乱れがそのまま文章になってしまっても それが私なりの 素直な生きた証し
そう考えて 続けることにした。
今までと 何も変わらず 何も変えないで・・・。

日赤病院を退院してすぐには めまいの不安が消えなくて 一人暮らしは無理
ということで 叔母は 高額だが いつでも医師や看護師がかけつける
ケア付きホテルのような有料老人ホームへ 一時的に入った。

そして今日でちょうど10日。
ずいぶん元気が出てきた叔母は そろそろ不満がでてきた。
要は 食事内容や職員の対応が 金額に見合っていない というのだ。

叔母の話を聞くと 確かに食事の内容が悪い。
栄養をつけて元気を取り戻して 早く家に帰りたい叔母には 物足りない内容だ。

それぞれが専門の資格を持つ職員が お世話や介護にあたっているのだが
絶えず交代する こちらの意思が伝わらない云々 叔母が思うように いかない。
その不満を 今日 大学病院の帰りに寄った私に 一緒に食べたお昼ご飯の間中も
うったえて 止まらなかった。

そんなに嫌になったのなら むしろホテルや旅館に宿泊したほうが ずっと安いから
そっちへ移ったら?そうすれば 三度の食事も もっと美味しいものがいただけるし
そこで四、五日過ごして力をつけて家に帰ったらどう?
めまいの心配がなくなったのなら 余計のこと そのほうがいいんじゃない?

そう助言もしてみたが 叔母の頭の中は とにかく待遇に対する不満が充満していて
受け付けないようだった。

もともとお嬢様育ちで わがままが勝っている人だから なかなか我慢や辛抱ができない。
叔父は 年齢も離れていたし そんな性格の叔母が可愛かったのだろう。
最期の最後まで 叔母の不満に 鷹揚に付き合っていた。

今は それを受け止めてくれる相手がいないから 畢竟 私にお鉢が回ってくる寸法だ。
でも 正直言って 不満をぶつけられても 私にはどうしようもない。

結局 しっかり体力がつくまで 極力 施設の外で食事をして 来週の半ばをめどに家へ帰る
ことに。

私たち夫婦としては とにかく 叔母が 一人でもしっかり暮らせるようになって
お世話をしなくてもよくなれば それでいい。

突然ブログを上げなくなったのは また パソコンが悪くなったからだ。

前回は 電源のスイッチボタンが戻らなくなる という不具合が生じた。
製造会社へ修理に出すと 保証期間内にも関わらず 使用しての傷みだから
実費がかかる ということで 納得がいかなかったが なくなく費用を負担した。

そして 修理から戻ってひと月経つか経たないかで また今回の不具合だ。
今回は 使用中に 突然画面が消えて 真っ暗になってしまった。
いくらなんでも パソコンって こうも立て続けに不具合が生じるものなのか。
腹立たしくて 修理に出す際に 思いを書いて パソコンに添付してやった。

そして ようやく昨日 サービスセンターから連絡があった。
パソコンを作動しても 悪いところが見つからない という。
そんな馬鹿なことはない。
正常ならば 突然画面が消えて真っ暗になる なんてありえない。
電話口の女性に 詳しいことを説明して 腹立たしい思いをぶちまけた。

ぶちまけてどうなるものでもない と 解ってはいても 口にせずにはいられなかった。
それでも 電話の向こうの女性は こんな苦情には 慣れっこなのだろう。
のらりくらりと こちらの言い分からは逃れるばかりだった。
そして 絶対に 新しい製品と交換する とは言わない。

こちらが根負けして ともかく修理を ということに。


パソコンを修理に出してから 携帯電話までもが 壊れる寸前になってしまった。
病み足に腫れ足 とはこのこと。

以前から 今度ガラ携が傷んだらスマホに変えたい と思っていた。
頻繁に使用しているブックリーダーも 最近危ない。
こちらは 安価だったから 壊れても仕方がないが
もし壊れた時には リーダーに代わって 家の外へ持ち出して
本を読めるものが必要だ と思っていた。
それで スマホにする際 どこの会社のものにするか どうやって変えるか
友人や子供達に聞いたりしていた。


でも今回 スマホにするより 携帯とタブレットの二つを持った方が便利だ
と わかった。
それで 友人に付き添ってもらってショップへ行き 変えた。

これで パソコンがなくても ブログが書けるようになった次第。
パソコンが戻ってくるまでは これで書く。

皆様 大変ご心配をおかけしました。

休んでいた間にあった様々なこと おいおい書いていきます。

叔母が入院してからというもの 手軽に口にできる果物が食べたい というので
今の時期に出回っている ブドウ を 買っては せっせと病室へ運んでいる。
もちろん 叔母のお金 でだ。
皮ごと食べられて種のないものを と探すと最近 シャインマスカット という種類の
ブドウが 広く出回っていることを知った。

同じシャインマスカットでも その時々によって 求めるお店が違う。
自宅近くのスーパーだったり 病院の近くのスーパーだったり いろいろだ。

店舗が違うと 値段も違う。
値段の差は 当然品質の差だ。

このブドウは 甘さがあることでも人気らしく 実際 食べてみると甘い。
だからか どの値段のものも 甘さ という点では あまり変わりがない。
一房千二百八十円もするものでも 一房七百八十円のものでも
たいがい 糖度は十六度だ。

ところが 糖度十八度もある二千二百八十円のブドウだけは 違った。
なにが違うかというと 一粒を口に運んで前歯で噛む時の 歯ごたえ が 違う。

おそらく 収穫されてから店頭に並ぶまでの日数に 間がないのだろう。
これがブドウか と思うほどの 歯ごたえがある。
歯ごたえだけでなく 噛み切る際に プチッと 乾いた小気味よい音がする。
それも 周囲に聞こえるほどの音だ。

桃でもそうだが 店頭に並んでいるものは やわらかい。
だから 一般の人は 桃はやわらかいものだ と 思いこんでいる。
しかし 我が家で作って初めて
新鮮な桃は かたい、やわらかくなんかない と 知った。
おそらく ぶどうも同じなのだろう。
長く店頭に並んでいるうちに だんだん皮がやわらかくなるのだ と思う。

お金持ちは どんなものでも 値段の高いものを求めているだろうから
ひっきょう 新鮮なものばかりを食すことになる。
庶民は その新鮮な時の状態を知らないまま 同じものを食していることになる。
甘いね おいしいね と 言いながら。

ことほどさように この世のさまざまなものは 値段の差は品質の差 だ といえる。
これは即ち 生活レベルの差に比例する。

これは 食べ物だけでなく あらゆるものに言えることだ。

同じものを 使い 着 食べて いても 実は まったく違うものを 使い 着
食しているのだ と 改めて しみじみと知ったことである。

それにしても 二千二百八十円のものでも あんな歯ごたえだ。
それでは 一房五千八百円もするというシャインマスカットは
いったい どんな甘さやかたさで どんな味わいのものか・・・。

どなたか 叔母へのお見舞いに 持ってきてくださらないだろうか・・・。

今日は 夫の七十歳の誕生日。

東京の孫からは ようやく英字が書けるようになったから と
孫が書いた アルファベットの文字のカードが届いた。
そして 電話でも おめでとう と 言ってくれた。

夕方には 長男が家族と一緒に バースデーケーキを買ってきてくれた。
最近は 私が作らないのを承知しているからだ。

全員で歌う お決まりの誕生日の歌とともにろうそくを吹き消し
切り分けていただいた。

夫も私も 近年では 家族の誕生日でしか ケーキを食べる機会がない。
年のせいか 普段 あまり食べたいと思えなくなってきたからだ。
息子家族が近くにいてくれるからこそ 食べられるケーキだ。

孫たちとの会話は 面白い。
素直に育った彼らは 生意気なところがなくて 可愛い。

二時間ほど ワイワイとたあいのない会話をして 帰って行った。

今年も 夫の誕生日が 幸せに過ぎたことに感謝しなければ。

最近 朝晩の気温が 著しく低くなっている。
夕方 整形外科の帰りなどに車の窓を開けていると ひんやりとした風が入ってくる。

その反対に 日中の暑さは 真夏並みだ。
こんな陽気の日は 夏物の片づけを始めるには ちょうどいい。
それでこのところ ぼつぼつと 夏物衣類をホームクリーニングし 片づけている。

外へ出て働く夫の衣類は クリーニング店に出しても 自分の衣類は
家庭で洗濯できないもの以外は ほとんど家で洗う。

ついでに 衣類の断捨離も 自分なりに始めた。
二年続けて着なかったものは 思い切って始末することに・・・したものの・・・

でもでも 手にするブラウス チュニック・・・どれもこれも まだ傷んでいないし
まだまだ着られる・・・。

やっぱり自分一人での断捨離は 無理!無理!
今年も 洗ったら また片づけておいて 来年も着よう!
今年着なかったものも 来年は出して着よう!

派手になってもう着られなくなったら その時 捨てよう。

今日は 習字の日。
第二火曜は 先生の都合で いつもより始まりの時間が三十分早く
その分 終わるのも三十分早い。

三月からずっと通えなくて 七月も中途半端になってしまった。
それなのに 運よく昇級月には通えたから 順調に上がって来られた。
こんな弟子を見捨てないでいてくださる先生に 感謝 感謝 だ。

朝から天気は荒れ模様。
タクシーを呼んで向かう。
降りる前に 帰りも迎えに来てもらうよう予約した。
いつもなら 天気さえよければ 帰りはバスを使うが 今日の予報では
バス停から自宅まで とても歩いて帰られない気がしたからだ。

これは いい判断だった。
帰る頃には嵐のような天気になって 傘もさせない状態だった。

先生宅に着くと いつもなら必ず私より早く来ている Y さんの靴がない。
教室へ入って行くと やっぱり Y さんの姿がない。
ご主人の目の具合が悪く 付き添って病院へ行きことになって 今日はお休み
と 先生の言葉。

Y さんは 一番気の合う先輩だ。
彼女がお休みだと がっかりしてしまう。

Y さんご夫婦は ともに障害をもっていらっしゃる。
そして お子さんがない。
物静かで 互いに思いやって暮らしていらっしゃる とてもいいご夫婦だ。

彼女の凛とした生き方から出る言葉には 学ぶことが多い。
私の人生の お手本のような存在でもある。

彼女がお休みだと 教室の雰囲気が変わってしまう。
だから ついつい話に花が咲いて 筆を持つ手が止まる。

皆 同じような年齢だから 話題も一つ。
弱っていた親の面倒をみる話や介護の話だ。
母を送り父を送った私は 皆より経験があるから どうしてもアドバイスする側だ。

ついつい話し込んで 気づけば終了時間が迫っているのが いつものことだが
今日は あまりにも話に夢中になっていて 終わりの時間を過ぎてしまっていた。

練習は十分にできなくても 思い切り話したことで満足して
みんな帰って行く。

私も 待っていてくれたタクシーに乗って 嵐の中を帰ってきた。

昨日は 大学病院でいつものトリガーを十三か所。
やった後は 毎回ちょっと体が重くて鈍い痛みがある。

叔母の様子も落ち着いているし たぶん 来週月曜日まで退院はないだろう。
それに 叔母が食べたい物やお水など 昨日買って病室内の冷蔵庫に入れ
一日二日 行かないでもいいようにしてあるから 今日と明日は
家でゆっくりすることにした。

正直言って 気持ちも乗らないから 行く気も起きない。
やっぱり ひきずっているのかも・・・。
私にとって 寝れば忘れられるような 簡単なことではなかった。

こんな時は 無理をしないで気持ちのままにする! !
これが私の流儀 だから 今日は グータラする!!

朝 夫を送り出した後 よ~し!またベッドに戻るぞ! と思っていたら
このところずっと留守にしていたせいで やらなきゃいけないことが次々と。

汚れ物を洗濯 夏の衣類で もう着ない物も天気のいいうちに洗って干そう。
クリーニングに出したいのはやまやまだが なにせお金がかかる。
そう 私は庶民中の庶民!節約できるところは節約しないとね!!
結果 洗濯機を三回まわすことになった。


それから 不燃ごみの収集の予約電話をする。
次に 先日 契約の転用を決めた件で NTTへ確認の電話を入れる
まさか とは思うが 今はやりの新手の詐欺かもしれないからだ。
これくらい用心しないと 年金暮らしの老人世帯はやっていけない。

その次は ある荷物を発送するに際して 送り先への確認の電話をし
宅配業者へ持ちに来てくれるよう連絡しておいて さっそく荷造りを済ませた。
そうこうするうちに 別の業者から 代引き荷物を届けていいかの電話があった。
届いた荷物を開けて商品を見ると 大きすぎる・・・残念 仕方がないから
交換願いの電話を入れて 荷物の作り直し。
宅配会社へ 荷物は一個 と依頼したが 発送する荷物が二個になってしまった。

やっと終わった・・・と ホットしていると 今度は玄関先に宅配業者が。
運んできたのは 生協で注文してあった品だった。

こんな具合に ゆっくり寝て過ごすつもりだった午前が あっという間に過ぎていく。

でも 気になっていたことが とりあえずは全部片付いた。
届くのを待っていた荷物まで午前中に来たから 荷物に関してはすべて完了。

簡単にお昼ご飯をとった後は 今度こそ ベッドへ…と思っていたが
そうはうまくいかない。
そりゃあそうだ 十日以上も家の用事そっちのけでの病院通いだったのだから。

結局 なんだかんだやって 一日が過ぎてしまった。

明日は 午前中は書道教室だ。
こちらも今年は三月から七月まで休み 八月もたった二回行くのがやっとだった。
今月こそは しっかり通いたい。

帰ってきたら 夫が帰宅するまでグータラできるかな?・・・

昨夜 夫に 昨日のことを話した。

お金のある人は 知らない間に 生活のほぼすべてを
無意識のうちにお金で解決して生きているから
お金なしで動く ってことが信じられないんだろう。

もしお金に関係なく他人が動いてくれたら その場合 得した って思うんだろう。
損か得か 知らず知らずはかりながら生きてるからじゃないか・・・

今の時代に 人が お金でなく 真心で動くなんて 信じられないんじゃないか・・・
まごころ なんて言葉すら 解らなくなっているのかもしれないなぁ・・・。

その人たちだけじゃあなくて 日本人のほとんどが 心で動く ってことを
しなくなっているのかもしれない・・・
それだけ 日本の社会が欧米化してしまっているのかもしれないよ・・・

ことさらに おもてなし なんて言葉が取り上げられるのも
日本人なら培われていていい 自然にできる心からの行為を
社会全体が忘れてしまっているからこそなんじゃないか・・・
それと 同じ線上にあることだと思うよ・・・。

夫は 私の話を聞くと そう言った。

そして
しかし 真心だけは 絶対にお金で買えないものだからなぁ・・・。
そう付け加えた。

確かに 言われてみればその通りだと思う。

高い費用のかかるホテルや旅館に泊まった時
細やかなサービスが提供されれば
こんなに高いんだから それくらい当たり前だ と思ってしまう。

お金さえ出せば なんでも手に入る・・・
日本人のほとんどが そう思っている。
なんで こんなふうになってしまったんだろう・・・。

まごころがあればこそできる行為がある だからするのだ と いうことを
もう日本人は わからなくなってしまっているのか・・・。

なにごとも金勘定で済ませ 損得で判断する社会には
明るい未来なんてない。

人としてのあるべき道・・・これを忘れたら 人間ではなくなる。

お金を持っている人って みんなそうなのだろうか・・・。
人が 情や心で動くことが信じられないらしい。

叔父の死後も 私たち夫婦が なにくれとなく叔母の世話をしていることが
ある人たちの気持ちを ざらつかせ 騒がせているらしい。
なにか魂胆があってのことではないか そんなふうに思えるらしいのだ。

これを聞いた時 とんでもない話で ものも言えなかった。
げすのかんぐりもいいところだ と 思った。
偏見と思いこみも甚だしい。

そのうちの一人は 叔母の友人で ご自身の体が ひどく悪い。が
本人が 私は命をお金で買う と 放言してはばからないくらい
あれがいい と聞けば それを試し これが効く と 聞けば飲みして
現在は 一本六万円のアンプルを 毎日飲んでいる。
その効果か 最近では以前より元気が出てきた様子だ と 叔母は言う。

叔母の周囲には そんなお金持ちの友人がたくさんいる。
例えば 一房千二百円のぶどうを 安い と 言い切れる人ばかりだ。

お金のたかで価値を判断し 人をはかる人の多くがお金持ちだからか
叔母の友人の中には
血縁のない私が 叔母の面倒をみていることを
不思議に思えてならない人が なんにんもいるらしいのだ。

どうして他人の * * ちゃんが面倒みてるの?
どうせなら 同居して 義理の息子さんに みてもらえばいいじゃない?

その はっきり言った人もいるし 同じように思っている人が 何人もいるのだ。

叔母は 憤慨しながら
一緒に暮らしたこともない それも六十を過ぎた子やその家族となんか
暮らせるはずないじゃないの!
そんなことするのなら 一人で暮らすほうが ずっといいわよ!
血がつながってなくたって * * ちゃんと私の間は 血が繋がっている以上の
つながりがあるわよねえ・・・。
私の生き方や考え方を解ってくれてると思っていたのに・・・。
と いかにも残念そうに話した。

血がつながっているからといって みながみな 面倒をみるだろうか。
血縁がなくても気持ちでつながる間柄だってあるのだ と 何故わからないのだろう。
お金が絡まなくても人は動くものだ と 何故信じられないのだろう。
人のまごころから出る情 が 何故信じられないのだろう・・・。

お金に関係なく 情だけでも人は動くものなのだ と素直に思えない人がいる・・・
そのことに かえって私は驚いた。
同時に 私がそんな人間にしか思われていないのか と ちょっと悲しかった。

人としての器 は 同じ大きさか それより大きな器で生きる人でないと
その人間の 生きるスケールやサイズを理解できないのかもしれない。
人間を 俯瞰しては見られないからだ。

小さな器の中でしか生きていない人に それ以上の器の中で生きている人間の
ことを理解せよ というのは無理なことなのだろう。

その人が毎日飲んでいるという 一本六万円のドリンクなら 数日で我が家の
細々とした一月分の家計が賄える。

逆に私には その人がどのような日々を送ってみえるのか 想像すらできない。

お金という器 人格という器 心という器・・・
この器の違いは あい入れないものなのだろうか・・・。

二つの器が それも大きな二つの器が しっかり一致している人・・・
誰か そんな人を知っていたなら 教えてほしいものだ。

今日 自分が皮膚科受診した後 タクシーで叔母の病院へ。
今日は 大学病院の めまいの専門医が来院して
叔母を診ていただくことになっている。

病室に着いてしばらくすると 看護助手が 耳鼻科外来へ呼ばれたから と
車椅子を準備して 叔母を連れに来た。
私も一緒に行った。

耳鼻科の医師 というだけでなく めまいの専門医 というだけあって
めまいは病気だ という見地に立っての診察だからか 叔母に向かっての質問や
口にされる言葉が 今までかかった医師とは違っていた。
患者が不安に思っている点について 親切に説明してくれる。

しかし検査の結果 やはり めまいが起こる原因はわからない とのこと。
心臓からくるめまいもあるから と 心電図検査と 医師の考えがあるのか
あらためて血液検査のオーダーをされた。

そして これも自身の考えから 今まで出ていた薬を見直して 独自の処方箋での
薬が出されることに。
それを飲んで 一週間後どうか をみる との診断だった。

ということは 退院は少なくとも一週間後になる といことだろう。

病棟の看護師たちも 体がよくなってめまいがなくなるまで
ここでゆっくり治療すればいいからね と 言ってくれる。
こんな優しい言葉が 原因がわからなくて不安な叔母の心を慰めてくれる。

そんな叔母に 明日はまた シャインマスカットを買って行ってあげなくては!

長男家族との買い物を終え戻ると 夫と私は 急いで 叔母の病院へ向かった。

時刻はもう六時を過ぎていた。
病院では夕食も済んで そろそろ回診が始まる頃だろう・・・
そう思いながら病室のドアを開けると カーテンの向こうの雰囲気が違う。

おそるおそるカーテンに手をかけて ちょっと寄せてみると
中では 看護師が真剣な顔で 点滴をしている最中だった。
叔母は 目の上にタオルを乗せ 額まで覆っていた。

私を見ると 看護師は 今日はダメなんですよ 強いめまいがして・・・
昼過ぎから起こって だんだん強くなってしまって・・・
昨日まではよくなってきたかな と思える状態だったんですがねえ・・・。
いつもなら今日は休日だから担当医師はいないんですが
何か用があったらしくて運よく病院にみえたから 診てもらえたんです。
それで 点滴の指示が出たから 早速始めたところなんです・・・。

そう 手を忙し気に動かしながら説明してくれた。

叔母は 目も開けていられないらしく タオルを目に当てたまま
口もきかず ベッドに横たわって ぐったりしている。
少しでも目を開けると とたんに目がグルグル回ってしまうからだ。

薬が合って強いめまいも起きなくなってきた と思っていた矢先だったから
本人も夫も私も がっかりだ。

しかし思いようで 今まで 医師に診察してもらう時には めまいが収まっていて
本当にめまいが強く出て大変な時の状態を診察してもらったことがなかった。
だから かえって 状態を理解してもらう いい機会だったともいえる。

これで退院の日が少し延びるかもしれないが それはそれで しっかり治した後で
退院したいから 仕方のないことだろう。

それにしても この強いめまいが何に起因するのか・・・
いつ起こるともしれないめまいに振り回される 叔母の身になれば
なんとも歯がゆいことだ。

今日は午前中 夫は畑仕事に行き 急に気温が上がり暑くなってきたから と
いつになく早く 十一時には帰宅した。
午後一時に 長男家族と 夫の誕生日プレゼントを買いに行く約束があったから
余計に早く切り上げて来たらしかった。

今年の誕生日は古希とあって 夏の終わりに娘夫婦が帰省したのに合わせて
家族みんなでお祝いした。

その折 なにかほしい物があるか と尋ねられたが 夫は これといって思いつかず
じゃあ お母さん 何かお父さんにこれがあるといい って品物を考えておいてよ
と言われていた。

私は とっさに 靴がいい と思った。
今 毎日通勤に履いている靴は かれこれ もう十二年も履き続けている。
それでも どこも悪くなってはいない。
悪くなってはいないが さすがに くたびれてきた感があって
そろそろ底だけでも張り替えようか と思っていた。
それで ちょうどいい機会だから 夫に 靴を買ってもらったら? と勧めた。

そして今日 お金を妹弟から預かった長男が家族と一緒に 午後買いに行こう と
誘ってくれ 彼の運転で 近隣で一番大きいショッピングモールへ出かけて行った。

私は初めて行くモールだった。
大きいこと大きいこと!
話には聞いていたが 店舗の多さと広さには驚いた。

すぐに靴の専門店に入り 夫の足を計測してもらった。
そして 足の状態に適した靴を 何足か試し履きしてみた。
結果 気に入った履き心地の靴があった。
せっかく来たのだから 他の店舗も見たら と 息子や嫁に勧められて
他のお店も見て回ったが やはり最初に入った専門店の靴がよくて
その店舗へ戻り ソールも作ってもらい購入。

長男は笑いながら 一人では とても買ってあげられないけれど
今日は なにせ三人分のお金があるから大丈夫だよ と言って
気前よく 全額出してくれた。

たぶん 一人当たりの金額は 娘が提示したに違いない。
先だってのお祝いの際のお膳の金額を考えて
ほぼ半返し分の金額を 三人で分担して出し合うことにしたのだろう。
娘は こういう細やかな気遣いができる子だ。
しかし お金のかかる二人の子持ちの長男や 薄給の次男にとっては
決して低い額ではないはずだ。
ありがたいことだと つくづく思う。

まだお金があるから と これからの季節に着られるシャツも選んでくれた。

子供たちが買ってくれた靴とシャツ・・・
金額もだが 彼らの心が入っている靴とシャツだ。

この靴もまた 何年も何年も履くことになるだろうし シャツにしても同じだ。
念入りに手入れして大切にしなくては と思っている。

人がこの世に生を受けるにあたって どんな親の元にどんな子が授かるのか
誰からも差配されない。
森鴎外的にいうならば それは オーソリティのみの知るわざだ。

どのような家庭に生まれてくるのか で 子の人生は変わる。
また 親にしても どんな子が我が子となって産まれてくるのか で 彼らの人生も
変わってくる。

だから 人は 生まれながら すでに平等ではない。

平等ではない人生を 生まれ落ちた場所をスタートにして どう生きるか・・・
どんな人生を歩むか・・・
そこにこそ 生きる意義があり 生きる価値がある。

昔 子供たちを教えていた頃 こう話したことがある。
持って生まれた能力が八十の人間が 十努力して九十になったとする
他方 持って生まれた能力が二十の人が 四十努力して六十になったとする
どちらが 偉いか・・・。

この具体例で 子供たちはすぐに 四十努力した人 と答えた。
ひたむきに努力すること ひたむきに生きることの大切さを 教えたかったからだ。

しかし 世の中は過酷だ。
ひたむきな努力が 報われない場合が多い。
能力があっても 生まれた環境が劣悪なら 努力して五十までいくのさえ大変だ。
だからか 人は 身の丈に合った幸せ 身の丈に合った生活 という言葉を生んだ。

この年齢になるまで 様々な人の生き様を見てきて 思う。

人生とは かくも不公平なものか・・・。
生まれ落ちた場所が人格をも凌駕する この世の中の実態と現実・・・。

それでも 人は 自分に与えられた生を生き切らねばならない。

この世で生きる ということの辛さや苦しさ 切なさや悲しさ・・・
昨日は それを しみじみ味わった一日だった。

今日も暑い中 バスとタクシーを乗り継いで 叔母の病院へ行った。
途中で 甘くて皮ごと食べられるから叔母が気に入りの シャインマスカットと
梅干しを買って持った。

病室へ入って行くと このところ 訪ねた時に必ず座っている椅子に
今日も 如才なげに座っていた。
テレビも雑誌も めまいが起きるから見られない。
だから ただ座って 大きなガラス窓の向こうを眺めているだけだ。

それでも 退院後に行く先が決まって安心したのか 顔つきが明るくなった。
施設へ持って行く物のリストを作ったりして 楽しみにもしているらしい。

それでも 五十年もの間連れ添った夫を看病の末に見送り 一人になってしまった
という 虚脱感や寂寥は 彼女の心の芯に住み着き 決してぬぐえない塊になって
いるのは事実だろう。
こればかりは 私にも経験のないことだから どうしてあげようもない。
その思いを抱えながらでも 少しずつ日々生きることに楽しみを見出していって
ほしいと願っている。

だからこそ 退院後にお世話になる予定の施設が 叔母の心身を癒す
いい施設であってほしい。
超高額の施設だから 微に入り細に入り手厚い介護やお世話を
してはくださるだろうが
万が一にも 叔母の期待を裏切らない施設であってほしい と願っている。


なんでも どんなことでも 気持ち次第 考え方次第 だと よくいう。
大変だ と 負担が大きいことでも 思いようで 負担に感じなくなる。
本当だな と しみじみ思う。

叔父が入院した日以来 今日までずっと続いている 叔父や叔母への関わりも
同じことがいえる。

宗教家のようだが 私は どこかの宗教を信心しているわけでもない。
ただ 人として生きて行く上で 自分に降りかかってくる出来事や災難などを
乗り越えていくのに 心の在り場所によって 乗り越え方や その後の生き方が
変わってくるのではないか と 思っているからだ。

この考え方は 案外早くからあった。
振り返ってみると 結婚する前後から 災難は降りかかってきた。
一番幸せに酔いたい結婚の前後 真逆の思いの中に私はいた。
それ以来 数え上げたらきりがないほど それも 小事ではない大事が
これでもかというほど 次々に身辺に起こってきた。

おそらく こんな経験をしてきた者はあまりないだろう と自分でも思うし
私の来し方を知る友人も 口をそろえてそう言い
小説を書いたら と 勧める友人もあるくらいだ。

ひとつひとつ乗り越えるたびに積み重なったものが 私を強くしてきた。

せっかくこんな経験をするのだから 何か次につなげるものを掴んで
起き上がらないと こんなに辛い体験や思いが無駄になる。
そう 思って生きてきた結果 今の私があるのだ。

様々な経験出来事が 私を作ってくれたのだが それには問題もある。
その時その時を どれだけ心身に負荷がかかっているのかわからないで
ただただ乗り越えることだけを考えて動くから 結果 体への名残りが大きいのだ。
それでも 立ち止まることはできなかった。
今の私の腰痛や足への負担は その最たるものだ。

それでも 私の人生は私だけのものだ。
自身が解決しなければ 誰も助けてはくれない。
ならば せめて心の在り処ぐらいは 幸せでありたい。

降りかかってくる出来事を糧にして そこを抜ければ また一回り大きくなった私が
在る そう思って 今日も生きている。





今年もまた 栗の季節がやってきた。
落ち栗を拾う時期が 年々早くなっているのを感じる。

夏休み最後の昨日と今日 夫は畑へ人参の種まきや草刈りに出かけて行った。
午後からは 叔母の病院へ行かねばならないから 畑仕事は午前中だけだ。
そして もう栗が落ちていた と言って 拾って持ち帰って来た。

イガが落ちて日にちが経つと どうしてもイガの中へ虫が入ってしまい
中の栗が虫食いだったりするが 今年は ちょうどいい時に拾えたらしい。
どの粒も大きくてつやつやと 気持ちのいいほどきれいなものばかりだ。

これは 丹波 という早稲の種類の栗だ。
一粒が大きくて 少し甘味がすくなめだ。

十三年ほど前 定年を前にして 定年後は畑仕事をする と決めていた夫が
早稲と奥手の種類の苗を 他の果樹の苗木とともに植えた。
それが 成長し大きな木になった。
しかし 素人が育てる木だから 手入れの方法など研究もせずに
ただ肥料をやり育てただけだ。
だからか 我が家の畑に含まれる水分が少ないせいか 栗だけでなく他の果樹も
枯れてしまったり 大きくなっても枝がポキリと折れてしまったりで
なかなか 実をならせるまでに苦労する。

一度植えた苗木が枯れても 夫はまた買ってきては植える。
何度も繰り返すから もう新しく植えないで と言うのに いつの間にか植えてある。
そうして大きくした栗の木の実を 夫が拾い集めてきたのだ。

その栗を 今夜 茹で くり抜いたもので栗きんとんを作った。
この作業も 実がなりだしてから 毎年繰り返してきた 我が家恒例の作業だ。

夫は 本格的にしようと きんとんの包み紙を問屋から購入し それで包む。
まずは くりぬいたものをつぶして ペースト状にする。
それを ひとつずつの量を秤ではかって 茶巾型にしぼって作る。
手間はかかるが 楽しい作業だ。

今年の栗は 実のなる時期に雨が少なかったからか 例年のより硬い。
それでも すりこぎでトントンと根気よくついてつぶし ペーストにした。
中身は素人づくりのきんとんだが 専用の包み紙にくるまれて箱に並んだ姿は
まるで和菓子屋のものと変わらない。


夫は 明日からまた勤めが始まる。
朝になったら 今夜二人で作った栗きんとんを 職員への手土産にして
夫は出かけて行く。