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午後には 大学病院へと 向かって来た。

病院の玄関を入ると その日の受診予定者の数が 表示されているのだが
今日の大学病院受診予約患者数は 千百人に満たなかった。

珍しいことだ。

例月だとおよそ千二百人 多い月には 千四百人にもなるのに。

処方箋フアックスの係員と話すと 今月は 全般に 受診者数が少なかった という。

二月は寒いから 患者も 近場の病院のや医院にかかったり
いつもよりたくさん薬を処方してもらい 通ってこなくてもいいように
配慮してもらっているのかもしれない。

どうしても ここでなくては という患者が 今月は来た ということか。

会計を終えて 今は 夫待ち。

明日が誕生日の長男に モールで何か買って帰る予定。

しんどいから あれこれ見て回れない。
出張が多い彼だから 靴下か何か 実用的なものにするつもり。

これからの十年余りが 彼の頑張りどころだ。
健康で過ごしてもらわねば 家族みんなが 共倒れになってしまう。

せいぜい 口を酸っぱくして 健康面での留意をうながさなくては。

今日は まだそれでお終いではない。

その後 整形外科へリハビリに行く。
昨日は しんどくて行けなかった。
一日でも休むと 足や腰の様子が 違うような気がする。

子供の体の心配より先に まず自分の体を と
家族から そんな声が 聞こえてきそうだ。
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家を八時に出て 内科医へ。

今、診察が始まるのを待っている。

名前を呼ばれて診察室に入った。

症状を話すと 念のためにCT検査をしましょう と言われた。

結果は 肺炎なし。

でも 藥はもう一回り飲むように言われ また今日も 血液検査と点滴だ。

蟻の歩みのようだが 確実に良くなってはいるのだから安心して
とも 医師にいわれた。

根気よく治すよりないってことだ。

脚腰の痛みがなければ 気管支喘息だけが

左脚に 痙攣が戻りつつある嫌な感覚が絶えず出るようもなっていて
それも不快だ。

一日でいいから なんにもない元気な体がほしい。
その体で 普通の事を普通にできれば さぞかし気持ちも軽くて
気も晴れるだろう。

世の中には 平等 なんて存在しない。
なんとか 自分で自分に折り合いをつけて 諦めながら暮らすよりない。

結局は そこへ行き着く。

仕方がないのだから・・・。

どうして こうも 咳き込みがしつこいのか・・・。

毎日毎日の点滴通い 何日になるか・・・いい加減 嫌になってくる。

体力も気力も 炎症反応とは逆に 萎えてくる。

とうとう 昨日はリハビリに行く気力が出てこなかった。


世が明けたら 午前中に点滴 午後には大学病院受診が待っている。

予定通り 夫は 今朝 長男宅の下の孫を連れて スキー場へ向かった。

ゲレンデには 食べ物はなんでもあるが 結構高い。

だから 我が家は 我が家の子供達がまだ幼い頃から 🍙おにぎりやお餅を付け焼きして
海苔で巻いたもの等を 必ず持たせてきた。

今でも その習慣は変わらない。

思ってみると 我が家の誰かが どこかへ出かけて行く時は
いつも 🍙おにぎりを持たせてきた。
おにぎりでないときは お弁当だ。

だから 結婚してからというもの 年がら年中 おにぎりを握ってきたことになる。
それも 夫と子供三人分のおにぎりを だ。
延べの数にすると いったい何個のおにぎりになるだろう。

今日持たせた大きな四個のおにぎりも それぞれ完食だった。
孫は それでも足りなくて ラーメンや何やら食べたらしい。

何度もリフトを使い 二人で楽しんで 帰りには♨️温泉に浸かって 帰宅した。

孫も 春からは 中学生。

どんな中学生になるやら。

去年の暮れ 娘が 年末とお正月を東京で過ごして 私たち夫婦が帰宅する際
一緒にこちらへ来て 上の孫を スキーに連れて行きたい

というので 亡くなった叔父が 関係の仕事をしていたことからの伝手で
近いスキー場幾つかのリフト券を 叔母を通じて入手した。

お正月過ぎに夫が娘と孫を連れて 二日通った。

今月も来る予定だったのだが 私がインフルエンザ真っ最中だったために
取りやめて 急遽 東京から越後湯沢温泉のスキー場へ行って来た。

それで その分の券が まだ未使用で家にある。

頂いた時に 必ず使い切るように とのことだったから
娘は 四月にならないと来られない と分かって
それなら と 夫は 長男宅の孫を 明日 スキーに連れて行く予定にしている。

その予定は ずいぶん前から決まった。 まだ未使用の券がある と
叔母が心配していることが 解っていたから 大丈夫 使うから と
夫も電話で知らせ 私も咳き込むから話はできないのでメールで
そのように知らせて 安心して と 伝えてあった。

それなのに だ。

昨日も今日も 夫にも(夫は 今日は 勤務日だったから その最中に)私にも
おんなじ内容の 券はどうしたか と メールがくる。

叔父が生前中には こんなことはなかった。

夫は どうなっているんだろう 人が変わったみたいだなあ・・・と 言う。
本当に どうなってしまったのか・・・。

今日のメールには ヘルパーに 毎日どう過ごしているのか と 聞かれて
それに対して 怒っている内容のものだった。

最近 メールもそうだが 電話の内容が ちょっとおかしい。

一回の電話の中で 何度も同じことを言う。

叔母は 大丈夫だろうか・・・。

国が 人間が それも個人が どんな状態であろうと 自然は関係なし。

季節を巡らせ 花を咲かせ 芽を吹く。

基本私の外出は 二週間ごとの大学病院受診と 月に一回 友人とお茶を飲みながらの
近況報告 それに週一回の書道教室通いしかない。
だから 一月にたった七回の外出だ。
そのほかは 全くと言っていいくらい 家の中にいる。
あとは リハビリに行くだけ。

車に乗る人は ちょっとスーパーへ行ったり ちょっと用事に出かけたり喫茶店へ行ったり
簡単にできるから それが外出 と言えるかどうかさえ わからないだろう。

でも 足腰の悪い者には 簡単にできること に 大変な制限がある。
ちょっと出る が できないのだ。

だから たまの外出は 心身のリフレッシュに とても貴重な機会だ。

毎月一回 一人の友人との会は 第三金曜日 と決めている。
彼女は忙しい人で 仕事を辞めた後も 有能だから あちこちの会を主催したり
所属していたりするから 会っている間の大方は 彼女の話を聞くことになる。
自分が動けなくて話の種がないから 彼女の話を聞けるのは 刺激になる。

今月の第三金曜日は 私が絶不調で会えなかった。
それで 今日 夫が出勤するのに合わせて かかりつけ医を受診 点滴し薬をもらって
ちょうど家にいた彼女が 迎えに来てくれ 会った。

咳き込みながら 彼女の話を聞いた。
聞くだけでも楽しくて 気持ちが軽くなってくる。

帰りは 足ならしのために 別れてから歩いた。

風が強い風冷えの日ではあったが 陽射しは 確実にぬるくなっている。

クローバーの茂みは まだまだ枯れているが
オオイヌノフグリは あちこちで 青い可愛い花をつけている。

人がどうであれ 国がどうであれ 自然は偉い。

高速道路工事の大きな現場のすぐそばにも ジョウビタキがやって来て
胸のきれいな色を見せる。

庭先の木蓮の芽も ガラス戸越しに 目に見えて大きくなっている。

山茶花の花も もう終わりが近い。

残念なのは 福寿草だ。
夫が自ら鉢上げして 毎年咲かせていたのに
その鉢を 花も茎も無くなった時点で
いつも 私の花をそうするように うっかり捨ててしまったらしい。

だから今年は どこを探しても 影も形もないのだ。

敷地の中のどこかに ヒッソリ生きていればいいのだが・・・。
自然は偉いから・・・。







まだまだ 呼吸は辛いし咳も絶えず出て しんどい状態が続いている。

それでも 多少はマシになったと思う。

今日 具合が悪くなってから 初めて 外を歩いた。

体力も筋力も ずいぶん落ちてしまった。
ゆっくり歩くのも フラついて 足元が覚束ない。

でも 目には力が出てきた と 思える。
ものの輪郭が はっきりしてきた。

ここでしっかり治しておかないと 喘息が慢性化する。

明日は またかかりつけ医を受診して 薬を処方してもらわねば。

食べないと と 無理やり食べてはいるが 味がまったくわからない。
何を口にしても 味を感じない。

美味しい!と 感じてモノを食すのって 幸せなことなのだ って
痛感する。

今日は私の誕生日。

年に一回しかない日
こんな日くらいは 元気でいたいのに。

でも 本人がへこんでいては お祝いしてくれる周りの人へ
申し訳ない。

今年も 夫や子供たち 叔母や友人が それぞれにお祝いしてくれるのだから。

この世に生まれて 今日という日を迎えられたことを
感謝して喜ぼう。

産んでくれた両親に感謝の日だ。

育たないかも知れない といわれた子が こうして 今 ここに生きている。
生きていられる。生かしていただいている。

そのすべてに 感謝 感謝 だ。

明日から始まる新しい年 生きている実感を感じられる日が
一日でも多くありますように。

午前中は また今日も かかりつけ医院で点滴。
行くたびに肩に 咳に効く という 痛い注射もするが あまり効果ははかばかしくない。

それでも 今日あたりは 洗濯をしよう という気が起きて 医院から帰った後 干した。

食欲はないが 食べないと力が出ないから 味が解らなくても
とりあえず 夫が買って来てある物を 無理にでもお腹に入れる。

マスクをして咳き込みながら行くと 他の患者が嫌だろうから と
インフルエンザが終わっても 整形外科のリハビリには
ずっと行っていなかった。

今日あたり 行ってもいいんじゃないか もうそろそろいいだろう
と 夫の勧めで 夕方 何日かぶりで りハビリに出かけた。

医院のスタッフみんなが 毎日のように来ていたのに どうして来なかったのか
どうしていたのか と 聞いてくれた。
単なる患者とスタッフだが 顔を見知っている人たちの中にいるのは 安堵感があって
嬉しいものだ。気持ちが安らぐ。

幸い いつも私を優先的にしてくださるマッサージの先生も
今日は出てみえたので 早速 かかった。

毎日こうして 少しずつでも よくなっていけばいい。

焦っても仕方がないから 成るように任せる。

それより 気がかりなことが できてしまった。
嫌だなあ〜

嫌だけど 放っておいていいことではないから
明日にでも もう一度確認して それでも間違いでなかったら 電話しなければ。

どうしてこんなに いい加減なのだろう。
一昨年 同じようなことがあって 一度電話しているのだ。そして正してもらった。
一回 失敗すれば 相手のあること 次がないように気をつけるものではないんだろうか。

お金のことだけに 気が重くなる。

相変わらず咳き込むし 喉はゼイゼイするし 呼吸がしんどいし 微熱はあるし・・・

それなのに また同じ事で苦情の電話をしなきゃいけないなんて・・・
嫌だなあ〜〜!

昨夜 長男家族が揃って 私の誕生日が近いので プレゼントを持ってやって来た。

当日が平日で 孫たちもそれぞれ塾があったり 息子も残業で なかなか家族四人が
揃って来られない

バレンタインのチョコを持って来てくれた時も インフルエンザの真っ最中だった。
そして昨日も 点滴に通っている有様だ。

私自身 どうも今年は あまりいい始まりをしていないが 息子家族は 皆元気でいるし
下の孫は 四月から中学生になる。

背が みるみる伸びていくし 手や足も 今では 父親である息子より長い。
足だって この足に合った規定の靴👞があるの?というくらい 大きい。

昨日は 制服を誂えるのに サイズを測りに行って来た という。
裄に合わせると 百七十五センチのサイズの制服になった と 嫁が話していた。

剣道をやっている高校生の孫は 自分が学びたい分野の研究をしている大学を 目下検索中。

東京の娘家族は 昨日あたりから帰省して また スキー場へ行く予定だったのが
私のインフルエンザで来られなくなってしまった。

その代わり 孫の幼稚園のお友達家族が 今冬マンションを借り上げている 越後湯沢へ
お誘いを受け 今日から行ったらしい。

帰省するより お金はかかっても 余程その方がいい。
下の子は 当家のベビーシッターに一日中預けて 上の孫は スキースクールへ入れておけば
自分は 心おきなく スノボで遊べる。
一日遊んでも 後は温泉につかり 上げ膳据え膳だから 子供達と一緒に寝てしまえばいい。

金曜日にある 上の子のスケート教室にさえ間に合うように 東京へ帰ればいい。

次男は次男で 毎日仕事に明け暮れてはいるが 今のところ 元気らしい。

子供達や孫たちは 日々成長し大きくなり 彼らの世界で 精一杯生きている。
待ったなしで育っていく孫たちには どんな未来が開けているのだろう。

我が家の三人の子供は 互いに経済格差を抱えつつも 仲良くしているのが嬉しい。
ここで生きるこうして生きる と 見つけた場所があって そこで懸命に生きている。
不器用な者は不器用なりに 力があってそれなりの世界を得た者はそれを失わないよう
努力していくだろう。

懸命に生きる ことこそ 私が彼らに残し伝えたことかもしれない。
子供達は また彼らの子に そのことを伝えていくだろう。

私が こうしてグズグズしていても その先の彼らがみな 元気でいてくれるのが
毎日を 懸命に生きていてくれるのが 何にも勝る 誕生日プレゼントだ。