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もう何年も通っている整形外科のリハビリ部門は 接骨院や他の整形外科と同じように
電気機器やローラーベッド 足の血管やリンパ管を空気圧で刺激して流れが良くなるよう
促す機器 服の上から体に当てて患部を温めるパッド 腰や首を引っ張る機器 などがあり
症状に応じてどの器械を使って治療するか 医師の指示を受けて治療してもらう。

そのほかには これが一番大切なのだが 療術師による患部のマッサージがある。

電気機器での治療は 担当の職員が 患者の痛む部位に器械を当てるだけで
後は 放っておいても器械が勝手にやってくれるが マッサージは違う。

人の手 で行うことは どんなことでも全て 人によって違う。
それは当たり前のことで 工芸品や手芸品などは その違いこそが大切だったりする。

ところが 療術 となると その「手の違い」が 問題になる。

何故かといえば はっきり言って 「手の違い」は マッサージの上手い下手に直結して いて
それは 良く効くか効かないか が すぐに分かってしまう という結果になる。

通っている医院のリハビリには マッサージ師が三人いる。
そのうちの一人が とても上手い。もう一人も 今春から 午前中は独立営業するように
なっているほどだから ソコソコ上手だ。
問題は 三人目の 若い療術師だ。

ただ 若くても 探究心や研究心があって その患者に合ったマッサージを考えたり
施したりするのなら 多少効き目がなくても まだ若いから 経験不足だから仕方がない と
患者の方も 寛大になれる。

ところが その若者は いつその人に当たっても こっちが 今日は痛みが強い やら
こんな症状が出ている やらと 訴えても いつもやることが同じなのだ。
それも 気のないような おざなりのやり方で。

この春に 一人の人が午前中いなくなってから 上手な人が その穴を埋めていて
今まで午後からの勤務だったのが 週のうちのほとんどが 午前中だけの勤務になってしまった。
午後 夫の帰宅を待って通院する私にとっては 全く不運な状況になってしまったのだ。

マッサージの順番が 午後から入る人に当たらない限り 下手な若者にやってもらうことに
なってしまう。
そんな日は 今日は外れ と 諦めてやってはもらうが その下手さ加減に 苛立って帰ってくる。


このところ夕方の患者の数が 減ってきているように見うけるのは 他の患者も
同じように思っているからではないか・・・
そう感じるのは 私の思いこみがそうさせているのだろうか。


いっそのこと 雇い主である医師に 正直に打ち明けようか とも思うが
でも その勇気がない。
医師が リハビリ患者の数が減ってきていることに 早く気づいて
何らかの方策をとってくれるのを 待っている私だ。

今日 久しぶりに 上手な人が夕方にもいて 施術してもらうことができた。
その時 ソッと聞くと 来週の火曜日まで ずっと午前中だけのシフトだそうだ。

医院まで一人で歩いては 私にはちょっと無理だ。

仕方がない 若者に当たらないように と 願いながら 通わざるをえない。

それとも いっそのこと リハビリ先を変えるか・・・
接骨院 という手もあるが そうすると 大学病院への通院の合間に痛みが増した時に
痛み止めの注射をしてもらえなくなってしまうし・・・。

ア〜〜ア!‼︎
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今日は 午後から 市内のホールであった 和太鼓集団の演奏を聴きに
夫と出かけた。

演奏会へ足を運ぶのは 今年になって 二十五弦の琴の演奏と今回で 二度目。

ましてや 市内で開催される演奏会へ行くのは
孫が 当時所属していた合唱団の合唱を聴きに行って以来 五、六年ぶりだった。

今回は 夫が 行きたい と言い出し 私は おまけのようについて行ったのだったが
たった演者八人のステージは 迫力満点の 素晴らしいものだった。

満席の聴衆は 太鼓や笛 尺八 太棹 の 一糸乱れぬ演奏と大音響に合わせて
手拍子をとり 楽しんだ。

創設者の名前を そのまま団の名称にいただく団だったが
さすがに創設者は よる年波のせいだろう
舟唄を歌い 尺八に合わせて 船頭の動作を 手踊りで表現していた。
雄々しく猛々しい太鼓の合間のことだったから
しっとりと それでいて力強い唄と踊りだった。

およそ一時間半ほどの時間だったが 素晴らしい演技に 元々 太鼓が好きな夫は
いたく感激して 帰り際に 演者に 握手を求めていた。

素敵なもの 素晴らしいもの 美しいもの には
すぐ感激する夫だ。

でも 夫ならずとも 彼らの躍動感や演奏は 聴衆全てが魅了された。

和太鼓 という 日本古来の伝統楽器の演奏会だったからだろう。
若い人だけでなく かなりのお年の方も 多勢みえた。

帰ってからも 頭の中では 太鼓や笛 尺八の音色が 響いていた。

昨日 乳ガンで闘病していた 歌舞伎役者 市川海老蔵の奥さんが 亡くなり
夫である海老蔵さんが 旅立った報告をしたニュースを 観た。

奥さんは まだ三十四才の若さ 幼い二人の子供を残しての 彼岸への旅立ちだった。

私の周囲にも 乳がんになり手術をして 生還した人が何人もいる。
なのに 彼女は 命を落とさなければならなかった。

堪えても堪えても 涙が 言葉と一緒に 海老蔵さんの頬を流れていた。

いたいけな子供達に対して 残された父親として 重く大きな責任を背負った
姿と言葉が 胸をうった。

彼らは たった七年間の 夫婦だったが その七年は 他の夫婦より以上の
濃密な年月だったろう。
闘病 という 非日常的な事を軸にして送った家族の時間が
夫婦や 親子 親族との関係を 嫌でも濃いものにしたに違いない。

置いて逝く者 遺される者たち そのどちらも いたましい。

何の関係もない私だが
かつて 海老蔵の襲名公演を観 後にも時々観た歌舞伎座での演技を思い出しながら
影で支えていた奥さんの冥福を 心からお祈りしたい。

長く日照りが続いた後 先程から ようやく待ちに待った雨が降り出した。

今夜雨が降リ始める と予報があって 久しぶりに 夕方の 花鉢や畑の水やりをしなかった。

最近は キッチンで使う水を ペットボトルやバケツに溜めているから
毎日の水遣りは 水道料を気にしなくてよくなっているが それでも 天からの水はありがたい。

もし 明日一日中雨が降れば もう水の入れ物がなくなってしまう。
それくらい キッチンからの使用済みの水の量は すごい。

本当は 雨水も 何か大きな バスタブのようなものに 溜めておきたいほどだが
残念ながら そんな大きな入れ物がない。
それで 少しでも と思って 小さなバケツを見つけ出して 軒の外に出しておいた。

明日の朝 どれだけ溜まっているか それが楽しみだ。

土曜日に 夫が収穫してきた 梅の実の始末が終わった。

黄色く完熟になって 香りがたつまで 置いていた。

今年は 摘果の時期に かなり摘んだらしく 例年に比べて 収穫量は少なかった。
それでも 我が家で 夫が作る梅焼酎に使ったのが 四、五キロ
その前に 私が使った青梅が四キロ そして 今日使ったのがニキロ五百
梅を欲しいと言われていた方へ配ったのが四キロ
夫の実家へ持って行ったのが四キロくらいあったから
今年の収穫総量は およそ二十キロになった。

しかし摘果した結果 今年の実は スーパーで売られているものと比較すると
LLサイズからスリーLサイズだったから 粒にすると 例年より断然少なかった。

青梅のカリカリ梅は もうそろそろ漬かる頃だ。
出来上がったら あの方とあの方 あの方へ差し上げよう と楽しみにしているが
どうも かなり酸っぱいようだ。

これを差し上げて 喜んでもらえるかどうか・・・
よくよく揉んだから カリカリ度は十分なのだが・・・。

長く日照りが続いた後 先程から ようやく待ちに待った雨が降り出した。

今夜雨が降リ始める と予報があって 久しぶりに 夕方の 花鉢や畑の水やりをしなかった。

最近は キッチンで使う水を ペットボトルやバケツに溜めているから
毎日の水遣りは 水道料を気にしなくてよくなっているが それでも 天からの水はありがたい。

もし 明日一日中雨が降れば もう水の入れ物がなくなってしまう。
それくらい キッチンからの使用済みの水の量は すごい。

本当は 雨水も 何か大きな バスタブのようなものに 溜めておきたいほどだが
残念ながら そんな大きな入れ物がない。
それで 少しでも と思って 小さなバケツを見つけ出して 軒の外に出しておいた。

明日の朝 どれだけ溜まっているか それが楽しみだ。

今朝も夫は早くに起きて 庭のキュウリの状態を見、ゆっくり新聞を読み
それからテレビをつけて おきまりの納豆ご飯を食べて
出勤して行った。

私はと言えば それに合わせて 洗濯機を回し
二人のベッドを整える。

夫は とにかく寝相が悪い。
だから 毎朝 彼が起きた後のベッドは 飛騨でいうところの
「獅子回し」の後のような有様だ。

どうやって寝たらこんなになるのか 不思議なほど
毎朝 掛け布団のカバーは外れているし 布団もその下のタオルケットも一緒に
上下がどうだったかわからないほど メチャクチャになっている。

そのうえ 夜中に寒かったのか まだ片付けていなくて
ソフアーの上に置いてあった冬布団まで掛けていたらしく それがずり落ちている。

だから とにかく一度 ベッドの上を空っぽにして それから掛け直す。

この作業が 腰や足の悪い私には ちょっと辛いしちょっと面倒だ。

が 今朝 カバーを掛け直しながら ふと思った。

でも こんな事も 夫が元気でいてくれるからこその証拠だ
元気だからこそ 獅子回し にもなる
感謝しながら掛け直さなくては・・・

最近 とみにこんな場面が増えた。
結婚して四十五年 あと何年一緒にいられるか・・・
そう想うと 二人での暮らしの些細なことのなにもかもが 大切に思えてくる。

きっと 今 大変な状況にいる友人は もっともっとそう感じているに違いない。
友の心境を思いやりながら ベッドを整え直した今朝の私だ。

先だって漬けたカリカリ梅を 今日 一粒食べてみた。

ガッカリ❗️❗️
酸っぱいこと❗️酸っぱいこと‼️

まるで砂糖を使っていないような酸っぱさだ。
ちゃんとレシピ通りの作り方で 砂糖も塩も ましてや酢も しっかり測って漬けたのに。

そして なによりガッカリしたのは あれほど 擦り傷ができるほど
ギュッギュッと揉んだのに 梅の実の皮にシワがよっているではないか❗️
梅の実の表面がツヤツヤになるまで揉めば 漬かった時は
シワなどよらないはずなのに・・・。

カリカリ梅は 二瓶漬けた。
一瓶は 大瓶に たくさんの実を米酢で漬けたが そちらは まだ出来がわからない。
ところが 一瓶は 孫が黒酢が好きだというので 米酢でなく わざわざ黒酢で漬けたのだが
それが 酸っぱいはシワシワだはで いいとこなしの状態なのだ。

それでも せっかくだからと気を取り直して また砂糖を定量分測って増して入れてみた。
これで また一週間経っても酸っぱいようなら 黒酢ではダメだということになる。

昨日 夫が 残っていた梅の実を収穫した。
今年は かなり摘果した結果らしく 実自体はショウが良いが
成りは 例年より少ない。
さすがの夫も 年々 作業がしんどくなってきているらしく 収穫量を減らしたらしい。
それでも 我が家だけで使う以上の量だから これくらいが限度だろう。
これ以上だと 収穫するのも漬けるのも もてあましてしまう。

今回の実は 完熟するまで待って さしす梅漬けにするつもり。
まだまだ青いから 何日もこのままにしておくことに。

完熟すれば 独特のいい香りがするようになる。
それまで待って またひといき 梅仕事だ。

夫が定年退職して もう十年が過ぎた。

前職の時は 年齢が上がるにつれて次第に回数は減ってはいったが それでも
月に数回の 夜の会合 いわゆる飲み会があって 帰宅が遅かった。

そんな日は 一人で 好きなものを食べ 好きなテレビ番組を見て
私なりに 一人の時間を楽しめた。

ところが 夫が今の職に就くと 途端に飲み会がなくなった。
かろうじて 前職の時から続いている会が 年に数回あるだけだ。

今夜は その一つの会。
夫は 嬉しそうに 先ほど出かけて行った。

だから今夜は お一人様。

以前に読んで面白かった小説が 今 テレビ化されて放送しているから
まずは それを ゆっくり観る。

その後は・・・ その後は・・・
番組を観てから考える。

共謀罪法が 成立した。

国会で充分な審議がなされた後の成立ならば 国民が納得する説明がなされた後の
成立ならば なんの懸念もない。
それらが不充分であったからこそ 知識人でなくても 法の曖昧さとともに 不安が残る。

法の適用範囲の曖昧さや拡大解釈のおそれ 権威者の暴走のおそれも 有識者は指摘している。

それらのことからだろうか 国連でさえこの法案に対して危惧を表明しているらしい。

行政や立法側が彼らの意思だけで 民意を反映しないで 早急に立法化した という
テレビのニュース解説は 国民の大方が賛同するものではないだろうか。

昨今の政府をめぐる様々な問題は 一極化していることによって
政府が横暴になってきていることの証のような気がするのは 私だけだろうか。

民主主義国家らしく 民主主義がまかりとおり 国が平和で 国民が幸せに暮らせるような
そんな政治を 国民の全てが心から望んでいる。

つい最近 NHKの午後の番組で 青梅を使ったカリカリ梅の漬け方を放送した。

カリカリ梅は 次男が好きだから 一昨年も漬けたが うまくできなかった。

その番組での漬け方は とても簡単だった。

それで よし!今年はこの漬け方で カリカリ梅を作ろう! と
夫に 畑から 真っ青な梅を採ってきてもらった。
例年は もっと熟してから収穫するので 採ってきてくれたのを計ったら
四キロ余りだった。

日曜日 それを レシピ通りに漬けた。
作り方は いたって簡単なのだが カリカリ度を出すためには
梅の表面によく塩が 絡みつくようになって 梅の実がツヤツヤになるまで
ギュッギュッと力を入れて揉まなくてはいけない。
その作業が ちょっと大変だった。

一キロずつ作業して 四キロを全て漬け終えた後 やれやれ と思ったら
揉む時につけたのだろう 右の手首がボールに当たった部分に
擦り傷がついていた。

夫は 今度の日曜日には 本格的に 梅の収穫を始める予定でいる。
そうなると 一気に仕事がかぶさってくる。

今年は 梅漬けも カリカリ梅と同じNHKで放送したやり方で
漬けてみるつもりでいる。

カリカリ梅は もう十日もしたら 食べられるらしい。
どんな風に漬かるか 楽しみだ。

梅漬けも 酢を使う漬け方だから 多分失敗しないだろう。
そう思うと 収穫がどれだけ大量であっても 梅仕事をするのが
今から待ち遠しい。

長男宅の 私たち夫婦にとっての初孫が 先月末近くに十七歳になった。

毎年 誕生会を家族でするのだが 高校二年生ともなると 塾や部活があったり
また 弟の中学一年生も 部活に塾 と なかなか 家族が揃う休日がない。
それで 誕生会が 今日 それも夜になった。

この子の誕生日が たまたま朴の木が 柔らかな大きな葉を茂らせる時期と重なるから
毎年 誕生会に 朴葉寿司を作って持って行く。

朴の木は 飛騨人にとっては なくてはならない木だ。

大昔から 緑の葉を使って 朴葉寿司や朴葉餅を作ったり おにぎりを包んだり
秋になって枯れて落ちた葉は 拾い集めて保存し それで味噌を焼いたり
法事の際には 葉を二枚とわらしべを使って 持ち帰りの料理を包んだりしてきた。

私の生家でも 朴葉寿司や朴葉餅を作ったし 秋深くなると 枯れ落ちた葉を
母と二人で 拾い集めたりもした。
q
そんな思い出があるから 我が家が畑仕事をするようになった時に
夫に頼んで 飛騨から 朴の木の苗を引いてきて植えてもらった。

その木が 今ではかなりの大木になって たくさんの葉をつける。
独特の清々しい香りを嗅ぐと ああ初夏が来た と思う。

その葉を 今朝 夫が畑へ採りに行き その間に 私は
すし飯の上にのせる具の 椎茸を煮たり錦糸卵を作ったり。

お昼ご飯を済ませて直ぐに その他の具材を買いにスーパーへ。
去年までは ご飯にのりきらないほど たくさんの種類の具材を入れたが
それでは 味が混じってしまい 甘いのか辛いのか具材の味がわからなくなっていた。
それで 今年は 具材の数を減らして作ることにした。
それでも 椎茸の甘辛煮 あさりの佃煮 きゅうりの漬物 甘酢生姜 デンブ 錦糸卵に
魚は 鮭とママカリと酢鯖がそれぞれにのった 三種類の朴葉寿司を作った。
だから 今年の具材は七種類。

夕方 出来上がった朴葉寿司と プレゼントの図書券 それに 十七歳の誕生日の記念に
以前から誂えて仕上がっていた着物や帯 帯揚げや帯締め 髪飾りなどの小物も 持って行った。

去年もやはり 高校入学の記念に 着物や帯を贈った。
毎年 少しずつ調えていくつもりでいる。

楽しく過ごした後の 帰りの車の中で 夫が

本当に 家族の仲がいいなあ 今時珍しいんじゃないかア
高校生になって 父親を毛嫌いしたりして 口も利かない子もいるっていうのに・・・
うちの子たちも 息子も娘も ずっと変わりない態度で接してきたから
自分が育った家庭環境が そうさせているのかなあ・・・

私に言うともなく そう呟いた。
確かに それは合っているだろう。

昔 長男の友達が 我が家へ遊びにきた時 長男に
お前の家は 変わってるなあ いっつもこんななのか?
と 聞いたそうだ。
それくらい 我が家の親子関係は近かった。

こうして 育った環境のいいところを受け継いでいってくれるのは
私たち夫婦が 心を砕いて子育てをしたことへの 子供達からの返礼のようで
苦労が報われた気がして 嬉しい。

私が 最近 節約しているのは 水道水 。

今まで シンクでは 洗い桶のようなものを 使っていなかった。

そこで最近 汚れものを洗う以外は 蛇口の下に そのボールを置いておき
シンクの片側に 予め 準備しておいた 空のペットボトルへ
ボールに溜まった水を移していくようになった。

気温が高くなると 毎日のように 花の鉢へ水やりをしなくてはならない。
晴れの日が続くと 水の量もバカにならない。
それで 水道水の節約のために 始めた。
ペットボトルの水で 花鉢に水やりするのだ。

ペットボトルにため始めてみると いかにたくさんの水を使っているか に驚く。

例えば 三合のお米を洗うと 使用する水は およそペットボトル五、六本にもなる。
洗米後の水は 花鉢には 薄い肥料になるから 一石二鳥だ。

洗米だけでなく 汚れものを洗う以外に 一日に使用済みになる水道水の総量は
我が家では 2リットルのペットボトルで 二十本近くにもなることがわかった。
台所で使う分の水のうち 使用後が濁っていない水だけでだ。

我が家は 夫と私の二人暮らしだが 子育て中の家族なら 一家で使用する量は
もっと多くなるだろう。

こうして 使用した水を溜めて水やりをするようになってから
洗面や歯磨きの後 口をすすぐ時など 蛇口から水を出しっぱなしにすることがなくなった。
お風呂でもそうだ。

まだ初めて間がないから この節水が 料金にすればどれだけの節約につながるのか
わからないが 多少の変化はあるだろう。
水道料金だけでなく 下水道の使用量にも反映するのでは と
次回の検針を 楽しみにしている。

このところ 気持ちがふさいでいて とても書く気が起きなかったが
今日 何ヶ月ぶりかで 会った友人と 他愛もないことや近況などを 話したら
気持ちが浄化されたのか 久しぶりに書く気になれた。

やっぱり 気の合う友人はありがたい。
どれだけ会わないでいても 顔を合わせた途端 スッと話を始められる。

話の内容は 深刻でもなんでもないことなのに 話しているうちに
心が軽くなっていくようだった。

あっという間に時間が経ち 気がつけば三時間も話していた。

家の中ばかりにいると 知らず知らずのうちに 物事を自分だけで感じ 考えていて
その中だけが世界になってしまっている。

会う人誰とでもすぐに仲良くなって「友だちよ」という人がいるが
私は 性格上 それができない。
ちょっと喋ったくらいの間柄の人は それは友だちではなく 単なる知人としか
認識できない。

だから 必然 友だちの数は 少ない。
だからこそ 数人の友達が大切な人ばかりになる。
大げさでなく どなたが欠けても 私の世界は成り立たなくなる。

そんな大切な友と 久しぶりに話せた今日は 天は雨だったが
私には 文字通り 「友引」の 気持ちのいい日だった。

どうしてもスイカを送りたいところがあって 一昨日昨日と お店を訪ねて歩いた。

最初 ネットで注文できないかと探したが メロンは詰め合わせても スイカは御断り
のところばかりだったからだ。
それなら 実際にお店を訪ねて そこから送ろう と思ったわけだ。

初めに 老舗の高級果物店へ 行ってみた。
高級果物店の品なら さぞかし美味しいだろう と思ってのことだった。

店内に入って驚いた。
私が知っていた頃には ところ狭しと 様々な高級果物が綺麗に並んでいた平台が
なんと スッカラカン!
経営が思わしくない様子が 店内の佇まいから漂ってくる。
かろうじて 通りに面したショーケースに 縄で縛った大玉スイカが二個と
メロンが入った箱が 数箱あるだけ。

しまった と思ったが それでも 季節がら ひょっとしたらお店の奥には
たくさんの果物がしまわれているのかも とも思って
スイカを送りたいのだが と 店主であろう男性に言うと
無理!スイカは送れない!割れるから!!
そう即答で返ってきた。
それなら仕方がない これ幸いとお店を出た。

デパ地下ならばどうだろう と 行ってみて 果物の担当者に尋ねると
スイカ ぶどう いちご などは 割れるし傷むから 送れない との返事。

それでも どこかに送ってくれるお店があるはず と
あそこにあったな あっちにもあったな と 思いつく果物店を数軒回ってみたが
やっぱり どこもダメだった。

そして昨日 諦めきれない私は 近場にも果物店があったことを思い出して
行ってみた。
ここは 一昨日のお店とは違って 以前のままの様子だったが やはり
スイカはねえ〜 ちょっと難しいねえ 送るには。
ということで 断られてしまった。

これだけ回ってもダメなのだから と 諦めの気分でいた。
そして 土曜出勤だった夫が帰宅した後 いつものスーパーへ
数日分の食料を買いに 連れて行ってもらった。

そこで まず最初に目に入ったのが スイカ。
恨めしげに横目で睨みながら いっぺんは通り過ぎたが
諦めきれない私がいて カウンターにいた フロアーの責任者らしい女性に
スイカって 送れないですよねえ
と 話しかけてみると
送れないことはないですよ 緩衝材をしっかり入れて動かないようにすれば。
なんのてらいもなく サラッと言うではないか!!

それまで さんざん 送れない送れない の返事ばかりを聞いてきたから
エッ ホントに??割れたりしない?だいじょうぶ??
と ついつい 念を押してしまった。
だって トラックに山積みして運んで来るんですもの。
しっかり緩衝材を入れて動かないようにさえすれば
めったには割れたりしませんよ。大丈夫ですよ。
と にこやかに言う眼鏡の奥の目が やさしい。

あら嬉しい!
この二日間はなんだったの!
一番近いスーパーで送れるなんて!!

店員が二人がかりで その間にも他の店員が それよりこっちの箱の方がいい
などと 助け舟を出しながら 新聞紙を丸めて これとこれをと頼んだものを
箱詰めしていった。

一昨日昨日と訪ねたお店は こうした手間が面倒で 送れない と言ったのだろうか。
果物専門に扱うお店だからこそ 大切な品を割れるかもしれない状況にはおけない
という危惧が 送れない と言わせたのだろうか。

でも確かに 産地から市場 市場から各店舗へとは ちゃんとトラックで運んで来るから
店頭に並んでいるのだ。
そりゃあ 中には割れることもあるだろうが 確率からすると 多くはないはずだ。
万が一の補償が嫌さに 送れない と言うのだろうか。

宛先を記入して代金を支払ったら ホッとして気が抜けていくようだった。

とにかく 今回の経験で
お高いお店がいい とは限らない ということを学んだ私だ。