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今年は 我が家で初めて 大晦日の昼間に温泉へ行った。

帰省した次男も 昨日来た婿も 珍しく一緒に温泉へ行き ゆっくり入って
一年の穢れをはらった。
やっぱり温泉はいい。温もりが違う。

最近では 婿も お湯につかると疲れが取れることを実感するようになったらしく
東京でも 自分でお湯を張り入っているそうだから 温泉へと誘っても 一緒に
行けたからよかった。

私はといえば 昨夜は 遅くまでかかってゴボウと人参を細切りにし
塩抜きしておいた数の子を味付け液を作って浸し 玉ねぎを大量にスライス
してスモークサーモンと一緒に甘酢や塩とオイルで浸しておいた。

これだけの事をやっておいたから 午前中はキンピラを作るだけでよかった。

温泉から帰って茶碗蒸しの準備 卵アレルギーだったり嫌いだったりが
二人いるから 二人は吸い物に。

今 夫と次男が 頼んであったお寿司を取りに行っている。
帰ったら 塩ブリを焼く。

長男が 嫁の母親に頼んであった魚をさばきに もうすぐ来る。
できたお刺身は二軒に分けて 長男は自宅へ持ち帰り今夜食べる。

娘は 孫二人をお昼寝させているその間にと おせちを重箱に詰めている。

私はちょっと一休み中だ。

もうすぐ 孫たちがお昼寝から覚めて またまたかん高い声が家中に響く。

こうして何事もなく今年が暮れていくことを 神仏に感謝だ。
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I さんのおかげだと思っているが 今月の体調がいい。

だから 気力も出て 今までしたくてもできなかった事ができて 気分がいい。
日頃 ちょこちょこ片付けたり掃除したりしてきたから お風呂も床も壁や天井の黴も
ないし キッチンの油汚れもないから わざわざ大掃除しなくていい。

いつになく早くからあれこれ済ませたから 娘たちが帰省しても落ち着いていられる。
もっとも 娘が 私の体を考えて おせち料理のほとんどを 重箱に詰めるだけでいい
から と東京にいるうちに我が家へ配送する手配を済ませて来てくれたから 実際に
自分で作る品数が少なくていい事も 精神を安定させている。
だから 昨日モーニングに行く余裕も出てきた。

昨夜は 晴れの日用の御膳や食器 お椀等を出し 孫と嫁に着せる長襦袢に半襟を付けた。
数の子をもどし 娘の孫たちの着物の肩上げと腰の縫い上げを 今日中に済ませれば
明日は 干し椎茸でのだし作りにキンピラ作り 年越しの茶碗蒸しとおせちの重箱詰め
など 簡単なことだけだ。

午後には婿が東京から来 夜半には次男が帰ってくる と連絡があった。

今年もあと二日 穏やかに過ぎてほしい。

隣市の近い所に 新しく喫茶店がオープンした。

どんなお店か入ってみたい と思いながらも 喫茶店嫌いの夫相手では望みもなく
一月くらいが経った。

そうしたら 昨日 長男宅の上の孫から 明日 その喫茶店へ 嫁と孫と私の
女子だけでモーニングに行かないか と誘いの電話があった。

午後から娘たちが来るから おチビさんたちも一緒でいいか尋ねると 是非是非
との返事だった。

家に着いた娘にその事を伝えると とても喜んで 行く と言う。

娘の二人の子も女子だから 六人でのモーニングだ。

私は 夫が喫茶店が嫌いだから モーニングなんてなかなか行けないし
娘は娘で 幼い子がいるから 朝から喫茶店へなど行ったことがない。
それに 東京では 喫茶店でモーニング という文化がないから
なおさら 経験がない。

朝 九時過ぎに 嫁が迎えに来てくれて 総勢六人で出かけた。

さすがに六人が一緒に座れるテーブルは空いていない。
空くのを待って ようやくみんなで座った。

モーニングのメニューは二種類あって 定番のものは四角くて高さも
十センチはあろうかというパンにコーンスープが入った小さなカップ
メープルシロップ 少しのポテトサラダ が一つのお皿に載っている。
日替わりの方は 今日はシナモンシュガーのトーストにゆで卵がついて
コーンスープは同じだった。

各々が注文する飲み物の代金に この二種類を好みで頼む。

小さな孫たちは 大好きで会いたかった大きい孫に会えて うれしくて
仕方がない。座るのも大きな孫を挟んで両側に。

大きなパンが載ったお皿が運ばれて来ると ワア大きなパンねえ と
大喜びしたのは 一番小さな人。その次に小さい人はシナモンシュガーの
トーストを頼んだから ちょっと物足りなさそうだったが 妹が食べきれない
分をもらって食べ お腹いっぱいにした。

彼女ら二人が大食漢なのは 嫁も高校生の孫もよく知っているので
あまり驚かない。

久しぶりに会って 嫁と娘は話がなんだかんだと弾み 孫たちは孫たちで
抱っこしたり後ろからもたれあってみたり 楽しく時間が過ぎた。

初めての喫茶店 初めての親子女子会 初めてのモーニング
嫁の誘いに感謝感謝で 昨日の午前が終わった。

昨日 午後になって 孫たちが先を争って賑やかに玄関外のチャイムを鳴らした。

かん高い子供独特の声で やって来たな と分かるから チャイムなんかなくても
家の中まで声が聞こえる。

夫と私は その途端から もう静けさとはサヨナラになる。

午前中は 今年最終日だった習字に行きたくて 寒かったが ゆっくり休み休み
バス停まで歩いて 行って来た。

習字からの帰りは 家に戻っていた夫が迎えに来てくれてそのまま買い物に行った。

我が家の一階のトイレは 床と三方の壁半分がタイルで トイレへ入るのに
スリッパが必要だ。それを スリッパなしでいいように タイルの上に板を敷くのだ
と 急に夫が車の中で言い出して まずはそうするための材料を買いに
ホームセンターへ。

板を選び 予め測って来た寸法に合わせてカットしてもらった。
板を敷けばその上に敷くマットが要る。ドアからは九十センチはあるから
今 二階用に使っているものでは短い。カットしてもらっているうちに探したが
いいのがない。

仕方がないから どっちみち他の用事で行く方向にあるお店で買うことにして
板を積み向かった。

この後 マットを買い おせち料理のほとんどを食べない婿のために
ハムソーセージの専門店に寄りパン屋に寄り……。

家に着くと もう娘たちを駅へ迎えに行く時間が近い。
休む間も無く 夫はまた車に乗って迎えに行った。

私はといえば お風呂を洗い 明日からの大量の洗濯に備えて 洗濯機
に入っているものを洗って干し等 細々と動いているうちに
車が着いた音がして ザワザワキャッキャ ピンポーンとなった。

両手を広げ バアバ〜‼︎と 玉のように向かってくる孫たちを抱きしめて
家に入れば それからはかん高い二人の声と笑い声と 時々叱る娘の声に
家中が占領された。

我が家の 年越しから新年を迎えるシーズンが始まった。

今日は 夕方から隣市のホテルで 夫の勤務先の忘年会だ。

毎年 泊まりで行われる年に一度の飲み会でもある。

前職の時には 勤務先の地区の各種団体とのお付き合いや 同職の人たちとの会
同じ職場の人たちとの会 などなど 一年中なんだかんだと飲み会があったから
アルコールが嫌いではない夫は 意思の疎通や懇親の為にも それらの飲み会を利用
して 地区の古老や実力者の方々にもよく理解して頂け 協力も得られていた。

それが 退職した途端に まったく飲み会がなくなってしまい 口には出さないが
淋しい気持ちがある。

だから 今日を楽しみにしていた。

私にとっては まったく家を空けなってしまった夫が 不在になる唯一の夜だから
私は私で 何をしようが自由に過ごせるから 気楽な夜だ。

日中は 日が良かったので 玄関の飾り棚と和室の床の間用の生花を買いに行き
今夜 テレビを観ながら活けるつもりだ。

玄関には松飾りや正月飾りを 額の絵や色紙も正月用の目出度い物に架け替えた。

明日の午後には 娘が孫たちを連れて帰省してくる。
来れば 着いた途端から賑やかで落ち着かないことになる。

だから今夜は正に 嵐の前の静けさ の夜だ。

先週の火曜日にも 大学病院を受診した。
その日の予約患者数 千五百七十一人。

今日は それほどではなかったが それでも 千四百人を越えていた。
でも 私の今日の予約は午後の一時からだったから 殆どの患者は午前中に診察を
済ませていて 午後の院内は それほどでもない。

いつものように 診察と痛み止めのトリガーと点滴の後 処方箋をもらって会計を
済ませ コンビニで のどを潤すために飲み物買い ホールの椅子に座って一息つく。

今日は 今年最後になるから 叔母宅を訪れた。

夫は 今朝早くから 長男宅の高校生の孫を部活関係の送り に駆り出されていた。

その上 私を病院へ送り また迎えに来てくれ その合間に 自分は予約してあった
歯医者にかかり 最後は 私を迎えがてら 叔母宅へ来てくれた。

本当に夫が元気でいなかったら 私の生活は成り立たない。

勤務先が近いせいもあって 夫はちょくちょく様子を伺いに叔母宅を訪れ
用事に連れて行ったり 叔母ができない作業をしたり 細々と面倒をみている。
だからだろう。
叔母も 私にとっても大切な人だから と 何くれとなく気を遣ってくれる。

今夜は お寿司をとってくれ 三人でいただいてから帰って来た。

叔父の入院や続いた葬儀 その後の自身の何回もの入退院で 体力も気力も
すべて使い果たしたようになってしまったが この一年で ずいぶん元気になった。
椅子から立ったり座ったりの動作も 本人は意識していなくても 側でみると
サッとできている。

会話や電話での言葉も 明瞭になった。

ただ 屋内にいて座ってテレビをみている時間がほとんどだからだと思うが
足の筋肉が衰えていて 本人も支えがないと歩くのに不安がある。
でも これも日にちが経つうちに 次第に外出も多くなっていくだろうから
来年には 不安な気持ちも軽減していくのではないか と 私はみている。

夫も 長男も家族も娘家族も 一人で暮らしている次男も みんな元気で
一年を終えようとしている。

私も なんとか一年を乗り越えられそうだ。

穏やかに一年を終えられるなんて なんて幸せなんだろう と心から思う。

この幸せは みんなが日々堅実に誠実に生きてこそ味わえることだ と
孫たちに伝えたい。

残り五日を 無理をしない範囲でできることをして 無事に新しい年を迎えたい
そう思っている私だ。

午前中から気ぜわしくしていたし I さんが帰られるまで郵便受けを見なかった。
どうせ来るのは 請求書か 宣伝のダイレクトメールくらいのものだから
いつも あまり頻繁に見ない。

それが 郵便受けを開けて見ると ダイレクトメールの中に混じって
大きめの四角い紺色の封筒があった。

差出人を見ると 高山にいる S ちゃんだった。
Sちゃんとは 昨夜 ラインでやり取りしたばかりだ。

だから アレ! なんだろう どうしたんだろう と慌てて家に持って入り
封を開けてみると なんとツリー型のクリスマスカードが出てきた。
そして 一言メッセージを添えてあった。

嬉しかった。
娘家族から毎年届く以外は クリスマスにカードをもらったことがない。

彼女だって目の手術をしたばかりで 元々の病気も まだまだゴールは見えない。
それなのに こうしてカードを届けてくれた。
ありがたい とつくづく思った。

さっそくテーブルの上に 立体になるツリー型のカードを立てた。

せっかくこんな素敵なカードをいただいたのだから と 今年最後のリハビリの後
すぐ側のコンビニで 小さな鶏モモのローストを買い トマトと千切りキャベツに
黄色のパプリカのスライスを添えて スープも作り夕食にした。

夫は なんだコンビニご飯か と 不満げだったが 私にしたら
急遽 なんちゃってクリスマスデイナーにしたつもりだった。

だって せっかくこんな素敵なツリーが目の前にあるんだから。

昨日から 白木の丸太柱 をきれいにし始めた。
もう何年も汚れたままにしてしまっていた。

夫は こういうことになると まるっきり興味がないから キレイにする気もない。
なれば 私がするしかない。

今年の暮れは I さんに小まめに温熱療法を施してもらっているからに違いないが
毎年の暮れより動けるから 門扉にしても塀にしても柱にしても 綺麗にしよう と
いう気が起きるから不思議だ。
温熱療法とI さん様様だ。

まず 昨日は 長年の汚れ落としから 作業を始めた。
拭いても拭いても 雑巾が汚れる。

バケツの水を何回も替えて これならいいかと思えるくらいの水の汚れ
になったところで 白木の汚れ落し剤を水で稀釈して 拭いていく。

それでも 何回も雑巾を洗わなければならないほど どんどん汚れが落ちてくる。

ようやく汚れが納得できるくらいまでになったところで 昨日の作業は終わり。

そして今日 I さんが今年最後の温熱療法に来てくださった後
昨日 薬剤で汚れを落とした柱を 磨き剤を兼ねたつや出し剤で拭いた。

やればやっただけのことはある。
見事にツヤが出て びっくりするくらいきれいになった。
厚塗りしないように との注意書きがあったから タオルを切ったものに
液を浸してしぼり それで拭いた。

ついでに 玄関外の灯りの枠も 汚れを薬剤でおとしておいたから
明日 つや出し剤で拭けば 木枠がきれいになるだろう。

午前には 玄関とポーチのタイルもセスキ水で磨いたから これで何年も
ほったらかしになっていた玄関とポーチの大方が きれいになった。

気になっていた事が一つ済んで 気持ちがちょっとだけ楽になった。
これも Iさんのおかげだ。

明日は 午後に大学病院の受診がある。
点滴やトリガーを終えたら 今年最後になるだろう叔母宅へ寄って
それから帰宅する予定だ。



長男家族が私たち夫婦の近くに越して来てから こうして二人だけで静かにイブを
過ごすなんて あっただろうか。

二人の孫が成長して それぞれに休日も忙しくなり 今年は クリスマス会は
どうも無しになる様子だ。

前もって用意しておいた四人へのプレゼントは 日中 夫に届けてもらった。

今日は大安だったので 夕方 玄関や神棚の注連飾りと鏡餅 を買いに出かけた。

午前中には 夫は松飾りの松を切りに山へ入り 実家の義弟夫婦へ準備しておいた
品物を持って行ってくれた。

私は 先日の門扉の掃除に続いて 玄関のポーチに立っている白木の柱を
洗剤で汚れを落とし水拭きした。

門扉もこの二本の柱も 夫にはまったく関心のないものだが 私は ずっと
気になっていた。

掃除した後の見てくれはともかく きれいにしたことで 自身の気持ちが
済んで 落ち着く。 それだけでいい。

明日の午後には 今年最後の温熱療法を施しに I さんが来てくださる。
ありがたいことだ。

午前ん中には 玄関とポーチのタイルの清掃をするつもりでいるが
体と相談してからのことにしよう。

辻井伸行のピアノをテレビで聴きながら 外からは 雨の音が……
静かなイブが過ぎていく。


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今日は 冬至。

日本では昔からの慣わしで 冬至にはかぼちゃを食し 柚子風呂に入る。

我が家も 夫が作った宿儺かぼちゃを煮た。
そして たくさんの柚子を入れてお風呂に入った。

浴室に入ると 柚子の香りが漂っていて 一つを手に取り顔に近づけると
香りの小さな細胞がはじける音がするような 透きとおった清々しい
香りにふわりと包まれる。

日本人ならではの 日本人らしい冬至の迎え方である。



飛騨高山市と近辺は 昔からお正月もだが 年越しの晩を大切にしてきた。

家の入口や居間の天井の隅には 色とりどりの下りものを吊るした松飾りや
白やほんのり桜色に色付けし 細切りしたお餅を枝に付けた 花餅を飾る。

これだけでも いよいよ年末 お正月が来る! と 心が浮き立ち 家の中が華やぐ。

それに 家々でつくお餅で作った大きな鏡餅が 三宝に載せられて床の間に置かれると
すでに掛けられているめでたい絵柄の掛け軸と その前に活けられた水盤の花と共に
春慶の紅色の障子戸と 張り替えられた障子紙の白さに 良く映えた。

そうして迎えた大晦日は 早くから順にお風呂に入り身を清め 真新しい肌着と
着物に着替える。

女は おせち料理作りや 年越しの膳に載せる料理に余念がなく 忙しく立ち働く。
すべてのおせちと御膳に載せる料理が整ったころを見計らって 神棚と仏壇にお供物や
お神酒を父があげて 一家揃ってお参りする。

そうして ようやく年越しの御膳に向かう。
一年を無事に過ごせたことを喜び感謝して めいめいにつけられた皿盛りやなます
茶碗蒸しや 真っ赤な酢だこ などなどのご馳走をいただく。

中でも「塩鰤」 これがなくては年が越せないくらい 飛騨の年越しには欠かせない。

私の生家では 母が縁起を担ぐ人だったから 一切れ三千円もする大きな切り身が
家族みんなの御膳に載った。

実家の年越しやお正月迎えを思い出すと 飛騨の年越しの なんと豪華なことか。

一夜明けて元旦ともなると おせち料理が詰められた春慶の何段もの重箱や
屠蘇器 取り皿や祝い袋に入った箸とが それぞれの輪島の膳にある。
そこへ これも輪島の椀に盛られた雑煮が加わり 一家で新年を寿ぐ。

父はアルコールを嗜まなかったが 年越しの晩と元旦は 子供だった私や弟にも
祝いだからと真似事をさせ 自分もゆっくり時間をかけて 一本のお銚子を空けた。

これが はるか昔になってしまった 生家の年越しとお正月迎えだった。

だから 「塩鰤」を食さないと 年越しのような気がしない。
だから 今年も なんとかして 「塩鰤」で 歳を越したい!!

様々な習い事があるが 多分その大半は 生徒は真剣に通って 指導する講師も
真面目に生徒を指導する形の教室ではないだろうか。

私が長年通っている書道教室も もちろん講師は師範の資格の持ってみえるし
全国版の書道展にも入選して 表彰式に東京まで出かけられたりしている方だ。

毎週二日の練習日があって 大勢の弟子が通っているし 大人も子供も 皆真剣に
筆を運び 朱墨で添削指導してもらい また練習することを繰り返して 真面目に
取り組んでいる。

そんな中 木曜の午前の練習だけは ちょっと雰囲気が違っている。

人数が少ないのと 弟子たちが先生とあまり年が違わないことや 親の介護経験が
ある者 今真っ最中の者などばかりで 互いの気持ちを理解しあえる事が大きくて
練習もだが 悩みや愚痴を聞いてもらいたい 話したい気持ちが強い人が多い。

だから 月末の清書する日までは ついついおしゃべりが多くなる。
一人が何か話し始めると みんなが筆を止めて 聞いたり話したり が始まってしまう。
先生も実父のお世話をしてみえるから 話の輪に入ってみえる。

そんなふうになることを見こして この日のこの時間だけは 先生がわざわざ母屋から
みんなのお茶と甘いものを準備して 教室へ運んで来てくださる。

そんなわけだから 練習には少し緊張感が欠けるが 楽しい時間を過ごせる。

今日もそうだった。

真剣に練習して上を目指し資格を得よう という人は この時間には来ないから
なおさら気兼ねなく 笑ったり 聞いて涙を流して同情したり 助言したりできる。

私は それでいい と思っている。
特に 自身ではなかなか動けない身だから この日だけは 人と話し聞いて
自分を活性化させるいい機会だ と思っているからだ。

いっぱい話し 笑い 愚痴を聞き 今日の習字も 時間の大方が過ぎていった。

ヤフーの画面に 自分の星座を入れておくと 毎日その日の運勢が点数で表示される。

別に気にしているわけではないが 日付けが変わると ついつい見てしまう。

最近は 結構いい点数が続いている。
そして今日は 今までで最高の点数 九十三点が出た。

気にしていないとはいえ 悪いより良いに越したことはない。
だから 今日は朝からなんだか気分が良かった。

そして実際 今日はいいことがある日だった。
まずは 快晴ではないが 朝から雨も雪も降らなくて 洗濯して干す事ができた。

午後には I さんが 温熱の施術に来てくださった。
飛騨のみだらし団子のような しょうゆ味の串団子を持って。
この辺りで売っている串団子は 砂糖醤油のような 甘辛の味付けのものが
ほとんどで 飛騨育ちの私の口には 合わない。

それをよく知っている I さんだからこそ 醤油味の団子が売られているのを
見かけて 買って来てくださった。
この団子は 勤めから帰ってきた夫と二人で レンジで温めて美味しくいただいた。

今日してもらった施術時間は いつもより長かった。
いつもより一層 私の身体中が冷えていたようで それで長く温めてくださった。
本当は 自分自身でも毎日できるのに それをしないからダメなのだ。
わかっていても 痛いと ついつい寝ていたいばかりになってしまう。
大方十才も年下なのに I さんに頼りっぱなしの私だ。

今日 もう一つのいい事は 久しぶりに温泉へ行けた事だ。
体調がなかなか戻らなくて 温泉に長く浸かると気分が悪くなったり
倒れたりしたら困る と思うと怖くて 先月の下旬からずっと今日まで行けなかった。

水曜日は温泉へ行く日 と決めてあったから 夫の着替えやらタオルやらも用意して
今日こそは行こう と 夫の帰宅を待って 出かけた。

昼間 温めを念入りにしてもらったせいもあるのだろう。
長めにお湯に浸かっても 気分が悪くなることもなく いつも自分で決めているコース
の 最初はマイクロナノバブルで白くなったお湯に長めに入り 次に頭や体を洗い
洗い流した後は二種類の露天風呂に入る。
その後一旦脱衣所へ戻って 温泉備え付けの浴衣を着て 岩盤浴をする。
たっぷり汗をかいた後 また脱衣所に戻って浴衣を脱いで 内風呂の温泉に入る。

この手順で コースを完了できた。

家に帰って遅い夕食をとり お風呂は済んでいるから あとは寝るだけだ。

そんなわけで 今日は運勢の数字通り 心も体も温まるいい日を過ごせた。


玄関へのアプローチにある門扉に緑色の黴が付いて ずいぶん汚らしくなってきている
のを もう二年くらい 気付きながらも 腰が痛いから を理由に 放置してきた。

さすがにもう限界だ と思ってからも グズグズと掃除を延ばしていた。

今日はそれを 思い切って掃除した。

門扉は 細かい格子状になっているので 格子の一つ一つの縦横の汚れを落とすのは
根気が要る。

続けて作業ができないから 尚更時間がかかってしまう。
それでも これならいいか という程度まできれいにできた。

その続きに 塀の頭を覆っている物も ブラシで擦り水を掛けると 思ったより
きれいになった。
頭をきれいにすると 塀に汚れが流れ落ちるから 塀の表も裏もついでに擦ると
今までの汚れも ある程度落ちた。

今日は この他に 二階と一階のトイレの タンクの手洗い水が落ちる部分の
水垢を除去することもした。

最近になく たったこれだけしただけだが 大掃除をしたような気分になるから
不思議なものだ。

夜は 喪中のはがきが届いている方をチェックして 出す年賀状の枚数を確認
それを 夫が印刷した。

今年は 今までにない喪中はがきの枚数だ。
私たちの年代の親ごさんが亡くなった知らせがほとんどだ。

もう十年それ以上前に 両親を見送っている夫も私も この歳になるまで
親ごさんが健在でいらっしゃった知人や友人が 羨ましい。

いただいたはがきを読み 改めてご冥福を祈った夜になった。

亡母は 早くから寝たきりになり あれほど可愛がっていた孫たちとも 話せなかった。 何もしてあげられないことが悲しかっただろう亡母の気持ちが 自身が体を悪くしてから
いっそう 察せられるようになった。

そして 亡母が 元気なうちに孫娘にしてくれた事くらいは 自分もせねば と思った。

一番の事は 孫娘が十代のうちに 何枚かの着物を作ってあげる事だ。

万が一 成人式までに 私がどうにかなっていたら 着物どころではなくなる。
孫が二十歳になった時に私がまだ動けたら その時には 式にふさわしい物を
作ればいいから さしあたって 十代の可愛い今 着られる振袖を作ろう。
もし 成人式の時に 私がどうにかなっていても 式には その振袖を着ればいい。
そう思って 孫が高校入学した記念に 振袖一式を作って贈った。

そして 歳がいっても着られるような色柄で 小紋も一枚作った。

振袖であれ小紋であれ 着物は取り合わせる帯や帯揚げ 帯締めなどの小物によって
いくらでも雰囲気や着て行く場所に合わせることができる。
だから 帯も四本 小物も主だった色や柄のものを 十種類くらいずつはあろうか
準備して渡してある。

今年のお正月は 私たち夫婦が東京だったから おばあちゃんがいる時に着たい と
孫が言って着なかったが 来年のお正月には 初詣に着せることになっている。

午後なら部活も塾もないというので 昨日 下準備に長男宅へ行った。

すべてが地味好みの孫だから と 振袖を選ぶ時 地色も 可愛い色だがくすんだ色
にし 柄の中の色も 地味めの色合いが目立つものにしたのがよかった。

伊達襟をどれがいいか選ぶ際に 仮に着せてみると 孫も嫁も 可愛い 似合う と
喜んだ。

帯締めと帯揚げ 半襟を 今回はこの取り合わせで と決めて準備。

足袋も 寒い寒気の天気でも大丈夫なように 裏がフリース地の物が買ってあるし
下に履くひざ下丈の暖かい足袋状の物も一緒に準備して渡してあったから
あとは 長襦袢に半襟をかけておくだけだ。

嫁は毎日忙しいから 私が縫い付けるよう長襦袢を預かってきた。

これで 私がしたいことの一つが叶いそうだが 孫娘が二十歳になるまで二年ある。
その二年を 今のまま過ごして 式にふさわしく 年齢なりの振袖を
作ってあげられるよう 頑張らねば!






友人に頼まれた折り紙が 目標にした五十になった。
五種類それぞれを 五十ずつだから 全部で二百だ。

さて これから 封筒型に折った中に四種類を二個ずつ入れる。

一つは箱型に折ったもの 一つは願い事をする雄と雌の折り鶴。
封筒の中に ちょっとした紙を一緒に入れておく。
鶴に願い事をして 箱型に折ったものの中に入れておくと
いつか願いが叶います と書いて。

こうすれば もらっても すぐにポイされる確率が低くなるだろうし
それに 年末年始のこと 夢があるではないか。

折り紙が渡る先が 大人であれ子供であれ これなら受け取る人を選ばない。

友人は ここまで凝ったことを期待して私に依頼したわけではないが
私は できるなら 夢のあるものにしたかった。
だから 勝手に考えたり想像したりしながら 折った。

連日折っていると 子供の頃は不器用で 泣きたいくらいだったのが
不思議なほど キッチリ綺麗に折れるようになった事に 気づいた。

なんにでも自信が持てないで いじめっ子達に毎日学校でいじめられて
悲しくて辛くて 泣きながら帰った学校の坂道での情景が 急に思い出されたり
学校で教わった折り方よりも もっと分かりやすい折り方を教えてくれた時の
母のうつむいた顔や横顔が思い出されたり……。

折り紙は 古い昔の 懐かしいあれこれを 思い出すよすがになった。




先日 このブログにも載せたし 親しい人にも 目からウロコの煮ヨーグルトの話を
して ぜひ試してみて とすすめている。

お通じで困ったり悩んだりしている人が 意外に多いことに驚く。
話す人話す人 みんな ヨーグルトを煮る というとビックリする。
そして 実は私も……と たいがいの人が言う。

そしてご多聞にもれず これまで様々に良いと言われることを試してきたが
はかばかしい効果がなくて今に至っている と 言う。
普通にヨーグルトも日常的に食べてはいるが 健康に良いらしいから続けているだけで
それでお通じが改善しているわけではない。

だからだろう。
ヨーグルトを煮る という衝撃的な行為にもビックリするが それ以上に
煮るとヨーグルト菌が死んで 死んだモノを別の腸内物質が食べて云々…の考え方に
なるほど と納得させられるから やってみようという気が起こるのだと思う。

今日も リハビリに行くと 最近私のブログを見始めたマッサージ師が
自分は問題ないけれど 友人にひどく悩んでいる人がいるから 教えてあげた と
言っていた。

体質も腸内状況も 人それぞれだから 万人に効果がある とは言えないが
長年悩んでいる人にこそ 是非とも試してほしい と思っている。

月に一度会っては 私の社会の窓になってくれている友人と 今日 二人忘年会の
意味で 食事をした。

このところ食欲が落ちていたが ゆっくり話しながら食べたのがよかったのだろう
一品ずつ出される料理を 中には半分しか食べられない器もあったが
おおかた 食べられた。
%
でも 最近 味覚が変わったのか感覚が落ちたのか 外で食べるものも
家で作って食べるものも あまり美味しいと思えない。
どれも皆 同じ味のような気がする。

手をかけた料理より 素材そのものをいただくような そんなものの方が
かえって 素材の味がわかる。

これでは せっかく高いお金を払っての食事が もったいない。
今日のお店も 以前に行って美味しかった記憶があるから きっと
美味しいのだろう そんなくらいにしか感じられなかった。

料理はともかく 話を聞き こちらも話を聞いてもらうのが目的だから
ゆっくりできたのが なによりだった。

友人に頼まれて このところ折り紙を折っている。

歳末に行うイベントに来た子供に配る のだという。

折り紙も自分持ちで 折るのはなんでもいい というが 今時の子供は
折り紙のような素朴なものには あまり興味を持っていないような気がする。

そこで もらった時に少しでも アレ?ナニ? と興味を持ってくれたらそれでよし
と 自分勝手に思うことにした。

折り紙で折ったものでも 最初から立体的な物だとかさばるから
渡す際には平らになっていて それを広げると立体になるものがいい。

四種類ほどの物を これも折り紙で作った封筒に幾つかずつ入れて渡したら
中に何が入っているか 多少は面白がって開けてくれないか と考えた。
開けて なあんだあ となっても 所詮は紙、惜しいことはない。

今は 百均にも 可愛い柄の折り紙が 何種類もある。
中に入れるものは色無地で折り 封筒は柄物で折ることにした。

とりあえず それぞれを四十ずつ折ることにして 全部で二百。
まだまだ目標の数までいっていない。

友人からは どれだけの数が必要なのか聞いていないから 明日確かめる。
それによっては 大急ぎで折ることになるかもしれない。

今日は 行きつけの美容院で お昼過ぎの予約を入れてあった。
年末年始に向けて毎年より十日も早いが なんだか今年は気が急いて 今日にした。

ところが 昨日も今日も大雪の予報が出たが 昨日の日中は風花がちょっと舞っただけ
で 案じたことはなかった。
だから 多分今日も 寒くはあっても 雪が積もっていることはないだろうし
降っても大したことはなかろう と思い 日にちの変更はしなかった。

しないでよかった。
出かける時には みぞれが混じっているような小雨で 傘をさして歩いたが
雪のかげもなく ただ寒いだけだった。
窓から見ると 風もあって気温の低さが想像できたから 上も下も これでもかと
いうほど 着込んで着ぶくれて出かけたから 寒いのは顔だけだ。

目的の美容院に近いバス停で降りると 傘は必要なかった。
途中 神社の境内を抜け いつも歩く道ではない小道を歩いた。
しばらく行くと 懐かしい御宅の前に来た。
ああ ここだったんだ! 娘が留学前に通わせて頂いていた茶道の先生の御宅だった。

娘も四十を越え あの頃のことをすっかり忘れていた。
年月が経ち 御宅も建て替えられたのだろう 新しくなっていた。
それでも 塀や待ち合いなど 茶道の先生の御宅 とすぐにわかる佇まいの建物だ。

あの頃 すでに先生はお年だったから 今は 娘さんかお嫁さんが教えてみえるのだろう。

もう弟子はとらない とおっしゃってみえたらしいが 飛騨の淡交会の幹部だった叔母の紹介
だったからか 快く入門させてくださった。
留学した娘に お手紙をくださったこともあった。

二十五年も前に タイムスリップしたかのような ほんの数分の出来事だった。

昨夜の予報だと 私の住む市は 今日は大雪 だった。

今日また I さんに施術してもらうことになっていたので 大雪では 来てもらうのが
心配だったから 昨夜 朝から予報通りの雪だったら 延期にしてほしい と連絡した。

ところが 今朝早くに外を見ると 道路はカラカラ 風花さえ舞っていない。
まだタイヤ交換していない夫は胸をなでおろしていた。

こんな様子なら来てもらってもよかったなあ と思っていると
I さんから こちらの様子次第で来てもいい との連絡が入った。
願ってもないことで 即座にお願いした。

そして午後 彼女は大きな荷物を持って来てくれた。
私が 美味しい という焼きたて熱々の焼き芋を持って。

彼女とは 感覚や察知するアンテナが同じらしく 他人には感じられない
センシチィブなシックスセンスの話ができる。
それも 長年に渡って友人であり続けられる重要な点だから 施術してもらいながら
そんな話にも力が入る。

本当に 彼女は あらゆる方面で 私の先達だ。
一時間あまり 身体中を温めてもらい 彼女は帰って行った。

また来週 来てくれる約束を残して。

夫は 辛党なのに粒あんが好きで きんつばやぜんざいなど大好物だ。
先日も I さんに うちは食べないから と 栗きんつばをいただいた。

仕事から帰り 着替えて居間に落ち着くと 毎日一個のきんつばを 美味しそうに
食べている姿が なんとも微笑ましかった。

夫が好む甘い物に もう一つ 甘酒がある。
だから 我が家では この時期から冬の終わりまで 甘酒が切らせない。

この二、三日 お風呂上がりにパソコンに向かっている と思ったら 昨夜
おい もう大吟醸の酒粕が出てるぞ 見てみろ
と言う。
画面を見ると 去年取り寄せたお店の酒粕の写真だった。

一昨年までは 違う所から取り寄せていたが そこのも美味しかったが
たまには違った銘柄のを試したい と言い出して そのお店に替えた。

酒呑みの彼には 同じような酒粕でも 味の違いがわかるらしく
今年も 取り寄せるならここで と思っていたらしかった。

ところが 検索して 目的の品の画面は出しても 購入ボタンを押す
勇気がないらしく いつも 買うのは私の役目だ。

その時ちょうど手紙を書いていた私は 後でパッドで見ればいい と
思い 生返事した。

夫は未練がある様子だったから その場で購入して欲しかったらしい。
しばらく パソコンの前で何やらしていたが 諦めて寝てしまった。

手紙を書き終えて やおら検索して 夫が見ていた画面を出し
五キロ三千円の 大吟醸の酒粕の購入手続きをとった。

朝 それを夫に話すと 実に嬉しそうな顔をした。
昨夜の私の様子では まだ手続きをしていないだろう と思っていたらしい。

でも代金は 私名義からの引き落とし。
しっかり生活費の中からもらわなくては!

トイレの窓に小さな換気扇をつけたのは 排水を市の下水道につないでから
時々 トイレのドアを開けた途端に ムッと嫌な臭いがするようになったからだ。

あまりにも小さいから ちゃんと換気機能が働いているのか はっきりしない。
でも それなりに換気さえできれば 付けた甲斐がある というものだ。

それとは別に この時期になると トイレ内に暖房器具を置く。
今までのは 入ったら自分でスイッチを入れるタイプのものだった。

それを 今までのは脱衣所で使うことにし 今季 人感センサーが付いている物に
変えた。

今までのものでも十分だったが トイレに入った途端に暖房が作動するから
いっそう楽チンになった。

そうなると これまでも長かったトイレでの滞在時間が 快適になった分
もっと長くなってしまった。

ずっと以前から トイレに入る度に 本やパッドを持って入る癖になっている。
用を足した後も 小さな個室で暖かくおまけに換気するから 臭いがこもらない。
だから どうしても 前よりもっと 長っ尻になってしまう。

普段 日中はいつも一人なのだから わざわざトイレにこもらなくてもいい
はずなのに 自分でも不思議だが トイレは落ち着く。
足元からの暖かさが なんとも言えず心地いいのだ。

困ったことだ。

ビロウな話で 衆人の目につくブログに書くようなことではない……
そう思って 今まで書かないでいたが やっぱりこれは書いた方がいいと
思うに至り 書くことにした。

お通じ をよくするのに マスコミ特にテレビで紹介されるのは ヨーグルトだ。
ヨーグルトがいい ビヒズス菌が効く 生きて腸まで届かないと意味がない
などなど ヨーグルトがいかにお通じに効くかを 事細かに報道されている。

でも 実際 ヨーグルトでお通じが改善された と実感している人が
どれだけいるかは 不明だ。

私自身 どのメーカーのヨーグルトも 効き目がなかった。
だから 私にはヨーグルトは効かない と諦めていた。

ところが だ。
いつも私を助けてくれる友人の I さんが とんでもないことを教えてくれた。

どんなヨーグルトでもいい。
そのヨーグルトを 沸騰させないように フツフツとするまで 鍋で煮る
というのだ。

煮ると ヨーグルト菌が死んで残がいが残る。その ヨーグルトのいわばカス
が腸内に入ると そのカスを食べる物質が腸内にはあって その物質を
また腸内の乳酸菌が食べて 活性化する。
そのサイクルで 腸自体が元気になるから お通じも自然に改善する。

このことに気づき考えた人がいて ネットにその理論と作り方を載せた。
それを 偶然 I さんが見て 試してみると 長年あれこれと試してもダメだった
のが 物の見事に改善した。

そう彼女は話して 私にも試してみたら と勧めてくれた。

エエッツ!! ヨーグルトを煮るウ⁈?
ヨーグルト菌を殺してしまうウ??
そのカスを食べるモノが腸の中にいる⁇

何もかもが始めて聞くことで 最初は「事」の意味が飲み込めなかった。
でも 何回も聞き返しているうちに なるほどオ〜‼︎ と考え方の理解ができた。

I さんにそんなにも劇的に効いたのなら さっそく私も とヨーグルトを煮てみた。
そして 試した。

実際のところ 私は大学病院で処方されている薬の関係で ずっとお通じの薬も
処方されていて 飲み続けてきた。
だから その薬さえ飲めば お通じはある。
でも 肝臓の数値が悪かったりして 出来るだけ服用する薬を減らしたい
思いがある。

だからよけいに その煮ヨーグルトを試したかった。

薬の粒を一つ減らしても 煮ヨーグルトを食べると お通じがあった。
それも快調に。

以来毎日 煮ヨーグルトを食べている。
目標は 薬なしで 煮ヨーグルトだけで お通じがある腸にすること だ。
今のところ 順調にいっている。

きっとまだ この「ヨーグルトを煮る」方法を知らない人は多いはずだ。
普通のヨーグルトで効き目がない人に 是非 これを試してもらいたい。




自分の思うように動けない私でも さすがに師走の声を聞いて十日も経つと
何かできることはないか 気になってくる。

何から……と考えたら 夫に ペーストを作ってほしい と言われて ずっと前に
買ってあったのに 出来上がるまでに結構長時間かかるものだから 腰の痛みが
強くなるのが嫌で そのままに打っちゃってある ニンニク……
まずあれから片付けなくては。

そう思って今日は 二袋分のニンニクの皮を根気にむき それを水と一緒に鍋に入れ
コトコトと 焦げないように煮詰めた。

冷めるまでの時間を買い物に当て 帰ってから瓶に詰めた。

これで 気になりながら引きずっていた仕事が 一つなくなった。

結婚して もう四十五年以上になる。

苦しかった事 嬉しかった事 悲しかった事 辛かった事 たくさんあった。

その間 時には頼りなく感じたり もっとこうしてくれたらいいのに と思ったこともある。
結婚したての頃は 一気に辛いことや悲しいことが これでもかと重なって襲って来て
順風満帆とは言えないスタートだった。

若かったから 自分の気持ちに折り合いをつけるのが精一杯で 互いを理解できず
苦しさの中だけで生きていた時期もあった。

私たちの結婚生活が破綻しなかったのは 事が起こるたび 泣いて嘆く私に
なぜ別れねばならない! と いう 夫の強い言葉があったからだ。

優しさと裏表の優柔不断さがある夫に 歯噛みしたことも一度や二度ではない。
しかし 夫は 基本的に 狡さ というものが まったくない人だ。
芯にあるものは 清くて潔い。
その清い部分に助けられて 今の私はある と思っている。

そして 一番助けられているのは 明朗で楽観的でポジティブなところだ。
困ったことや悩んでいる事があっても 寝る寝る! 寝て起きたら明日だ!
そう言って 思い悩む事を引きずらない。

最近では 暗い方へ落ち込みがちな私にも この夫の楽観さが移ってきた。
考えてもどうしようもないことは 考えない。
明るく生きても一生 暗く生きても一生 そう思えるようになった。

それに夫は 見かけはおとなしげだが 実はとても負けん気が強い。
やりかけたことは絶対に諦めないし 意地でも降参しない。
この気の強さで 彼自身 仕事場での困難も乗り越えて来たし グズグズしている
私を 引っ張って来てくれた。

それと 現実的なことをいうと 夫は とても重宝する人だ。

結婚あ以来 家庭内でのちょっとした電気工事は自分でやってしまうし 必要なものは
手作りしてしまう。

作ってくれて一番ありがたかったのは 腰を痛めた時に作ってくれたベランダだ。
屋内から洗濯物を干しに外へ出るのに 履物を替えたりしなくてもいいように
段差も少なく 痛みを少なくなるように 広く作ってくれた。

父が生きていた頃には トイレに自動で感知する灯りや暖房器具のための
コンセントを設けたりしてくれたことを思い出す。
今日も トイレ内に電気コードを引き 窓に小さな換気扇を取り付けてくれた。

ああだったらいいのに とか ここをこうしてほしい と告げると 工夫して
それを現実にしてくれるのは 実家の父にはまったくなかった点で ありがたい。

近年は 体を動かせない私の 家事の手抜きにも文句も言わず 仕事から帰っての
リハビリの送迎も 当然のように毎日何も言わずにやってくれる。

自己中心的な行動やガサツさに 腹の立つこともあるが
夫にしてみれば こんな体の私は 役に立つどころか足手まといで重荷だろう。
文句や苦情の一つも言いたいに違いない。

それを黙って 共に暮らしてくれることに感謝せねばバチが当たるというものだ。

なんだか知らないが 今日は 共に過ごしてきた月日を思い起こしながら
夫に思いを寄せる日だった。


約束の一時きっかりに I さんは 今日も来てくださった。

およそ一時間 頭から足の裏までを 温めてもらった。
パジャマの方がいい という彼女の言葉に甘えて こちらはパジャマ姿だ。

今日は いつもは足なのにお腹が一番冷たい と言いながら やってくださった。
多分 足は 電気カーペットからの熱が入っているからではないか と思った。

体はそれほど正直に反応する。

施術の後 彼女は 私のパソコンやパッドの師でもあるから
一人ではできなかったラインのスタンプの購入の仕方を 教えてもらった。

ところが 私のパッドには タップすれば当然出てくるべき項目が
どうやっても出てこない。
あれこれ試してもらったが なぜその項目が出てこないのか分からない。

結果 これはショップへ持ち込んで教えてもらうよりない となった。

どこかで行って来なくては。

また彼女が教えてくれた (^^)(^.^)改善の方法についても 花が咲いた。

目からウロコの方法に 二人して似たような体質なのか 二人ともが効き目が
あまりにもあることに 喜んだりビックリしたり。

また今日も 気づくと時計は4時半。

次回 火曜に来てもらう約束をして 帰って行かれた。

I さん 今日もありがとう😊😊🙏🙏

私が通っている整形外科のリハビリ室には 四人のマッサージ師がいる。

そのうちの一人で 私のお気に入りの女性が このところ何日も顔を見せなかった。

まさか辞めたなんてことはないだろう マッサージだけでない交わりがあったから
もしそうなら 事前にコッソリでも 私に知らせてくれるだろうし……。

そう思いつつも心配だったから 一番若いマッサージ師に 施術してもらいながら
聞いてみた。

すると 長期に休みをとって 旅に出ているらしいですよ ということだった。

それなら と安心した。

そして昨日 医院へ行くと 久しぶりにその人がリハビリ室にいた。

今日も運良く その人に施術してもらえたから 旅に出てみえた と聞いたが
どこを巡ってみえたのか 問うと 秋田まで行って来たのだという。

なぜ秋田へだったのか どういう経緯で行って来たのか を マッサージしながら
話してくれた。

十五年も前に 体の施術だけでなく 顔やアロマセラピーや その他たくさんの指導を
してもらいに あるセミナーに参加したのだそうだ。
そこで偶然 秋田の方と知り合って 以来 年に数回 長期の休みをとって
施術に行くのだそうだ。

今では その年に数回彼女が行くのを たくさんの人が待ってみえるのだろう。

金銭ではなく 人との偶然から始まった繋がりや絆を大切にしたくて……
最初下手くそな私の施術にも我慢して待っていてくださった方たちが
ありがたくて……

と 短いマッサージの間に 彼女は語った。

いい話だ と思った。

人との関わりや恩 受けた好意を 忘れずに 義理がたく思っている彼女と
秋田の見も知らない人たちの間にある心のこもった繋がりに 感動した。

とかく自己中心な生き方をする者が多くなっている時代に「本物の心」が
感じられる 彼女の話だった。

恩や義理 というと 古くさい と決めつけられて 小馬鹿にされがちな昨今
こんなにも 感謝の気持ちを持って人との繋がりを大切にしている人が
いることに 驚き喜び 体だけでなく 心まで揉みほぐされた気がした。

そして 今までも好ましく思っていた彼女を もっと好きになった。

考え方や生き方にブレがないせいもあるだろうか。
彼女の施術は よく効く。

病院を離れた個人として お付き合いできたら と思える女性だ。

毎年 十二月の課題は 書き初め。
ここ数年は 漢字と仮名が混じった調和体と仮名の二つの課題を練習し
清書して出している。

今年の調和体の課題は 一茶の句
目出度さも ちう位なり おらが春

今月初めての練習日だった今日は まず調和体のお手本を見ながら練習。

いつもは半紙に書くが 書き初めだけは条幅紙に書く。

毎月の調和体の手本は 和歌だから それに比べると字数が少ない。

何年も続けてきたことだから 条幅紙を前にしても 緊張することはない。

三枚書いては 先生の元へ持って行き 添削してもらう。

ひたすらそれを繰り返して 時間が過ぎる。

そのうち まあこれは今日のうちでもよく書けた と思われるものを
選んでもらい 先生の手元にとっておいてもらう。

書き慣れてくると この字はこう書いてみよう と 手本をそのままでなく
自分なりに変化させてみる余裕が出てくる。

書き初めは 墨色も黒々と力強さも必要だから 条幅紙に書くのも
難しいが苦痛ではない。

今日初めて 書き初めを 自分が楽しんで練習していることに気づいた。

腕は遅々として上達しないが これも年数続けてきた結果だろう。

相変わらず足腰は痛むが こんな時 瞬間それを忘れていられるから
それもあって 私にとって 書を練習する時間は 大切な時間なのだ。

昨日は 定期の大学病院受診日だった。

いつものように 早朝 夫の通勤に便乗して行った。
着いて玄関ロビー内の看板を見ると 本日の外来予約患者数1471人 とあった。
いつものことながら 病気で苦しんでいる人のなんと多いことか と思う。

診察室へ呼ばれ 前回変わった薬が効かない旨 医師に伝え 前の薬に戻してもらった。
ブロック室で横になり 痛み止めのトリガーの順番を待つ。

昨日は 十五箇所に針を刺した。
ポイントポイントに入る針からの薬剤が 痛い痛い。
昨日は ほとんどの針が 的を得た所に入ったらしく 痛みもかなりのものだ。
きっと効果は大きいに違いない。それを期待しながらブロック室を出て歩き出した。
痛い目にあうのに 効きめがない では 割りに合わないではないか。

こんな日は 打った後の重だるさと鈍い痛みが いつもより強いから
足の運びに注意する。
自分で想っている以上に足が上がっていないから 床が平らでも 転びそうになる。

会計も受診者が多い分 待ち時間が長い。札を取ると八十一人待ちだった。

手洗いへ行きコンビニで飲み物を買い できるだけ人のいない場所に腰を下ろした。
ソファの側に車椅子があり ご主人らしき男性が立ってみえた。
ふと車椅子に座っている人を見ると 以前に住んでいたところで仲良くしていた人だった。
彼女とは 前にも一度ここで顔を合わせたことがあった。
あの時と比べると 多少気持ちが落ち着いているらしい顔つきだったが
声も小さくて 元気がない様子だった。

彼女も私と似たような症状で手術したものの 術後の後遺症なのか
歩行が困難で 前に会った時には両手に杖をついて歩行できていたのに
昨日は車椅子になってしまっていたのだ。

覇気のない様子からすると 彼女は未だに 突然やってきた境遇への戸惑いから
抜けられないでいるのを感じた。

私もそうだった。
この体でこれからどう生きていけばいいのか 痛みを抱えて
歩行も満足にできず 毎日が暗い穴の中にいるようで 鬱々と過ごした。

こんな私でも生きていていいんだ と自分で自分を認められるまでが苦しかった。

ようやくそこから抜け出せたのは 看護師の 現実を見つめさせる厳しい言葉と
動けない私を助けてくれる家族の存在だった。
それと リハビリで状態を保つ努力をすること は 一つの輪の内にある。

そんな私の経験から得たことや考えたこと 気持ちの持ち様を 彼女に告げた。
少しでも気力を出して せめて 自分の足で歩こう と思ってほしかった。

ご主人も ソファに座って聞いてみえた。
この前の時は 息子さんが付き添ってみえた。
彼女もいい家族に囲まれているのだから それを励みにできるのだ と知って
家族のためにも 毎日を明るく過ごしてほしかった。

己へも言い聞かせているような気がしながらの話だった。

痛み止めのトリガーのせいで腰も足も重だるい。 また今回も熱が出た。
帰り着くなり ふらつきながら やっとベッドへ。

偉そうに人のことを言えた義理ではない。
不甲斐なさに気が滅入ってくる。