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タワーからホテルへの道々 翌朝は 嫁と孫たちはタウンの開店時間に合わせてホテルを
出て再びスカイツリーへ行き 買い物を楽しんだ後 遅い時間にホテルを出て浅草寺へ
向かう私と 雷門で落ち合おう と タクシーの中で予定を立ててあった。

二日間のうちのどこかで 親子三人だけでいる時間を作ってあげたかったし 私自身
さすがに二日目は 前日のように一緒のペースでの行動は無理だと想ったからだ。

ホテルを出る三人を見送った後一人ゆっくり部屋で過ごし フロントで荷物を送る手配を
済ませ 散歩する気分で雷門へと歩いた。

今まで何度か訪れたが 昨日のような人出の雷門は初めての経験だった。
せっかく来たのだからお詣りを と思っても動けない。
とにかく 門外から溢れるように群れるように 日本人と外国人の頭が入り混じって
重なり合い 門から本殿へと続く参道の両側のお店も 人が多すぎて見えないのだ。

一メートル進むのさえもままならないし お店を覗こうにも人をかき分けてでないと
行き着けない有様の中 時間はかかったが なんとかお詣りを済ませた。
門への帰りは裏通りを通ったが そこもまた多勢の観光客が歩いたりタムロしていたり。


人混みの中でしばらく待つと 嫁と東京に住む娘からの連絡が同時にあった。

中学生の孫が言うには 直ぐそばにいて探していたのに 娘の雰囲気が我が家で会う時
と違っていたから 全然叔母だと分からなかったらしい。

確かに 東京にいる時の娘は 華やかな都会で暮らす女性らしい服装や雰囲気を纏っている。
彼女が東京で生活し始めて二十年にもなるし 結婚した相手が英国人だからなおのこと
暮らしからくる雰囲気も違ってきた。
帰省中の娘は 姪や甥にはそれを感じさせないで パパの妹 として接しているからだろう
ホームベースでの叔母の暮らしぶりの一端に 孫たちは初めて触れ驚いたようだった。

昼食をとり 一緒に地下鉄に乗り 孫たちが行ってみたがる原宿の竹下通りへ向かった。
娘は孫のお迎え時間が迫って いっとき抜けたが また合流。
迎えから帰って合流したかと思ったら その子を置いて再び今度は下の孫のお迎えに。

竹下通りは 流石に私はゴメンだったが 娘の方の孫が従姉妹たちと一緒に歩きたがるから
仕方なく 繋いだ小さな手を離さないよう意識しながら 彼らの後を追い 探して歩いた。

歩くといっても ここもまたスゴい人人人 それもみんな流行りの格好の若者と外国からの
観光客で 日本人のおばさんや私のようなおばあさんは珍しい。

中高生の孫が歩き始めた時には 通りの入り口で入場制限がされていたというから
ここの人出の多さも この陽気と春休みとあって 普段に輪をかけた多さだ。

ようやく嫁と孫たちに行き会えた頃 お迎えに行った子を連れた娘が来て合流。
娘は車で来ていたので 孫の一人はそちらへ乗り 後の三人はタクシーを拾って
娘のマンションへ行った。

普通に見かけるのとは少し違う雰囲気のマンションの外観や内装に
二人の孫は ここでも目を丸くしていた。

あまり滞在時間がない と伝えてあったので デリバリーのピザが注文してあり
昨日今日のあれこれを話題に みんなでそれを食べた。

幼い孫たちは 始めて来てくれた大きな従兄弟に お得意のフラフープをして見せたり
たくさんのお気に入りのぬいぐるみを並べたベッドを見せたり 大はしゃぎ。
二歳の孫などは 最近できるようになったばかりのでんぐり返りまでやって見せた。

あっという間にマンションを出る時間になり あまりに早いバイバイに 幼い方の
孫たちは 事態が理解できない様子だったが エレベーター前で手を振って別れた。

娘から 案の定 私たち四人が どこかへ出かけてまたマンションへ戻って来る
とばかり思っていた二人は 四人とも新幹線に乗って帰ってしまったのだと知ると
大泣きしてしまい なだめるのに大変だった とメールがあった。

品川を八時二十分発ののぞみに乗り込み 孫たちは楽しかった時間を反すうしながら
今日買った品々を私に見せてくれた。

行きたい場所場所にたっぷり時間をかけて 見たり買い物したりの二日間だったから
孫たちの満足度は言うまでもなく 目の前の彼らの嬉しそうな楽しそうな姿を見る私も
また 満たされた気持ちで帰って来た。

二日間の旅をするうち中 もう一つ嬉しかったことがあった。
出かける数日前 かかりつけ医院のマッサージの先生から 花粉症によく効く
スプレーがある と聞いた私は アレルギーがひどい孫を想ってそれを買い
持参して 朝 新幹線を待つ間に ホームで孫にスプレーしてあげた。
気休めでもいい症状が少しでも軽くなれば と思ったそれが意外に効いたらしく
効果が切れる時間になると 途端に鼻水が出始めて止まらなくなった。
それで やっぱり効いていたのだ と分かり嫁も本人もビックリ。

旅の間中 終始マスクをかけてはいたものの 鼻水を忘れて過ごせてよかった。
それもあって よけいに二日間を楽しめたのだろう と思う。

去年の日帰り旅 そして今回の旅……
おそらく今後 二度とないおばあちゃんとの旅が 楽しい思い出として 二人の孫たちの
心に残ってくれたらいい。

それが私の一番の願いだ。










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一昨日から昨日 長男の嫁と二人の孫との四人で 孫たちが行きたがっていた
横浜と東京へ行ってきた。

この上なくいい天気で 気持ちも晴れ晴れとした 心に残るいい旅になった。

まずは新幹線の新横浜駅で降りて横浜の中華街へ向かい 食べ歩き。

陽気のいい季節に春休み中とあって たくさんの観光客が あっちのお店こっちの
お店と タムロするように並んだり 立って食べたり。

中高生二人との旅だから 当然 私のこの体では 行動を一緒にするのは無理だろうから
待ち合わせ場所を決めておいて 彼らが自由にあちこちのお店を覗いて楽しめばいい
そう思って出た旅だったが なんのことはない ガイドブック片手に目的のお店を探す
街歩きは 急ぐこともなく 彼らの性格そのままに ゆっくりゆったり。

その上 孫たちは荷物を持ってくれ気遣ってくれるから なおのこと急かされることもない。
ときおり おばあちゃん大丈夫?の言葉掛けも忘れない。 それがとって付けたようなものでなく 心からの言葉だと分かるから 日頃から優しい孫たち
ではあるが 一緒にいて違和感なく こちらも楽しめて 彼らのさりげない気遣いが嬉しい。

ゆっくりペースでの食べ歩きだったが 彼らが印をつけてきたお店は 全部回った。
一個二個と買ったものを 道端やお店の前で 四人で分けては食べ分けては食べ。 お店へ入っての中華粥も 二種類の違った味を 四人で楽しんだ。

目的の飲食店から次のお店へと動く間には 様々な小物を売る店が軒並みだから
入っては ああでもないこうでもないと品定めしたり 気に入った物を選んで買ったり。

嫁も そんな子供達を急かす様子もなく一緒になって楽しんでいるから 歩みも時間も
自然と緩やかに和やかに楽しく過ぎる。

寄ってみたかったお店での飲食 興味を引いて立ち寄ったお店での買い物等
中華街で五時間近く費やした後 お腹も気持ちも満足して山下公園へと移動。

満開の桜に色とりどりの植栽で華やかな雰囲気の公園にも 人はあふれていた。
係留展示されている氷川丸の見学を終えるころには 日もかなり傾いていたが
タクシーで 赤レンガ倉庫へと向かった。

近代の日本の礎を築いた倉庫群も 今ではショッピングや飲食するお洒落なお店が
いっぱいの観光地になっている。

広い敷地の中に 整えられきれいに保存された三階建ての外観が美しかった。

これからの東京への移動に備えて ワッフルのお店で小腹を養い バスで駅へ向かった。

今日の〆は 浅草のスカイツリー。
めいっぱい横浜で過ごしたから チケットカウンターへ向かう途中に目につくお店での
ショッピングは 明日の朝 改めてゆっくりすることにして まずは展望デッキへ。

日中は入場制限があるほどの人出でも このくらいの時間帯はゆっくり観られる。
パノラマで見下ろす東京の夜景や 灯りをともして隅田川に浮かぶ船がきれいだ。
準備されている小物を持ったり付けたりして記念写真を撮ってもらった。

最上階の回廊を時間をかけて廻ると もう閉館の時間が迫ってきた。

心地よい春の夜を感じながら 外付けのエスカレーターで地上へ降り 残り少ない
時間で夕食をとった。
こういう時 サッと注文できてサッと出てくるラーメンは便利だ。
私たち四人が最後の客だったが 食べるものがラーメンだから 時間がかからず。
大盛りでチャーシューいっぱいのラーメンを食べた中学生も満足満足。

さすがに時刻は十時になっている タクシーでホテルへ向かう。
この日と翌日の旅程を考えてホテルを決めたから タワーからホテルは遠くない。

ホテルへは予め荷物を送り チェックインは十時になると連絡してあった。
カウンターで 多少の追い金で部屋をグレードアップするがどうか と言われて
それなら と アップした部屋は 二室ともが最上階の広い角部屋だった。

嫁と中学生の息子 私と高校生の孫 が 組みになって分かれてそれぞれの部屋へ。

私たちの部屋は デラックスツインでさすがに広く明るい。
それぞれのベッドもセミダブル 寝具もとても着心地のいい肌触りのいいものだった。
嫁が入った部屋はもっと広くて 間に合わせに拵えるのではない セミダブルベッドが
もともと三台設えられた大きな部屋だった。

一日中遊び歩いて疲れた体を休ませるには アップグレートしてよかった。
嫁も孫たちも喜んでくれたし 快適に眠れた。




私は私で 手術の後ダラダラしていて会えなかったし 彼女は彼女で 花粉症の症状が
激しく出て 家を出られないでいて I さんと2ヶ月くらい逢っていなかった。

花粉症の強い症状が出なくなった という I さんと 今日 ランチをすることになった。

そのお店の側を長年通っていたのに これまで入ったことのない和食のお店へ
連れて行ってもらった。

そのお店は 出される料理はすべて素材から手をかけて作っているのだそうで なるほど
小鉢に至るまで どれも既製品では出ない味付けだった。
それなのに 量も多いしその割に値段も抑えてあった。

知る人は知るお店らしく 一番乗りして駐車場へ入った途端 競うように何台もの車が
同時に入ってきた。

中では お茶と食後のコーヒーが セルフでどうぞ と別テーブルに準備してあった。
コーヒーは意外に美味しくて 二人とも ちょっと驚きだった。

食後しばらく話していてから 彼女が 今日は 私を神社へ連れて行ってくれる という。

その神社は 川の直ぐそばにあって とても気持ちがいい気がするから 一度一緒に
来たかった と言ってくれた。

神社は かなり車を走らせる距離にあったが 彼女が言う通り 車を降りた途端に
見える光景が良かったし それだけでなく 青く深い流れが緩やかにカーブして
神社の直ぐそばまできていて 昔は上流から舟で横付けしたのだろう と想像させた。

千三百年の暦を持つ神社は 堂々とした楼門や拝殿 本殿がある立派な社で 白山の流れ
を汲み かつ農業や養蚕の神をもお祀りしてあった。

本殿は 修理の真っ最中で 組み上げてある足場までが 木の丸太だった
のには 驚いた。

境内は 気の流れが実に清々しく感じられ それがとても心地よい。

御朱印をいただけないか 社務所で聞くと ありますよ と気軽に言われた。
その様子に 多分印刷済みの物に今日の日付を書き込む簡便な御朱印を想像したが
なんと そう気軽に返事した若い女性は やおら机に向かい座って 硯らしきものの
蓋を開け 筆を使い始める気配がした。
そして 渡された御朱印は すべて手書きの立派なものだった。
それなのに 納める金額の低いこと!

こうした神社こそが神社と言える!と思える神社だ。

立地といい佇まいといい いただく御朱印といい なかなかこのように
非の打ちどころのない神社は滅多にない。

いい所へ連れて行ってもらえた。

これで 明日明後日の旅も 無事に終えられるだろう。


私が住んでいる市は 県庁所在地の市に隣接しているから 道路状況もよく通勤に
時間がかからなくて おまけに土地の価格も 隣市に比べると安い。
それに 数年の間に高速道路が通りインターチェンジができる。

そのような要因があるからか スーパーとドラッグストアが やたらと建つ。
特にドラッグストアは 先月また一軒建ったのを合わせると 七、八軒になった。
スーパーの中にある薬局も数えると 全部で十を越えるのではないか。

スーパーも五軒はある。
ホームセンターも三軒ある。

人口が三万人を切る小さな市に どうしてこんなに大型の店舗が建つのだろう。
隣接する市の 車なら直ぐ行ける場所にも ドラッグストアはたくさんあるし
スーパーは言うに及ばず もっと大きなモールだってあるのに。

それなのにこれだけドラッグストアやスーパーが建っても 飲食店は少ない。
小さな街で農家が多いから 外食産業では利益が上がらないのだろうか。

そういえばパチンコ屋も三軒ある。

とにかく やたらと大きなお店が建つから 個人商店はほとんど閉店してしまった。
家を建てて引っ越して来た頃には 個人が営むお店の商店街があった。
八百屋から菓子舗から肉屋 洋品店 化粧品店 米屋 おもちゃ屋 ありとあらゆる
業種の個人店が軒を連ねて それも同じ業種のお店が何軒もあって そのどれもが
活気にあふれていたものだ。

今では見る影もなく 崩れ落ちそうになっている姿が哀れだ。

その反対に こんなにもたくさんの大型の店舗が集まって来て
どうしようというのか 不思議になる。
人口は徐々に減少しているというのに……。

街の変容する様に 今建設中の高速道路がどのように拍車をかけるか……
便利さや安さが先行して 何か もっと大切なものを手放しているのでは……

大型の店舗が あまりにも次から次へと建つ様子に なぜかわからないが
気持ちが落ち着かない。





孫たちとの旅の大方は我が家へ嫁と上の孫が来て決めたし その前にホテルは確保して
あるから 後は 駅へ切符を買いに行くだけになっていた。

土日のうちに 嫁と一緒に駅まで行こう とも決めてあった。

それが 昨夜 ひょっとしてもっと安く行ける方法があるかもしれない とパッドで
いろいろ調べてみると 最直前ということもあって 新幹線とホテルを抱き合わせた
パックに とてもお値打ちなものを見つけた。

細かく計算して比べて見ても 断然安い。

直ぐ嫁に連絡を取り 行き帰りの新幹線の時刻やホテルを変更して もっと安いものに
したいんだけど それでもいいか と聞くと それでいい と返ってきた。

詳細も知りたかったし トロトロとパッドで調べるより電話で問い合わせた方が早い
と思い 早速受付の電話番号へかけた。

セットになっているホテルは ランクは少し下がるが 場所は私が予約したホテルに近い。
しかも 往復とも のぞみの指定席だ。

電話する前に試算した額と変わらない額が 電話の向こうから聞こえてくる。
計画よりずいぶん安い。
浮いた分を飲食に回せるし 安いに越したことはないから その時点で即決した。

決済はクレジットのみだったが 大手の旅行社だから間違いはないだろう。

そうして決めた後 押さえておいたホテルへ電話して 二室分をキャンセルした。

即決したパックは 日にちが直前だから すでにキャンセル料がかかる。
なんとしても 行かねば!

嫁 二人の孫 もちろん私も これからの数日を何事もなく過ごせますように!

以前から叔母が 私の手術が終わって体調が戻ったら 誕生日のお祝い食事会に行こうね
と 言ってくれていた。

どう?まだ戻らない?まだ行けそうにない? と 度々聞いてきたがずっと自信がなかった
から 延び延びになっていた。

ようやく最近 もともとある痛みは仕方がないものの 手術の影響での体調は戻った気が
するので 食事に行く日を今日に決めて 昼食を夫と私と叔母とで共にした。

叔母は 叔父が亡くなるまでは 時期になると時々二人で河豚を食べに行っていたが
亡くなってからは 一人で行く気にならず一度も行っていないから 河豚を食べたい
と言う。

私たちも嫌なわけがないから 叔母が行きつけのお店へ連れて行ってもらった。
河豚鍋コースに 河豚刺しと唐揚げ 焼き白子を それぞれ単品で注文しての豪華版だった。

胃のない叔母だから ゆっくりの食事がもっとゆっくりになり お腹がいっぱいになって
終了し お店を出たのが なんと四時近く。

その後 昨日から始まった全国うまいもの展に行きたい叔母と 気に入った物があれば買い
なさい と言われ お金を渡された私は デパートのそれぞれの売り場へ行った。

来週 長男宅の嫁と二人の孫を連れて一泊旅行に行く と話したので その旅に着て行く
新しい洋服が必要だろう と思ってくれての言葉とお金だった。

ちょうど季節が変わる時期で 婦人服売り場には気に入った品がバーゲン価格であったし
春物も定価だったが気に入った品があったので それを購入した。

そして私が買い終えた頃 上の階から降りて来た叔母を自宅へ送り 帰って来た。

今までの誕生日のお祝いでも 最高に豪華版の一日になった。
こんな日は滅多にない事で 自分が働いていた頃でさえなかった。

ありがたいこと と叔母に感謝しながらの一日だった。


昨日は 優しく降る雨の中 相変わらずの大学病院へ。

着いてみると 昨日の受診予約患者数千六十四人
表示されるパネルに気づいて以来の少ない数だった。

この数の多少は 予約時間が早い私にはあまり関係ないようだが 診察や処置を終えてから
が響く。
会計を待つ時間が違ってくる。
パネルに表示されている数が多いほど 当然待ち時間が長い。

病院側も どうしたら待ち時間を短くできるか そういう事に対処する専門家に依頼して
去年だったか 少し改善した。

受付カウンターとの間に もう一列 後ろにも二列増やし 見るとあちこちの壁際にも
一脚二脚とソファーを配置してある。
会計窓口そのものも一つ二つ増やしただけでなく 呼び出し番号の表示システムも変えた。
待ち番号を発券する機械も より単純で誰もがストレスなく受け取れるようになったし
会計する機械も 同じように使いやすくなり 且つ二台増えた。

これだけ改善されても 千四百人を超えると 二階から眺める景色の中 人は多い。
でも 立って会計を待つ人はほとんどいなくなったし 呼び出しの音声も途切れなく
聞こえるようになったから 確実に待ち時間は短縮されている。
入退院を扱う窓口も大きく改善され その受け付けにかかる時間も格段に違ってきた。

なにせ待っているのは皆病人だから 診察や処置以外の時間が短くなったのはありがたい。

昨日は 帰りに 内科のかかりつけ医へも寄って 診察と投薬を受けた。
朝 大学病院で測った 血圧の値よりはるかに高い数値が出て驚いたが これはトリガーの
せいだから仕方がない。
一時的に痛みが増すからだろう 医師にもそう言われた。

冷たい雨の中 相も変わらずの病院通いの一日だった。
嫌になるが 考えてどうにかなるものでもなし この生活を続けるよりない。

勤め先が春休みに入り 夫は今日から来月の八日まで在宅になった。
今日も雨だし ジャガイモは先日植えたようだから 当面ゆっくりできるみたいだ。

動きっぱなしの体を休めて 充電する期間にしてもらいたい。

雨が強く窓を打つ。

こんな日は 痛みもまた強い。


近所の同年代の女性六人で作っている会の食事会が 今日あった。

一昨年までは 食事会もして一泊旅行もする会だったが 私がもう限界で これ以上は
一緒の旅行は無理 と判断して 抜けたい と 去年の相談会の時に申し出た。

すると みんなも同じだから泊まりの旅は止してその代わりに年に何回か食事をしよう
という事に会の方向転換をし それからは食事を共にする会になった。

そして今年初めての食事会が 今日の昼間にあったわけだ。

メンバーの中に 美味しいお店をとてもよく知っている人が二人いて 今日行ったお店も
こんな所に!?とビックリするような場所にあった。

住まいは近所でも それぞれが滅多に会わないし当然ゆっくり話をする機会もないから
みんな この時とばかりに話す話す!

食事中のおしゃべりだけでは足らず 時間を気にせずに話せるお店へと 席を移動して
また話す 話す!
帰りは 皆が夕食の準備にかかる時間になってしまった。

家に帰り着いてしまえば 何をあんなに長い時間話していたのか覚えていないくらい
どうということのない他愛ない話題ばかりだったが 気心が知れている仲間内のこと
なので 話していても家に帰ってからも 気持ちが軽い。

秋の収穫が終わった後にもう一回食事を という事になって 解散になった。


今日は彼岸の入り

天気もいいし 本来ならお墓参りに行きたいものだが あいにく今日は自治会の総会だ。
夫は お昼前 自治会の人たちと迎えに来たバス乗って 会場の料理屋へ出かけて行った。
今頃は お酒が出て 宴会の真っ最中だろう。

今年は副会長の役が回ってきたが 来月からはフリーになる。
戸数の少ない自治会なので 役もすぐに回ってくる。
そのかわり 目立ったトラブルもなく地元とのしがらみがない気楽な自治会だ。

現在 自治会にとって目下の問題は 急速に進められている高速道路工事だ。
これから本線や料金所への昇り降りの道路建設が本格的になると 土ぼこりが困る。

そうでなくても もう今 花粉が土ぼこりと一緒になり それを風が舞あげ吹きつける
からだろう。洗濯竿を拭けば 必ず毎回 布巾がうっすらと土色になる。

橋脚の建設工事だけでもこうなのだから これからは外に洗濯物を干せない時期が
あるかもしれない。

こういう事があるたびに なぜもっと人家のない山間に建設しないのか 市から明確な
納得のいく返答のないまま なし崩し的に始まった工事を恨めしく思う。

加計問題や森友問題もそうだが 見えないところで大きな組織や力が働いている と
考えざるをえない。

まったく 腹立たしいことだ。


腹立たしい といえば 夫にも腹を立てている。

最近 夫は 自分の好物は自分で好みの味にして食べたいらしく 以前からそうやって
自分のためにだけ作っていたカレーに加えて モツ煮 を作り始めた。

当然のこと最初は私が作っていたが なんだ簡単じゃないか と思ったのだろう
自分で作る と言い出して作るようになった。
作るのはいいが カレーといいモツ煮といい煮込むから周囲に飛び散ってあとが大変だ。
でも それも仕方がないか と なにも文句を言わないできた。

ところが 多分自分で作ることに慣れてきたからだろう。
煮込む間に 畑へ出て 何かコチョコチョしたりするようになった。

私がいない昨日のことだ 鍋を これでもか というほど焦がして真っ黒けにしてしまった。

帰宅してみると 玄関の戸を開けるやいなや 味噌の焦げた物凄い臭いがした。
慌ててキッチンへ行ってみると 火は止めてあったが そのかわり 流し台には
焦げついたモツが 分厚く真っ黒にこびりついた鍋が……。

細かいことを言うようだが 家をリホームしてコンロを電気にした時に 鍋や薬缶は
すべて I H 用に買い替えなければならなかった。
それが それぞれ結構高かったのだ。
焦がした鍋も その時に買い替えたものだ。
鍋は 一度焦がすと焦げ癖がついてしまうのに……。

夫は ミスった と心の中では思っているのだろうが 負け惜しみが強いから
いまだに一言の断りも謝りもない。

こんなに焦げてしまった鍋は捨ててしまおう!と 腹立ち紛れに思ったものの
根が貧乏性だから 買った時の金額が頭をよぎり 昨日から今日にかけて
少しずつ焦げ付きを取り ようやくきれいにした。

きれいになった鍋を見た夫が 笑いながら オオ!元どおりになったなあ だと!!

それだけしか言う事がないのか!

せめて そこまでにした私の労苦をねぎらう言葉でもあれば こちらの気持ちも
多少は収まるものを!

彼岸の入りだというのに 生々しい思いで過ごす一日だ。




去年は 長男宅の嫁と孫たちと 日帰りでバス旅行したが 四月から上の孫が高校三年の
受験生になるから この春休みしかまとまって休めないし 下の子も 部活の中心学年
になり勉強にも力を入れるようになる というわけで 彼らと何か一緒にできるのは
この春休みしかない。

食べることが大好きな孫たちは 以前から 横浜の中華街へ行ってみたい 言っていた。
それで 春休み中に 横浜へ行こう となった。
すると 下の孫が どうせ行くのなら 東京へも行ってみたい と言い出した。
浅草がいい というので それなら一泊して横浜と東京へ行こう と決まった。

そう決まったのが昨夜のことだ。
ホワイトデーの手作りケーキを持って 部活と塾がないから と 嫁と三人で来た。
横浜行きの話をしていた最中に 遠慮がちに言い出した。

去年の日帰り旅の行き先も彼の希望だったが 上の孫は 今回もそれでいい というか
そうなった方が彼女も嬉しいから 浅草いいね となり 一泊しての東京行きが決まった。

決めたはいいが 問題は泊まる場所だ。
娘に伝えると マンションで泊まったら と言ってくれたが 4人が泊まるには客間が狭い。
居間のソフアーが大きいから それをベッドがわりにできなくもないが それだと安眠は
できないだろう。
それで 娘とは 当日東京で合流して会うことにした。
残念ながら娘の子は二人とも学校やら保育園やらで会えないから 幼い彼女たちは大好きな
従兄弟に会えなくて愚図るだろうが 仕方がない。

嫁や孫たちが帰った後 早く宿泊先を決めないと とネットで宿泊先を探してみた。直前だし
おまけに春休みだしで なかなか四人が一緒に泊まれるような 和室の空室がない。

やむなくダブルルームで検索してみると 浅草に一軒だけダブルで二室の空きを見つけた。
二日前までならキャンセル料がかからない とわかり とりあえず二室確保した。

あとは 孫たちに学校で学割をとらせて 往復の切符を買うだけだ。

だんだん旅が現実になっていく。

私は とにかく体調を整えることが第一になってきた。