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午後も遅く ようやく買い物に連れて行ってもらった。

帰宅すると ほどなく日が暮れてしまい 夫が どうしても違う色の花のがほしい と買って
来た牡丹も 植える場所を作っただけで 今日は植えることはできなかった。

夫が薄暗がりの中 植える場所の草を取り穴を掘っている間に 私は買って来たものを
冷蔵庫や納める場所に片付け 夕ご飯の準備。

帰宅が遅くなる予感がしたので 今夜は手巻き寿司にしよう とスーパーで それ用に
セットになっているものを買って来たから あとは簡単。

そうして 二人で夕ご飯の手巻き寿司を食べていると 電話が鳴った。

夫がでると なんと!名古屋市中区の消防署の救急隊からだというではないか!!

側で聞き耳を立てていると どうやら 次男が道路で突然倒れ 今 搬送する病院を
探している最中なのだ という。

よく家が分かったと思うが 携帯しているものの何かに記載されていたのだろう。

簡単に状況を伝えた上で 来てくれないか と言われたらしい。
たとえ来なくていいと言われなくても 行くに決まっている。

とりあえず 長男に連絡して 駅まで送ってくれるように頼んだ。
幸い 家に居て 直ぐに迎えに来る と言ってくれた。
夫はアタフタと準備をして 迎えに来てくれた長男に乗せてもらい 駅へ向かった。

夫は 今夜は帰らないつもりで出かけた。
次男の様子がどのようなのか 怪我は?意識は? 詳細がわからないからだ。

容態が分かったら知らせて と 車に乗る時に伝えたから 今夜のうちには連絡が
あるだろう。

次男は 今日は仕事が休みだったから 名古屋まで遊びに出かけていたに違いない。
救急隊からの連絡があの時間だったから 次男はお酒が入っていたのかもしれない。

気が気ではあるが とにかく夫からの連絡を待つより他にない。

怪我や容態が軽いことを ただ願っている。
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やっぱり 夫は早朝から畑だ。

案の定 お昼が過ぎたというのに まだ帰って来ない。

毎度毎度 休日はこんな状態だから お昼ご飯をどうするか 困ってしまう。
早くから作って待っていても冷めてしまうし……。

だから どうしても お湯さえ沸かしておけば 帰って来てシャワーを浴びているうちに
湯がけるから 麺類が多くなってしまう。

今日のお昼も 手延べうどん。
おつゆを出汁から取って準備した。
鍋の中では一度沸騰したお湯が 保温状態のコンロの上に。

まだ帰って来ないよ〜〜!

世の中はゴールデンウイーク そして今日は前半の連休最後の日 だというのに
我が夫は 時を得たり! とばかりに 朝から晩まで畑!畑!畑!

それで 私は といえば これだけ晴れていてもなぜか腰痛がひどいこともあって
半分ふて寝を決めこんで この連休を過ごしている。

悲しい!!

でも後半の連休には 東京から娘家族が帰省 次男も帰って来る それに備えて
今のうちに休めておく必要があるから仕方がない……。

こういう時 せめて医師から車の運転の許可が下りていたなら 一人ででも行きたい
所へ行けるのに……と つくづく思う。

今日も夫は畑行きに決まっている。
食料品を買いにスーパーへだって行きたいのに。

今日 夫は 退職前 同じ役職に就いていた人たちの集まりに出かけて行った。
新しいネクタイを締めて。

出席者のうち最長老は 九十三歳の方だったらしいが 高齢を理由に 来年度からは
欠席すると言われたそうだ。

そんな歳まで会に出て来られるなんて 心身ともに健やかでないと無理だ。
多少老化で体のあちこちに不具合が生じるのは誰でもで 仕方がない。
服薬しながらでも通院しながらでも 会に出ようという意欲があるのは素晴らしい。

果たして夫はどうだろう。

この正月 もういつ彼岸へ行ってもいい と思ったせいか もしそれが現実になったら
と 春になって しきりに考えるようになった。

そうなったら 夫が残る。
近々 そのような事態になったら 夫はどうするだろう。
多分 まだ数年は 今の勤めは続けるだろう その方が気が紛れるし 幼児たちの言動に
癒してももらえる。

そういう思いもあって 夫は勤め先で着たり履いたりするものを 長年新調していないから
この際 心残りのないようにと 買い替えた。
もちろん 夫には 私の思いは伝えずに。

まず買ったのは ネクタイ。
今まででも百本はあるが 経年で夫の好みや考え方が違ってきたりして 最近は なかなか
これがいい と思えるネクタイがないらしかった。

歳も歳だから 行き先や場に合ったスーツさえ着ていれば ネクタイはその中から
選べばいいようなものだが 今日のように一年に一度の会では 必ず記念写真を撮るし
勤め先でも 卒園アルバム用の職員写真もある。

またその他に入園式 卒園式 発表会 などなど父兄の前に立つ機会も多く 兄弟で通園
する子たちもあるから 父兄が撮る年度違いの写真に アラ同じネクタイ!となっても
体裁が悪い。

再就職してから もう十二年 そろそろ夫が気に入ったネクタイとスーツの組み合わせが
なくなってきた様子だったことも察していたから この際 と思って八本新調した。
どのような場所に締めて行っても恥ずかしくないように ブランド物を 思い切って買った。

そして靴下も。

あとは 自分のが先になってしまったが 勤めで履く上靴と運動靴。
それに 運動着
長袖 半袖それぞれを四枚ずつに その上に着る上着を二枚 ズボンを三本。

これだけ揃えると かなりの出費になったが 私がいなくなっての夫一人での買い物は
不安だし 万が一私がどうかなっても これだけ準備しておけば 夫も困らないだろう。

夫のことは ひとまず これでいいとして 問題は私の今ある物の整理だ。

まずは衣類の整理だろう。

動ける時に 少しずつ片付けていくつもり。


一昨日 勤めから帰宅した夫が ニヤニヤしながら

おい 今日ラブレターもらったア〜

と バッグから封筒を出して 私に見せた。

封筒から取り出してみると 大きな赤い文字で


⭕️ーーー⭕️ーーーせーーーんーーーせーーーいーーー
だーーーいーーーすーーーきーーーでーーーすーーー
⭕️ーーー⭕️ーーーせーーーんーーーせーーーいーーー
❌ーーー❌ーーー

と 文字と文字の間を なぜかーーーで結んで長くあけて 用紙いっぱいに
書かれていた。
⭕️には夫の姓が❌には自分の名前があった。
他の文字もーーーも すべてが赤い鉛筆で書かれていた。

朝 登園して来た時から手に持っていて 渡してくれたのだそうだ。

夫が再就職してから もう十二年になる。
以来 園児から 何通もラブレターをもらっている。
そのどれもが大切な宝物だから 夫はしっかり保存している。

この春 新学期の小さい組さんは 泣く子はだれもいないらしい。
こんな年も滅多にない と夫は言う。

少人数の上 サブの先生までいるから 園児への目は行きとどくし
ほとんどの子が もっと小さい頃から母親と園へ来て馴れているから
園の雰囲気に飲み込まれないせいだろうか。

泣く子がいると朝から手こずるが 今年は楽だ と夫が言っている。

でも 不謹慎でも 私は そんな子の様子を聞くのも楽しいから
この春は ちょっと物足りない思いでいたところだった。

そこに このラブレター💌
しかも このような独特の書き方をいつ覚えたのだろう という書き方のものだ。

夫と二人 けっして侮ってではなく笑いながら 幼い我が子が真剣に書く側で
見守っていたに違いない親の気持ちを想ったり 渡してくれた子の気持ちを
想ったりして その晩は ベッドに入るまで ずっとホッコリしていた。

❌❌ちゃん お手紙ありがとうね。
でもね ⭕️⭕️先生は もうずいぶん前から奥さんがいるのよ。

だから ほかの男の子を見つけてね。
きっとステキな子が いっぱいいると想うよ。

⭕️⭕️先生の奥さんより

学校の新学期が始まったせいとしか考えられない と受付の人が 悲鳴をあげているが
私が通っている整形外科の待ち合いは 診察を待つ人の数が このところものすごい。

通常なら待ち合いのソファはスキスキなのに隙間なく 受け付けの前の高い椅子まで埋まり
まだ立っている人が数人はいる。

二週前の月曜日にかかった時 すごい患者さんの数ねえ と受け付けで言うと
そうなのよオ〜 来てくださるのはありがたいんだけど おかげで帰るのが遅くなってねえ
家に着くと九時近くになっていて 慌ててご飯を食べてお風呂に入ったらもう寝る時間よ
と 苦笑いしながら答えてくれた。

やっぱり昨日も たくさんの大人や子供で待ち合いはいっぱいだった。
その反動なのか リハビリの患者は逆に少なくて 受け付けを済ませると ほどなく呼ばれ
待たなくてもいいから助かる。

内科は 先日かかった夫に言わせると そうでもないらしいから これは整形外科だけの
現象なのだろうか。



叔母は 目を患って 一時間おきに目薬をさすことがずっと続いている。

今月の初めに 白内障の自覚を感じた叔母は 一人暮らしだから もし手術するとなれば
日帰りでは心許ない 大きな病院でなら一泊の泊まりで手術してもらえるだろう と
期待して その病院の眼科にかかった。

検査や診察をしてもらって投薬してもらい その日は帰宅した。
ところが 支持された通り処方された目薬をさしたはいいが 片目に激痛が発生して
当然 視力も低下してしまった。

翌日の朝 慌てて病院へ行き前日とは違う医師の診察を仰ぐと 角膜に傷がついている
と言われた。

急にそのような状態になるはずはない 前日にも傷は角膜についていたはずだから
医師がいいかげんに診察した結果のこと としか考えられない。
あるいは 検査の途中で 何らかの理由で傷ついたか……。

その日に受診した医師にまた新たな目薬が処方されたので それを支持されたように
さしたが やはり激痛は治らなかった。あまりの痛さに我慢がならず 途中で電話して
また翌日受診したりしたらしい。
そして改めて新たな目薬を処方されたものの 医師もおかしい と思われたのだろう。
大学病院から角膜の専門医に来てもらって診察してもらえるよう手配してくださった。

初日の検査や診察をされる前には 白内障かとは思えたが 痛みそれも激痛などなかったし
見えないこともなかったのだから 絶対病院で何かが起こったとしか素人には考えられない。

指定された角膜専門医が来院する という日に 叔母は また病院へ 行った。
診てもらったところ 傷に菌が付いていて それまでさしていた目薬ではその菌が
死んでいないことが分かった。
結果 今まで処方された既成の目薬でなく 菌が死ぬような目薬をその場で医師が処方
し 院内で作った目薬を 一時間おきにさすことになった。
それが先週のこと。

その日以後新たな目薬をさしてはいるが 診察を受けても未だに菌は死んでいない。
今日も叔母から 痛い 見えない と電話があった。

そんなわけで 叔母は 今月の初めからずっと気の毒な状態でいる。

一人暮らしだし目が見えないから キッチンに立つのもままならず ましてやガス
コンロに火を点けるのも 万が一を想うと危ういから ガスも使えない。

幸い 長いお付き合いがあるので ご近所数軒からしてくださる毎日の差し入れや
病院の帰りに簡単なものを買って来たりして それで暮らしている。
もちろん私も なんやかやと作って 勤めに出る夫に持って行ってもらっている。

一時間おきに数種類の異なる目薬をさす なんて 自分のことにして考えてみても
夜間に熟睡はできないし 日中も目薬をさすだけに追われて何もできないのだ。
しかも痛みを堪えながらのことだ。

本当に 運が悪かった では済まない状態だ。

医師にも 気長に治しましょう と言われているらしい。
気長に ということは 完治するまでには長くかかる ということだ。

まさか 病院にかかってこのようなことになるとは……

夜中……一時間おきに独りで起きては 冷蔵庫から幾種類かの目薬を出して
さし また一時間おいては異なる薬をさし……。
痛みのある見えない目で 独りそのようにしている叔母の姿を想像すると
切なくなってしまう。

最初に診察した医師のミスだとしか思えなくて 私まで悔しい。





こんなことは滅多にないが 昨日の女子会に続いて 今日も書道教室の先生と仲間との
食事会だった。

今日の食事会自体も昨日の女子会以上に滅多にないことで 滅多にないことが
偶然重なって連日になったわけだが 今日も楽しかった。

今日の食事の費用は 毎月細々と皆で積立しているお金から出すから
個人個人では 今日はお金は使っていない。
積み立て金からだから少し高くても大丈夫 みんながそう思って 場所と金額は
すべて先生にお任せの形だった。

会食場所の候補を何ヶ所か上げてくださった。しかし 格式があったり歴史があったり
するお店もいいが そういうところで供される料理は 案外決まりきっていて
最初に出てくるものは何 次は何 と初めからわかるから 面白みと期待感がない
という先生の意見で みんな一度は行ったことがあっても 月ごとに内容が変わって
料理が出されるお店に決まった。

先生の車に皆が同乗して行ったが あいにく今日は朝からの雨
でも天気ばかりは どうしようもない。

料理店の窓を雨粒がたたく中 語らいながら簡単なコース料理をいただいた。
先生は 家庭でもちょっとアレンジすれば料理できるような内容なのがいい
それがこのお店の魅力だわ とおっしゃる。

私たちのグループ以外の客は コース料理を次々に消化しては お店を出て行ったが
私たちは 一番早くお店に入ったにもかかわらず 気づけば一番最後まで残っていた。
お店側も急かしもせず 全員が食べ終わる頃合いをみては 次のお皿を運んで来るから
自然にペースが遅くなり 最後のデザートを皆が食べ終えると 店内には私たちだけに。
それに気づいて 慌ててお店を出た。

お店を出ても まだそのまま帰る気になれず 皆の帰り道にある喫茶店へ行くことに。
てんでにコーヒーやキャラメルラテなどを注文して 飲みながらまた話す 聞く
そしてまた話すの繰り返し。

この快適さ楽しさは 絶対 男性には理解できないだろうと思うが
話し聞き 話し聞き をする事で 女性は心の平安を保っている と言ってもいい。
だから たまたまでもいいから こうして食事をしたりお茶をしたりしながら
話す機会を持つことが 女性には大切なのだろう と改めて思った。

実際 昨日と今日で 私の心のお腹は空っぽになって 清々しくさえ感じている。

今日は 友人の I さんのお誘いで 親しい女子四人が集まって お茶とランチを挟みながらの
女子会に参加できた。

車に乗れない私は どこへ出かけるにも他人頼りだから いつも気がひけるが それでも
それを分かっていてのお誘いは 本当にありがたい。
なぜって 必ず自宅まで迎えに来てもらわねばならないからだ。

今日もそうだった。
I さんに迎えに来てもらい連れ帰ってもらった。

四人のうちの一人は私より三つほど年齢が上 二人が九才下というメンバーだが
年は離れていても なぜか気が合う人たちだ。

その証拠に コヒーモーニング ランチ コーヒー で 午前中から午後の四時までを
同じ店の同じ席でねばり 飲み食べ話し聞き を 飽くことなく繰り返した。

帰って来て一緒に過ごした時間を振り返ると 話の中に 生きる上であるいは考える上で
ヘエ〜とか そうだなあとか なるほどとか 共感できることが多い。
それは それぞれの方向へ伸びていても育った土壌が違っても 種が同じだからだろう。
基にあるものが同じだからこそ 気持ちも寄り添えるし共感もできる。

年齢を重ねる毎に こういう環境が心地よくなった。
だから 交際範囲は ここ十年もそれ以前からも広がっていない。
若い頃は誰でもが 誰からでもどこからでも何かを吸収しようとする意欲も情熱も強い。
しかしこの年齢になると 友人と呼ぶ人は多くいらないが そのかわり深くおつきあいしたい
という方向へ向く人と 深くは望まないから友達は多くほしい人とに分かれる。

でも 若い頃から深く交流していないと いきなりは深いおつきあいはできないから
今日の集まりは その点珍しいかもしれない。
なぜなら 知り合ったのはここ数年のこと という方もあるからだ。
お付き合いが浅いのにもかかわらず 今日のように楽しくそれも長時間
時の経つのを忘れるほど話せるというのは よほど互いに気を許せるいうことだ。

この歳になって このような交際ができることを 嬉しく幸せに思う。
こんな素敵なお付き合いができる機会を与えてくださった I さんに感謝だ。

今日も幸せな一日だった。

早朝から夜まで 一昨日あれほど動いた夫だが 昨日は昨日で 朝から自治会の溝掃除に出
それが済むと直ぐに 近所のご主人と 以前から誘われていた山菜採りに出かけて行った。

それも近くの山ではなく 白川村まで出かけて行った。
行き先を知らなかった夫は 連れて行ってもらった先が白川だったから驚いた と
どこまで行って来たの? と聞く私に笑いながら答えたから 私もビックリ。

私たちが村にお世話になっていた三年間は 山菜は地元の方が下さったし タラの芽などは
数分歩けばタラの林があって わざわざ山の中まで行かなくても採れたから 山へは
一度も入ったことがなかった。

それが 夫が山菜採りが好きだと知って 今回連れて行ってくださったご主人は
やはり採ることが好きで 毎年あちこちの山へ出かけてみえるらしい。

まさか そんな遠いところまで行く とは思わなかった。

同行は四人で 途中から参加した一人の方の車に同乗して出かけたらしい。

最近は日長になったものの 暗くなる前には帰って来てほしいと思っていたら 夕暮れ寸前に
無事帰って来た。
背負って行ったリュックをパンパンにしての帰宅だった。

タラの芽 コゴミ コシアブラ ワサビなど 春の遅い土地でも 今年の芽出しは早いらしく
どれもちょうど出たばかりのものだった。

夫は ヤッパリ天ぷらがいい と言うので 今回はリビングでお座敷天ぷらをすることに。
これだと私が立っていなくてもいいし 従って油に酔うこともない。
幸い昨日は 夜になっても日中の温かさが残っていたので 二箇所の掃き出し窓も
網戸にし 換気扇も回して 換気には十分気をつけた。

そのおかげで 今回は油酔いすることもなく揚げ 美味しくいただけた。
山菜の美味しさは 天ぷらが一番味わえる。

夕食後夫は また今日からの勤めに備えて 早く入浴しベッドへ。

私は そうはいかない。
天ぷらの材料にしたのは 採ってきたうちのほんの少しだったから 大量に
残っている山菜それぞれを 塩茹でするものは塩茹でし サッとお湯でゆがいて
冷凍保存する分はそのように。
また 生のまま湿らせたキッチンペーパーと新聞紙にくるむのもはそのように と
下処理をして片付けた。

採って来てくれるのはいいが その後の処理は面倒だ。
でも文句は言えないし それで夫が気分転換できるのであれば 仕方がない。

夫はこの春 筍掘りは二回 山菜採りは一人でと昨日とで数回行った。
ほかに他家からも数回 筍も山菜もいただいたから もう春は十分お腹に入った。

全部の山菜の後始末をした後 日中 友人からいただいた茹で筍を炊き込みご飯に
するべく いつもの倍の容量のお米を研ぎ タイマーをかけた。

朝 勤めに出かける夫に 他に準備しておいた物と一緒に 長男宅と叔母へと
おすそ分けに持って行ってもらう。

これで 筍ご飯はこの春最後になるだろう。