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午後も遅く ようやく買い物に連れて行ってもらった。

帰宅すると ほどなく日が暮れてしまい 夫が どうしても違う色の花のがほしい と買って
来た牡丹も 植える場所を作っただけで 今日は植えることはできなかった。

夫が薄暗がりの中 植える場所の草を取り穴を掘っている間に 私は買って来たものを
冷蔵庫や納める場所に片付け 夕ご飯の準備。

帰宅が遅くなる予感がしたので 今夜は手巻き寿司にしよう とスーパーで それ用に
セットになっているものを買って来たから あとは簡単。

そうして 二人で夕ご飯の手巻き寿司を食べていると 電話が鳴った。

夫がでると なんと!名古屋市中区の消防署の救急隊からだというではないか!!

側で聞き耳を立てていると どうやら 次男が道路で突然倒れ 今 搬送する病院を
探している最中なのだ という。

よく家が分かったと思うが 携帯しているものの何かに記載されていたのだろう。

簡単に状況を伝えた上で 来てくれないか と言われたらしい。
たとえ来なくていいと言われなくても 行くに決まっている。

とりあえず 長男に連絡して 駅まで送ってくれるように頼んだ。
幸い 家に居て 直ぐに迎えに来る と言ってくれた。
夫はアタフタと準備をして 迎えに来てくれた長男に乗せてもらい 駅へ向かった。

夫は 今夜は帰らないつもりで出かけた。
次男の様子がどのようなのか 怪我は?意識は? 詳細がわからないからだ。

容態が分かったら知らせて と 車に乗る時に伝えたから 今夜のうちには連絡が
あるだろう。

次男は 今日は仕事が休みだったから 名古屋まで遊びに出かけていたに違いない。
救急隊からの連絡があの時間だったから 次男はお酒が入っていたのかもしれない。

気が気ではあるが とにかく夫からの連絡を待つより他にない。

怪我や容態が軽いことを ただ願っている。
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やっぱり 夫は早朝から畑だ。

案の定 お昼が過ぎたというのに まだ帰って来ない。

毎度毎度 休日はこんな状態だから お昼ご飯をどうするか 困ってしまう。
早くから作って待っていても冷めてしまうし……。

だから どうしても お湯さえ沸かしておけば 帰って来てシャワーを浴びているうちに
湯がけるから 麺類が多くなってしまう。

今日のお昼も 手延べうどん。
おつゆを出汁から取って準備した。
鍋の中では一度沸騰したお湯が 保温状態のコンロの上に。

まだ帰って来ないよ〜〜!

世の中はゴールデンウイーク そして今日は前半の連休最後の日 だというのに
我が夫は 時を得たり! とばかりに 朝から晩まで畑!畑!畑!

それで 私は といえば これだけ晴れていてもなぜか腰痛がひどいこともあって
半分ふて寝を決めこんで この連休を過ごしている。

悲しい!!

でも後半の連休には 東京から娘家族が帰省 次男も帰って来る それに備えて
今のうちに休めておく必要があるから仕方がない……。

こういう時 せめて医師から車の運転の許可が下りていたなら 一人ででも行きたい
所へ行けるのに……と つくづく思う。

今日も夫は畑行きに決まっている。
食料品を買いにスーパーへだって行きたいのに。

今日 夫は 退職前 同じ役職に就いていた人たちの集まりに出かけて行った。
新しいネクタイを締めて。

出席者のうち最長老は 九十三歳の方だったらしいが 高齢を理由に 来年度からは
欠席すると言われたそうだ。

そんな歳まで会に出て来られるなんて 心身ともに健やかでないと無理だ。
多少老化で体のあちこちに不具合が生じるのは誰でもで 仕方がない。
服薬しながらでも通院しながらでも 会に出ようという意欲があるのは素晴らしい。

果たして夫はどうだろう。

この正月 もういつ彼岸へ行ってもいい と思ったせいか もしそれが現実になったら
と 春になって しきりに考えるようになった。

そうなったら 夫が残る。
近々 そのような事態になったら 夫はどうするだろう。
多分 まだ数年は 今の勤めは続けるだろう その方が気が紛れるし 幼児たちの言動に
癒してももらえる。

そういう思いもあって 夫は勤め先で着たり履いたりするものを 長年新調していないから
この際 心残りのないようにと 買い替えた。
もちろん 夫には 私の思いは伝えずに。

まず買ったのは ネクタイ。
今まででも百本はあるが 経年で夫の好みや考え方が違ってきたりして 最近は なかなか
これがいい と思えるネクタイがないらしかった。

歳も歳だから 行き先や場に合ったスーツさえ着ていれば ネクタイはその中から
選べばいいようなものだが 今日のように一年に一度の会では 必ず記念写真を撮るし
勤め先でも 卒園アルバム用の職員写真もある。

またその他に入園式 卒園式 発表会 などなど父兄の前に立つ機会も多く 兄弟で通園
する子たちもあるから 父兄が撮る年度違いの写真に アラ同じネクタイ!となっても
体裁が悪い。

再就職してから もう十二年 そろそろ夫が気に入ったネクタイとスーツの組み合わせが
なくなってきた様子だったことも察していたから この際 と思って八本新調した。
どのような場所に締めて行っても恥ずかしくないように ブランド物を 思い切って買った。

そして靴下も。

あとは 自分のが先になってしまったが 勤めで履く上靴と運動靴。
それに 運動着
長袖 半袖それぞれを四枚ずつに その上に着る上着を二枚 ズボンを三本。

これだけ揃えると かなりの出費になったが 私がいなくなっての夫一人での買い物は
不安だし 万が一私がどうかなっても これだけ準備しておけば 夫も困らないだろう。

夫のことは ひとまず これでいいとして 問題は私の今ある物の整理だ。

まずは衣類の整理だろう。

動ける時に 少しずつ片付けていくつもり。


一昨日 勤めから帰宅した夫が ニヤニヤしながら

おい 今日ラブレターもらったア〜

と バッグから封筒を出して 私に見せた。

封筒から取り出してみると 大きな赤い文字で


⭕️ーーー⭕️ーーーせーーーんーーーせーーーいーーー
だーーーいーーーすーーーきーーーでーーーすーーー
⭕️ーーー⭕️ーーーせーーーんーーーせーーーいーーー
❌ーーー❌ーーー

と 文字と文字の間を なぜかーーーで結んで長くあけて 用紙いっぱいに
書かれていた。
⭕️には夫の姓が❌には自分の名前があった。
他の文字もーーーも すべてが赤い鉛筆で書かれていた。

朝 登園して来た時から手に持っていて 渡してくれたのだそうだ。

夫が再就職してから もう十二年になる。
以来 園児から 何通もラブレターをもらっている。
そのどれもが大切な宝物だから 夫はしっかり保存している。

この春 新学期の小さい組さんは 泣く子はだれもいないらしい。
こんな年も滅多にない と夫は言う。

少人数の上 サブの先生までいるから 園児への目は行きとどくし
ほとんどの子が もっと小さい頃から母親と園へ来て馴れているから
園の雰囲気に飲み込まれないせいだろうか。

泣く子がいると朝から手こずるが 今年は楽だ と夫が言っている。

でも 不謹慎でも 私は そんな子の様子を聞くのも楽しいから
この春は ちょっと物足りない思いでいたところだった。

そこに このラブレター💌
しかも このような独特の書き方をいつ覚えたのだろう という書き方のものだ。

夫と二人 けっして侮ってではなく笑いながら 幼い我が子が真剣に書く側で
見守っていたに違いない親の気持ちを想ったり 渡してくれた子の気持ちを
想ったりして その晩は ベッドに入るまで ずっとホッコリしていた。

❌❌ちゃん お手紙ありがとうね。
でもね ⭕️⭕️先生は もうずいぶん前から奥さんがいるのよ。

だから ほかの男の子を見つけてね。
きっとステキな子が いっぱいいると想うよ。

⭕️⭕️先生の奥さんより

学校の新学期が始まったせいとしか考えられない と受付の人が 悲鳴をあげているが
私が通っている整形外科の待ち合いは 診察を待つ人の数が このところものすごい。

通常なら待ち合いのソファはスキスキなのに隙間なく 受け付けの前の高い椅子まで埋まり
まだ立っている人が数人はいる。

二週前の月曜日にかかった時 すごい患者さんの数ねえ と受け付けで言うと
そうなのよオ〜 来てくださるのはありがたいんだけど おかげで帰るのが遅くなってねえ
家に着くと九時近くになっていて 慌ててご飯を食べてお風呂に入ったらもう寝る時間よ
と 苦笑いしながら答えてくれた。

やっぱり昨日も たくさんの大人や子供で待ち合いはいっぱいだった。
その反動なのか リハビリの患者は逆に少なくて 受け付けを済ませると ほどなく呼ばれ
待たなくてもいいから助かる。

内科は 先日かかった夫に言わせると そうでもないらしいから これは整形外科だけの
現象なのだろうか。



叔母は 目を患って 一時間おきに目薬をさすことがずっと続いている。

今月の初めに 白内障の自覚を感じた叔母は 一人暮らしだから もし手術するとなれば
日帰りでは心許ない 大きな病院でなら一泊の泊まりで手術してもらえるだろう と
期待して その病院の眼科にかかった。

検査や診察をしてもらって投薬してもらい その日は帰宅した。
ところが 支持された通り処方された目薬をさしたはいいが 片目に激痛が発生して
当然 視力も低下してしまった。

翌日の朝 慌てて病院へ行き前日とは違う医師の診察を仰ぐと 角膜に傷がついている
と言われた。

急にそのような状態になるはずはない 前日にも傷は角膜についていたはずだから
医師がいいかげんに診察した結果のこと としか考えられない。
あるいは 検査の途中で 何らかの理由で傷ついたか……。

その日に受診した医師にまた新たな目薬が処方されたので それを支持されたように
さしたが やはり激痛は治らなかった。あまりの痛さに我慢がならず 途中で電話して
また翌日受診したりしたらしい。
そして改めて新たな目薬を処方されたものの 医師もおかしい と思われたのだろう。
大学病院から角膜の専門医に来てもらって診察してもらえるよう手配してくださった。

初日の検査や診察をされる前には 白内障かとは思えたが 痛みそれも激痛などなかったし
見えないこともなかったのだから 絶対病院で何かが起こったとしか素人には考えられない。

指定された角膜専門医が来院する という日に 叔母は また病院へ 行った。
診てもらったところ 傷に菌が付いていて それまでさしていた目薬ではその菌が
死んでいないことが分かった。
結果 今まで処方された既成の目薬でなく 菌が死ぬような目薬をその場で医師が処方
し 院内で作った目薬を 一時間おきにさすことになった。
それが先週のこと。

その日以後新たな目薬をさしてはいるが 診察を受けても未だに菌は死んでいない。
今日も叔母から 痛い 見えない と電話があった。

そんなわけで 叔母は 今月の初めからずっと気の毒な状態でいる。

一人暮らしだし目が見えないから キッチンに立つのもままならず ましてやガス
コンロに火を点けるのも 万が一を想うと危ういから ガスも使えない。

幸い 長いお付き合いがあるので ご近所数軒からしてくださる毎日の差し入れや
病院の帰りに簡単なものを買って来たりして それで暮らしている。
もちろん私も なんやかやと作って 勤めに出る夫に持って行ってもらっている。

一時間おきに数種類の異なる目薬をさす なんて 自分のことにして考えてみても
夜間に熟睡はできないし 日中も目薬をさすだけに追われて何もできないのだ。
しかも痛みを堪えながらのことだ。

本当に 運が悪かった では済まない状態だ。

医師にも 気長に治しましょう と言われているらしい。
気長に ということは 完治するまでには長くかかる ということだ。

まさか 病院にかかってこのようなことになるとは……

夜中……一時間おきに独りで起きては 冷蔵庫から幾種類かの目薬を出して
さし また一時間おいては異なる薬をさし……。
痛みのある見えない目で 独りそのようにしている叔母の姿を想像すると
切なくなってしまう。

最初に診察した医師のミスだとしか思えなくて 私まで悔しい。





こんなことは滅多にないが 昨日の女子会に続いて 今日も書道教室の先生と仲間との
食事会だった。

今日の食事会自体も昨日の女子会以上に滅多にないことで 滅多にないことが
偶然重なって連日になったわけだが 今日も楽しかった。

今日の食事の費用は 毎月細々と皆で積立しているお金から出すから
個人個人では 今日はお金は使っていない。
積み立て金からだから少し高くても大丈夫 みんながそう思って 場所と金額は
すべて先生にお任せの形だった。

会食場所の候補を何ヶ所か上げてくださった。しかし 格式があったり歴史があったり
するお店もいいが そういうところで供される料理は 案外決まりきっていて
最初に出てくるものは何 次は何 と初めからわかるから 面白みと期待感がない
という先生の意見で みんな一度は行ったことがあっても 月ごとに内容が変わって
料理が出されるお店に決まった。

先生の車に皆が同乗して行ったが あいにく今日は朝からの雨
でも天気ばかりは どうしようもない。

料理店の窓を雨粒がたたく中 語らいながら簡単なコース料理をいただいた。
先生は 家庭でもちょっとアレンジすれば料理できるような内容なのがいい
それがこのお店の魅力だわ とおっしゃる。

私たちのグループ以外の客は コース料理を次々に消化しては お店を出て行ったが
私たちは 一番早くお店に入ったにもかかわらず 気づけば一番最後まで残っていた。
お店側も急かしもせず 全員が食べ終わる頃合いをみては 次のお皿を運んで来るから
自然にペースが遅くなり 最後のデザートを皆が食べ終えると 店内には私たちだけに。
それに気づいて 慌ててお店を出た。

お店を出ても まだそのまま帰る気になれず 皆の帰り道にある喫茶店へ行くことに。
てんでにコーヒーやキャラメルラテなどを注文して 飲みながらまた話す 聞く
そしてまた話すの繰り返し。

この快適さ楽しさは 絶対 男性には理解できないだろうと思うが
話し聞き 話し聞き をする事で 女性は心の平安を保っている と言ってもいい。
だから たまたまでもいいから こうして食事をしたりお茶をしたりしながら
話す機会を持つことが 女性には大切なのだろう と改めて思った。

実際 昨日と今日で 私の心のお腹は空っぽになって 清々しくさえ感じている。

今日は 友人の I さんのお誘いで 親しい女子四人が集まって お茶とランチを挟みながらの
女子会に参加できた。

車に乗れない私は どこへ出かけるにも他人頼りだから いつも気がひけるが それでも
それを分かっていてのお誘いは 本当にありがたい。
なぜって 必ず自宅まで迎えに来てもらわねばならないからだ。

今日もそうだった。
I さんに迎えに来てもらい連れ帰ってもらった。

四人のうちの一人は私より三つほど年齢が上 二人が九才下というメンバーだが
年は離れていても なぜか気が合う人たちだ。

その証拠に コヒーモーニング ランチ コーヒー で 午前中から午後の四時までを
同じ店の同じ席でねばり 飲み食べ話し聞き を 飽くことなく繰り返した。

帰って来て一緒に過ごした時間を振り返ると 話の中に 生きる上であるいは考える上で
ヘエ〜とか そうだなあとか なるほどとか 共感できることが多い。
それは それぞれの方向へ伸びていても育った土壌が違っても 種が同じだからだろう。
基にあるものが同じだからこそ 気持ちも寄り添えるし共感もできる。

年齢を重ねる毎に こういう環境が心地よくなった。
だから 交際範囲は ここ十年もそれ以前からも広がっていない。
若い頃は誰でもが 誰からでもどこからでも何かを吸収しようとする意欲も情熱も強い。
しかしこの年齢になると 友人と呼ぶ人は多くいらないが そのかわり深くおつきあいしたい
という方向へ向く人と 深くは望まないから友達は多くほしい人とに分かれる。

でも 若い頃から深く交流していないと いきなりは深いおつきあいはできないから
今日の集まりは その点珍しいかもしれない。
なぜなら 知り合ったのはここ数年のこと という方もあるからだ。
お付き合いが浅いのにもかかわらず 今日のように楽しくそれも長時間
時の経つのを忘れるほど話せるというのは よほど互いに気を許せるいうことだ。

この歳になって このような交際ができることを 嬉しく幸せに思う。
こんな素敵なお付き合いができる機会を与えてくださった I さんに感謝だ。

今日も幸せな一日だった。

早朝から夜まで 一昨日あれほど動いた夫だが 昨日は昨日で 朝から自治会の溝掃除に出
それが済むと直ぐに 近所のご主人と 以前から誘われていた山菜採りに出かけて行った。

それも近くの山ではなく 白川村まで出かけて行った。
行き先を知らなかった夫は 連れて行ってもらった先が白川だったから驚いた と
どこまで行って来たの? と聞く私に笑いながら答えたから 私もビックリ。

私たちが村にお世話になっていた三年間は 山菜は地元の方が下さったし タラの芽などは
数分歩けばタラの林があって わざわざ山の中まで行かなくても採れたから 山へは
一度も入ったことがなかった。

それが 夫が山菜採りが好きだと知って 今回連れて行ってくださったご主人は
やはり採ることが好きで 毎年あちこちの山へ出かけてみえるらしい。

まさか そんな遠いところまで行く とは思わなかった。

同行は四人で 途中から参加した一人の方の車に同乗して出かけたらしい。

最近は日長になったものの 暗くなる前には帰って来てほしいと思っていたら 夕暮れ寸前に
無事帰って来た。
背負って行ったリュックをパンパンにしての帰宅だった。

タラの芽 コゴミ コシアブラ ワサビなど 春の遅い土地でも 今年の芽出しは早いらしく
どれもちょうど出たばかりのものだった。

夫は ヤッパリ天ぷらがいい と言うので 今回はリビングでお座敷天ぷらをすることに。
これだと私が立っていなくてもいいし 従って油に酔うこともない。
幸い昨日は 夜になっても日中の温かさが残っていたので 二箇所の掃き出し窓も
網戸にし 換気扇も回して 換気には十分気をつけた。

そのおかげで 今回は油酔いすることもなく揚げ 美味しくいただけた。
山菜の美味しさは 天ぷらが一番味わえる。

夕食後夫は また今日からの勤めに備えて 早く入浴しベッドへ。

私は そうはいかない。
天ぷらの材料にしたのは 採ってきたうちのほんの少しだったから 大量に
残っている山菜それぞれを 塩茹でするものは塩茹でし サッとお湯でゆがいて
冷凍保存する分はそのように。
また 生のまま湿らせたキッチンペーパーと新聞紙にくるむのもはそのように と
下処理をして片付けた。

採って来てくれるのはいいが その後の処理は面倒だ。
でも文句は言えないし それで夫が気分転換できるのであれば 仕方がない。

夫はこの春 筍掘りは二回 山菜採りは一人でと昨日とで数回行った。
ほかに他家からも数回 筍も山菜もいただいたから もう春は十分お腹に入った。

全部の山菜の後始末をした後 日中 友人からいただいた茹で筍を炊き込みご飯に
するべく いつもの倍の容量のお米を研ぎ タイマーをかけた。

朝 勤めに出かける夫に 他に準備しておいた物と一緒に 長男宅と叔母へと
おすそ分けに持って行ってもらう。

これで 筍ご飯はこの春最後になるだろう。

昨日の夫は 早朝から大忙し。

夜が明けると筍掘りに出かけ 帰って来たら 翌日にある自治会の溝掃除に向けて
側溝側と隣地の草刈り。

その間にはベッドパッドやら掛布団やらを干したり 採ってきた筍を湯がいたり。

シャワーを浴びて昼食を済ませると ブログの題にあげた句ライブへと出かけて行った。
ようやくここで 助手席に座っての私が登場になる。

一月ほど前だったか新聞を読んでいた夫が テレビの番組に出ている有名な女性俳人が
あるセレモニーホール主催の句ライブに来る という記事を見つけた。

募集は百人 しかも知らなかっただけで かなり前から募集していたらしいから
今から申し込んでも参加は無理じゃないか と思いつつ 夫が ダメ元で電話すると
運良く夫婦での参加を受け付けてもらえたから驚いた そして喜んだ。

昨年 夫は 元の職場の退職者組織が発行している機関誌の 俳句コーナーへ投稿する人
を探す役だったが どなたもなくて 責任上やむなく即席で指導を受け 自分で捻り出し
た句を載せる という 苦い経験をした。

以来夫は 趣味にするでもないが俳句が身近になって 歳時記など買って読んでいた。
そして俳句を扱うテレビ番組も見るようになって 俳人の夏井いつき先生を知った。

その先生が隣市へいらっしゃるというので 夫は参加できるものなら と思ったのだ。
もちろん 去年 私も 夫と一緒になんとか様になる句を と頭を捻ったし テレビでの
辛口トークと出演者とのやりとりが面白い先生に じかにお会いできる機会なんて
めったにないから ライブを楽しみにしていた。

会場には ホールとの契約客と一般応募者のおよそ二百人が集まった。
元々はホールの契約者向けのイベントで 契約を期待しての参加者募集だったようだ。

テレビで見るより小柄な先生は あいかわらずの辛口トークで参加者を笑わせ
ひきつけながら 最後は 全員に即席で句を作らせ 目にとまった句と作者を紹介して
会が終わった。

参加者の中には長年俳句に携わっている人もあり わざわざ名古屋からやって来ている
グループもあって やはりそういう人の句は素人が見ても上手い。

夫の句も私のも当然ながら選ばれることはなかったが 先生のトークの面白さと画面には
映らないテレビ番組の裏話 俳句に対する思いや俳人としての話など 聴いているうちに
いつの間にか時間が経った。

私は この句ライブに参加しただけで満足したし 疲れもし腰も痛んだが 夫は違う。

帰宅した夫には まだ 湯がいた筍を娘の所へ送る仕事が残っていた。
娘に食べさせたくて 夜明けから起き出して採りに行った筍だからだ。

その間 私はというと ホールから頂いてきたたくさんの切り花を 幾つかの花瓶に生け
ホットプレートを出し 久しぶりにしようと決めてあったパエリアの下準備をした。

出来上がったパエリアを食べながら 夫は
アア〜 今日は収穫の多い日だったナア〜! と 心身ともに大満足の様子でニコニコ顔。
普段でも良く動くが それでもこんな言葉は滅多に聞けない。

朝から晩まで休みなく動きづめに動いて ようやく充足感が得られる夫!
あなた!あなたはヤッパリ 回遊人間だわ!

セクハラ セクシャルハラスメント という言葉が 今 マスコミを賑わしている。
この言葉が世の中に出てきたのは そんなに昔のことではない。

でも「セクハラ」行為そのものは 大昔から行われてきた。
そして 表に出ないセクハラの裏で 多くの 殊に女性が 隠れて泣いてきた。

そうした長い歴史があるからだろう。
老いも若きも男性は この問題に対して 実に鈍い。
こんなことしたくらいで こんなことを言うくらいで という 男性側の勝手な解釈と
男性の傲慢さがその歴史を支えてきた といっても過言ではないだろう。

実際 女性の多くは何らかの形でセクハラを受け 嫌な思いをしてきているのではないか。

事実 私も若い頃 職場の上司から嫌な行為をされて とてもショックだった経験がある。
私自身が若かったし純粋だったから うまくかわす などということはできるはずもなく
言葉だけとはいえ 未だに聖職扱いされる職場で繰り返されるまさかの事に 誰に相談する
こともできず悩んだ。
自分が幼い頃から望んで就いた職だっただけに こんなことが行われていたなんて と
仕事に対する情熱が失せていった苦い思い出がある。

その後も別の所でもっと酷いセクハラを受け 心身に影響が出て病院通いをした経験もある。

何度かこのような体験をすると 逆に 男性にそのような行為を誘発させてしまう何かが
自分にあるのではないか という思いに囚われるようになる。
そして 悪いのは自分ではないか という感情が大きくなってしまい そこから抜け出せない。

今回 女性記者が 録音しようと思いついたこと それを話しても正当な扱いをしてくれない上司
に失望しつつもそのままにしなかったこと 事実を他のマスコミに情報提供したこと など
それらの判断をするには 若い身のことだ さぞかし 恐れや身に起こるだろう将来への不安が
あったに違いない。

それでも彼女は行動を起こした。
よく頑張った と思う。

今回の女性記者だけでなく Mitoo という組織が立ち上げられて 世界中の女性が 自身の嫌な
体験とその相手を公表し出した。

先日もネットを見ていたら 有名モデルが 自身の屈辱的だった体験を公表していた。

こうして誰もが声をあげて セクハラの一つ一つが表に出てくれば 世の中は もっと女性が尊重
される社会 女性が暮らしやすい社会になるのではないか。

私の姪は この女性記者と同じように 他局で記者をしている。
以前に 姪の父親から彼女の仕事の仕方を聞いて内心で心配していたことが現実にあるのだ とも
今回の騒動でわかった。

まったく腹立たしいことだ。



今日 待ちに待っていた 夫にと買ったスニーカーが届いた。
二足買ったうちの一足。

照れ屋の夫だから大げさな喜びようはしなかったが 届いた後 梱包をとって確認した後
玄関に箱を置いておいたら 私が 靴が届いたよ と言う前に 自分のだと思ったのだろう
帰宅して玄関に入るや もう 自分で箱を開けて見ていた。

だからヤッパリ 新しい靴が欲しかったんだな と彼の気持ちを再確認した。
買ってよかった と つくづく思った。

ネットで靴を探しながら仕事で着るウエアーも見てみると 質のいいものが安価であった。
靴だけでなくウエアーも ここ数年新調していないことに気づいたから 靴と並行して探した。

パンツは 夫は腰周りの履き心地に結構こだわりがあるし 長さも難しいから 探したのは
もっぱら 職場用のスポーツシャツや その上に着るもの。
探すうちに これなら夫も着るだろうと思える物に行き当たった。

一枚は 前が全部ジッパーで開いて上に着られるもの それに 前が半分ジッパーで開く形の
シャツを二枚と 肌着のように着られるものを二枚の 五品を買った。

それらが今日 ヤッパリ届いた。
どの品にも 元値がしっかり印字してあるものが付いていたので これらのウエアーの値段
にも驚いていたが 私がオークションで買ったことを承知しているから こんなに買って とも
必要なかったのに とも言わなかった。

そりゃあそうだ。
誰だって 欲しいと思っても買えないことがわかっているから口に出さないだけで
できることならいいものが欲しいのは当たり前だ。

もともと本格的なスポーツウエアは値段が高いから 靴でもウエアでも いつも安いものばかり
を買って それをまた長く着たりして 夫は過ごしてきた。
三人の子供たちを育てるうちは 値段の高いものはなかなか買えなかったから。

でも今は そうしたカセがない。
それに これから何年勤められるだろう。
だったら 今 これくらいのものを着たって履いたって 誰も贅沢だなんて思わないよ。
これまで頑張ってきたんだもの。そしてまだ今も頑張ってるんだから。

これからの数年は 今日買ったものを着たり履いたりして 精々 職場で若々しくしててね。
そしたら 若い先生方に ワオ‼︎って言われるかもよ‼︎

多分明日にはもう一足が届くから それも職場へ持って行って履いてね〜。

昨日は 大学病院の受診日。

診察や点滴 トリガーの処置を終えて会計を済ませると いつものように少し院内で
休んだ。

元気な人なら 会計を終えたら直ぐに 間に合うバスに乗ろうと構内のバス待合へ
向かうのだろうが 痛む箇所へのトリガーは 痛みを堪えたり息を無意識に止めて
いたりするので しんどくて 処置を終えたらサッサと動けるという状態ではない。
だから いつも院内のコンビニで飲み物を買って 目立たない場所のソファに座り
体の調子を整えてから バスの待合へ向かうことにしている。

朝 病院へ送ってもらった時に 夫の迎えを 駅へ と頼んで車を降りた。
それで しばらく休んだ後 バスで駅へと向かった。

駅へ向かうのは 久しぶりだ。
駅に着いて一番に行きたいのは書店。
ネットでは買えない新刊の文庫本を探すのが目的であり気分転換にもなる。
そしてそれが私にとって なによりの楽しみだ。

書店へ行くと 真っ先に文庫本専門のコーナーへ。
まずは 新刊本を平置きしてある中から 欲しい本を探す。
好きな作家の新刊 好きな本の続刊を見つけた時が 嬉しい。

たくさんの新刊がそれぞれきれいに積んである中に 一番続刊が出るのが楽しみで
待ちに待っていたシリーズ作品の新刊が出ていた!

ワアッ!嬉しい‼︎ と思って手に取り帯を読むと ナント!この巻で完結⁇
エエッ どうして終わってしまうのよう〜 こんなに面白い作品 他にはなかったのに〜〜!
残念な思いと新刊を読めるという嬉しさが交錯して 一人で興奮‼︎
でもでも この新刊を逃さずに読めるのだから と気を取り直して 他に読みたい本が
出ていないか探す。
そして 他に4冊の新刊や続刊を見つけ 合わせて五冊の文庫本を買った。

レジで会計しお金を払って自分のものにしてしまうと もう読みたくて読みたくて仕方がない。
でも我慢我慢!家に帰るまでは我慢!

そう思って帰って来たが 途中で夫が 内科へ寄って診てもらう と言い出した。
ここ数日ちょっと困っていたことがあって それを相談したかったらしい。
車内で待っていてくれと言うから
v ハイハイいいですよ!私には時間を潰すイイモノがあるの。

医院に着いて夫が診察を終えて戻って来るまでの時間 早速さっき買った本を取り出して
読み始めた。

夫が車に戻って来るまでの時間の短かったこと!

こうなるとヤッパリ 自分で自分を「本中毒」と認めざるをえないだろうなあ。




自分勝手で 夫には申し訳なかったが やっぱり靴を買って 本当によかった。

何がいいって 歩くのが楽しい。
普通に 自分のペースでゆっくり歩く それだけのことなのに クッション性のいい
インソールだから踵や足全体の当たりが柔らかいし 靴が軽いから足が上がっている。

おまけにピッタリ足に合っているのに締めつけ感がないから 靴を履いている感覚が
ないくらい 楽に歩ける。

それで 今日は ちょっと遠くのコンビニまで歩いて 用を足してきた。

久しぶりに歩く道の土手には カラスノエンドウが緑一色に繁っていて 紅色の小さな花が
よく目立って可愛い。

車の通りが少ないし 立ち止まって腰の痛みを和らげていても 誰も気に留めない。
人の目を気にしなくていいから 終始自分のペースで歩けるのがいい。

用事を済ませてコンビニを出ると ちょうど向こうから来るバスの姿が見えた。
たった1区しかないが 帰りはこのバスに乗った。

バスを降りても 家までは歩きだ。

私としては しばらくぶりに遠歩きを楽しんだ午後の昼下がりだった。



先日 陽気の良さに誘われて これまで寒さを理由にしてやめていた散歩を
再開しよう と思った。

靴棚から 散歩用にしているスニーカーを出してみると さすがに古さが気になる。

そりゃあそう4だ このスニーカーを買ったのは 四十代の後半か五十代に入ってすぐ
だったのだから 散歩にだけとはいえ もう二十年は履き続けてきたことになる。

しばらくぶりに見ると 表面のあちこちがボロボロと剥がれていて この靴を履いて
運動したわけではないが それでも年数履いてきた分 靴底も減っている。

春だし 気持ちを高めて楽しく歩くためにも この際新しいスニーカーを買おう!
と決めた。

しかし 足腰が悪いから 作りがしっかりしていて歩くのに適した靴でないと駄目だ。
この靴だって そこそこの値段で買った覚えがある。

ところが そういう靴は スポーツ用品店で買おうとすると びっくりするほど値段が
高くて 今の私ではとても手が出ない。

それで ネットではどれくらいで売っているのか見てみると ショッピングでだと
市販と変わらない値段だが それがオークションだと 新品なのに定価の何割も安い
値段で買えることがわかった。
それも どんなセールでもお店では絶対に売らないだろう値引率だから驚く。

これまで 日用品や衣類 食品などネットを利用しての購入経験はあるが 靴は実際に
履いてみないとわからないし おまけに これほどの安価では品質に不安がある。

それでも 歩くのに機能性の優れた靴が 安価で手に入るのは魅力だ。
迷ったが 安値につられて買うことにした。

ありがたいことに 探す時間は あり余るほどある。
たとえ散歩用の靴一足とはいえ 下手な買い物をしないよう 何日かかけて
オークションサイトを見た結果 これがいい と思える靴を見つけた。
もちろん新品だし 市販の価格の三分の一にもならない値段だった。
万が一 手元に品物が届いて シマッタ となっても この値段なら諦めがつく。

そう思って買ったスニーカーだったが これが正解も正解!
外反母趾の私の足でも まったく痛みも締めつけ感もなく 履いていて実に快適。
おまけにとても軽くて 歩いても足や腰に負担がかからない。
今まで履いてきた靴とは比較にならない快適さだ。

せっかく新しく買うのだから これまではずっと紐がある靴だったのをやめて
紐のない形のスリッポンで 履き込みの深いしっかりした作りの靴にしようと
的を絞って探したのもよかった。

履いていてストレスがなく 歩くのが楽しい。

すると こんないい靴を 私だけが単に散歩用のためだけに買って履いていては
申し訳なく思えてきた。
そこで 仕事場で上靴にしてもいいし外で履いてもいいようにと 同じように
ネットで探して 二足買った。

夫用の靴も 我が家の家計からすると とてもお店では買えないスニーカーだが
二足分を合計しても 市価の四分の一くらいにしかならない値段だ。

私が いい靴を買ったそれも安く と 嬉しくて何度も言うものだから 口には出さないが
いつも安い運動靴しか履かない夫は 内心ちょっと羨ましかったに違いない。
その証拠に 夫も ネットでスニーカーを見ていたのだ。

昨夜も見ていたから あなたのスニーカーも頼んであるから買わないでね と言うと
エッと驚いていた。
でも そんな事しなくても とも 要らなかったのに とも言わなかったから やっぱり
自分も欲しかったのだろう とあらためて思った。

当たり前だろう。
新学期が始まったのだ 新しい靴が欲しかったのは 私ではなく夫だったに違いない。

そこに想いが至らなかった自分が情けなかった。
自分の靴だけを買って 勝手に一人で浮かれていた。

ごめんなさいね 自分のことしか考えていなくて……。

今週中には 夫用の二足のスニーカーが届くはず。
夫の足に合って 喜んでくれればいいが……

ここ何回かは ウキウキ気分で履いて散歩した新しいスニーカー……
でもこれからは その色のように ちょっぴりグレーな気持ちで履くことになった。




午前中は なんとかもった空だったが お昼になると ポツポツと小さな粒が天から落ちて
それからは ずっと いい降りの土曜になった。

雨風が次第に強くなって 土日は荒れ模様になる と 天気予報が出ていたから
夫は 降らないうちに と いつもより早く起きて 葉色がおかしい桃の木の消毒に
出かけて行った。

十時には終えて帰宅したので 久しぶりに行く書道の教室へ送ってくれた。

しばらくぶりに筆を持つと 緊張してか集中するからか 呼吸までもが
苦しい。無意識に息を凝らして書いているからだ。

午後は 本格的な振りになったから 畑大好きな夫も さすがに外へ出られず
一年に何回こういう日があるかというくらい 珍しく二人で過ごす。

テレビを見て 互いにパソコンを開いて コーヒーを淹れ………
ゆっくりと時間が過ぎて行く。

夫婦だもの……
たまには こんな日がほしいわ……。

だって 平日も休日も いっつも私は一人なんだもの……。

東北で起こった地震でも熊本で起こった地震でも ゲリラ豪雨災害にあった地域でも
その後を映す映像をみると 一度大きな災害にあってしまうと 復興に至るまでには
時間も気力も必要で それも なかなか進まないものだ と分かる。

先日 非常持ち出し袋を久しぶりに整理し入れ替え また食料や水 その他 三日ほどを
過ごすのに必ず必要になる物二人分を もれなくまとめてある災害時必需品バッグを
新しく購入した。

しかし このように準備をしていたところで 実際に災害が起こったらどうなるだろう。
準備した物はあくまでも災害が起こってしまった後 周囲も本人も落ち着いた状況で初めて
使えるものであって 直後の混乱の中では果たしてしっかり役立つのだろうか……

二階建ての家一軒分もあるような巨岩がゴロゴロと押し寄せている 耶馬渓の災害現場の
映像を見るにつけても どんな準備をしていても あのようになってしまっては………
と 他人事ながら無力感にさいなまれる。

しょせん人間の智や力では 天災は防ぎきれないのだ。

その時 いの一番に必要になるものは何なのか……
万が一の備えはしたけれど もっと必要なものがまだまだあるような気がして
気持ちが騒ぐ。


一昨年あたりから 自立して生きる ということについて 折にふれて考えてきた。

結婚しないで ずっと独身を通して生きてきた女性には 関係ないことだろうが
結婚し妻となり母となって人生の大半を費やしてきた女性 特に私たち団塊の世代や
それ以前に生まれた女性にとって 結婚していながら自らが自立して生きる ことは
とても難しいことなのだ と ここ数年 見聞きしてきたことから痛感する。

自らが生み育てた子であっても 彼らは別の人格を持ち 長じれば 彼ら自身の人生を
歩むようになる そのことは いくら溺愛する親でも 嫌々でも受け入れる時が来る。

ある親は子育て中からそのことを心に置き育てるが 子が自分だけのものから
別の離れた存在になる事を受け入れられずに うまく子離れできない親もある。
でもそんな親も 間に「嫁という他人 婿という他人」が入ることの現実を
仕方なくではあっても認めざるを得ないから 最終的には 子から離れる。

しかし 一般に 子が離れても離れられないのが 互いの「連れ合い 」だ。
私達やその上の世代の女性の大方には 昔風の女の生き方がまだ残っていて
「嫁しては夫に従い」の生活を 知らず知らず無意識にして 生きてきた。

だからだと思う。
不意に あるいは病の果てに連れ合いがこの世からいなくなると 突然
自分自身の生活が見えてこなくなり 戸惑い以上の混乱を生じてしまう。
でもこれは 長年ともに暮らしてきたのだから 当然だとも思う。

問題は その状態から如何にして早く抜け出し 自身だけの人生を見つけ
生きていけるか……
それが重要だと思う。

世界一長寿の国で これから本格的に老年の域に入ろうとしている私だ。
夫より早く逝った方が この体で残るよりいい……今はそう思っていても
その通りに行くとは限らない。

「独りになった時に 独りで暮らす時を迎えたら どう生きるか生きていくか」

このことをしっかり考えておかなくては 独りになったことをいつまでも
受け入れられないし 独りの人生 へも歩み出せない。

これこそが 究極の「老い支度」なのではなかろうか。

去年の四月五日 我が家の庭で 夫と二人で見たギフチョウ……

やっぱり今年は 来ない。

春を迎える頃には かすかな期待があったが やっぱり無理だった。

おそらく生息地だっただろう地域が 伐採され丸坊主になり さらに山肌が掘られて
一面 土がむき出しになった有様では 繊細な蝶など ひとたまりもない。

去年 最後の仲間から離れて 我が家の庭へ迷って来たギフチョウ……

生きる場もカンアオイも失って 次の世代の卵すら産めずに絶えていったかと思うと
このうららかな陽気が 悲しくなる。

オーソリティは 何故何かを犠牲にしないと生きられないように この世を作られたのか

テレビでは いよいよ到来した百年人生を いかに生きるか 放送している。

誰も傷つけず何も犠牲にしないで生きられる道は 絶対にない。

絶やしてしまった春の妖精のように 清らかには生きていけない世の中だ。

昨夜 この春二回目の山菜天ぷらをした。

近所からコシアブラをいただき それと一緒に揚げるようにと 夫が 筍やウドの芽と
畑の周りに生えてきたヨモギなどを採ってきて 海老や茄子 カボチャを合わせた。
それらが 昨夜の天ぷらの材料だった。

山菜は その時期にしか食せないし なにより香りや食感がいいから 私も好きだ。
だから 下拵えや準備をして揚げるのは億劫ではない。
ことに キッチンの熱源を電気に替えてからは 揚げ物をするのに油の扱いが楽で
苦にならないから ますます 春の山菜天ぷらの回数が増えた。

ところがこの春 今までになかった事が起きている。

昔から同じ種類の油を使って揚げているのに 全部の材料を揚げ終わる頃になると
気分が悪くなってしまう。
前回も昨夜も 同じように 気分が悪くなってしまった。

揚げたそばから熱々をテーブルへ運ぶから 夫はコンロ近くにはいない。
美味しい美味しい と 繰り返しながら食べている。
その声を聞きながら 私はひたすら揚げる。

ところが 揚げ終わって さア食べましょう!となる頃には 私は気分が悪い。
ムカムカして 体がフワフワしてくる。
食欲も失せて とてもじゃないが 天ぷらだけでなく他の物も食べたくない。
仕方なく そのままベッドへ。

揚げる前にはなんともなかったのだから この変調は揚げ油だ としか考えられない。

この春になってからは 妙に鼻がムズムズし出して花粉症が始まったのか とも
思われるし おまけにこの油騒動だ。

これまで長年使ってきた健康食品をやめたのが原因だろうか とも思う。
効いている感があまり顕著ではなかったが 免疫力の支えになっていたのかもしれない。

続いて起こった変調に 原因がわからず 戸惑っている。

昨日午後 とにかく リビングのテーブルに載っているモノから片付けなくては と
ノロノロと取りかかった。
片付けないと いつまでも広げられた荷物が テーブルの半分を占めているままで
目障りだし邪魔だから……やりたくはないが仕方がない。

実は 夫が暇に空かせて 点検するために自分と私の非常持ち出し用リュックを開け
中身の点検を始めた。
早々に自分のリュックは点検や詰め替えを済ませ 私のリュックから出したものが
ここ数日 そのままになっているのだ。

確かにこのリュックの中を見たのはいつだったか覚えていないくらいで 入れ替えが必要
なことは いつも頭にはあった。
でも だからといって これを見よ!とばかりにテーブルにぶちまけなくてもいいではないか
それも どうして今なのよ……
そんな不満が心に湧いていたから なおさら見直して入れ替え 片付ける気が起きなかった。

億劫になる気持ちを押さえ込んで テーブルの上に積まれた物の処理にかかった。
お昼ご飯の後に始めたことだったが 見直しと入れ替えをすべて済ませたら 五時過ぎていた。

まず最初に 必ず入れておかなくてはならない物のリストを作った。
すでに入れてある物の他にも必要な物は 経年で出てきている。

それらを全て収納するには私のリュックでは無理だった。今まで入れていた物だけで
いっぱいだったのだから それらに加えて 「新たに必要」とする物は入れられない。

それで考えた。
すでに夫のリュックには 彼の分の食料や水などの必需品は納まってはいるが
夫や誰かと共有する必需品は 数や種類が重なってもいい物だから それらはそれらだけで
この際一つのリュックにまとめる。
三日分くらいの二人の食料品や飲料などや その間の生活に必要になる細々とした物 だ。

しかし今の今 それらの一つ一つを全て調えてまとめるのは無理だ。
そこで そうした必需品を漏れなく備えているのは 災害の経験から考えられた物が
一番だろう と ネットで調べると 何件もあった。
これだけは必要 とまとめられ 五年から七年は入れ替え無用の物を探した。
その中から 二人分の必需品を集め備えたリュックを選び 購入することに。

あとは 自身が必要とする物を 自分用リュックに詰めればいい。

ところが この作業が大変だった。

共有する物を入れなくてもよくなった分 あれも入れたいこれも入れたい となる。
肌着や下着 上下の衣類 洗面洗顔用品に携帯用基礎化粧品 衛生用品などを三日分
それに朝昼夜と就寝前に毎日飲んでいる薬と湿布薬を 万が一を考えて二週間分入れる
と決めて詰めた。

私は腰が悪いから リュックは重くては背負えない。
だから 私のリュックは 元々 小さくて容量が少ない。
ギュウギュウに詰めても 残念なことに薬が入らない。
仕方がない 薬はまた別のバッグに。

夫は そんなに入れなくても三日分あれば大丈夫じゃないか と笑うが 私としては
薬が切れた時に襲ってくる痛みを想像すると もし長く医療機関との連絡がつかなくて
薬が手に入らなかったら それは何よりも困る事態になってしまう。
だから 予備にと医師に言われて持っている二週間分の薬を そのまま持った。

ようやく荷物が出来上がり テーブルの上の物もなくなると もうリハビリへ行く時間。

嫌々やったことでも ひと段落すると さすがにホッとする。
こうでもないと 非常持ち出しリュックの中はいつまでも変わらずに そのままだった。
なにより 昔の処方で投薬されたままだった薬を 現在の処方の薬に換えられた。
共有する必需品を思い切って別にしたから その分 着替えも入れられた。

なんだかんだ言っても
やっぱり 始めてくれた夫に感謝だわねえ。







セッセセッセと 次から次に仕事を見つけては動く夫の傍で 私は何をするでもなく
一日を過ごしている。

するべき事はある 夫が動くたびに出てくるからだ。
それが 和室に リビングのテーブルの上に と たまっていく。

キッチンにも 昨日いただいて いち早く夫が湯がいてアク抜きした筍が
ボールに入ったまま 炊き込みご飯や煮物にされるのを待っている。

なのに 無精な私は それらを見て見ぬ振りで手をつけていない。

確かに 一昨日あたりから フラつく感じがしたり 食べたものを戻したり
そこまででなくても 食べるとムカムカしたりはするから 食欲もあまりない。

でも 血圧も高くないし 火曜日にした大学病院での血液検査では これまで毎回
悪かった肝臓の数値が いっぺんに正常値になり 医師が驚くほどの結果だった。

だから 自身のメンタルが「動かない私」を作っているとしか思えない。

それで 昨日は 無理やり動いてみたりもした。
火曜日に買っ来てそのままになっていた花の苗を 冬の葉牡丹を抜いた後の鉢に
植え 玄関先に置いてあるいくつかの鉢を 春バージョンに変えた。

いつもなら きれいになった鉢を眺めると 気持ちもサッパリするのに
昨日は そうでもなかった。

もしかしたら 春を迎えての鬱になっているのかもしれない。

とにかく 怠惰な自分に自分が呆れながら ここ数日過ごしている。

今日も夫は畑へは行かず ほっておいてくれたら私がやるのに……という細々とした
家の中の事をこなすのに余念がなかった。

トリガーの翌日とあって 今日は朝から体が重くて気だるく 熱っぽくもあったから
正直言って 夫が家の事をしてくれるのはありがたいが それでも コソコソと
絶え間なく家の中を動きまわられては 気が休まらないのも事実だ。

とは言え 長年入れ替えていなかった 緊急時の持ち出し袋を引っ張り出してきて
詰め込んであった物をすべて出し 新しく入れ替えたりしてくれるのは ありがたい。

お昼からすることがなくなった夫が いつの間にかいなくなった と思ったら
オイ 今夜は天ぷらだぞ!
と言いながら なにやらスーパーの袋に入れて帰って来た。

山菜とりに行っていたのだった。

袋の中は コシアブラや 畑から採ってきたウドの芽など 数種類の 薄緑や濃緑の
葉や芽でいっぱいだ。

昨夜は フキノトウで毎年恒例のフキノトウ味噌を作った。
タップリ作ったから また今年も待っていてくださる方々に 春のお福分けができる。

そして今夜は いつもより早めに温泉を切り上げて来て 山菜天ぷらをした。

こうして 季節の物を 季節を感じながらいただけるのも 夫のおかげ。

車の運転を禁止されているから 私一人では畑へも行けない。
きっと今頃は……と 芽が出ているのを想像するだけで おしまいだ。

フキノトウや山菜をいただいて 食でも春を満喫した昨日今日になった。

例年になく気温が上がって 世の中がいっぺんに春満開になり 桃の花も桜の花もスモモも
チューリップもムスカリもガザニアも 可憐なスノードロップも みんなみんな
春咲く花が一度に咲いて辺りは様々な色であふれ 一年で一番の季節だ。

それなのに 孫たちとの旅の疲れが帰宅後数日おいて出て 二日間も動けなかった。
一度に湿布薬の袋二つ分を足や脚や腰に貼ってみたりして なんとか痛みに対処した。

そして ようやく少し動けるようになった今日は 大学病院の受診日
春休みで在宅中の夫だが 朝 いつもの時間と変わりなく送ってくれた。

今日もまた これでもかと春の日差しが照りつける中 畑仕事がひと段落して 時間に
ゆとりができたらしい夫が 私たちが昔住んでいた地区に 例年ならソメイヨシノより
開花が遅い桜で 国の天然記念物に指定されている桜があるのだが その桜を観に行こう
と お昼近くに迎えに来てくれて 言い出した。

全国のどこにもない種類の桜で このお寺のこの木だけ という珍しい桜の木だ。

陽気もいいし普段外出しない私だから 行きたくないはずはない。

その「中将姫誓願桜」と呼ばれる桜の木は 洞の奥まった場所に建つお寺の境内にある。

時間も時間だし 花より団子 とばかりに お寺の側にある蕎麦屋で腹拵え。
このお店の主人は 蕎麦を売って利益を得るだけの人ではなく 芯から蕎麦を探究して
美味しい蕎麦を客に提供することで 通の間では有名だ。

自宅からは遠いし しょっちゅう食べに来ることはないが せっかく側の桜見に来たのだし
昼ご飯時でもある ここで蕎麦を食べない手はない
と さっそく車を停め 店内へ。

こんな奥まった場所にあるにもかかわらず 客が絶えずやって来る。
蕎麦は間違いなく美味しい!おまけに他店と比べると量があるから食べ応えもある。

美味しい蕎麦に満足して いよいよ桜見に!
なんと今年はもう散り始めていたが それでも この木独特の桜は十分に観られる。
この桜花は 小さくて細長い花弁が幾重にも重なりあって一つの花ができている。
しかも真っ白にあふれるように咲いているから 木全体も白く見える。

境内の隅に 実生から育てられたのだろう まだ幼い木が植わっていた。
無事に育って母親の木と一緒に真っ白に花をつけてほしい。

あちこちの角度から桜を撮り 社務所で御朱印をいただいて帰って来た。

思いつきであったが 連れて行ってくれた夫に感謝 感謝。
痛みをしばし忘れる いい日和のいい日だった。