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先日 久しぶりに会った友人と話していた時 お互いに来し方をよく知っているだけに
病気の既往歴と生き方って 寄り添ったりシンクロしたりしてるよね と いうことに
互いの思いが一致した。

病気になったからこそ見えてくること 気づかされることの なんと多いことか。

健康であったなら 絶対に知り得なかったこと そこまでは至らなかった思い は
確実に 実感としてある。

だから そんなの人間の生活じゃない と他人に言われるような 健常者ならば
耐えられないような 外歩きもできないで家にばかりいる生活をしていても なお
ドッコイ私は私なりに生きていますよ と 自分なりの暮らしを楽しんでいられる。

友人たちと長く会っていなかったにもかかわらず そう 皆の思いが 同じだと分かり
嬉しくなった。

人間万事塞翁が馬 どんな状況だって 学ぶべきことはたくさんあるし それは大きい。

悪くなってくれて ありがとう!私の腰!
教えてくれてありがとう! 私の脚!

他人より秀でているとは思わないが 身障になったがゆえに気づかされた事から
わたしの人生は より豊かになっているのかもしれない。

あらためて 生きていること 生きていられることが 嬉しくなった。
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夕方 いつものように 夫にリハビリに連れて行ってもらった。

行きは 遠くから 雷鳴が 小さく聞こえていた。

天気予報士が 雷の音が聞こえたら すぐに頑丈な建物の中に退避するようにしてください
と 言うのを よく聞くから もうすぐあの雷が近くなってくるのかな と思いながら
車のドアを開け 助手席に乗り込んだ。

そうでなくても 県内では避難勧告が出る地域があったり 住んでいる市でも豪雨のメールが
パッドに入ったりしているから この小さな雷鳴は 不気味な気がする。


車が走り始めるや 雨粒がフロントガラスにビシビシ打ちつけるようになったが それでも
整形外科に着いて降りる頃は まだまだ雷は遠かった。

それが リハビリ室へ呼び込まれてマッサージをしてもらっていると 広いリハビリ室内の
物音や会話が聞こえないほど 屋外では物凄い雷鳴がし始め それに負けるものかと 激しく
窓ガラスや建物をたたく激しく大きな雨音がし始めた。

とてもこの荒れた屋外の状況では 車の運転さえ危険だ。
来院していた誰もがそう思うくらいの雨と雷だった。


長男宅の孫娘は もう高校三年生なのだが 色気 というものからは 一番遠い場所にいる。
結果 流行りのデザインや色柄など この世に存在するなどとはツユ知らず ただ
自分が着たい服 好きな服 を もちろん安価なお店で買い 着ている。

それでも そんな洋服が彼女によく似合っているから不思議だ。

長男夫婦や夫や私は そんな彼女を 呆れながらも好ましく見ている。

では私は こと服装に関してどうか と思うに 歳を重ねる毎に 色や柄 流行などに
興味がいくようになっている。

四十代の初め頃 ちょうど娘が留学したり大学へ入ったりする頃から それまでの地味な色や
目立たないデザインの無地の服から 少しずつ柄のあるものや色もはっきりしている洋服へと
自身の洋服が変化してきた。

それは 無意識に ではなく 意識して変えてきた。
目立ちたいからではなく 自身の内面的は変化があってのことだった。

外向きの自分 に自信が持てるようになっていったことも 大きい。
大勢の人の前に出る 大勢の人の前で話す そんな機会が多くなって 生き方や人格の素晴らしい
方々と交わるなかで 彼女らの服装に感化されたこともある。

自分に自信を持ち堂々と生きている女性は 服装も 派手だとか地味だとか人の目だとかに
左右されないで 自分が着たい色やデザインの洋服を 颯爽と着ていた。
そして それを気後れなく着ているから その姿は堂々としていて 側から見ていても
少しも違和感がなかった。

何回かヨーロッパへ旅行したことも 洋服の変化へ影響した。
旅先で目に入る同年代の女性たちは 自分が着たい色やデザインの洋服に身を包んでいて
それが実によく似合っていて 堂々と そしてさりげなく着こなしていた。


そんな環境の中に身を置くうちに ちょっと冒険してみようか 柄物もちょっと着てみよう
そうやって少しずつ それまでの決まりきった洋服から 着たい色や柄 デザインの洋服が
着れるようになっていった。

当初は 周囲の人や近所の人にも 服の変化が目についたらしく
オシャレになったねえ とか あなたが柄物を着るなんて珍しいわねえ とか言われた。
中には その変化を 娘の好みで? とか 娘のアドバイスで? とか 尋ねる人もあった。
それまでの私からは 考えられない 相応しくない と感じるからのことだったのだろう。

自分が着たいものを着るようになると 自然にオシャレにも関心がいくようになった。
すると 洋服だけでなくアクセサリーにも気持ちが向くようになったし 足元やバッグにも
関心を持つようになっていった。

そして今 六十代の終わりになっても 気持ちだけは変わっていない。
もちろん 突拍子も無い色やデザインの洋服など着はしないし 何より いいな と思っても
収入のない今では なかなか買えなくはなっている。

でも だからといって 地味な 着ていて気持ちが立ち上がらないような服は 着たくない。

面白いことに ネットで シニア世代の洋服を視ると そのデザインや色柄など
実に地味だ。

これは 歳をとったらみんなこうなって当然 という 何処かの誰かの あるいは
世間一般の 思い込みが 常識化しているからではないだろうか。
歳をとったら 地味な色やデザインの洋服を着るのが普通で 明るい色や形の服を着たいとは
思わなくなる……それって ひと昔もふた昔も前の年寄りのイメージが 未だにこびりついて
いるからではないだろうか。

私たち団塊の世代がシニアになった今 同じ思いの女性は多くいるのではないだろうか。

普段着も外出着もアクセサリーも 自分が着たい物 身につけたい物を 人目を気にしないで
堂々と 颯爽と 着たいものだ。
ヨーロッパの女性たちのように。





今日ほど 痛み止めのトリガーを ありがたく思える日もない。

トリガーのおかげで 朝 出かける前に予定していた用事の全部ができた。

一番時間がかかったのは バービー人形のラプンツェル探しだった。

まずはモール内のトイザラスで探したが バービー人形の陳列コーナーがない。
おまけに 広い店内にはレジに一人店員がいるだけで 尋ねようにも店員がいない。
仕方なくレジまで行って 接客が終わるのを待ち尋ねると なんとバービー人形は
扱っていない という。

バービーの扱いがないのなら せめて 他のメーカーでラプンツェルの人形がないか
店員に探してもらったが それもない。

この街で トイザラスにない となるとお手上げだ……
そう思いながらお店から通路に出ると 向かいにデイズニーの専門店が‼︎

そうだ 元々ラプンツェルはこの会社の商品 ひょっとしたら 何かあるかも……

期待して店内に入り ラプンツェル ラプンツェル と 探すと 思った通りだった。
ない と諦めてしまわなくてよかった!
あった あった!
それも 昨夜ネットで探した高額のラプンツェルじゃない 安いラプンツェルがあった。
しかも デザインは違うが 正真正銘 デイズニーのラプンツェルだ。

店員に断って写真を撮り これでいいか 娘に送信した。
すぐに返信の電話があり 値段を伝えると それじゃあもう一体ソフィアがないか という。

私たちの予算内でなら 二体買えるから ソフィアがあれば それも買ってあげてほしい と
いうことだ。

なにせ 今度三歳になる娘の次女は 何でもかんでも上の子が持っている物と同じ物がほしいのだ。

ところが 残念ながらソフィアはなかったので それは娘が東京の専門店へ行って買うことに。

ラプンツェルをプレゼント用に包装してもらいながら ハタ と思いついた!
そうだ!いつも 孫たちの片方に誕生日プレゼントを贈る時には 片方にも 少額の品を
贈っている。

上の子の何かを買わなくては と また娘に聞くと ランチョンクロスがいいらしい。

ところが あいにく専門店内にはない と分かり やむを得ずラプンツェルだけを買って
お店を出た。

その後 モール内で 売っていそうな場所を 思いつく限り見たが コレ!というのがない。
そうなれば 頼みはこれから向かうデパートしかない。

またバスに乗り 最寄りのバス停で降り デパートへ。
オーナーの古希のお祝いに贈る品を買うためだ。
あいも変わらず こちらはモールと違って お客の数もまばら 年齢層も高い。

夫から これくらいの額の品を と言われているので その額で買える最高の品で
しかも あまり包装が大きくならないもの と考えた時 思いついたのはアレとアレ。

幸いなことに その二点は同じ階に売り場があった。

その二点の一点一点にも それぞれ色やら柄やら模様やらがあり ほぼ同額なだけに
迷ったが 古希のお祝いとして と 贈る目的を考えて その内の一点に決めた。
予算より少しオーバーするが 形状から考えても お祝いに相応しいし もし花の鉢を
贈るなら これくらいはするからいいだろう。

実際 迎えに来た夫が 運転しながら 今日は 見事な花の鉢が届いた と言う。
やっぱり花にしなくてよかった いっぺんに良し悪しと金額の多寡が分かってしまう。
予算内では とてもそのような鉢は買えなかった。

予算はオーバーしたものの いつもいいものを身につけていらっしゃる方なら 今日買った
品の価値は その鉢と同じくらいの価値の品だと分かってくださるだろう。

迎えに来てもらう時間まで ランチョンクロスを探したが 気にいる品がなかなかない。

誕生日までには まだ日にちがあるから もっと具体的に 孫が気に入りそうな色柄などを
娘から聞いて 改めて探すことに。

そう決めると 夫の迎えには まだ時間があった。

それで 駅にある書店まで またバスに乗った。
新刊の文庫が出ているはずだ。

アイパッドでの書籍の購入とこの駅構内の書店での購入が 同じポイントを共有しているので
モールにもデパートにも 大きな書店が入っているが できるなら書籍の購入は この書店に
したい という思いがあって いつもこの書店まで来る。

案の定 お気に入りの作家の新刊が出ていて 疲れていてもここまで来てよかった。

ちょうど支払いを終える頃 夫から電話があった。

コロコロバッグの上に 久しぶりにサブバッグを載せて 駐車場へ。

途中で薬をもらいに薬局に寄り これで 今日の外出仕事はお終いになった。

最後の方は 痛みが戻ってくる感覚があって ちょっと辛かったが
それでも トリガーのおかげで なんとかこれだけのことができた。

久しぶりの外出と買い物で……
さすがに 疲れた〜〜。


まず 大学病院の予約が入っているから いつものように 夫の出勤に合わせて
家を出る。

診察や処置が終わって会計を済ませたら 院内のコンビニへ行き 支払う伝票がある。

娘の下の子の誕生日が近いから プレゼントの下見に 駅へ向かうバスを途中下車して
モール内のトイザラスへ寄り 希望の商品の値段を調べる。

娘に 最近は何を欲しがっているのか聞くと バービー人形 それもラプンツェルの
バービー人形を欲しがっている という。上の子が持っているから自分も 同じ物が
欲しいらしい。

ネットでの値段と比べて 安い方で購入するつもりでいる。

それが済んだら 市の中心地にあるデパートへ行く。

今度は 夫の勤務先のオーナーが古希を迎えられたので そのお祝いの品を選ぶ。

かさばらなくて 予算内で買える最高の品を と思うと 品物は限られるから
選ぶのに あまり時間はかからないだろう。
品物が決まったら 購入して熨斗をかけ お祝い用にラッピングしてもらう。

以上の用事が 今日必須の仕事。

全部済ませたら駅へ向かい 書店を覗くつもりでいるが そこまで体がもつかどうか。

出来ることなら 書店で読みたい文庫本を見つけ コーヒーショップで休みながら読んで
夫の迎えを待ちたいものだが……。

今日でちょうど一週間が経った。

少しずつ動けるようになった。

それで 今日はいい天気で 気分もいいから 午前中遅くに歩いた。

一週間も寝たり起きたりして暮らしていた間に また足の筋肉がなくなった。

ふくらはぎを鍛えれば 血流が良くなって 足や手先の毛細血管が 活性化する
と 今朝の朝イチで言っていた。
毎日二十五分くらい歩くといいらしい。
それか 屋内外で スキップを二十回 朝晩の二回するのも良い とのことだった。

継続して何かをやり続けることを 大の苦手とする私だが 毎日歩けなくても スキップを
二十回くらいなら できるかもしれない。

と 安直に思ったが 考えてみたらこの足腰でスキップなんてできるわけがない。
やっぱり ゆっくりでも歩くしかない。

そんなこんなで いつもの道を歩いたが 脚取りのおぼつかないこと この上ない。
ふらつくは痛みがくるはで 一苦労の散歩になった。

たった一週間なのに 青田の苗の大きくなっていることは!

高速道路の工事も かなり進捗している。
西の山がずいぶん削られて 本線が料金所へ繋がってくる道の形がかすかに伺えるように
なったし 削った黄土色の土の上に緑色の植物だろうか ドドメがされている箇所もある。

立ち止まっては休むついでに 四つ葉のクローバーを探す。
友人が 見舞いの品と一緒に 自覚の庭で見つけた四つ葉を 押し花にして送ってくれた。

こまめに クローバーの群れを見つける度に立ち止まり かがめないから 杖で 葉の中を
探ったが 四つ葉は一つも見つからなかった。

彼女の家の庭にだって たくさんの四つ葉は出ないだろうに 貴重な四つ葉を送ってくれた
気持ちが こうして自分でも探してみると もっとありがたいと思える。

それにしても これでも梅雨の時期なのか と驚くほど グングン気温が上がるのが分かった。

顔馴染みになった工事の警備のおじさんも 暑うなったのう!と 声をかけてきた。

今日の散歩は これが限界
またゆっくり引き返して来た。

一泊の予定で出かけた神経根ブロック手術だったが 術後の痛みが思いのほか強く
昨日の午後診察した医師から 退院は明日にしましょう と言われて 昨夜 退院した。

命に関わらない小さな手術だとはいえ 一応 同意書が要る手術だ。
切ったり縫ったりはしなくても 背骨の隙間から内部の神経へ 長い針を差し込み
電気を流し 治療薬を流し込むのだから 決して軽く扱われる手術ではない。

万が一にもそのような事態にはならないでほしいが 運が悪ければ 下半身が不随になる
可能性や 針の刺し口から菌が入ることも考えられる。
神経の元に電気が当たり過ぎてもいけない。

医師は慎重に針を刺すし 医師を信頼しているから とはいっても フッとそんなことも
手術前に同意書を出す度に頭をよぎる。

しかし そんな 万が一 もなく 無事に帰って来られた。

東京の孫たちからは グランパ用のカードが 一昨日 送られてきた。

上の孫の字で いつもおいしいやさいをありがとう と 書いてあった。
封筒の裏には 自分たち家族とジイジとバアバが並んでいる絵が描いてあった。

そして昨日の日中には 娘夫婦から たくさんの世界中の美味しいビールが届き
夜には 長男が 嫁と久しぶりに顔を見せる孫娘を伴って来宅 彼らもまた
持って来てくれたのは ビールだった。
それも 娘たちと同様に バラエティに富んだビールの詰め合わせを。

今は まだ夫も元気で働いているから 私たちの方からも 子供たちや孫たちに
事あるごとに 何やかやできるが これが 二人ともが動けなくなって やってあげられなく
なった時に それでも 彼らは今のように 誕生日や父の日母の日に プレゼントを携えて
来てくれるだろうか。

未だに邪気のない 幼子のような孫の笑顔を久しぶりに見て 嬉しい気持ちの裏で
そんなことも ちょっと思った。

日中は 明日 入院センターへ提出する書類に記名や押印 入院案内にある必要な持参する物
などをまとめ 大きなバッグに入れた。

これまでの入院で 持ち物はあれこれ承知してはいても やはり 案内があると それをもとに
荷作りができるから 時間のロスもないし 不必要な物も持たなくていい。

荷物さえ準備が済めば 明日の朝 夫に連れて行ってもらうだけ。
そのあとは まな板の上の鯉 医師を信頼して お任せするしかない。


昨日は 目の具合が多少良くなってきた叔母が 手術前に精がつくように と
夫と私を ウナギを食べに連れて行ってくれた。

叔母の家から近い鰻屋が休みだったので 同じ市内でも遠い場所のお店へ行った。

そこは 近隣の鰻屋の中でも 常にトップにランキングされるお店で ウナギが大きいことで
有名なお店だ。

以前に行った時は その大きなウナギの焼き加減が 実に良くて 外側はパリッとしていて
丼からはみ出している部分が 丼の縁から 気持ちよくピンッと出ていた。

それが昨日は 以前行った時の老主人が調理場にはいなくて 息子だろうか 中年の
男性二人が 調理場に入っていた。

焼き手の調理人が違ったからだろう
昨日のウナギは せっかくの大きさが台なしなくらい 焼きがあまくて 箸で挟むと
フニャッとするし 口へ運んでも外側のパリッとした感じがしなかった。

せっかく遠くまで足を運んだ甲斐のないものだったから 叔母に 高い代金を支払って
もらうのが 申し訳ない思いだった。

飲食店は ひとえにお客の口コミが命だ。

あんなウナギを出し続けていたら 早晩 人気が落ちて ランキングも下がってしまうだろう。