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先日 久しぶりに会った友人と話していた時 お互いに来し方をよく知っているだけに
病気の既往歴と生き方って 寄り添ったりシンクロしたりしてるよね と いうことに
互いの思いが一致した。

病気になったからこそ見えてくること 気づかされることの なんと多いことか。

健康であったなら 絶対に知り得なかったこと そこまでは至らなかった思い は
確実に 実感としてある。

だから そんなの人間の生活じゃない と他人に言われるような 健常者ならば
耐えられないような 外歩きもできないで家にばかりいる生活をしていても なお
ドッコイ私は私なりに生きていますよ と 自分なりの暮らしを楽しんでいられる。

友人たちと長く会っていなかったにもかかわらず そう 皆の思いが 同じだと分かり
嬉しくなった。

人間万事塞翁が馬 どんな状況だって 学ぶべきことはたくさんあるし それは大きい。

悪くなってくれて ありがとう!私の腰!
教えてくれてありがとう! 私の脚!

他人より秀でているとは思わないが 身障になったがゆえに気づかされた事から
わたしの人生は より豊かになっているのかもしれない。

あらためて 生きていること 生きていられることが 嬉しくなった。
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夕方 いつものように 夫にリハビリに連れて行ってもらった。

行きは 遠くから 雷鳴が 小さく聞こえていた。

天気予報士が 雷の音が聞こえたら すぐに頑丈な建物の中に退避するようにしてください
と 言うのを よく聞くから もうすぐあの雷が近くなってくるのかな と思いながら
車のドアを開け 助手席に乗り込んだ。

そうでなくても 県内では避難勧告が出る地域があったり 住んでいる市でも豪雨のメールが
パッドに入ったりしているから この小さな雷鳴は 不気味な気がする。


車が走り始めるや 雨粒がフロントガラスにビシビシ打ちつけるようになったが それでも
整形外科に着いて降りる頃は まだまだ雷は遠かった。

それが リハビリ室へ呼び込まれてマッサージをしてもらっていると 広いリハビリ室内の
物音や会話が聞こえないほど 屋外では物凄い雷鳴がし始め それに負けるものかと 激しく
窓ガラスや建物をたたく激しく大きな雨音がし始めた。

とてもこの荒れた屋外の状況では 車の運転さえ危険だ。
来院していた誰もがそう思うくらいの雨と雷だった。


長男宅の孫娘は もう高校三年生なのだが 色気 というものからは 一番遠い場所にいる。
結果 流行りのデザインや色柄など この世に存在するなどとはツユ知らず ただ
自分が着たい服 好きな服 を もちろん安価なお店で買い 着ている。

それでも そんな洋服が彼女によく似合っているから不思議だ。

長男夫婦や夫や私は そんな彼女を 呆れながらも好ましく見ている。

では私は こと服装に関してどうか と思うに 歳を重ねる毎に 色や柄 流行などに
興味がいくようになっている。

四十代の初め頃 ちょうど娘が留学したり大学へ入ったりする頃から それまでの地味な色や
目立たないデザインの無地の服から 少しずつ柄のあるものや色もはっきりしている洋服へと
自身の洋服が変化してきた。

それは 無意識に ではなく 意識して変えてきた。
目立ちたいからではなく 自身の内面的は変化があってのことだった。

外向きの自分 に自信が持てるようになっていったことも 大きい。
大勢の人の前に出る 大勢の人の前で話す そんな機会が多くなって 生き方や人格の素晴らしい
方々と交わるなかで 彼女らの服装に感化されたこともある。

自分に自信を持ち堂々と生きている女性は 服装も 派手だとか地味だとか人の目だとかに
左右されないで 自分が着たい色やデザインの洋服を 颯爽と着ていた。
そして それを気後れなく着ているから その姿は堂々としていて 側から見ていても
少しも違和感がなかった。

何回かヨーロッパへ旅行したことも 洋服の変化へ影響した。
旅先で目に入る同年代の女性たちは 自分が着たい色やデザインの洋服に身を包んでいて
それが実によく似合っていて 堂々と そしてさりげなく着こなしていた。


そんな環境の中に身を置くうちに ちょっと冒険してみようか 柄物もちょっと着てみよう
そうやって少しずつ それまでの決まりきった洋服から 着たい色や柄 デザインの洋服が
着れるようになっていった。

当初は 周囲の人や近所の人にも 服の変化が目についたらしく
オシャレになったねえ とか あなたが柄物を着るなんて珍しいわねえ とか言われた。
中には その変化を 娘の好みで? とか 娘のアドバイスで? とか 尋ねる人もあった。
それまでの私からは 考えられない 相応しくない と感じるからのことだったのだろう。

自分が着たいものを着るようになると 自然にオシャレにも関心がいくようになった。
すると 洋服だけでなくアクセサリーにも気持ちが向くようになったし 足元やバッグにも
関心を持つようになっていった。

そして今 六十代の終わりになっても 気持ちだけは変わっていない。
もちろん 突拍子も無い色やデザインの洋服など着はしないし 何より いいな と思っても
収入のない今では なかなか買えなくはなっている。

でも だからといって 地味な 着ていて気持ちが立ち上がらないような服は 着たくない。

面白いことに ネットで シニア世代の洋服を視ると そのデザインや色柄など
実に地味だ。

これは 歳をとったらみんなこうなって当然 という 何処かの誰かの あるいは
世間一般の 思い込みが 常識化しているからではないだろうか。
歳をとったら 地味な色やデザインの洋服を着るのが普通で 明るい色や形の服を着たいとは
思わなくなる……それって ひと昔もふた昔も前の年寄りのイメージが 未だにこびりついて
いるからではないだろうか。

私たち団塊の世代がシニアになった今 同じ思いの女性は多くいるのではないだろうか。

普段着も外出着もアクセサリーも 自分が着たい物 身につけたい物を 人目を気にしないで
堂々と 颯爽と 着たいものだ。
ヨーロッパの女性たちのように。





今日ほど 痛み止めのトリガーを ありがたく思える日もない。

トリガーのおかげで 朝 出かける前に予定していた用事の全部ができた。

一番時間がかかったのは バービー人形のラプンツェル探しだった。

まずはモール内のトイザラスで探したが バービー人形の陳列コーナーがない。
おまけに 広い店内にはレジに一人店員がいるだけで 尋ねようにも店員がいない。
仕方なくレジまで行って 接客が終わるのを待ち尋ねると なんとバービー人形は
扱っていない という。

バービーの扱いがないのなら せめて 他のメーカーでラプンツェルの人形がないか
店員に探してもらったが それもない。

この街で トイザラスにない となるとお手上げだ……
そう思いながらお店から通路に出ると 向かいにデイズニーの専門店が‼︎

そうだ 元々ラプンツェルはこの会社の商品 ひょっとしたら 何かあるかも……

期待して店内に入り ラプンツェル ラプンツェル と 探すと 思った通りだった。
ない と諦めてしまわなくてよかった!
あった あった!
それも 昨夜ネットで探した高額のラプンツェルじゃない 安いラプンツェルがあった。
しかも デザインは違うが 正真正銘 デイズニーのラプンツェルだ。

店員に断って写真を撮り これでいいか 娘に送信した。
すぐに返信の電話があり 値段を伝えると それじゃあもう一体ソフィアがないか という。

私たちの予算内でなら 二体買えるから ソフィアがあれば それも買ってあげてほしい と
いうことだ。

なにせ 今度三歳になる娘の次女は 何でもかんでも上の子が持っている物と同じ物がほしいのだ。

ところが 残念ながらソフィアはなかったので それは娘が東京の専門店へ行って買うことに。

ラプンツェルをプレゼント用に包装してもらいながら ハタ と思いついた!
そうだ!いつも 孫たちの片方に誕生日プレゼントを贈る時には 片方にも 少額の品を
贈っている。

上の子の何かを買わなくては と また娘に聞くと ランチョンクロスがいいらしい。

ところが あいにく専門店内にはない と分かり やむを得ずラプンツェルだけを買って
お店を出た。

その後 モール内で 売っていそうな場所を 思いつく限り見たが コレ!というのがない。
そうなれば 頼みはこれから向かうデパートしかない。

またバスに乗り 最寄りのバス停で降り デパートへ。
オーナーの古希のお祝いに贈る品を買うためだ。
あいも変わらず こちらはモールと違って お客の数もまばら 年齢層も高い。

夫から これくらいの額の品を と言われているので その額で買える最高の品で
しかも あまり包装が大きくならないもの と考えた時 思いついたのはアレとアレ。

幸いなことに その二点は同じ階に売り場があった。

その二点の一点一点にも それぞれ色やら柄やら模様やらがあり ほぼ同額なだけに
迷ったが 古希のお祝いとして と 贈る目的を考えて その内の一点に決めた。
予算より少しオーバーするが 形状から考えても お祝いに相応しいし もし花の鉢を
贈るなら これくらいはするからいいだろう。

実際 迎えに来た夫が 運転しながら 今日は 見事な花の鉢が届いた と言う。
やっぱり花にしなくてよかった いっぺんに良し悪しと金額の多寡が分かってしまう。
予算内では とてもそのような鉢は買えなかった。

予算はオーバーしたものの いつもいいものを身につけていらっしゃる方なら 今日買った
品の価値は その鉢と同じくらいの価値の品だと分かってくださるだろう。

迎えに来てもらう時間まで ランチョンクロスを探したが 気にいる品がなかなかない。

誕生日までには まだ日にちがあるから もっと具体的に 孫が気に入りそうな色柄などを
娘から聞いて 改めて探すことに。

そう決めると 夫の迎えには まだ時間があった。

それで 駅にある書店まで またバスに乗った。
新刊の文庫が出ているはずだ。

アイパッドでの書籍の購入とこの駅構内の書店での購入が 同じポイントを共有しているので
モールにもデパートにも 大きな書店が入っているが できるなら書籍の購入は この書店に
したい という思いがあって いつもこの書店まで来る。

案の定 お気に入りの作家の新刊が出ていて 疲れていてもここまで来てよかった。

ちょうど支払いを終える頃 夫から電話があった。

コロコロバッグの上に 久しぶりにサブバッグを載せて 駐車場へ。

途中で薬をもらいに薬局に寄り これで 今日の外出仕事はお終いになった。

最後の方は 痛みが戻ってくる感覚があって ちょっと辛かったが
それでも トリガーのおかげで なんとかこれだけのことができた。

久しぶりの外出と買い物で……
さすがに 疲れた〜〜。


まず 大学病院の予約が入っているから いつものように 夫の出勤に合わせて
家を出る。

診察や処置が終わって会計を済ませたら 院内のコンビニへ行き 支払う伝票がある。

娘の下の子の誕生日が近いから プレゼントの下見に 駅へ向かうバスを途中下車して
モール内のトイザラスへ寄り 希望の商品の値段を調べる。

娘に 最近は何を欲しがっているのか聞くと バービー人形 それもラプンツェルの
バービー人形を欲しがっている という。上の子が持っているから自分も 同じ物が
欲しいらしい。

ネットでの値段と比べて 安い方で購入するつもりでいる。

それが済んだら 市の中心地にあるデパートへ行く。

今度は 夫の勤務先のオーナーが古希を迎えられたので そのお祝いの品を選ぶ。

かさばらなくて 予算内で買える最高の品を と思うと 品物は限られるから
選ぶのに あまり時間はかからないだろう。
品物が決まったら 購入して熨斗をかけ お祝い用にラッピングしてもらう。

以上の用事が 今日必須の仕事。

全部済ませたら駅へ向かい 書店を覗くつもりでいるが そこまで体がもつかどうか。

出来ることなら 書店で読みたい文庫本を見つけ コーヒーショップで休みながら読んで
夫の迎えを待ちたいものだが……。

今日でちょうど一週間が経った。

少しずつ動けるようになった。

それで 今日はいい天気で 気分もいいから 午前中遅くに歩いた。

一週間も寝たり起きたりして暮らしていた間に また足の筋肉がなくなった。

ふくらはぎを鍛えれば 血流が良くなって 足や手先の毛細血管が 活性化する
と 今朝の朝イチで言っていた。
毎日二十五分くらい歩くといいらしい。
それか 屋内外で スキップを二十回 朝晩の二回するのも良い とのことだった。

継続して何かをやり続けることを 大の苦手とする私だが 毎日歩けなくても スキップを
二十回くらいなら できるかもしれない。

と 安直に思ったが 考えてみたらこの足腰でスキップなんてできるわけがない。
やっぱり ゆっくりでも歩くしかない。

そんなこんなで いつもの道を歩いたが 脚取りのおぼつかないこと この上ない。
ふらつくは痛みがくるはで 一苦労の散歩になった。

たった一週間なのに 青田の苗の大きくなっていることは!

高速道路の工事も かなり進捗している。
西の山がずいぶん削られて 本線が料金所へ繋がってくる道の形がかすかに伺えるように
なったし 削った黄土色の土の上に緑色の植物だろうか ドドメがされている箇所もある。

立ち止まっては休むついでに 四つ葉のクローバーを探す。
友人が 見舞いの品と一緒に 自覚の庭で見つけた四つ葉を 押し花にして送ってくれた。

こまめに クローバーの群れを見つける度に立ち止まり かがめないから 杖で 葉の中を
探ったが 四つ葉は一つも見つからなかった。

彼女の家の庭にだって たくさんの四つ葉は出ないだろうに 貴重な四つ葉を送ってくれた
気持ちが こうして自分でも探してみると もっとありがたいと思える。

それにしても これでも梅雨の時期なのか と驚くほど グングン気温が上がるのが分かった。

顔馴染みになった工事の警備のおじさんも 暑うなったのう!と 声をかけてきた。

今日の散歩は これが限界
またゆっくり引き返して来た。

一泊の予定で出かけた神経根ブロック手術だったが 術後の痛みが思いのほか強く
昨日の午後診察した医師から 退院は明日にしましょう と言われて 昨夜 退院した。

命に関わらない小さな手術だとはいえ 一応 同意書が要る手術だ。
切ったり縫ったりはしなくても 背骨の隙間から内部の神経へ 長い針を差し込み
電気を流し 治療薬を流し込むのだから 決して軽く扱われる手術ではない。

万が一にもそのような事態にはならないでほしいが 運が悪ければ 下半身が不随になる
可能性や 針の刺し口から菌が入ることも考えられる。
神経の元に電気が当たり過ぎてもいけない。

医師は慎重に針を刺すし 医師を信頼しているから とはいっても フッとそんなことも
手術前に同意書を出す度に頭をよぎる。

しかし そんな 万が一 もなく 無事に帰って来られた。

東京の孫たちからは グランパ用のカードが 一昨日 送られてきた。

上の孫の字で いつもおいしいやさいをありがとう と 書いてあった。
封筒の裏には 自分たち家族とジイジとバアバが並んでいる絵が描いてあった。

そして昨日の日中には 娘夫婦から たくさんの世界中の美味しいビールが届き
夜には 長男が 嫁と久しぶりに顔を見せる孫娘を伴って来宅 彼らもまた
持って来てくれたのは ビールだった。
それも 娘たちと同様に バラエティに富んだビールの詰め合わせを。

今は まだ夫も元気で働いているから 私たちの方からも 子供たちや孫たちに
事あるごとに 何やかやできるが これが 二人ともが動けなくなって やってあげられなく
なった時に それでも 彼らは今のように 誕生日や父の日母の日に プレゼントを携えて
来てくれるだろうか。

未だに邪気のない 幼子のような孫の笑顔を久しぶりに見て 嬉しい気持ちの裏で
そんなことも ちょっと思った。

日中は 明日 入院センターへ提出する書類に記名や押印 入院案内にある必要な持参する物
などをまとめ 大きなバッグに入れた。

これまでの入院で 持ち物はあれこれ承知してはいても やはり 案内があると それをもとに
荷作りができるから 時間のロスもないし 不必要な物も持たなくていい。

荷物さえ準備が済めば 明日の朝 夫に連れて行ってもらうだけ。
そのあとは まな板の上の鯉 医師を信頼して お任せするしかない。


昨日は 目の具合が多少良くなってきた叔母が 手術前に精がつくように と
夫と私を ウナギを食べに連れて行ってくれた。

叔母の家から近い鰻屋が休みだったので 同じ市内でも遠い場所のお店へ行った。

そこは 近隣の鰻屋の中でも 常にトップにランキングされるお店で ウナギが大きいことで
有名なお店だ。

以前に行った時は その大きなウナギの焼き加減が 実に良くて 外側はパリッとしていて
丼からはみ出している部分が 丼の縁から 気持ちよくピンッと出ていた。

それが昨日は 以前行った時の老主人が調理場にはいなくて 息子だろうか 中年の
男性二人が 調理場に入っていた。

焼き手の調理人が違ったからだろう
昨日のウナギは せっかくの大きさが台なしなくらい 焼きがあまくて 箸で挟むと
フニャッとするし 口へ運んでも外側のパリッとした感じがしなかった。

せっかく遠くまで足を運んだ甲斐のないものだったから 叔母に 高い代金を支払って
もらうのが 申し訳ない思いだった。

飲食店は ひとえにお客の口コミが命だ。

あんなウナギを出し続けていたら 早晩 人気が落ちて ランキングも下がってしまうだろう。

五十になるまで 車の運転免許を取得しなかった私は それまで用があるときは
かなり遠い場所でも 自転車に乗って行った。

それが功を奏して 腰椎の手術をしても 筋肉が年代以上に付いているから 支えのボルト
は入れなかった と 執刀医に言われるくらい 筋肉が足腰にしっかりあった。

ところが それから十年以上経過した今では その筋肉がかなりなくなってきた。
痛い痛い と 始終 家の中にいて歩かないし ましてや運動など皆無だからだ。
長年 そんな生活をしているがために 筋肉がみんなどこかへ行ってしまった。

転ばないためにも 自分の足で動ける事を維持するためにも 私なりの運動をしないと
いけない。

運動 といっても 健常な同年齢の人が見れば それが運動? と 笑われるようなものだ。
まず 椅子に座って 両足の甲を伸ばすために 足の指全体を足の平側へ曲げたり
甲側へ倒したりする。それから 足首を回す。
その次に 椅子の背につかまって 両足のアキレス腱を交互に伸ばす。
この脚の運動は 最近 リハビリの先生に勧められた。

それが済んだら 交互に両手をゆっくり両方の体側に添わせながら 体側を伸ばす。
逆の手と足を前と後ろに 体を捻らないようにゆっくり伸ばす。

椅子の背につかまって スクワットの真似をする。

毎日 これだけは必ずする ……… ように 心がけている。

体側伸ばしも 体が傾くまではやらない。何故なら それをやってしまうと かえって腰に
負担がかかってしまうからだ。

あとは これも負担にならない程度に ゆっくり歩く せいぜい 二、三十分。

これだけの簡単な運動でも 私の体には効果があるから と 勧められているのだが……。

プールでなら これらはなんなくできるし 痛みもあまり感じなくていいから
やっぱり プールが欲しいなあ〜〜。

今日 迎えに来てもらって I さんとランチを一緒した。

先日 朴葉寿司を持って行ってもらうのに 小さな寿司桶を使ったので
その寿司桶を返してもらう それを言い訳にして。

それと 夏の平和行進に合わせて持って行く折り鶴を 彼女が折り溜めている と
聞いたので 少しでもお手伝いができれば と 私も この数日の間に 五十五羽の鶴を
折ったので それを持ちに来てもらう ことも 今日 会う理由にして だった。

彼女と会って話をするのは 本当に楽しい。
彼女は 私より十歳も歳が若いのに 本当に気があう。

先週のテレビ番組で 心身ともに健康で長生きするには 運動して体を動かすだけでは
ダメで それより人とのつながりが大切だという研究結果がある と言っていた。

そして チェック項目の最初に 心のうちを話せる人が人が何人いるか とあった。
働いている夫は 日々人と話す回数は断然多いし 畑仕事で体を動かしているから
自信があって お前は その点 心配だなあ と 私に言ったが 私は内心で
大丈夫 私には あの人 この人 しっかり心を開いて話せる人がいるから。
逆に 私は あなたの方が心配よ と 思ったものだった。

なんでもないことでも おしゃべりはそれほど大切らしい。

金さん銀さんの長命の姉妹も 毎日のように集まっては おしゃべりしている。
女性が男性より長命なのは きっと このおしゃべりが要因なのだろう。

私にとっても こうして彼女と会って話をする”時”は とても大切な時間だと思う。

いい人には これまた いい人が周りにいて 彼女を通して知り合った方々も どの人も
邪気の感じられない 気持ちのいい人ばかりだ。
その輪に入れてもらえることも 私にとっては大きな意味を持っている。

I さんには もういいや と思われるかもしれないが 私としては これからも出来るだけ
彼女と会って おしゃべりする機会が持てたら嬉しい。

I さんは たくさん必要だろうから と 保冷袋をいくつか持参して来てくれた。
そういう細かいことに気づいてくれる彼女だ。

彼女に出会えた事は 私の人生で 掛け値無しに 大きな意味がある。

前世は 姉妹だったのかもしれないな……そんなふうにまで思える I さんだ。




今日は大学病院受診の日

いつものように 夫の出勤に合わせて 病院まで送ってもらった。

本日の予約受診患者総数 千四百二十八人
相変わらず 受診する患者の多いこと。

十八日に仮押さえしてあったブロック手術を本決まりにして 痛み止めのトリガー
や点滴を終え 処方箋を出してもらい その足で 入院受付センターへ。

二月にブロックを手術室でし一泊入院した時には この入院センターは まだなかった。

この春 それまで同じ部屋で受け付けていた入院と退院の手続きが それぞれ別の場所で
されるようなシステムに変わった。

以前 売店と喫茶店だった場所が改造されて 新しく入院センターになった。

センターへ行くと さっそく係の女性が出て来て 本日の入院か入院の予約か 尋ねた。
いくつものブースが設けられていて 入院か予約かによって案内される場所が違った。

しばらく待つと 初めは事務の係が様々な書類を提示して 必要な事項について説明する。
入院当日またここに寄って 記入したり押印したりして持参したそれらの書類を提出する
ように言われた。

事務方とのやりとりが済むと 今度は看護師からの質問や説明。
主に 入院の期日 症状や現在の服薬について また アレルギー の有無など
かなり細かく問われて それに答える。

全ての手続きや話が終わって部屋を出るまでに 一時間くらいかかった。
何度か入院経験があるので 入院に際しての説明は お分かりだからいいですよね と
省かれて この時間だ。

以前のセンターでは こんな丁寧で詳細な手続きはなかった。
万が一の不足の場合に備えてのことだろうか。
あるいは バックオフイスの仕事量を軽減するためか。

今度のブロックは おそらく今までで一番痛い。
センターの看護師も 神経根ブロックがどれくらい痛いものか 分かっているらしく
痛みを緩和するために痛い思いをしなきゃならないんですけどねえ… と
気の毒そうな顔を向けた。

一泊か二泊でのブロック手術が これで本決まりになった。

十八日までには 持ち帰った書類に 記名や押印を済ませておかねば。

夕方 いつものようにリハビリをしに 夫に整形外科へ連れて行ってもらい 玄関前に車を
止めて 降ろしてもらった。
その前に 敷地の中の駐車場スペースへ入った時点で 夫も私も なんだ?あれは と 車の向こうに見えてきた いつもと違う工事中の幕で区切られた場所とその様子に
目を引かれた。
そこは いつも リハビリが終わった後 ベンチに座って夫の迎えを待つ場所だった。
ちょうど 車の通り道を挟んで 玄関の真向かいにあたる場所だ。

正確には駐輪場なのだが 整形外科だからか 車で来院する患者が殆どなので
自転車が停めてあることはめったにない。
その代わり 喫煙者のために 背の高い灰皿とベンチが一つ置いてある。が 最近は
煙草を吸う人も少ないから たいがいそのスペースに人はいない。

だから 私がいつもそのベンチに座って待てるのだが ちょうどその場所が 工事用の
幕で囲われていたから 二人して ナンダナンダ⁇となったわけだ。

それに 先週の金曜日には そんな風にはなっていなかった。

リハビリの後 ベンチに座って迎えを待てないから 仕方がない 受付と入り口に近い
所で 夫を待つことにした。
そして あれは何なのか どうしてなのか 受け付ける患者がいない時を見計らって
興味津々聞いてみた。

すると なんと とうとうここでも起こっていた‼︎ 車の誤発進が‼︎

何故そうなったのか 普通では考えられないが 多分 車をバックで駐車させようと
したか あるいは 停めた車を動かそうとしたか どちらかの時に アクセルと
ブレーキを踏み間違えて 斜めに 駐輪場の壁に向かってドーン‼︎ とぶつかって
しまったらしい。

駐輪場と車の出入りする場所の間には太い柱があって それで分けられているから
斜めにでないと そこへぶつかっては行けないからだ。

玄関と駐輪場の間は 雨の日でも濡れないで車に乗り降りできるよう 幅広いルーフ
天井があるから 壁だけでなくその天井屋根も剥ぐってあった。

しかしまあ ベンチに誰か座っていたら 大惨事になるところだった。
それに 煙草を吸っている人でもいたら その人も巻き込まれていただろう。
幸いにも怪我人はなかったらしいから 物損だけで済んで 本当によかった。

それにしても ニュースでは 高齢者の車の誤発進の事故を 昨今よく耳や 目にするが
とうとう それが 身近な所で起こるとは‼︎

現場を目の当たりにした夫も 私の話を聞いて 驚いた。

とにかく 「慌てない 落ち着いて ゆっくり 意識して動かす」が 老齢者の運転の鉄則だ
と 改めて思った。

車は コワイコワイ!!

殆どの土日 夫は必ず畑へ行く それは変わらないのに 何故だか今年だけは ほうの葉を
採って来なかった。

朴の葉は 五月の初旬から中旬が たいがい一番柔らかくて香りがいい。
だから私としては 本当は 朴葉寿司を早く作りたかった。
ところが 採って来てくれないので 寿司作りが とうとう昨日になってしまった。

毎年なら 夫がドサッと置いた葉を 私が丁寧に優しく裏表を拭うようにして拭くのに
今年は 多分私への負担を少なくしてやろう という思いだったのだろう。
夫が その作業をしてくれた。

ところが ちょっと硬くなった葉の裏表を ゴシゴシこすって洗ったものだから
葉の色がちょっと悪くなってしまった。

しかしまあ 使えなくなったわけではないから その葉で作った。

毎年 少しずつ寿司飯の上にのせるものは違う。

今年は スーパーで 浅漬けのごぼうを見つけたので それも加えた。
もどして甘く炊いた椎茸 佃煮のアサリ 胡瓜のキューちゃん漬け 甘酢生姜 デンブ に
錦糸玉子 あさりがなくなったらジャコの山椒煮 を 最初に寿司飯の上に 酢鯖の切り身を
置いておいて 順番にのせる。

今年は 酢鯖の他に 鮭の切り身を焼いてほぐし それを寿司飯に混ぜたものも作ったから
メインが二種類だった。

全部を 朴葉の上に置いた寿司飯の上にのせたら 朴葉でそれを包んで出来上がり。

いつもお世話になっている Iさんにも食べてもらいたくて わざわざ持ちに来ていただいた。
美味しいケーキを手土産に来てくださったが それに見合う味だったかどうか……。

朴葉寿司を作るときは たくさん作って いつも何かしらお世話になるご近所数軒にも
持って行くことにしている。

それに 長男宅の分も。
これが大変 みんなが大食漢だから 一人に二つ三つではとても足りない。
それでも 喜んで食べてくれるから 作りがいはある。
昨日は 嫁が持ちに来た。
二人の孫たちがそれぞれ大きくなり 塾だ部活だ 受験勉強だ と 忙しくしているから
四人揃って我が家へ来る回数が 年々少なくなった。

塾へ出かける孫に 嫁が 今夜はおばあちゃんの朴葉寿司よ と 言うと 孫は
ヨシ! やる気が出たぞ!
と言い置いて家を出た と 嫁が笑いながら話した。

例年なら何回か作るのだが 今年は おそらく昨日が最初で最後だろう。

自分がお寿司が好きだから 葉っぱさえあれば 何回でも作りたいが 昨日の葉の硬さ
では 多分 無理だろう。

でも 年中行事の一つができたから マアそれで ヨシ としようか。

夫に頼みこんで 畑に植えてもらった朴の木
今では幹も太くなり 大きな葉をたくさんつけるようになった。

次第に縁が遠のくふるさとの木 その葉で作る忘れられないふるさとの味だ。

朝 起きてみると 昨夜来の雨が嘘のように晴れていた。

これなら 夫と友人の釣りも 釣果が楽しみだ 雨の後は よく釣れるらしいから。

十時前ごろだったか 一緒に行った友人の奥さんから 電話があった。

ニンニク大好き と聞いた夫が 自分で育てたニンニクと玉ねぎを持参して
夜中のことでもあり 友人宅の玄関先に置いてから 友人と出かけて行ったらしい。
そのお礼の電話だった。

奥さんは 数年前から 私と同じように 腰痛と足の痺れの治療をしてみえる。

いくつか病院を変えながら 自分が納得のいく治療と効き目のある投薬をしてもらえる
病院を探した結果 今ようやく 電話で伺っても それはいい病院 と私も思える病院に
通ってみえる。

そこは個人の開業医で なんのことはないお宅から一番近い場所にあったのだそうで
整形外科には珍しく 温水プールを備えていて 医師の指導のもと インストラクターが
ついて水中での運動リハビリをしてくれるのだそうだ。

腰椎などを牽引する器具も最新のようで まるで空中に浮かんでいるような体勢で
リハビリをするらしい。

私が通っている整形外科も 医師はいつ行っても態度は変わらずしっかり患者の話を聞いて
くださるし マッサージの先生もとてもいい。
でも 温水プールはない。

治療のための温水プールが整っている整形外科があるのだ と 今日 初めて知った。

車の運転も禁止されているし遠いし 今通っている整形外科のマッサージの先生が抜群に
いいので じゃあ私も と そこへ変わる気はさらさらないが でも 温水プールは 正直
羨ましい。

大学病院へ通いだしてから暫くは 私も プールでリハビリのために歩いた。
水中運動は 陸上のそれの二倍の効果があり 体もよく動くので ずっと続けたかったが
そのプールは利用者が多く 昼間だからということもあって老人ばかりだったからだろうか
異臭が気になり とても不衛生に思えて気持ちが悪くて やめてしまった。

私も プールが近かったらどんなにいいだろう と 思う。

電話での話だと 整形外科に付随しているプールだから 単に運動のためだけに利用する
人はいなくて 利用者は 皆 患者だから いつ行っても二、三人くらいしか入っていない
らしい。

最近あまり 人様の話を聞いて 羨ましい! と思ったことがなかったが 今日の この
整形外科にプールがある という話は 真から羨ましかった。

私が通っている整形外科の先生も プールを増設してくれないかしら〜!



夫は 夜中から いつも一緒に行く友人と 釣りに行った。

梅雨に入っているし台風も発生して 昨夜も雨の降りかたが激しい時間帯もあった。

土曜日に行く と 友人と約束はしていても 状況によっては中止するかもしれないな と
思っていた。

ところが 夫は行く気満々だし 友人からも 止めようか の電話もない。

台風が近づいているし雨も激しいみたいだし やめたら? と言っても
通り過ぎていくから大丈夫!
と 夫は 全く気にしていない。

やっぱり行くんじゃあ おにぎりやらお茶やらコーヒーやらの準備をしなくちゃならない。

いつものように二時過ぎには家を出る と言うので 十二時に炊き上がるように
お釜をセットし 炊き上がるまで お茶を作ったりコーヒーを淹れたりして それぞれを
ポットに入れた。
万が一を想って チョコレートや甘いものも持たせるよう バッグに入れた。

ご飯が炊き上がると 三種類のタネでおにぎりを作り海苔で巻く。

持って行くおにぎりのほかに 夫が出かける前にお腹に入れていく分も作る。
ついでに 朝 私が食べる分のおにぎりも握った。

持っていく分は 釣りながら食べるだろうから 取り出して食べやすいよう
一個一個をアルミで包み それをまとめてラップでまた包んだ。

それだけの事をして それからベッドへ入った。

しばらくすると夫が起き出し 準備しておいたお茶で おにぎりを食べている
様子だった。

いつの間にか眠ったらしい。

その間に家を出たのだろう。
夫はすでにいなかった。

道中何事もなく 無事に帰ってほしい。




どこか体が思わしくなくて診察してもらいたい時 どの病院にかかるか 迷う。

総合的に診てもらえるし 大きな病院の方が信頼の置ける医師がいるのではないか と
初診でも診てもらえる大きな病院へ行く人もいる。
また 万が一の時には万全の処置をしてもらえるから 大きな病院へ行く人もいる。

近くで開業している医院なら 通うのが楽だから と 自宅に近い距離にある開業医を選ぶ
人もいるだろうし その医院の医師の評判がいいから と その開業医にかかる人もある。

でも これらの病院を選ぶ際の条件は どれも曖昧なもので 真実 本当だとは限らない。
それに 他人が いい医師 と感じても 自分にとってもそうだとは限らない。

このことが 本当だ と言える例が 最近三件あった。

最初は 叔母の目を診察してもらった 全国的にあちこちにある H病院。
近所に名医と評判の開業医があるにもかかわらず 一人暮らしの叔母は 術後一泊させて
くれるから と 友人も薦める大きなその病院にかかった。
が 結果 それまでなんともなかった角膜に傷がつき 四十日間の通院 十二日の入院
を余儀なくされ 未だ完治しなくて 痛みと前のように見えないことに苦しんでいる。

二件目は 同じ病院の同じ眼科で手術した老婦人の話。
一泊で白内障の手術をし退院したが 一週間後に痛みが出 ものが見えにくくなった。
それで 再び執刀医の診察を仰ぐと こんなことでここへ来るな 他の開業医のところ
へでも行け と 言われてしまった。
こんなこと 他の開業医へでも という 執刀した医師の言葉に 信じられない思いだった。

そして三件目
書道の先生が 同じ病院の整形外科を受診された。
大きい病院だし初診でも診察してもらえるから と 先の二例と同じ病院へ行かれた。
朝の九時前に病院へ行き 最初は外科へ廻されて CT検査の結果 肋骨を骨折している
と判明 整形外科にかかるように言われ 整形外科の待合で午後の三時まで待った。
ようやく呼ばれて診察室へ入ると いきなり 「なんだ歩けるじゃないか」と医師に言われ
問診票も外科からの回状も読まないで 先生が口頭で 外科で 肋骨が折れているから
整形外科で診察してもらったほうがいい と言われたから と話すと
「そんなのはここで診る事じゃない どこか開業医でベルトでも出してもらえ」と 言われ
極め付けが「まあ せっかくこの時間まで待ったんだから 湿布でも出そうか」という
医師の言葉だった。

自分の番が来るまでに 診察室から患者に対する医師の大きな声が待合まで聞こえてきて
あの医師だったら嫌だな と思っていたら 運悪くその医師に当たってしまった。
あまりの医師の言葉と態度に驚いてしまい いいです と答えて帰って来た と
今日 書道教室へ行った私に 話された。

たまたまだろうが 三件とも同じ大病院で 実際にあった事だ。

大きな病院には沢山の診療科があり たくさんの医師が患者を診察している。
その中の一人の医師の患者への向かい方や診断が悪いと 気の毒にも 立派な医師が多数
であっても 病院自体の評判は悪くなってしまうだろう。

叔母にしても書道の先生にしても 良かれと判断して大病院へ行ったのに 結果は
反対になってしまった。

患者は どのような要因を元に病院や医師を選んでかかったらいいのだろう。

病院選びは 本当に 難しい。



去年 昼間 自然界 特に海の写真を撮ることで有名な 日本人写真家がゲストの
トーク番組をみていた。

聞き手のアナウンサーが 世界中を飛び回っている彼が 常時持ち歩いているバッグの
中には 何が入っているのか と バッグの中身をテーブルの上に出してもらった。

その中に 液体が入っている大きなスプレーがあった。
アナウンサーが これは何ですか と問うと 虫に刺された時にこれをスプレーするのだ
と 写真家が答えた。

興味を持ったアナウンサーが この液体は? と聞くと 彼は ドクダミの花をホワイトリカー
につけたものです と答えた。

世界中に持ち歩いて 虫に刺されたらこれを使うと かゆみも消え後もこじれたりしないのだ
と言う。

ドクダミの花だけを積んで 生のままホワイトリカーに漬け込んだだけだが とてもよく効く
とも言った。

虫除けではないが 刺されてしまった後の処置に使用する というこの薬を 番組が終わった後
早速作った。

幸い というか 偶然だが 我が家の前の 荒れ放題になっている畑の周りには ドクダミが繁茂
していて その頃がちょうど花の時期だったから 花を集めるのは簡単だった。

一週間程度で出来る と写真家は語っていたが 私はひと月漬け込んだ。

そうして 聞いただけで作ってみた初めての虫刺され薬が完成した。

たくさんできた液を 友人にも分けてあげると みんな よく効く痒くなくなる と
喜んでくれた。

そしてまた今年も ドクダミが 小さな白い花をいっぱい咲かせる季節が来た。

先日から 少しずつ花を集めては 漬物用の器に入れたホワイトリカーに入れている。

今日もまた 花を摘んだ。
花はもう 器の中いっぱいだ。

もう少し経ったら 薬が出来上がる。
そうしたら また今年も 友人に分けてあげよう。

今年は あの人にも あの人にも 分けてあげたい。


先週末 私の性格を解ってくれている I さんが 最近の私のブログから かなりストレスを
溜め込んでいる と観て 会ってお茶でもどうか と 連絡をくださった。

ちょうど私も 連絡をとって会いたい と思っていた矢先だったので 嬉しかった。

そして さっそく今日の午後 迎えに来てくださった。
おそらくは 私の住んでいる地域外の方が 私が話しやすいだろう と考えてのことだろう
以前にも連れて行ってもらった喫茶店へ 車を走らせてくださった。

おおかた一月半会っていなかったが 毎日のようにその日の出来事をブログに書いている
から 大体の私の生活は丸分かりで 腹立ち紛れに書いた見苦しいブログも読んでみえた。

その話題になると私はまた 聞き苦しい愚痴を 遠慮のいらない間なのをいい事に
彼女を相手にひとくさり語り 聞き上手の彼女は それを ふんふんと聴いてくれた。

時間を忘れて話すのはいつものことだが 今日は 私一人が時間の大半を喋り 気がつくと
三時間以上も経っていた。

こうして 胸の内に溜まったものを素直に吐き出せ それをそのまま受け止めてくれる友人
がいてくれるありがたみを 今日 改めて味わい つくづく彼女がいてくれてよかった と
思った。

年下なのに いつも頼るばかりの私を あたたかく大きく受けとめてくれる彼女は
ひょっとしたら 前世では 私の先生か姉さんだったのかもしれない。

ほんとうに 今日は 救われた思いだった。

土曜日は いつもなら夫の勤めは休みの日だが 昨日は行事があって出勤した。

叔母の家へ寄り 帰宅したのが午後の二時過ぎ。
叔母も まさかその時刻までお昼ご飯なしだったとは思ってもみなかったに違いない。
そうだと解っていたら お寿司の宅配でも頼んでくれただろうから。

勤め先で小腹の虫養いに供されたのは 駄菓子をバラしたらしい菓子が二個出ただけ。
帰宅するや直ぐに ご飯ご飯 と請求したのも無理もない。

長年のことだから 何かしら行事があっても昼食が供されることはない と解ってはいるが
それでもやっぱり もう少し職員への気遣いがあれば と 思ってしまう。

さすがに疲れて食後四時まで昼寝した夫は 今日はこれまでだろうという私の予想に反して
やおら着替えて畑へ向かって行った。

広くなった畑の草刈りをしに行ったらしかった。

それから四時間 夫は帰って来なかった。
汗だくで帰って来るだろう夫のために お風呂を準備し夕ご飯のおかずを作って待っていた。

案の定 帰った時にはクタクタで 早速お風呂に入るのがやっとのこと。
汗で張り付いたシャツやズボンを脱ぐのも時間がかかる。

ところが お風呂に入ってサッパリしたのはいいが 疲れ切っているから ご飯が進まない。
結果 途中で 椅子の背にもたれて寝てしまった。

それから二時間近く寝ていただろうか
目が覚めてみれば夕飯の途中 冷めてしまったご飯に熱いお茶をかけ 流し込む。

その後も テレビを見ようとするが 直ぐに眠気におそわれる。
いっそのこと寝室へ行けばいいのに 見たい気だけはあるらしく フッと目を覚ましては
テレビを見ているが 気がつくと また寝ている。

広い畑の管理を一人でするのだから大変なことはわかるが なにもこんなにクタクタになって
まで することもないだろうに……。
いっそのこと マルチをかけて 草が生えないようにしたらいいのに……。

ご飯だって 口に運ぶのも大儀なくらいだから ましてや会話などできる状態ではない。
だから 今夜の会話は たったの二言三言。

こんな夫を見ると 畑などなければ…と思ってしまう。
こうまで体を痛めつけていては 長生きできない。

体育会系は どうしてこうも自分の体を酷使するのだろう。

朝は 少しでも遅くまで寝ていてくれたらいいのだが……。


今朝は 玉ねぎ掘りで給食のない夫のために おにぎりを握り 送り出した。

その前 起きた時から 左足が引き攣れていて 酷く痛かったが とにかくおにぎりを
握って持たせねば と我慢しながら握り 持って行くお茶も毎朝のように作って
ポットに入れた。

夫が出かけた後 洗濯機を回すようスイッチを入れ ひとまずまたベッドに横になった。
でも 洗濯が終わっても 足を引きずりながら干した後も まったく治らなかった。

そのうち右足まで引き攣れるようになってしまい 温熱療法を施してみたが治らず
通常より多く芍薬甘草の漢方薬を飲んでみても 一向に治らない。

リハビリに行って マッサージの先生に今日一日の状態を話し 治るように施術して
もらったが 今日の引き攣れは強烈らしく 短時間マッサージしたくらいでは戻らない。

先生は 個人的にはもっと施術してあげたいけど……と言われるが 仕方がない。
次に待っている患者もいるし 他の職員の手前 私ばかりをえこひいきできない。
それでも 五分くらいはいつもより長く背術してくださり 家へ帰ったら 体をこう
ゆっくり動かしてみて と 教えてくださった。

引き攣れていても痛くても 夕ご飯の支度は待ったなし。
時間はかかったが なんとか準備して終了。

整体の治療法も入った施術を きつめにしてもらったからだろう
引き攣れに加えて マッサージ前よりもっと腰が痛い。

夫がお風呂から出たら 直ぐに入って 早くベッドに入りたい。