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近年は 自分で動けないから 催し物や展覧会やコンサートへは 行けないもの という諦めが
強く 行きたい聴きたい観たい と思いながらも なかなか実現できなかった。

それが 今月になって叔母が 吉田兄弟の三味線を一緒に聞きに行かないか と夫と私を
誘ってくれた。

昔から好きで テレビで兄弟の演奏の番組が放映されたりすると観ていた夫は 喜んで誘いを
受けた。
夫が一緒であれば私もありがたいから 私もお相伴することに。

それが今夜だったが 一昨日になって叔母が やっぱり寒い時期でもあるから体調に自信がない
じっと聴いていられないと思うからやめるわ 私の分のチケットでどなたか誘って行って来て
と 電話があった。

急なことだったのでとりあえず息子に 一緒に聴きに行くか と尋ねると 珍しく行くと言う。

それで 今夜 三人で出かけて行った。

デビュー二十周年だという吉田兄弟の三味線は津軽三味線だから 音に迫力がある。
それを 巧みな技術と撥さばきで それも古典でなく 自分たちやピアノを連弾する兄弟が
創作作曲した曲や洋曲を 兄弟で演奏したりあるいはピアノの連弾とのコラボで聴かせた。

ピアノを連弾する兄弟の演奏は 以前にテレビでも観たことがあったが やっぱり直に聴くと
こちらも迫力がある。

和と洋の楽器の迫力のある音の相乗効果で互いが盛り上がり 私たち聴衆をその音の世界へ
引き込んだ。
聴衆も曲によっては手拍子を打ち鳴らし コンサート会場が一体になっての演奏になった。

無理に引っ張り出した格好になった息子も 長くこのような機会がなかったようで
一緒に手拍子を打って楽しんでいる様子だった。

映画すらここ数年観に出かけたことがなかったが 今夜は久しぶりに 会場の雰囲気を
味わいながら 素敵な音にひたってきた。


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昨年の十月くらいから 昔からの女性六人のグループでの会食の話が 当番から出ていた。

しかし あとの五人は良くても 私の体調が悪かったり手術したり骨折したりがあって
私はいいから五人でやって と 再三伝えたが 六人が揃わないと意味がないし 期日は
いつでもいいのだから と五人が言ってくれて 私の体調待ちの状態になっていた。

今年に入ってから 当番から そろそろどう?と連絡があった。
痛みはあるものの激痛ではないし この調子なら大丈夫かな と思えたので そう伝えると
それでは何日にするかみんなに計ってみるわね となり 全員が揃うには今日が一番よかった
ので 今日のお昼にランチをすることになった。

場所はいつも当番に一任だから 期日が近くなるまで知らせがなかったが 先日場所の連絡を
もらってビックリ!
別に特別な所ではないが そこは 昔 娘が婚約して婿が挨拶に来た際に 簡単な婚約式をして
会食した所だった。

今でもあの時記念に撮った写真を飾っているが 娘が振袖を着たのは あの日が最後になった。
ちょこんと腰掛けている長男の子は もう今年大学受験の歳になっている。

あっという間に経った年月だった。

その時以来行ったことがなくて 今日十数年ぶりに店内に入った。

あのころは まだ開店して間もない時期で 店主も若かったが 今日行ってみると 店内は
変わっていなかったが 店主だけは あの時から年月を経たなあ と思わせる白髪になっていた。

婚約の時には やはりそれなりの価格のコース料理をお願いして家族でいただいたことを
覚えている。

しかし今日六人でいただいた食事はランチだったので 大した値段ではなかったが それでも
上品な味付けで 美味しくいただいた。

今日は あれからもう十年以上が過ぎ 娘夫婦が二人の女の子の親になっていることへの感慨
二人の仕事が順調にいっていて彼らが豊かな生活を送っていることへの神仏への感謝など
様々な思いがあった。


そして 久しぶりに会った六人は 近くに住んでいながらも なかなか顔を合わせる機会がなくて
溜まりに溜まった会わなかった間の互いのことなどにな話が弾んだ。





二日ほど友のブログがあがらなくて心配になり連絡してみると なんと彼女は検査入院していた。

しかし幸いにも結果は大事に至らず 昨日退院できた。
これは 彼女にはもちろんのこと 私にとっても 今年になってから初めての
いいニュースになった。

そして 今日はプレミアムフライデー。

実は 御朱印集めを趣味とする人たちにとって 今日という日は特別な日。

なぜかというと 隣市内にある四ヶ寺が 金印や金文字の 月に一日だけしか発行しない
御朱印を授与する日なのだ。

去年のうちに回ったそれらのお寺で そのことを知ったので 今日は朝早くから 息子と
収集に回った。

パッドやスマホで関連することがらを調べてみると 珍しい金の御朱印を授かるために
全国から収集家たちが訪れ ものすごい数の列を作って授与を待つのだという。
それも その待ち時間たるや三時間にもなるらしかった。

とてもこの寒い中 三時間も立ったままではいられないから 七時過ぎに車で出かけた。
それくらい早い時間ならば人も少ないだろうから 授与が開始される時間には すぐに
いただけるだろう と息子と話し合ってのことだった。

ところが 神社に着いてみると もうすでに三十人以上の男女が列を作っていた。
中には 収集にあちこち出かけ慣れしているのだろう バックパックを背負って
その中に折りたたみの簡易椅子を入れて持ち歩くらしく 腰をおろして待っている人たち
が何人もいた。

県内や近隣の県だけでなく 方々の寺社へ出かけては収集しようとすれば それくらいの
出で立ちや装備にならざるを得ないのだろう。

私たちが列の最後尾に並んだ後にも どんどん人が来ては並び あっという間に三十人を
超える人が後ろに。 授与の開始時間には 境内はものすごい人だかりになった。

神社側も 毎月末のそのような様子を心得ているらしく 時間より早く授与が開始された。
おかげで 思っていた以上に早く順番がきて 金文字の御朱印をいただくことができた。

もう一社はその神社から歩いて行ける所にあるので 二人して歩いて行った。

着いてみると 気持ちのいいことに その神社へは私たち親子が一番乗り。
本殿の中の準備がようやく整ったばかりのところで 金印の御朱印をいただいた。

そのあと まだ御朱印をいただいていない神社が 少し離れた場所にあったので
その神社まで歩いて行ってみると そこには四種類もの御朱印があり 四種ともいただいた。

車を停めていた最初の神社へ戻ってみると 大通りからでも人の列が認められるほど
列はますます長く伸びていた。

やはり早く来てよかった とつくづく思った。

そのあと 今日しか授与されない御朱印を求めて もう一社と一ヶ寺を回り 帰って来た。

朝早かったので ドンドンに上も下も重ね着し 足の裏にはカイロを貼り マスクをして
出かけたので おかげで寒さを感じないで回って来られて 本当によかった。


午前中は習字 夕方は整形外科でリハビリとテリボン注射をした。

習字が終わって迎えに来てくれた息子が 蕎麦が食べたい というので 少し遠いが
春にはここにしかないという種類の桜が咲くお寺の隣にあって 店主に強いこだわりがあり
とても美味しい蕎麦を食べさせてくれる蕎麦屋へ行った。

ここで評判に違わないホンモノの蕎麦を味わい 息子は側のお寺で御朱印をいただいた。

それじゃあ帰ろう と 自宅へ向かった。

途中 あることは知っていたものの 一度も参拝したことのないお寺へお参りしよう となり
そのお寺で車を停めた。

すると そこは小さなお寺だが 七福神めぐりのうちの一ヶ寺で なんと御朱印があった。
二人ともが御朱印をいただき 寄ってみるものだね と笑いながら言い合った。

そして また家へと車を走らせていると 子供達が小さい時に連れて行き 家族でお参りしたり
お水を汲んだり 向かいのお店で五平餅や菜飯を食べたりしたお寺の案内が見えた。

息子に 小さい時に行ったよね と言うと 全く覚えていない と言う。
それなら せっかく近くまで来ているのだからお参りしていこう と決まり そのお寺へ。

奥の山裾にあるそのお寺は 小野小町ゆかりのお寺で 茶店の五平餅が有名なこともあって
参拝客がそこそこある。

私たちが着いた時は昼下がりで 人はまばらだった。
本堂で手を合わせた後帰ろうとした時 息子が お母さん御朱印がある と寺務所前で呼んだ。

無人だがお賽銭箱があり 各種のお守りやお札がほしい人は いただいた品の代金を そこへ
入れるようになっていた。
それで ここでも御朱印をいただく。

だから 今日は思いがけず 息子は三ヶ寺で 私は二ヶ寺で 御朱印をいただけた。

明日は 息子が午後から病院の予約が入っているので 私も一緒に午前中に家を出て
月末の金曜日にしか発行されない金印の御朱印をいただきに行く予定でいる。

何ヶ寺かあるようなので 調べて 行ける所の御朱印をもらってくるつもりだ。

どうでもいいことだが
去年からNHKで放送されている「チコちゃんに叱られる」という番組が 高い視聴率を
得ているらしい。
実際 私たち夫婦も 楽しみにして毎週みている。

NHKらしくない切り口で 五歳という設定の着ぐるみの女の子がゲストに質問し 窮すると
「ボーッと生きてるんじゃねーよ!」と CGの怖い顔で食ってかかるようにゲストを叱り
そのあと 質問の正しい答えが女性アナウンサーによって解説される という形の番組だ。
そのやりとりが面白おかしくて 視聴者はついつい笑ってしまう。

質問の内容がまた独特で 誰もが当然のように思っていることだったり 疑問にも感じないで
日常使っている言葉の意味だったりだから 番組を見ている視聴者も エッ⁉︎ それって……?
と 瞬間 まじめに考えてしまい 正解にも ヘェ〜そうなのかァ と耳を傾けてしまう。
そして 今までそのことについて深く考えたり知ったりしてこなかったことに気づく。

この番組の視聴者は 中年以上の年齢の人が多いらしいから 年代的に言葉に対する興味が深い
のかもしれない。

真面目くさって正面から この意味は……とか これは…… とか解説されるより 笑いや
ユーモアを交えながら 考えたり答えを知ったりする方が 受け手側は より引き込まれる。

でも だからといって 真面目一点張りがいけない事はあり得ない。
要は 笑いやユーモアと生真面目さのバランス具合が大切だ という事なのだろう。

笑ったり解説を聞いたりしながら まるっきりボーッと生きてるだけの私は
今さらながらだが そんなことを思い返しているこの頃だ。


息子が帰って来て療養生活を始めてから およそ三ヶ月。

順調に回復しているように見受けられるが 精神面は まだまだだと感じている。

体がよくない ということも多分にあるが 夫も私も どうしても彼を 未熟な子供のように
扱ってしまうきらいがある。

「雌鶏のように子の面倒をみる」と 微に入り細に入り子供の面倒をみる事を例える言葉が
あるが いくら体調を壊しているからといっても 息子はすでにいい大人なのにだ。

末っ子だから 私たち親は 昔からその傾向はある。
いつまで経っても 頭や心の中には 幼い彼が居続けている。
だからついつい ああしたかこうしたか ああしろこうしろ と 彼が行動する前に口に出して
しまう。私より夫の方が それが強い。

今朝も夫が私に 息子に運転免許証の書き換えがいつか聞いておけ と言う。
私は それが何にどう繋がる話なのか 分からなかったので どうして? と聞くと
警察で免許証の住所変更してないと書き換えの案内状が来ないだろう と言う。

免許証の住所変更は すでに去年のうちに 息子が警察署へ行き済ませている。
それにその事は 警察署へ行って来た日に 息子自身から聞いたはず。

いくらなんでも 息子だって もう今年は大台に載る年齢だ。
そんな大切な手続きくらい 親に言われなくてもする。

病気療養中でもあり心配だから 余計に彼のことが気がかりで 子供扱いしてしまうのだが
それにしても 夫の 息子に対する気にかけようは ちょっと度が過ぎている。

子供たちが育つ時期は 母子家庭かと思うほど仕事仕事で接することが少なく 父親不在の
我が家だった。
我が子よりそんなに仕事で関わる子たちの方が大切か と腹立ち半分あきれ半分のときすら
あったくらいだった。

それが 三人が成人し自分も退職した頃から 夫はガラッと変わった。
まるで罪ほろぼしでもあるかのように 三人の我が子のことを気にかけるようになった。

しかし なったはいいが 発する言葉がどうしても上から目線になってしまいがちだ。

独身でいることも 子供と思ってしまう元にはあるが 息子が恢復後 仕事ができるようになり
仕事先が家から通えるような距離にあって今のまま同居の状況になった場合 どうなるか……。

息子の体調や今後も大きな心配の種ではあるが 私達夫婦の 特に夫の 息子に対する接し方も
よくよく考えなくてはならない大事なことではないか……。

今日は 朝早くから そんなことを思った。


息子に車に乗せてもらって用事に出かけるとき 御朱印帳を持って出かけるようになっている。
おかげで 新年になってからまだ半月というのに いくつも集まっている。

とはいえ その用事自体が 市内や近場だから 御朱印をいただける寺社は少ない。
たくさんになったのは 一ヶ寺や一社で二枚三枚といただくからだ。

御朱印の発行自体が その寺社の維持費になるのだろうから 少々高いお賽銭 と思わねば
御朱印集めもなかなかだ。

今日は 銀行へ行ったついでに その数少ない近隣の中の二ヶ寺へお参りした。
私は以前にお参りして御朱印をいただいているが 息子はまだだった。

二ヶ寺ともが奥まった場所や山腹にあるので参拝に訪れる人もなく その分清浄な雰囲気で
実際 空気が澄んでいて心が洗われるような気持ちがした。

一ヶ寺は 明日が初観音 ということで 明日なら忙しくて御朱印をいただけなかったから
いい日にお参りした。
しかし 県内ではこのお寺の他には一ヶ寺しかないという絵入りの御朱印は 残念ながら
二十日以降でないといただけないとのことで それについては また出直していただくことに。

この絵入りの御朱印は 以前に私が来た時にはなかったものだ。
見開きの大きいものだから おそらく納める額も倍だろう。
しかし 滅多にない貴重な御朱印 とあっては近場の強み また足を運ばねば という気になる。

その帰り道 まさかこんな奥の部落にと思うような場所に 御朱印をいただける神社があったが
その神社も 次の機会にして 帰って来た。

二冊目の御朱印帳は 枚数が少ない。
このペースでいくと 今年のうちに一冊の表側くらいはうまりそうだ。



十日から何や彼やと毎日のように一気に出歩いたせいか ここ二、三日は 気が抜けてしまって
また 動いたせいで痛みが増して 昔だったらまだ松の内だというのにダラダラと過ごしていた。
やる気が出なくて 洗濯やご飯の準備をしたくらいで 一日がズルズルと過ぎていった。

日本は連休でも 毎日がお休みの私には関係ないこと。
夫は 喜び勇んで大根堀りに畑へ行くが 私は これといって何もすることがない。

いや やることはある やりたいことは確かにあるのだが 気持ちが立ち上がらないから困る。

年々 こんな気持ちが強くなっている。
困ったことだなぁ〜〜と 自分でも思っているのだが……。


今年もまた 整形外科でのリハビリを始めた。

そして 昨日からは 二年間かけてする骨の治療のテリボン注射を いよいよ始めた。

医師は この注射をするにあたって 骨折経験があるかを再確認し骨密度を測り 血液検査もした。
このテリボン注射の治療は 受けるのに なかなか面倒でうるさいものらしい。

でも 受けられることになって 一回めの注射をしてもらえたのだから 一安心だ。

医師は 二年という長期に渡る治療だから あまり四角四面に考えないで 一週間に一回が
原則ではあるが 旅行や用事で家を離れることもあるだろうから その時は休んでもいいからね
と言ってくださった。

いざ向かわん というように あまり堅苦しく思わないでいい のは 気持ちがずいぶん楽だ。


昨日は 午前には 筆始めで書道教室へ行き 午後には整形外科でテリボン注射が始まり リハビリも
始めた。

仏滅ではあったが 十日恵比寿の日でもあったから 事始めには いい日だったのかもしれない。

今年も 水曜日は温泉行き を始めた。

この温泉内の通路の壁は ちょっとした展示スペースになっていて 定期的に展示物が変わる。
書だったりちぎり絵だったり その都度変わっていて 行くたびに楽しく鑑賞している。

新年早々の今日は 独特の書体で詩や名言金言を表したものが あれこれ展示してあった。

その中に へえ〜これは言い得て妙だ と 足を止めてじっくり鑑賞したものがあった。
私には それがとても新鮮な感覚で 心にスッと入ってきた。

写メで撮ってきて息子に見せると 息子は即座にググった。
すると それは二千十二年に すでにどこかの会社が表したものだと知れた。

写メで撮ってきたものは それに 展示者かあるいは第三者が 続きを付け足したものらしい。
一つ二つは 聞いたことや読んだことはあったが これだけまとまったものは 初めて目にした。

感情は 表情に出る
動揺は 声に出る
本音は 仕草に出る
生活は 体型に出る
だらしなさは 歩き方に出る
美意識は 爪に出る
清潔感は 髪に出る
考え方は 態度に出る
気力は 姿勢に出る
自信は 目に出る
生き方は 顔に出る

実に よく考えられた 見事な言葉の群ではないか。

今年は これらの言葉を頭と心に入れてしっかり生きられたら と思う。