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深夜 ネット上に 首里城が火災 のニュースがアップされた。

眠さもあって 文化遺産だからすぐに消化されるだろう と思い そのまま眠ってしまった。

そして今朝 起きてテレビをつけると ナント!正殿が真っ赤に燃え 崩れ落ちる映像が!
アナウンサーは 正殿だけでなく北殿も燃えている と言うではないか!

昔のままに華麗に装飾された建物だけでなく 屋内の装飾品や文物も 全てのものが
年月をかけて往古のままに復元がなされていた。

五百年前に王国の象徴として丘の上に立っていたお城のなにもかもを そのままに復元する
のには 何十年もかかる調査や研究がなされた。

復元に向けて携わった 様々な分野の学者や研究者 歴史家の苦労は 並大抵ではなかった。

その苦労と沖縄の人々の悲願の上に ようやく完成された首里城が 燃えている!

燃え上がる炎の中 柱の骨組みだけになったお城が 真っ赤になって崩れ落ちていった・・・

夫と一緒に その様子を声もなく ただ見ていた。

何年も前二人で 首里城を含む世界文化遺産に指定された沖縄のグスク群を ゆっくり
何日もかけて レンタカーで見学して回った。

大和民族とは異なる 琉球王国としての沖縄を その時 肌で実感した。

今 焼け落ちる首里城をテレビで見ながら 琉球王国の象徴がまたもや失われたことに
大きな衝撃を受けている。
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朝早く いつものように 夫が通勤に出かける車に乗って大学病院へ。

大学病院で今日することは 診察と治療 点滴 会計が終わったら 院内のコンビニでする
ATM器械の操作と 昨日緊急入院した息子のために 症状が落ち着いてシャワーや入浴の
許可が下りる前に必要な 水を使わなくてもいいシャンプーやシェービングクリームや
髭剃り 入浴が可能になって使うシャンプーとリンスや 体を洗うソープ それに 病室は
乾燥するのでリップクリームなどなど 必要になるだろうと想える物の小さな容器に入った
細々とした品を買うことだった。

病院内に設けられたコンビニだから 会計を済ませた後 それらの品はすべて揃えることが
できた。

システムが変わってから会計するは 今日で二回目。

先週は前日に変わったばかりだったからか 立って案内する職員も患者も動きがぎこちなく
戸惑って右往左往する患者が多かったし これまでと違って大声で「こちらへどうぞォー」と
手を挙げて呼ぶ窓口の係にもビックリしたり ソファに座って番号が表示されるのを待つ間に
目の前を行ったり来たりする患者や職員にも馴れなくて いったいどれくらい待ったのか
分からなかった。

さすがに二回目の今日は 動き方移動の仕方が分かっていたからだろう。
落ち着いて会計を済ませることができた。
そして これまでより かなり待ち時間が短縮されたことに気がついた。

見回して見ると 朝 玄関フロアに表示してある千五百人を越える予約患者数に見合うように
たくさんの稼働椅子が固定のソファに加えて並べてあったが そこに座っている人はまばらで
四人がけのソファの多くにも 空いている場所がこれまでより目立った。

待ち時間が確実に短くなっている証拠だろう。

院内のコンビニで買い物を済ませ玄関フロアへ向かっている途中 すれ違った男性が
一緒に歩いている妻と想える女性に
「全然待たなかったなァ会計済ませるまで ビックリやわァ」と言っているのが聞こえた。

その男性がまったく待たなくてよかったのはたまたまだったのだろう と思えるが
それでもやっぱり 待ち時間が短くなったのは確かのようだった。

これなら今後は 待ち時間が長くて苦情を言う患者も少なくなるだろう。

大学病院は 会計待ちの時間を短縮するため これまでにも何度も改革を試みている。
“一度変えて それでよし”としないで もっと短くなるはず もっと短くするにはどうすれば
と 専門家のアドバイスや指導を得たりしながら 患者のために努力を続けている姿勢を
見せている。

これは ひと昔前の大病院にはなかったことだ。
それだけ 時代の波が “患者本位” の考え方になってきているからだろう。

いい時代になった と思う。

医学自体の進歩の目覚ましさは言うべくもないが こうした 医学とは関係がない部分でも
患者にしてみたら重要なことに対しての改革を これからもどんどん進めてほしい と思う。

今日 まだ夜明けの暗さが残る早朝 救急車を呼んで 息子を最寄りの病院へ運んでもらった。

日曜の昨日は朝から体調が思わしくない様子だった。

風邪の引き始めかもしれないと思ったが まさかそんなに重い症状になっていたとは
思ってもいなかった。

息子は 日頃からなかなか自分のことは言わないので あとで聞くには その前の日辺りから
徐々に下痢になっていたらしい。

それも ずっと潜血が混じっている状態で 回数も多くなっていった という。

そんな状態の上に 昨日の深夜からは 下痢と同じような嘔吐が始まり 明け方には とうとう
吐瀉物が鮮血になってしまった。

夜通し 二階で手洗いに何度となく通う様子が 下の寝室にも分かったので 私も気がかりで
一睡もできずに夜が明け始めた。

階段の下に立ち二階の手洗いに入っている様子を伺い ときには「大丈夫?」と声を掛けたが
「大丈夫」と返しては自分の部屋へ行くので その度に私も寝室へ取って返す事を繰り返した。

ところが 明け方近くなるにつれて どうも息子の様子が変わってきたのを感じた。

息子が手洗いから出るのを待って顔を見ると このままではいけない! と瞬間思い
「救急車呼ぼうか?⁉︎」と言うと 「ウン 吐くものが真っ赤やわ 」と言うではないか。

まさかまさか そこまで悪くなっているとは!
慌てて夫を起こし「直ぐに救急車を呼んで!」と言い置いて急いで服を着替え とりあえず
タオルなどをまとめて持ち 救急車を待った。

息子も玄関の上がりがまちまで降りてきて 腰を下ろして待った。

救急車には私が付き添って乗り込んで 病院へ行った。

CT検査の結果 消化器官上部の壁から出血している可能性がある と当直医に言われ
通常の診察が開始になると 内科医の指示で 急きょ胃カメラ検査を受けることになった。

結果は 救急室の医師の言葉の通りで 胃壁の何ヶ所かにひどい潰瘍が認められ
血管がむきだしになっているのが写真で分かった。

直ぐに入院の処置が取られ そのままストレッチャーで病室へ運ばれた。

病院に運ばれてしばらくしてから 着替えたり家の戸締りなどを済ませた夫も
病院へ来ていて 医師の話は一緒に聞いた。

私は動きがままならないから いざという時は やっぱり夫がそばにいてくれるのは
助かる。

息子が病室へ入り 様々な手続きや看護師の動きが一段落すると 必要な衣類などを
持ちに 夫と私は家へ帰った。

昨夜一睡もしていない私は家に残り 夫だけが息子のベッドサイドへ戻って行った。

今日明日くらいは絶食の息子だから 手洗いに立つ以外は安静状態で 二十四時間点滴を
しながらベッドの上だ。

昨日の昼間 母方の叔母から電話があって 叔父が先月入院し認知の症状が出ている今の
容体などを聞かされ 親しかった叔父なのでとても悲しくなった。

そんな昨日の昼間だったのに さらに夜になっての息子の騒動の顛末・・・
今日は本当に疲れた。

あア・・・明日はまた自身の大学病院行きが待っている・・・

しかししかし
「なんたらず❗️」

なるようになるだけだ。

「 なんたらず‼️」

試合が始まる前から ちょっと雰囲気が違っていた。

ニュージーランドがハカをするときには たいてい相手チームは離れた場所で真っ直ぐに
並んでそれを見ている。

ところが イングランドは違っていた。
ニュージーランドチームに迫るように ハカの間中 斜めに並んで ニュージーランドチーム
を囲むように迫って立っていた。

テレビ画面には ハカを眺めながら薄ら笑いさえ浮かべているメンバーが大写しになった。

多分 そんな相手チームのいつもと違う雰囲気にのまれていたのだろうか。
開始後直ぐに イングランドにトライを許した。

その後も ニュージーランドらしくないミスや反則を誘って イングランドは勝った。

イングランドがニュージーランドに勝ったのは初めてのことだという。

イングランドのヘッドコーチは 前の日本チームのヘッドコーチだった方だ。
彼は日本を南アフリカに勝たせた後 イングランドへと移った。
イングランドは イギリス人以外の人がヘッドコーチになるのは初めてだと聞いた。
予選で敗退するという屈辱を味わった前回のワールドカップの後のことだ。

そうした苦節を耐えての 今回の決勝進出だから イギリス国内の興奮はすごいだろう。

きっと婿は大声で応援していたに違いない。

日本が負けた後は どちらのチームを応援するということなく ただただ楽しむことに
徹している我が家は 昨日は判官びいきに徹して応援したが 残念ながらの結果になった。

今度は 南アフリカ対ウエールズだ。
さて どちらのチームを応援するかなぁ・・・。

昨日 久しぶりに手紙をくれた友は 東北にいる息子が帰って来ると 私のブログを見る
のだ と書いてきた。

多分以前 同級会で会った時か娘の所へ行った際に会った時かに 私が彼女に 日記がわりの
ブログをアップしていることを話したものらしい。

彼女はそれを覚えていて 息子さんが帰省しているときにスマホか何かでアップしてもらい
読んでくれているのだろう。

お孫さんの七五三の祝いをするのに息子さん家族が帰省する予定だったのが この度の台風
の災害で来られなくなってしまったとか。

またブログを見られると楽しみにしていたのが見られなくて残念だと 手紙にあった。

遠くで暮らしていても 体がどんなか痛みはどうか と気遣ってくれているのだろう。
ありがたいことだ。

彼女自身も手が痛くて 思うように動かせないようだ。

遠くにいながらも 互いのことに想いを馳せて安否や体調を心配しあう・・・

今日も遠くにいる違う友人からメールがきた。

ほとんど毎日を家で過ごす私には 遠くにいても こうして安否を気遣えあえる友人が
いる と思うだけで 心が強くなる。

身近に行き来できる距離にいてくれる友数人 遠くにいてくれる友数人 彼女たちに
支えられているのだ と改めて思う。


昨日 病院から帰ってみると 長くご無沙汰している友人から手紙が届いていた。

彼女とは高校に入ってから知り合い 三年間ほぼ毎日 一緒に通学した。
その後彼女は 兄姉が暮らす東京で就職し そのまま今も関東で暮らしている。

お互いに結婚して子供ができてからも交流は途絶えず 時々手紙のやり取りをし
十数年前くらいから 仲のよかった者数人が年に一度か二年に一度 一泊二日でする
ミニ同級会に彼女も参加し より交流が深まった。

私が娘の所へ行った時 時間の余裕ができた時には連絡を取り 東京で会ったりしてきた。

そんな友人からの 久しぶりの手紙だった。

色々経緯があった郷里のお兄さんが亡くなったこと ちょうど台風が来て鉄道が動かなくて
葬儀に行けなかったこと 手が痛くて困っていること 書きたいことがありすぎて なかなか
まとまらず手紙を出せなかったこと などが 高校の頃から変わらない文字で書かれていた。

昔 彼女が幼い息子さんを連れて その頃住んでいた市営住宅のアパートへ来てくれたとき
二人して夜を徹して話した。

その時 初めて お互いに共通の体験があることを知り だから惹かれあうものがあったのか と
二人で改めて認識しあった。

そういう思い出があるから 認められた文字の向こうにある彼女の心持ちを想うと
私もやるせない思いがしてくる。

人は 物事がなかなかうまくいかない時 心が折れそうになり 気持ちが縮こまってしまう。

そんな時こそ 飛騨や南信州の言葉

「 なんたらず‼︎ 」

と 言いたい!


*. *. * さん! この言葉 覚えてる?

「なんたらず」だよ!!
「なんたらず!」 で 頑張ろうね!





今日の大学病院は 昨日から会計のシステムが新しくなったとかで
フロアに出ている職員の数が多く 予約患者数自体はかなり少ないというのに
フロアには いつもとちょっと違った緊張感が感じられた。

診察を終えエスカレーターで下へ降りていくと すぐ側に立っていた職員が すかさず
寄って来て こちらの方へ と導く。
その先にはまた違う職員がいて この緑の線にそって歩いて行ってください と言う。

線が途絶えた地点にはまた違う人がいて ここで順番に並んで待ってください と言う。

自分の番がくると 空いている会計窓口の人が こちらへどうぞ と手を挙げて呼ぶ。

そこでは診察券を出すと 次回の曜日と時間を診察券の裏に印字して番号札を渡される。

その番号が 窓口の上に新しく設けられた器械に表されると 会計機械の方へ動き
診察券を挿入して会計を終える。

このシステムは 今までより複雑で 患者が動かねばならない。
だからだろう 初日の昨日は かなり混乱して大変だったらしい。

これまでは会計を待つ時間が長かったから それを解決して待ち時間の短縮を図る
ために新しくなったシステムなのだろうが 付き添いのある患者は動いてくれる人
がいるからいいが 一人で来てそれもかなり重篤な病状の人の場合 困るかもしれない。

混乱とそういう患者のために 今だけではなく これからもずっと 案内する職員が
フロアにいてほしい。
そして患者の助けをしてほしい。

そんなことを思いながら 帰って来た。



昨日 降りしきる雨の中で始まった儀式だったが 高御座のとばりが開けられ天皇のお姿が
現れたと思うや 青空が!

それまでは暗く落ち着いた色合いに見えた天皇や皇后 皇族方がお召しになった
平安の華麗な衣服に明かりが差し 本来の色や華やかな文様までが鮮やかになった。

先の天皇の即位の儀もテレビで拝見したはずなのに まだ自身の年齢が若かったのか
その頃忙しかったのか あまり覚えていないが 昨日はじっくりテレビに向かった。

それにしても 百六十を超える世界中の国々から 国王や王妃 元首など 各国のトップを
招いての国の儀式を 生涯に二度も拝見できるとは 実に幸運な世代に生まれた。

私は決して保守主義でも皇室信奉者でもないが 今の上皇后様についての報道を見聞き
するにつけ お人柄や教養の深さ 生きてこられた道のりに 強く尊敬の念を持ってきた。

以前にユネスコでなさったご自身の 本や読書に関する講話など 素晴らしかった。
このような女性を国民の象徴に仰げることを誇らしく思った。

長くご病気中の今上の皇后様が どのようなお姿を見せてくださるかは これからだが
先の皇后様とは違った 国際人としての象徴のお姿を期待する。

先の天皇ご夫妻が まだまだ日本に対する国民感情が冷たいオランダ を訪問された時
の事 確か子供の療養施設だったと思うが 養育施設を訪れた際の帰り際だったかに
一人の幼い女の子が ふいに皇后様に近寄った。
周囲の者達は突然の事にギョッとしたり驚いたりしたが 皇后様は慌ても困りもせず
その子の背の高さまで膝を折り 慈悲の笑顔でギュッと抱きしめられた。

その姿がオランダ国内で大きく報道されると それまでの日本への国民感情がいっぺんに
良好的なものへと変化した という事があった。

政治とは関わりのないお立場での内外でのご活躍が 政治的に交渉するだけでは
解決できない問題や感情を 皇族だからこそ国の象徴として 友愛の心で解決する糸口
をつけられる事がある。

国民が皇族の方々に願うのは そうした姿だろう。

今上の天皇皇后はもちろん皇族方にも 高額な国費を費やして象徴として仰ぐ国民の思い
をしっかり受け止めたご活躍を期待したい。

これは今夜 報道番組の中 松岡修造の取材に対して フィギアスケートの紀平梨花選手が
言っていた言葉だ。

まだ年若い女の子の言葉とは思えない強い意志を感じる言葉だ と 少し驚いた。

そう言われてみると 彼女は怪我をしていても それを物ともせず 耐えて
好成績を残してきている。

彼女自身の口から聞くまでは 意志の強い子だな と思っただけだったが この言葉を聞いて
なるほど これだけ強くてブレない気持ちを持って臨むからこそ どんなアクシデントに
見舞われても 変わりなく笑顔で滑り切れるのだ と納得がいった。

数分の真剣勝負に体を張る・・・若いながら すでに勝負師としての肝の座った彼女の
顔は 強い言葉を述べているにもかかわらず あの優しい笑顔だった。

孫より若い年齢の女の子から 七十の私が教えられる。

世界を相手に戦うのに 年齢は関係ない。

必竟 彼ら選手たちは強くならざるを得ない。

地獄とも思える修羅場をくぐり 心身の限界をみながら 尚 闘い続けるからこそ
言える言葉なのだろう。

それに比べたら 日々の私の悩みなんて ” なんたらず‼︎ “ だ!

南アフリカは強かった!

試合が始まってまもなく 南アフリカが初のトライを決めた。

その後 スクラムを組んでも 南アフリカは力が勝り 日本はおされた。

それでも 日本は必死で阻止しようと 精一杯の力を出して戦ったが 南アフリカの力が
優っていることを まざまざと見せつけられた。

世界ランクでは 5位と六位で 一位違うだけだが その差は大きかった。

前回の雪辱の思いとこれまでの経験値の差が点差となって現れたのかもしれない。

言ってみれば 日本はこれで前回のワールドカップの時の南アフリカと同じ段階までに
なった ということかもしれない。
日本は ようやくここまで来たのだ。

日本チームのワールドカップは終わった。

しかし ラグビーは終わりではない。

明日からまた 選手達は未来へ向けて 辛い練習に没頭するに違いない。

ここまで頑張ってきた選手達やコーチ 監督に ありがとう と言いたい。

ラグビーだけでなく バレーにしても陸上にしても 次々にふりかかる天災や
近隣諸国との様々な問題を抱え 鬱々としたものに覆われている日本国や日本人に対して
私たち日本人が持っているネバリや ひたむきに没頭して高みを目指す精神を 改めて
示し 思い起こさせてくれ 見せてくれた。

彼らが示した気概が 私たちにくれたものは大きい。

「今回のワールドカップは これまでのワールドカップとは 雰囲気が違っている」
と イギリス人の婿が言っている と娘が伝えてきた。

もともとラグビーの観戦は どちらのチームを応援する人も隣り合わせになって
応援する紳士的なものだが それでもたびたび大きなブーイングが起こったり
いざこざが起こったりしがちらしい。

それが 今回の観戦では滅多になくて スタジアムが一体となって 実に平和で
整然とした雰囲気が観客席を覆っているようだ。

婿は それは日本人が多いからだ と言う。
日本という国がそうさせ そのような雰囲気を作り出しているからだ と言うのだ。

娘から聞く ことさらに日本の文化に興味があるわけでもない婿からのこの言葉は
私にはとても嬉しかった。

これこそが 日本が世界に誇る「おもてなしの心」が現れたものではないだろうか。

残念ながら日本は敗退したが まだまだ準決勝と決勝の試合はこれからだ。

ワールドカップが終わる最後まで おもてなしの心で 盛り上げたいものだ。

そして世界の人たちに 日本人の素晴らしさ と 日本という国の素晴らしさを見てほしい。