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長年にわたって地域や生協に関わり 幅広く活動している友人から およそ一月前

「 今度 市が運営している施設で人を集めてカフェ的な催しを開くんだけど
その会で 本を読んでくれない? 」

と頼まれた。

そして 読んでもらうのは この中からがいいと思うんだけど と かなり昔に
県の小中学校校長会が編集して出版された本を手渡された。

それは県内各地に残る伝説や昔話を採集してまとめられた本で その中に
住んでいる市内の ある地区にまつわる話が ちょうど載っていた。

カフェに集ってくるのは年齢の高い地元の男女ばかりだから 地元に伝わる逸話で
知っている話なら興味を引きやすいだろう と思い その話を読むことにした。

折しも テレビで来年放映されるというドラマにも関係する話なので
余計に耳を傾けてくださるだろう とも思って その話に決めた。

本文は子供向けのものだから漢字も少なく 黙読するには問題ないが いざ声に出して
読むとなると 滑舌が悪いと読み辛い文章があったりしたので 事前に何度か読んで
練習し 時間も測ったりした。

そうして今日が本番 午前中 会が開かれ その場でおよそ十五分の話を読んだ。

老人施設だと聞いていたので ヨボヨボの老人が多いのでは と想像して行くと
なんと 集まった四十人の人たちは 皆生き生きとした元気な 老人とは呼べない
気力にあふれた年齢の人たちばかりで驚いた。

会場になっているホールは天井が高く広いから マイクなしで読む声が 全体の隅々まで
しっかり届いて聞こえるかどうか心配だったが 私の地声が大きいからか よく聞こえた
らしかった。

出席者のほとんどが知っている話だから なおのこと 下手な読み方をして茶々を
入れられたり そっぽを向かれて会話され始めたりしたらどうしよう という不安が
あったが そんなことは全くなく 最初から最後まで 皆さんが真剣な眼差しで
私の方を見ながら 静かに聴いてくださった。

大勢の人の前で本を読む 話す ということを最後にしてから 三十年近くの年月が
経って そういう場の雰囲気や緊張感すら忘れていたが 日頃 テレビのアナウンサー
の話し方や発音の仕方 イントネーション ナレーションなどに神経を立てているせい
か 聴いていただくのに恥ずかしくない程度には読めたのではないか と思っている。

同じくらいの年齢の それも女性は とかく何にでも批判的だったり意地悪い見方を
したりするものだから 実のところ どんな感想を持たれたのかは まだわからない。

次に 今日の本読みの声をかけてくれた友人に会ったら 彼女の耳に入った
生の感想が聞けるだろう。

ともかく なんとか自分なりにこなせたのではないか と思える程にはできたから
今日のところは 一応 ヤレヤレである。

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これまでは 二人で話しているうちに会話の流れで 今度ランチでも という話になり
互いの都合のいい日時を合わせて 二人で昼食を一緒にしたことはあった。

お互いに食べながら話しながらのせわしないランチだが 日頃お世話している御実父の
愚痴など 話せる相手が限られる中 経験のある私が相手だけに 気安く話せるし
私も 世話する側の気持ちを理解できて素直に聞ける。それが互いに分かった。

なので 生徒の中でも個人的なお付き合いをしたいからこれからは月一でランチでも
しませんか と言われ 私に否やはなく今日のランチになった。

一月という期間は短いようでいて 互いに様々な事が起きている。

まずは互いに起きた事を話す。

私は 息子が胃潰瘍になり入院したり叔母が具合を悪くして夫と二人で振り回されたり
している現状を 先生は お父さんが突然体調を崩されて救急車で病院へ運んだり
頑固さにほとほと疲労困憊していることなどを 互いに話し聞き 時間が過ぎていった。

何も解決するわけではないが 心を開いて話せ耳を傾けて聞いてくれる相手がいることで
それだけで気持ちが楽になる。

私には大切な友人が近くにいてくれて 彼女にはなんでも隠さず話してくることができた。
彼女は余分な口を挟むことなく フン フン と聞いてくれる。

これまでそうしてくれ今もそうしてくれるからこそ 私は自分を保っていられる と言える。

例えそういう間柄の人がいる場所が遠くても近くても それは関係ない。
その人が存在するか存在しないか が重要なのだ。

人に聞いてもらいたいなど思わず 自分を強く持って生きていられればいいのだろうが
私はそんなに強くはない。

自分の弱さを見せても大丈夫 と思う相手を知らず知らず探しているような気もする。

そうした相手に巡り会えるのは 稀だろうし幸せなことだ。

もちろん 気が合う合わない 理解できるできないなんてこだわらずに 誰とでも
自然体で話せ付き合える人もある。

それはそれで幸せなことではある。

でも私は どうしてもそういう付き合い方ができない人間だ。

そんなふうに思う私は甘ちゃんだからかもしれないが でも 今日にしても友人と会う時
にしても 話し 聞いて それを幸せに感じられることを 心底嬉しく思うし
なんて事のないランチして話す それだけのこと それだけの時間を 大切に思っている。





今 喉にくる風邪が全国的に流行っているのだろうか。

滋賀に住んでいる友人が 喉にくるひどい風邪を引いて それが長引いていて
処方された薬をしっかり飲んでいるのに なかなか治らない とブログで言っている。

彼女はたくさんの友人に囲まれているので 毎日どなたかが気遣って訪れ なにかと
食料や料理 喉にいいものなどを差し入れてもらっている。

それでも治らないのだから よほど ひどい風邪なのだろう。

毎日彼女のブログを読んで心配しながら 自分も気をつけなくては と思っていたら
なんと 東京の娘が 友人と同じような風邪をひいて 声も出せないくらいひどく
なっていることを 昨日の夕方知った。

普段 連絡はメールばかりで取り合っているので めったに互いの声を聞かない。
それが たまたま珍しく電話して 初めて娘の状態が分かった。

娘には 友人のように代わる代わる様子を見に来てくれる人がいない上に
孫たちの学校関係で外出しなくてはならないことが多くて
ゆっくり家で養生することができない環境だ。

これは大変 娘が倒れたら婿も孫たちも立ち行かなる と思い 行こうか? と
言っても 大丈夫 薬を飲んでいるから と返ってくるばかりだった。

それで 喉が少しでも良くなるように ちょうど日曜に夫が収穫して来た花梨の実を
使って 飲み物やジャムを作って送ってやることにした。

実の中から黄色に熟しているものを選び 二個は薄くスライスして蜂蜜漬けにし
四個をジャムにすることにした。

花梨の実は堅いが よく熟したものはカボチャくらいの堅さだから 案外切りやすい。

まず皮をむき むいた皮と種だけを集めてそれだけに砂糖を加えて煮詰める。

煮詰めたものをこして 薄くいちょう切りにしておいた実と一緒にして 残りの砂糖と
蜂蜜を加えて またコトコトと気長に煮詰める。

実の形がなくなって 全体がトロトロになるまで煮詰まったら出来上がりだが
なにせ実が堅いから 朝から始めた作業が 仕上がったのは夕方だった。

本当は今日のうちに送りたかったのだが 冷まさねばならず 瓶にも小分けして
入れねばならず 梱包して送るのは明日になってしまった。

慌てて作り始めたものの 残念だが仕方がない。

でも 薬としては よくできたほうだろう。

少しずつお湯に溶かして飲んで 早く喉の状態が良くなってくれれば
願うのはそれだけだ。



金曜日の夕方リハビリに行く前に 近くの閉店時刻の早いスーパーに寄ると
生鮮食品売り場のあらかたの平台は空になっていて 肉も魚も数パックずつが
バラバラと残っているだけだった。

そのかわり どのパックも最初についていた値札より格段に安くなっていた。

このスーパーは 特に魚が新鮮なことで名を売っているから 当然残っているパックは
魚の方が少ない。

その中に カマスの開きのパックが二つあった。

多分 最後まで売れ残っていた生のカマスを売り切るために 開きにしたのだろう。
それでも売れ残ってしまい 思い切った安値になっていたのだと思う。

これは買わない手はない でも二パックも買って帰っても・・・
その時 そうだ干物にすれば日持ちがする よし!買って帰ろう となった。

夕食後 早速干物作りにかかり 昨日 干し網カゴに並べて干した。

干したてを食べてみると 実に美味しい。

残ったものは一匹ずつラップで包み 冷凍庫に入れた。

これでまた焼いて楽しめる。

味をしめた夫は 「あのスーパーの魚は新鮮だから これからも時々開いてもらって
家で干物にしたら? 青物や白身の魚なら どれもきっと美味しいよ!」

とまで言っている。

干物もやっぱり自家製が一番美味しい ということだ。

しかし これは私の料理の腕がどうのということではなく 単に魚が新鮮だったから
美味しくなっただけのこと。

褒められても褒められた気がしないし ちっとも嬉しくはないが
買って来て干物にすることに思いが至ったのは収穫だった。

珍しく夫が どこか近場で紅葉を見にいくか と 一昨日ごろ言い出した。

近隣の市には紅葉で有名な景勝地が何ヶ所かあるが そのうち一番近いところへ行くこと
にした。

夫は日曜日に行くつもりでいたが どうやら日曜日は雨になるらしいとの予報で
急きょ 昨日の午後 行って来た。

息子にも一緒に行かないか誘ったが 久しぶりでしょ?二人で出かけたら? と言うので
夫と二人で出かけた。

何も調べずに出かけてしまったので 年に一度それも昨日一日しか催されないお祭りに
遭遇してしまい すごい渋滞にあってしまった。

夫は 若い時ならイライラして 車内で渋滞状態をやり過ごすことができない人だったが
少し前進しては止まり 少し動いては止まり に ブツブツ言いながらも我慢したのには
ちょっと驚いた。

それだけ歳をとった ということか。

ようやく紅葉谷に着くと 時期的には十日か一週間前がピークだっただろうと思えたが
それでも十分楽しめた。

屋台も出ていて たくさんの人が歩きながら 写真を撮りながら 紅葉を見て楽しんでいた。

重なり合った紅葉に日が当たり下から見上げるとそれが透けて 瞬間 幽玄の世界にいる
心地がする。

紅葉谷一帯は国の天然記念物に指定されていて 神社の起源も古い。

ちょっと車を走らせれば こんなに素敵な場所があることに そして 遠い昔 今はもう
鬼籍に入っていらっしゃる方に初めてここへ連れて来てもらった時のことなど
しみじみと思い起こす紅葉狩りだった。

夫にとっても 日常の慌ただしさから離れてリフレッシュできる紅葉狩りになった と
思いたい。



今日は寒い。

昨夜 寝ていても 冬布団を着ていても 寝室の気温が急激に下がったせいか
夫は目が覚めてしまい 我慢できなくてエアコンを入れた。

さすがに真冬ほどの温度設定にはしなかったが それでもホンワリ寝室内が
温まり それからはぐっすり眠れたようだった。

実は 二人とも足元の湯たんぽだけは とっくに入れて寝ている。

その裏 私はその前から敷き毛布も入れて 上は毛布も使い 真冬並みの装備でいる。

それでも寒さを感じたのだから 夜中から今朝にかけては この季節一番の
気温の低さだっ と分かる。

だからだろう。

朝 玄関を出ると フワリ フワリと たくさんの雪虫が飛んでいた。

それは午後になっても変わらず 今も 白綿のようなものをお尻につけた小さな虫が
塀の中のあちこちを ゆっくりフワリふんわりと漂うように飛んでいる。

昔から 雪虫が飛ぶようになると雪が降る と言われる。

飛騨の奥では もう白いモノが天から舞い降りているかもしれない。


昨日は習字の後 息子に頼んでホームセンターへ行き 玄関先の花鉢を冬バージョンに
衣替えするために 葉牡丹やらガーデンシクラメンやらの苗を買って来て植え替えた。

何をどこに植えようか 何と取り合わせて植えようか それを考えながら苗や色を選ぶ
時間が好きだ。

夏から秋にかけて楽しませてくれたが 今ではみすぼらしくなって寒々としてきた物を
抜き土に追肥して 買って来た苗を植えると たちまち冬待ちの鉢に早変わり。

まだもったいなくて夏のままの鉢もいくつかあるが それらも追い追い冬仕様に変えていく。

なにせ ちょっとの間作業しても直ぐに痛みが激しくなってしまうから 一度にはできない。

植わっていたものを畑へ捨てに塀の外へ出ると 通りかかった車の中から
町内の奥さんが わざわざ車を停めて窓を開け
「大丈夫? 無理しないでねぇ 」と 声をかけてくれた。

作業した後は真っ直ぐに立っていられなくて 腰を直角に近いほど曲げてでないと歩けない。
昨日も 私は腰を直角に曲げてヨタヨタしていたに違いない。

はたからも見るに耐えない有様だったから
多分その姿を見かねて 声をかけてくれたのだろう。

そんな自分の姿を想像すると “ヨボヨボ年寄り “そのものだ。

ヨボヨボ年寄りは我慢できなくて 昨日の夕方は痛み止めの注射のお世話になった。

火曜日には大学病院でまた痛み止めトリガーをしてもらうのだが それまでが保たない。


家での グウタラでイタイイタイの私を知らない人は 凛としている とか 品があるから
などと おべんちゃらで持ち上げてくれるが 四六時中痛みを抱える年寄りが実態の私は
その言葉には嘘があることを知っている。

でも せめて外出の時はそんな自分を引っ込めて 元気そうね! と言われるように
凛として見えるように ピンシャン面をした年寄りでいたい と いつも思ってはいる。

せめて 佇まいや居ずまいだけでもそうありたい その気持ちが大事! と
自分に言い聞かせて。

だから ふんわりフワリと飛んでいる か弱げな雪虫に負けないで 冬支度冬仕度!!

夕方近く ケアマネジャーが来月の計画表を持って来宅。

独居ではないし介護の程度も軽いから 計画表はレンタルしている物数点分の計算だけで
簡単なものだが それでも月に一度は翌月の表を作成しての訪問がある。

ケアマネジャーは話好きで かつ よく気の利く女性だから なんでも気軽に相談できる。

自身も身内の介護経験がある人なので 介護度が高い方やその家族の悩み あったら助かる
道具のレンタル など 多岐にわたってアドバイスしてみえるようだ。

私も話を聞いていると (もっと動けなくなったら それをレンタルしよう) と思ったり
(へぇ〜そんなものもレンタルできるのか) と教えられたり 学ぶことが多い。

昔と違って今は 「在宅で不都合が少なく暮らせるように そのために介護保険を使い
手助けになる物品をレンタルして使う」という考え方になっている。

だから 必要なものは 保険で許される限りどんどんレンタルして できるだけ快適に
暮らしてほしい と ケアマネジャーは言われる。

そして 「今レンタルしている物で不都合はないですか? こんなのがあったらいい と
思うものはないですか? なんでも言ってくださいね」 と言ってくださる。

ありがたいことだ と思う。
そして いいケアマネジャーに出会えた と思う。

今後 悪くはなっても良くなることはないのだから ケアマネジャーのお世話になること
は次第に増えていくだろう。

それを考えても 信頼の置ける面倒見の良いケアマネジャーで本当に良かった と思う。

日曜日に柿を持ちに来てくれた友人と話していたとき そういえばこんな事を聞いた と
彼女に語ったことを さっき別の友人のブログを見ていて また思い出した。

また聞きだから それが本当かどうかは確かではないが 話してくれた知人が言うには
医療関係者の知り合いがいて その人が「 外出から帰った後のうがいや手洗いも大切だが
ちょっと喉が痛くて風邪を引いたかな と思われる時や インフルエンザが流行って
いる時には 何より水でもお茶でもなんでもいいから飲んで ウィルスや菌を
胃へ流してしまえば 胃の強い酸で みんな死滅する 」
と言われたらしい。

とにかく小まめに水分を補給して喉にいる悪者を胃へ流し込んで胃酸で死滅させる

信じられるような信じられないような話だが 胃酸はそれほど強いらしい。

でも 毒キノコを食べたり 山菜を毒性のあるものと間違えて食したりして
亡くなったりする報道が 時々ある。

それらの毒は胃酸では死滅せず体内に吸収されてしまうからなのか・・・
ウィルスや風邪の菌とは全く違うからなのか・・・

信じがたい気もして半信半疑ではあるが とにかくできるだけ水分を摂って
飲み込み 喉にくっついた悪玉を胃酸地獄へ流し込んでやっつけてやろう!

予防接種はしているが 別の型のインフルエンザにかかればひとたまりもない。
それを防げるなら 飲み込んで飲み込んでやっつけるしかないのだから。

柿むきだけでもなのに 秋は 夫にとって どのシーズンよりやることが多い。

思いつくだけでも 玉ねぎの苗植え アロエの葉を焼酎につける 花梨の実を蜂蜜に漬ける
人参や大根の収穫 軒下に吊るして干していた柿を屋内に入れての管理 などなど
次から次にすることがある。

アロエは葉をとった後の小さな芽を土に植えておくと 一年経つとまた見事に大きな葉になる。
結婚当時 胃潰瘍寸前だった夫の胃をアロエで治した。
それ以来 アロエは欠かしたことがない。

初めのうちは胃の薬として私が育てていたが いつからか夫が自分で育てて焼酎に漬け
日常的に飲むようになった。

そのアロエが また大量なのだ。
大きな葉のアロエが三、四株植わったコンテナが四つに 地植えのものが これまた大量にある。
それら全部を焼酎に漬けるのだから 労力もだが 焼酎や氷砂糖や瓶にと お金も随分かかる。

その上 これも私が喉の薬にと始めた花梨の蜂蜜漬けだったのを わざわざ木を何本も植えて
成るようにし 大瓶に何本も漬けるようになった。

ほんの薬程度にとどめておけば大事にはならないのに 飲みたいばっかりに大量に漬けるから
知らず知らず疲れてしまう。

秋の仕事は 干し柿作りだけにすればどれだけ楽だろう と思うが せっかく成るものを
もったいない と言いながら 毎年毎年やっている。

とことん動いていなければ生きている気がしない夫だから 近年では諦めムードの私だが
さすがにこの秋の夫の疲れ様には ちょっと目が離せない危ないものを感じる。

義父の轍を踏まないよう 嫌われ鬱陶しがられても とにかく体を休めるように
口を酸っぱくして言うつもりでいる が 聞く耳を持ってくれるかどうか・・・。




夫が 干し柿用の柿をすべて採り終え いよいよ毎晩の皮むきが始まった。

しかし 去年より作業が進まない。

それは むいた後に作る連の数でわかる。

むいた後に黴止のために硫黄で燻すのだが むき始めた初日 その肝心の硫黄を
準備してなかった。
柿むき用のカンナは新しいものを買って来たのに 硫黄を買い忘れていた。

そのこと自体 今までにはなかったことだ。

本人には言わないが 脳も歳をとっている。

それ以上に感じるのは 体力がなくなってきたことだ。

土日の二日をかけて最後の柿の収穫を終えた。

去年までなら夕食の後には直ぐに柿むきを始めたのに 昨日はよほど疲れていたらしい。
九時には寝てしまった。

昨夜よく寝て体力が回復したのか 今夜は例年と同じように三連を作り 硫黄で燻した。

今年は三本を友人夫婦に採りに来てもらい 採ってきたうちの三本分くらいを 友人たちに
もらってもらった。
そして 残りの半分くらいを 勤め先へ持って行った。

それでもまだ 夫がむく数は多い。

来年は 友人夫婦に採ってもらう木を もう一、二本多くすることになるだろう。
それに もっとたくさんの友人にもらってもらわねば。


なにせ 干し柿作りのすべての作業を 一人で それも細かい作業を一人でするのだから
その大変さは 長年そばで見てきたから よく分かる。
だから 今年の夫の疲れ具合のほども よく分かる。

手伝おうか と言ってはみるが 返事はいつも同じ 「いい」
夫はそう言って 黙々と皮むきをする。

いつまでこの光景を続けられるか・・・。