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東京の孫たちに急いでマスクを作って送ってから ちょっと一休み と思い
とりあえずミシンは隣室へ運んでもらってあった。

それをまたこの二、三日 居間へ持ち出してもらい マスク作りを始めた。

作らない間も 全国的に品薄と聞くダブルガーゼや布にはアンテナを立てていて
時折お店をのぞいては 見つけると買っておいた。

見つけたとはいうものの気に入った色や柄ではないが この際贅沢は言えない。
貴重なダブルガーゼだから 合わせる綿布の色柄に合いさえすればいい。

孫たちのを作っていたとき なんとなく夫が欲しそうな素振りだったので まずは
男性向きの色柄のダブルガーゼを裏にして表は綿布で作ってみた。

作り方に慣れてきたので 我ながらうまく作れた。

うまくいくとおもしろくなって ここをもっと長くしたらどうだろう とか
欲が出てくる。

夫も側で ここをもう少しこうした方がいいんじゃないか などと口を出してくる
ので そのように作ってみると 次には他のところが気になりだす始末で 
また作ってみることになる。

その結果 まるで見本のように 形や大きさの違うマスクがいくつも出来上がった。

しかし結局は 元の大きさや形が一番無難 と知れて元に戻った。

そうしているうちに 自分でもきれいにできた と思えるものが ようやく昨夜
出来上がった。

こうなると またひとつ作りたくなってしまう。
もう マスク作りが趣味にようになってきた。

でも 痛みを抱えながらだから 一つ作り上げるのに時間のかかることかかること。

おまけに居間のテーブルを大きく占領しての作業だが 文句を言う人がいないのを
いいことにして 当分入院までは このままマスク作りを楽しむつもり。



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入院前にもう一度会っておしゃべりしようと 友人に迎えに来てもらい
日本中にも世界中にも ここのこの一本しかない という珍しい桜の古木が
もう咲いている頃か と観に行った。

ところが まだ二、三輪開いているだけで 咲くのはまだまだこれから と
いう状態だった。

この桜の木はとても古く 由来を書きつけた高札には 平安時代初期に
中将姫が病気の治癒をお寺に祈願したところ平癒したので桜の木を植えた という。
その桜が 難しい学名はついているものの とにかく世界中でこの一木しかない
山桜の変種で 和名もなくただ「中将姫請願桜」と呼ばれている。
(ちなみに学名は日本語ではなくカタカナ表記されている)

この桜木の特徴は まず花びらの形が 一般にイメージする形ではなく 
一枚の花びらが小さく細長くて おまけに先が矢羽のように別れて尖っている。
その形の花弁が二十も三十も重なって一輪をなしているから 小さくても
ボリュームのある可憐な感じの花だ。

一輪は小さくても 根本から幾本にも分かれた幹が八方に広がって空いっぱいに
伸びている長い枝枝いっぱいに咲く。

寒桜や河津桜のような鮮やかさもなく 八重桜のような華やかさもない桜だが
それだけに清らかで品位を感じる 楚々とした風情の桜だ。

しかし今日は そんな様子は見られず残念だった。

あと五日ないし一週間はしないと 満開にはならないだろう。

奥まった山裾の そんなに大きくもないお寺の境内にひっそりと咲く
国の天然記念物に指定されている桜だ。

夫に もう少し気温が上がるまで待て と言われてきた 鉢に植える春の花の苗を
ようやく許しが出て 昨日さっそく買いに連れて行ってもらった。

春の寄せ植え と言っても 私の場合 鉢のすべてを植え替えるのではなく
今植えていて春あるいは夏前までにも使える植物はそのままにしておいて
抜いた株の穴埋め的に新しい苗を寄せ植えるだけだ。

悲しいかな 鉢の中の土全部の入れ替えができないからだ。

植え替えに困るのは 本当は抜いてしまいたいのに まだまだ元気な冬の株だ。
例えば葉牡丹。

数年前から 初冬には大きな株の葉牡丹は買わないで 小さな物を幾つか買い
ほかの苗と組み合わせて植えている。

それが 気温は上がっているのに まだとうも立っていなくてリキリキしている。

それで考えて 捨てるのはかわいそうだから 今植わっている鉢からは抜いても
ダメになるまで 余っている小さい鉢に植えておくことにした。

それともう一つ 頭の痛いことがある。
元気な頃 増やそうと いくつもの鉢に分けて植えたムスカリや小さな黄色い水仙
が鉢の中いっぱいに密生してしまい 葉だけが長く伸びてしまっているのだ。

自分では植え替える事もできないので どの鉢も体調の良い時を見計っては
根気に雑草だけは抜いた。
だから これまでより多少は 根元に太陽が当たるようにはなったが 相変わらず
長い葉だらけで 花がほとんど現れない。

むしろ どうこぼれたのか駐車場にしている平土のあちこちから 紫の可愛い花が
咲き出している。

夫は 面倒なのだろう そんなもの放っておけ それより好きな花を新しく植えろ
と言ってくれるから またしても ムスカリはそのままの状態になってしまう。

だから ムスカリたちに心でわびつつも いくつかの鉢が埋まるよう 新しく苗を
買って来た次第。

今日はそれらを 収まるべき場所に植えるつもりでいる。

今きれいに寄せ植えておけば 入院する時や退院する時 玄関先が華やいでいて
気持ちが励まされるだろうから。

二週間先のそれを期待しての植え替えだ。

土や鉢は夫に動かしてもらい自分はただ植えるだけの まるで天皇陛下のお田植え
状態だが それでも 気に入った苗を選んだのは自身だから……。

その作業と前後して 今日は 我が家の真ん前に完成した高速道路の 今回開通した
区間のインターからインターを往復してみる予定だ。

天気が良さそうだから と 夫が言い出した事だ。

この小さなドライブも期待している。
さて 景色はどんなふうか。
高速道路上から見下ろす我が家は どうみえるのか……。

楽しみだ。

数日前から夫が 隣市のお寺の境内に立つ大木の枝垂れ桜を観に行こう と言い出した。

昨日で一応仕事の切りがついた事もあって 自身の気分転換を図りたかったようだ。

家を出る時にはパラパラと雨模様だったが お寺に着く頃には青空が広がって
風は強かったが まあまあのお花見日和になった。

もちろん夫も私も息子もマスクをして行った。
が お寺に着いてみると ソメイヨシノなどの桜の開花はまだまだ と みんな
思っているからか 新型コロナの影響もあって 駐車場の車は数台だけ。

でもこのお寺の枝垂れ桜は 他の桜に比べて開花が早いのだ。

去年観に来た時にはすでに花びらが散り敷いていて お花見するには遅かった。
それで 今年はこのところの陽気でずいぶん開いたのではないか と思いながら
行ってみると なんと すでに八分を通り越して九分咲きになっていた。

やっぱりこの木は開花が早い。
今日来て大正解だった。

古木だから 高い樹上からたくさんの枝が長く枝垂れていて どの枝にも
枝肌が見えないくらいビッシリと 薄桃色の花が付いている。

その長い枝が風を受けてユラユラと揺れ合う様は 実に優雅で趣がある。

樹の真下に立って仰ぎ観ると 空全体が まるで三尺玉の花火が開いたように
桜の花で覆われて それが降ってくるような錯覚におちいる。

この古木の満開に近い桜を観るのは初めてだった息子は あちらからこちらと 
動きながら 何枚も写真を撮っていた。

そうこうして見惚れているうちに 彼岸とあって墓参に訪れた人の数が次第に増え
狭い境内が賑わしくなってきた。

それを潮に短い坂を下り 名残惜しさに振り返りながら帰って来た。

こんな騒動の最中でのお花見は不謹慎かと気が引けたが 出会う人も少なかったから
感染の心配はしなくてもいいだろう。

それでも もっとゆっくり時間を費やして観ていられたら というのが本音だ。

来年も観られるとは限らないのに……。

今日は 夫の勤務先の卒園式だった。

しかも ご多分に漏れず 今年の卒園式は異例の形をとった。

在園児の出席はなし 父兄の出席も園児一名について一人だけで 式典自体も簡略化し
て行われ 式後は教室へ戻らずお別れして 体育館から直接玄関へ向かい帰る という
ことになったようだ。

友達同士また担任と名残を惜しんでの最後の語らいもなく 皆そそくさと帰らざるを
得ない 味気なくさみしい卒園式だった。

そんな普通でない卒園式でも 園児たちは 担任でもない夫に宛ててお手紙を書いたり
花束を用意していたりしてくれた。

兄弟姉妹で通う子達もあって 今回が最後という父兄の中にも お手紙やお花を
手渡してくださる方もあって 夫はたくさんの手紙や花を持ち帰って来た。

式がどのような形であれ 卒園児の一人一人が喜びと希望を持って 元気に
新一年生になってくれることが一番だ。

式がどうであれ 気持ちが大切!

心から 卒園 おめでとう‼︎

娘の子たちは二人とも 東京にある父の国のインターナショナルスクールに通っている。

彼女らの学校も 今回の新型コロナウィルス騒動で休校になり 感染の確率が高い東京
から 七里ヶ浜の別荘へと避難を兼ねて移り 生活している。

とはいえ 日本の学校のように学業がすべて停滞して 日々遊んでいるわけではない。

平日は毎日午前九時から午後三時まで みっちりネットを使った授業が行なわれている。

一人はパソコンで一人はアイパッドで 画面の向こうの教師と向き合って学習する。

しかし それには親のサポートが必須だから 娘は毎日毎日二人の学習に付き合って
ヘトヘトになっているようだ。

そんな中 陽気のよかった昨日 野外学習 と称して 娘は二人の子供たちを屋外へ
連れ出したらしい。

行き先は鎌倉山で 春の穏やかな日差しの中 遊歩道になっている木道を楽しく歩く
二人のビデオを送ってきた。

孫たちは 小鳥を呼ぶ道具を買ってもらったらしく キュッキュッピーピーと
それを鳴らすと その音に小鳥たちが反応し あちこちから鳴き声がしだした。

一番近くで鳴いているのはウグイスだったが 鳴き声が一般に聞く「ホーホケキョ」
ではなく 「ケキョッケキョッケキョケキョ」という鳴き方だったから 娘は
それがなんの鳥の鳴き声なのかわからなかったらしい。

それで 私にビデオを送ると同時に これはなんの鳴き声? と聞いてきたのだ。

その鳴き声は とてもしっかりした ウグイスの初鳴きの声だった。

孫たちは 途中で拾った大きな葉っぱを頭に載せたり大木によじ登ったり 久々の
山歩きに はしゃいで楽しそうに写っていた。

ビデオからは 辺りの澄んだ空気までも感じられ とても有意義な野外学習の
様子が伺えた。

なにより このコロナ騒動の中でも 二人の孫たちが健やかに子供らしく過ごして
いることが伝わってくるビデオだったのが 嬉しかった。

私も夫も 孫たちに負けないように元気に過ごして コロナ騒動を乗り切らねば!


我が県では新型コロナの患者は二人出たが その後は 県民の努力が効いているのか
感染者が出ていなくて 入院を控えている身として ありがたいことだと思っていた。

それなのに 夫が帰宅後 とうとう出たらしい と言う。
私たちが住んでいる市ではなく隣市で出たようだが 私たちの市と隣市は とても
関係が深く 隣市へ勤務している人が多いし 高校生や学生のほとんどが隣市にある
学校へ通学している。
それも通勤や通学にはバスを利用している人が多い。

だから これは深刻な事態だ。
夫の勤務先へも連絡があったらしいからフェイクニュースではないだろう。

万が一夫が感染したりしたら おそらく私は入院どころか大学病院の医師や看護師
も濃厚接触になるから 病院全体の機能が停止してしまう。

とにかく 感染しないようにしなければならない‼️

昨日は 来月の入院を控えて 医師から詳しい説明を聞くために夫を伴っての
麻酔科の受診だった。

私もこれまでに医師から時々説明を聞き いただいた冊子も読んでいたし
夫にも私の口からある程度は話してあった。

でも昨日の説明で 私が 勘違いしていた と分かった事があった。

入院予定のほぼ二週間内で 電極を挿入し結果が良ければそのまま埋め込みの手術
をするものとばかり思っていたのが 入院の二週間は 電極を挿入して痛みが緩和
するかどうかを観るトライアルだけの期間だ と分かった。

退院前にいったん電極を抜いて 効果があると判断された場合 一ヶ月後くらいに
改めて手術するのだそうだ。

その事が分かっただけでも 昨日の説明を聞けてよかった。

夫は 実際に挿入したレントゲン写真を見せながらの医師の説明に 電極について
心配な事をあれこれ質問し 医師はそれに丁寧に答えてくださった。

個室希望の点も医師の口から聞いている旨の言葉があり 説明は終了。

最後に とにかく新型コロナウィルスに感染しないこと でないと手術どころか
診察に当たっている医師や処置に携わっている看護師にも影響が及んでしまうこと
それは大学病院全体の医療体制にまで大きく関わってくる重大事であること
など 医師から真剣な顔で申し渡された。

夫はその話を聞いた時点で診察室を退出し 勤め先へと向かって行った。

私はいつものように処置をしてもらい終わったのが十二時前になった。

昨日の予約患者数は千三百人以上だったが 今日は なんと千七百をこえる
予約があるらしい。

受付と処方箋の係が そう話しているのを偶然聞いてしまった。

コロナ騒動の最中 麻酔科の医師も言っていたが 誰か一人でも感染者が出たら
病院はアウトだ。

滅多にない多い人数の予約患者の中には 疑わしい患者も混じっているだろう。

せめて私のトライアルが無事に済むまで 何事もないことを祈るような気持ちで
帰って来た。

夕方 長男宅まで夫の車で行き 長男宅の車に全員が乗り込んでお店へ向かった。

長男が予約したのは焼肉屋で 全員が食べ放題のコースを注文した。
時間制限は七十分。

焼肉屋で食べ放題は夫も私も初めての事 お店も今まで入ったことのないお店だった。

コロナ騒ぎ真っ最中というのに 我々のような家族や知人友人のグループなどで
店内がいっぱいだったのには驚いた。

各グループごとに仕切りがあるから ウィルスに関しては安心とまではいかないが
ある程度はゆっくり落ち着いて飲食できる。

七人がそれぞれに食べたい物や飲みたい物を注文して まずは下の孫の中学卒業を
祝い 皆で乾杯。

食べ終え飲み終えるたび 次次に別皿を注文しては お腹いっぱいになるまで
お肉やご飯などを堪能した。

赤身しか食べられない私は 同じ物ばかりを食べることになったが でも
家族が集って冗談を言ったり笑ったりしながら食べている姿を見ていると
心が暖かくなり お腹もふくれてくる。

思いのほか早くラストオーダーになり 飲食終了。

長男宅へ戻ると 長男と下の孫から ホワイトデーのプレゼントが。

プレゼントが入った二つの紙バックをもらって帰って来た。

二ヶ月前のお正月にするはずだった家族食事会 延び延びになっていた食事会が
ようやく叶った。

胸につかえていた事が 一つなくなった。



最近 嬉しい事が続いている。

一昨日は友人と会い 昨日は日中 息子と二人で温泉へ行き 久しぶりにゆっくり
お湯につかってきた。

そして今日は バレンタインのお返し と言って 友人が可憐なアレンジメントの
お花の籠を携えて訪ねてくれた。
それも 今どき どこの薬局を探してもないマスクの箱を一緒に持って。

以前に サーズだかの騒動でパンデミックが起こった時にたくさん買い置いているから
と言って 一箱くださったのだ。

普段マスクの買い置きをしていない我が家には 何よりの品でありがたい。

アレンジフラワーはさっそく飾り棚に置き写真を撮った。
幾種類ものピンクの花で埋まっていて 眺めているだけで口もとがほころんでくる。

家の中にいることの多い私には 何よりのいただき物だ。

そして今日は 娘婿からもバレンタインのお返しが送られて来た。
これまでは こういう場合 娘が調達して娘が送ってくるのが常だったが
今年は婿が自身で選んだものを自分で送ってくれたらしい。

宅配業者が荷を届けてくれた際 送り主の名が表に書かれていなかったため
万が一悪い事に引っかかっても困る と用心して もしかしたら とその場で
娘に電話して聞いてみると 今年は自分で注文して送るって言っていたから
多分そうだわ という返事だった。

何故 もしかして と思ったかというと 送られて来た品がワインだったからだ。

我が家の周りでワインに関係のある人間は 婿しかいないからだ。
案の定 婿からのプレゼントのワインだった。

それも アルコールに強くない私でも多分気にいる味と風味だろう と選んで
くれたらしい。

婿が普段好んで飲むのは赤ワインだが 贈ってくれたのは琥珀色に近い色の
おそらく甘味があるのだろう 澄んでいるが瓶を傾けると ちょっとトロンと
したトロミがある白ワインだ。

多分お父さんが大方を飲んでしまうのだろうが きっとお母さんにも気に入って
もらえると思う というのが 娘を通しての婿の言葉だ。

あちらからこちらから と嬉しい品をいただいて 幸せな気分だ。

それも 片手に花 もう片方の手にはワインの瓶 ときたものだ。
こんなホワイトデーは初めての事。
夢のような 絵に描いたような図柄!
これで本人がもっと若くて もっと綺麗だったら 新聞に写真を投稿したいくらい。
前もっての筋書きがあったかのような 偶然に重なった二つの贈り物だった。

明日の夜は お正月以来お預けになっていた 長男家族と私たち三人での食事会だ。
場所は長男が期日と場所を決めて 焼肉屋での外食になった。

下の子の公立高校の合格発表の前に そして 上の子が大学へ帰って行く前に と
考え 明日にしたのだろう。
それに 先日珍しく私もお肉を食べたと知って 孫たちは食べ盛りだし
思い切りお腹が満たされる焼肉屋へ と決めたに違いない。

孫たちが小さい頃にはしょっちゅう行ったり来たりできたが 大きくなるに連れて
次第に会う機会も共に食事をする機会も 年に何度かになっている。

だから 明日の夜は貴重な機会だ。

明日は雨だというから しっかり厚着して出かけなくては。
もちろんマスクして。