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新型コロナウィルスがこんなに猛威を振るう前 散歩に出る度に 早春から
道端に萌え出たよもぎを少しずつ摘んで帰っては茹でて それを冷凍してきた。

そのよもぎを使って 今日はお餅をついた。

とは言っても 我が家の餅つきはパン作り機についている機能を使ってのもの。

だから 一度につける餅米はたったの四合。

それを根気に何度も動かさないと 元々一度に杵とうすでつける餅米の量は
つけない。

結局 今日は四回動かして一升六合の餅米をついた。

一回ごとにつき終えたお餅は 熱いうちにジップロックの袋に入れてある。

その袋二つと朝どりしてゆがいておいた竹の子とを一緒に段ボール箱に入れ
営業所へ締め切り時間ギリギリに持ち込み 娘の所へ送った。

娘のところの孫たちはよもぎ餅が大好きだから 新草の芽が伸びると
それを摘んで草餅をつき送るのが 毎年の恒例になっている。 

残った二袋の一袋は長男の家へ 一袋は家で食べるように冷凍しておく。

そんなわけで 今日は朝から夕方まで 餅つきにかかってしまった。

おまけに 私は今朝 激しい痙攣が左足に起き 一日中痛みがひどくて
半人前のことしかできないから 主に動いたのは夫。

これまで夫はずっと勤めで家にいなかったから お餅をつくのは私だった。
だから夫は 機械を使うのに要領を得ない。
手順も手際も悪いから 今日はなおさら時間がかかった。

夫は 疲れた疲れた と言っていたが それでもなんとか出来上がって
送れたので 今は ホッとした顔でくつろいでいる。



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大学病院は 医師が新型コロナウィルスに感染したため閉鎖していたが
月曜日から診療を再開した。

先週 担当医からその旨の連絡を受けて いつものように火曜日の予約
をお願いしておいた。

その後 来院に先立って 当日持参するようにと問診票が送られてきた。

昨日は いつものように八時半の予約に間に合うよう夫の車で家を出たが
病院に近づくと 駐車場からして普段と様相が違っていた。

再開したとはいえ まだまだ世の中は騒動の真っ最中だからだろう。
院内へ入るドアと出るドアが分けられていて 動線が完全に分化され
なおかつ何人もの職員が立ち 見張って検問している。

職員は当日の患者かどうかを聞き 手にアルコール消毒液を吹きかける。
付き添いでさえ入口から先へは通さない。

ドアからホールへ入った途端またワッと驚いた。
多勢の職員や白衣を着た看護師や医師たちが立ったり座ったりしている。
そして 来院者を間隔を空けて並ばせたり来院の目的を確認したり
問診票の有無を聞いて 持っていない人にはその場で書かせたり検温したり
し、また 立ち入り禁止区域へ入らないよう患者を誘導している。
よし とわかって初めて待合の椅子が並んでいる場まで進めさせる。

そこにも何人も立っていて あちこちに立ち入り禁止テープが張ってあり
階段も使えないようになっていて患者はエスカレーターで二階の受付へと
上がって行く。

二階の受付からの手順は以前と変わらなかったが 処置室では
枕の上には 以前はなかった不織布のシートが置かれていて
横たわる人ごとに換えられた。

シーツも頻繁に換えるのだと看護師が言った。

受付にも処方箋をファックスで送る場所にも 職員と応対して会話を
交わすすべての場所には透明の分厚いシートが張り巡らされ
病院としてできることのすべてをして「感染者を入れず感染させず」
を徹底的に行なっている と思える。

こんな厳重な態勢をとりながらも 患者は千人を越えるのだから
その診療再開に対する病院の並々ならぬ覚悟と意気込みを感じる。

たとえ職員が交代でするのだとしても毎日一日中この態勢を維持するのは
大変なことだ。

病院側の 絶対に院内にウィルスを持ち込ませない という強い
意思が感じられる 昨日の大学病院受診だった。 


夕方 夫と一緒に 夫の車で整形外科へリハビリに出かけた。

行きは何の問題もなく 五分もするかしないかで医院に着き 夫は
リハビリだけ 私は骨の注射とリハビリを。

夫は自分のリハビリが済むと早々に車へ戻り 車の中で私を待っていた。

私が終わって車へ戻り やれやれそれじゃあ帰りましょうか と
夫が車のエンジンをかけた。

すると ブブブというような変な音がしてエンジンがかからない。
アラ⁉︎どうした?
と思ってもう一度エンジンをかけてみるが おんなじ音がして
始動できない。

夫は直ぐに バッテリーがダメになったか?古くなってきた とは
思っていたんだ…… と言いながら 念のためにもう一度かけてみるが
やはり動かない。

動かない と解ると こりゃあJAFを呼ばないと仕方がない となり
夫は携帯でJAFへ連絡 状況を伝えた。

バッテリーがダメになっているのだから 新しいものに換えるしかない。

JAFの応対もおなじだったらしいが 医院へ来るまでに五十分かかる
と言われてしまった。

夫はこのまま待つよりないが 私は息子に電話して迎えにきてもらうことに。

帰宅して夕食の準備をして待っていると 夫が帰宅。

損保ナンタラに入っていると 新品のバッテリーがかなり値引きになる と
JAFの人に教えられたとかで 思っていたより安く交換してもらえた と
ちょっと安堵したような様子だった。

それも 代金は後日コンビニ支払いになる と言われて たまたま手持ちして
いたが その場で支払わなくてもよかった。

随分よく動いてくれる車で型も古くなっているから どこかしら故障が出てくる。

夫は次の車をどうするか 考えてはいるようだが バッテリーが新しくなったことで
またしばらくは安心して乗れる と夫は喜んだ。

それにしても こんなに急に動かなくなる物だとは……

遠出している時でなくて 本当によかった。


これまで 大方の週は三回リハビリに行っていた。

しかし コロナウィルスに感染した人の人数が ここまで多くなってくると
いくら用心していても不安になってくる。

それで 今週からは月金の二回 リハビリに行くことにした。

思うことは誰しも同じとみえて 整形外科へ行くと 診察や注射に来る人も
リハビリだけの人も極端に数が減っていて 待っている人も二、三人しかいない。

したがって 注射もリハビリもすぐに順番がくるから 医院内にいる時間が少なくて
私的にはありがたいことではある。

医師や看護師たちも患者に追われない分ゆとりがあり 普段ならすることのない
世間話をしたり冗談を言い合ったりできる。

昨日も夕方行って 医師に注射をしてもらった後 医師と話した。
話の内容はコロナウィルスのことだった。

そこで 医師からちょっとショッキングな事を聞いた。

今回世界中に拡散して大量に死者を出している新型のウィルスは 元々
自然界には存在しない遺伝子を持つウィルスだ という。

何らかの形で人為的な手が加えられて作り出されたウィルスなのだ という。

中国で最初に患者が出た武漢には 生物化学研究所があったことは知られて
いた事らしい。

そこでいわゆる「生物兵器」が研究されていたのだが まだ研究段階だった
不完全なモノがウィルスとして 何らかのミスで外へ漏れた結果 今日の世界的な
騒動にまで発展し多数の死者を出すという悲惨な事になってしまったのだ という。

当然政府当局は すぐさまその研究所を跡形もないよう破壊してしまったから
証拠となるものは何も残ってはいないが 新型コロナウィルスというものは
ちょっと化学を学んだ者なら そうだ とすぐに解る物なのだ という。

エエッ!まさか!先生それ本当?
にわかには信じがたい医師の話に 私は思わず言ってしまった。

普通遺伝子は二本が絡み合っている物なのだが このウィルスの遺伝子は
一本しかないのだそうだ。

だから安定性がなく変異もしやすいのだという。

遺伝子云々については 私にはよく分からないが ショックだったのは
生物兵器として研究されていた何かが 人為的ミスで外へ漏れた結果
今の騒動を引き起こした ということだった。

世界中の人々を死の恐怖に陥れてしまった不完全な遺伝子のウィルス……
昔 同じような内容のアメリカ映画があったが……。


でも それって本当なのだろうか……。

真実だとしたら 恐ろしい という言葉さえ優しく感じるほどの
容易ならざることではないか……。


夫が山でわさび菜をとってきた。

花を持ったわさび菜は 春のしるし。

夫は毎年とってくる。

そして わさび菜は密閉容器に入れてヒタヒタに熱湯を入れ 蓋をしたら
思いっきり何度も何度も上下にふる。

お湯を捨てた後しんなりした菜を冷まし しょうゆで味をつける。

こうして作ったわさび菜の醤油漬けは 時間が経つほど辛味が立ってくる。

これを食べながらアルコール類を飲むと格別らしい。

春はいい。

山野にも畑の隅からも 食せる植物が芽吹いてくる。

ウドの芽はもう天ぷらで食したし アズキ菜も素揚げやおしたしにした。
その前にふきのとう味噌も作った。
コシアブラも天ぷらにした。

私が一番好きな春の物は タラノメだ。
畑に植えて増えたものを楽しんでいたが この根っこが実に強くて
どこまでも伸びてはびこり 畑で栽培したい本来の野菜に支障が出てきた
ために 夫が全部掘りかえしてしまった。

これからはワラビやゼンマイも出るが 残念なことにこの体では
とりに行けない。

昔のこと 亡父は どこでとるのか太くて青々した茎の長いワラビを
毎年とって来て おひたしにしたり煮たり 湯がいて干したりしていた。

ワラビやゼンマイの他の山野のものを食し始めたのは 白川村へ夫が
赴任してからだ。
それはもう 四十年も前のことになる。


人生観を変えるほどだった三年間の生活は 我が家の食生活までをも
変えた と言える。

季節とともに生きる白川村の人たちから学んだことは 今もしっかり
私の中で生きている。

市販されているいく種類かのマスクから型をとったり ネットからとったり
これまで様々な型の布マスクを作った。

まず作り始めたのは 今回のコロナ騒動など思いもしなかった何年も前。

上の子がようやく歩き始めた頃 市販のマスクだと肌に当たるようで
するのを嫌がって困っている と娘が何かの話の折に言ったのがきっかけで
手もとに幼児用のマスクの手持ちがなかったから ネットで型を探して
何枚も何枚も作った。

そして 今回の騒動が起こり始めの時に そういえばあのマスクだと小さく
なっているはず と子供用の型をネットからとって作り送った。

その時は まさか世界中がこのような事態になるなど想像もしていなかった。

ところが 日本の中からマスクが消えて これは一大事と 今ある手持ちの
マスクを大切に使うためにも また 収束がまったくみえてこない状況下で
長期戦になることを考え 布マスクを作り始めた。

孫のマスクを縫う頃は 手芸店にはガーゼ地もマスク用のゴムも まだ
店頭には十分あって 色も柄も選べた。

ところが 夫のマスクを作ろうと布地を買いに行った時点で
もう驚くほど品数が減っていた。

それでも ダブルガーゼの色柄は自由に選べられなくても なんとか作れる
だけは買うことができた。

それが 買い足しに行くたびにお店から消え ダブルガーゼもマスク用の
ゴムも しばらく前から まったく店頭にない。

マスクを作るのに ダブルガーゼ地でなくても 他の生地でも作れるから
普通の綿布を使って 何枚も作ってはいる。

しかし 直接鼻や口元に触れるものだから やはり柔らかい材質の布の方が
適している と 作り比べ試着してみて思える。

ところが 買いたくてもそのダブルガーゼ生地がお店にないのだ。
だから私は今 仕方なく ネットで生地を買っている。

そのダブルガーゼ地も 全国から欲しい人が殺到するから 次第に値が上がって
いるようだ。

皆 考えることは同じなのだろう。
なんでも早い者勝ちの様相を呈してきた。

入院が延びた分 家族用のマスクをゆっくり作れるようになったものの
(入院する予定だった日の前は 勤めに出る夫の分だけでも作り置きしたくて
焦って作った) いざ作ろうとすると ネットでしかガーゼ地が入手できない
のが 悲しくも厳しい現実だ。

マスク作りのダブルガーゼどころか 怪我の手当てに使いたいと薬局へ行っても
医療用のガーゼすらないらしい。

何年か前に 友人に教えてもらったおかげで パソコンやパッドを使えるようになり
ネットで買い物ができるようになった。

そのありがたさを 今 身に染みて感じている。

あの時 友人が手を差し伸べてくれなかったら 根気に教えてくれなかったら
マスク作りをどうしていたか……

今あらためて感謝している。

I さん ほんとうにありがとう‼︎

散歩すら怖くて家にばかりいる私に夫が サンドイッチでも持って
桜見に行くか と言って 昨日連れ出してくれた。

私たちが住んでいる市は 市とは名ばかりの 田畑と山ばかりの田舎だから
家を少し離れるだけで 三密などとは無縁の場所へ行ける。

元気な頃には歩いて行けた距離に 千本を越えるかと思う桜が
小川をまたいだ両岸に植わっていて 今の時期はそのおびただしい数の桜が
一斉に咲く 素敵で静かな遊歩道がある。

初めはヒョロリとして心細いような木々だったのが 今ではそのどれもが
太くなり枝を大きく伸ばし 木全体を花で覆うようになっている。

その桜を見に行こう と夫が言い出したのだった。
以前はよく一人で行って歩いていた そのお気に入りの道だったから
私も久しぶりに行ってみたかった。 

我が家からだと 車で五分もせずに着く。

桜は満開を少し過ぎ 花びらを穏やかに吹く風にときおり散らしてはいたが
それでも まだ川面に花筏を作るほどではない。

この両岸の桜道は人と自転車だけが通る道だから 車はたんぼ道に止め
じゃまにならないような場所にシートを広げて靴を脱ぎ
腰を下ろしてサンドイッチとおにぎりを食べた。

ときおり ベビーカーを押す若い夫婦や年配の夫婦が のんびりと
桜の下を通り過ぎる。

ジョギングしている人もいる。

座ったまま首を左右に振れば 咲き誇った木々が右へも左へも続く風景が
眺められる。

久しぶりにマスクを着けないで戸外にいると 吹く風さえも新鮮に感じる。

食べ終えると 私たちも桜見物。

桜の中をゆるやかな風と一緒に渡ってくる空気を 久しぶりにマスクなしで
胸いっぱいに吸いながら ゆっくり歩いた。

華やかに連なる桜の木々や 枝から枝へと移って鳴くヒヨドリの声や
花びらを浮かべて流れる澄んだ小川を見ながら コロナ騒動で
いつの間にかとがっていた神経が しだいに平らかになっていくのを感じた。

こうして出て来てみると「不急」の用ではなかったが 心には「必要」な
外出だった と思えた。

何年も会っていなかった桜たちが 花びらを散らしながら再会を喜んでいる
そんな気さえしたピクニックだった。

また隣市で新型コロナウィルスのクラスターが発生した。

今度は隣市の中でも一番と言っていい高級肉料理店でだ。

合唱団は別にしても ナイトクラブといい肉料理店といい 一般の市民には
あまり馴染みのない 高給取りが出入りする場所ばかりがクラスターの
発生源になっているのは なんとも皮肉なことだ。

昨日の時点で我が県での感染者は八十六人と一気に増え もはや百人越えも
視野に入って来た。

この事態を受けて昨日 知事が県独自で非常事態宣言を出した。

なお一層 三密を避け不要不急の外出を避け アルコールや石鹸での徹底した
手洗いやマスクの着用を と市長がまたもや訴えた。

もとより外出の少ない私は家で もっと良いマスクを作りたいがために
送り金が不具合で思うように動かなくなっていたミシンを あちこち部品を
外してみたりホコリを取ったりして 危ういながらなんとか動くようにした。

今は実用的な形の物を作っているが ヨーロッパの有名服飾ブランドなどは
ヘエ〜と思うような形のマスクを ガーゼや綿布などではなくオシャレな布を
使って作っているのを知って いつかはそんなマスクを作ってみるのも面白い
と思っている。

しかし とにかく今は これまでの残りと友人が分けてくれた市販のマスクを
できるだけ長持ちさせるためにも 布地のマスクをたくさん作っておきたい。

終息どころかこれからいったいどこまで感染者が増えるかわからない状況下では
どれだけあっても有り余ることのないマスクだ。

布のマスクは役に立たない と言われるけれど フィルターになる不織布を重ねる
ことで あるいは市販の物と一緒に重ねて使うことで なんとかこの事態を
やり過ごさねば と思う。

たった家族三人分でも毎日使う物だから 洗い替えが何枚も要る。

入院までに 息子の分の枚数を作り置きせねば と思うと焦る。

ミシンが動いて縫えるうちに ある程度の枚数を仕上げたい。
また動かなくなって縫えなくなったら困るなぁ〜……。





アルコール消毒 うがい マスク……のほかにすることがあった。

例えばスーパーなどで買い物をして来たら 荷物を下ろす前に 玄関で
買い物袋やラッピングなどをアルコールを含んだ物で清拭することだ。

家庭内のドアノブなどは訪問者がない限り 帰宅後すぐのアルコールでの手指の
消毒を怠ったりしない限り たまにするだけでもいいだろう。

とにかく不要不急の用事でない限り できるだけ出歩かないことが一番だ。

昨夜はせっかくの今年一番のスーパームーンだったというのに どの局もテレビは
新型コロナウィルス関連のニュースばかりで 情緒にひたる間もなかった。

我が家も 夫と二人ベランダへ出て むら雲の中の煌々と明るい月を つかの間
眺めただけで そそくさと家の中へ入ってしまった。

社会が 世間が 暮らす周辺が 穏やかであってこそ自然の情景にも目がいくが
日本中がこのような恐慌の中にあっては 月を愛でる心さえなくなってしまう。

いつ果てるともしれないウィルスとの戦いが ヒタヒタと我が身に迫ってくる気配
がする。


とうとう私が住んでいる市でも 新型コロナウィルスの感染者が出てしまった。

隣市で発生したクラスターに属する男性らしい。

それで 市長自らが市の無線で発生を市民に伝え より厳重な注意と自粛を
呼び掛けた。

しかし これ以上どのように注意して生活すればいいのか 正直言って戸惑う。

玄関には 外から帰ったら直ぐ噴霧して消毒できるようにアルコールを置いているし
家へ入ったらすぐにうがいもしている。

もちろん どこへ出かけるにもマスクを離さないでいる。

これで感染したら もう 仕方がない と諦めるしかない。

とにかく何より 外出を控えるしかないだろう。

そうやって 感染する確率を下げるよりどうしようも無い。