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四日の入院五日の手術を目前にして 私が一番気がかりなのは 夫の勤務先で
同僚や園児 その父兄にコロナ感染者が出ないか ということだった。

園への打撃や影響はもちろんだが そうなるのは私自身にとっても重大な事に
なるからだ。

万が一 園の関係者の中に感染者が出ると 夫はもちろんだが その濃密接触者
として私へも影響する。

そうなると 週一で通っている大学病院の麻酔科医師や看護師も 私との濃密
接触者となる。
果ては それは病院すべての機能に直結するから 日々通院して来る外来患者
にまで 病院が閉鎖になったりすると 迷惑を及ぼしてしまい 大変な事態を
引き起こしかねない。

それを恐れるから 毎日 園に変わったことがなかったか 夫が帰宅するや
お帰りなさいの次に必ず問いかけている。

それがだ。
その危惧が 現実にやって来た。

一昨日の帰宅後 夫が 園児の父親がPCR検査を受け結果待ちの状況だ
と 園へ告げた と言った。

父親は某大病院の医師だそうで 今は自宅待機の状態だと その日に園へ
伝えたのだそうだ。

その言を受けてさっそく校医に連絡し 今後のとるべき方向の指導を
仰ぐと もし親が感染しても子に感染が認められなければ 園を閉鎖
したりすることはない と教えられた と言う。

私は それを聞いて驚き 切羽詰まった気持ちになった。

「来たか⁉︎」
とうとう身近かに迫ってきたのだ。

昨夕も夫の帰宅後 何か変化があったかと聞いたが そんなに早く
検査の結果が出るわけもないから 連絡待ちの状態だと言う。

しかし夫は さすがに私のことを気にかけて 入院手術が無事に済む
まで 来週は 月曜日から水曜日までの三日間 園を休むと伝えたらしい。

またここで一月もそれ以上も手術が延期になったら と用心しての
ことだ。

あと五日の辛抱だ。

なんとか なんとか 四日には無事に入院できますように と
祈るような気持ちでいる。
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一昨日 病院へ行ってみると 昨今のコロナ患者の増大によって
前回退院した数日後に解禁になっていた家族の面会が 再び禁止になった
と医師に告げられ それに関しての印刷物を手渡された。

もっともそれは前回では絶対にダメだったが 来月の入院手術に関しては
原則を外れて むしろ夫の付き添いは必要だから 入院時と翌日の手術の
日は 夫に終日院内にいてほしい と言われた。

手術室からは全身麻酔後の状態で病室へ戻るらしいから 容態の変化の
見守りや 手術を終えた後の説明もあってのことだ と説明された。

それにしても この全国的な患者数の増加はどうだ。
これまで一人も出ていなかった岩手県でもとうとう感染者が出 私が住む県の
患者数も三十人になってしまった。

怖いのは 夫の勤務先関連で発症者が出ることだ。

手術が後一週間足らずに迫っているのだから なんとかこのまま無事に
入院にこぎつけたい。

長く会っていなかったIさんと 今日ようやく会うことができた。

いつもの如く家まで迎えにきてくださったIさんは 今回の二度の
入院手術が コロナ騒動でお見舞いにも行けないから と言って
アレンジしたお花や使い捨てマスクの箱 退院後の入浴時に
使うといい と言って 薬効のある特別な入浴剤 それに
病室で飲んだら喉のためにいいと言ってビタミンCの錠剤のボトル
などなど たくさんの心入れの品々を袋に入れ両手にいっぱいにして
訪ねてくださった。

来月の入院までに どうしても彼女に直接会っておきたかった私を
入院直前にいいかしら?とご主人共々心配されながらも 快く
会ってくださったのだった。

それに比べて ただただ彼女に会いたいばっかりの私は 盛夏用に
作ったマスク数枚とそれを収めておく袋と仮置きにする袋を差し上げただけ
のお粗末さ。

本当にいつも申し訳なさでいっぱいになる。

彼女は 思っていた以上に明るいから安心した と言ってくれ 彼女もまた
家事以外にヘルパーの仕事と畑仕事をこなして忙しいながらも 顔色も
よかったから 私も安心した。

いつものことだが 今回もやはり 彼女に支えられている と痛感した。

彼女の顔を見て彼女の声を聞き 話すことが 私にとってどれだけ大きな
ことなのか 彼女は まるで私の薬のような存在だ と思う。

これで 心置きなく入院して手術ができる と気持ちが落ち着いたように
思われた。

あとはコロナに用心して外出を控え その日に備えるだけだ。

これまでも 年を経るごとに樹が弱り 太い枝ごと根元から折れたり
虫にやられたり日照りっだったりして 桃は次第にならなくなってきた。

それでも夫は 辛抱強く一年中何かしら樹のための手入れをし 袋をかけて
そのうち何個かずつは 息子や娘家族に分け 知人友人にも差し上げてきた。

これまで ダメになった原因は 樹の髄に入り込んだ虫や実が小さいうちに
入り込んだ虫と外から害する虫が主だった。

ところが 今年はそれらの害に加えて 初めて猿害にあってしまった。

畑の立地からすると 山はかなり遠い。

なのに どこでどう「ここに桃がある」ことを見つけたものか
長雨で見回りに行けなかった間に やられてしまった。

それでも 残ったわずかな数だけでも守ろうと ネットを張ったりしたが
結局 それらも 腐って袋の中で落ちていたり虫にやられたりで
一個もまともに食べられるものがなかった。

完膚なきまでのやられようで 全滅の憂き目をみることになってしまった。

去年は収穫できたスモモやブルーベリーも 長雨にやられてならない。

これだけ成り物の樹木からの収穫がだめになると さすがの夫も
弱った樹の代わりに新しく苗樹を という気が失せるらしい。

もっとも 年々加齢のために体への負担が大きくなっていることの
自覚もあるのだろう。

側で観ていても それがよくわかる。

畑の作業の何もかもを 夫一人でしているのだから無理もない。

埋め込み手術が成功して痛みが緩和すれば 畑へ同行して
私にも多少なりと手伝うことがあるだろう と内心で思いながら
今は 落胆している夫の様子を眺めている。


これまで せっかく書いた日記のアップに二度も失敗してしまった。

こんなにミスしてしまうと ついつい書くのが億劫になってしまう。

それでも思い直して やっぱり書くことにする。

今日の麻酔科の受診は 夫が同席して手術についての説明を聞くことに
なっていたので 番号が呼ばれると二人で診察室へ入った。

医師は丁寧に時間をかけて こちらからの質問にも面倒だという様子を見せず
説明してくださった。

医師も色々だが 大学病院の麻酔科の医師は 総じて穏やかで 患者の
たわいないと思えるような話にも 嫌がらずに耳を傾ける。

中でも私の担当医は気が長い。そしてとても誠実な人だ。
患者の誰彼の差別なく 丁寧な言葉で親身に接してくださる。

だから時には 普通ならそこまでは言わないだろう と思うことまで患者に
率直に話してくださる。

例えば 来月受ける手術についても その際十センチと七センチの二ヶ所を
切開し縫合するのだが それについて
「僕は麻酔科医ですから 縫合することは専門外なんです。
でもこの手術は麻酔科でするものですから 本当は担当の僕が縫うべき
なのですが 実は僕 縫合へたくそなんですよ。
でも できるだけ痕が残らないようきれいにしてあげたいから
それで 麻酔科の中でも 一番縫うのが上手な医師に 前から頼んで
ありますからご心配なく。」

そのようにおっしゃった。

私は 聞いていて笑みがこぼれそうになった。

本当にひとのいい正直な医師だ。

何人かご兄弟があって 中には医学の道に進んでいる兄弟もお持ちのようだし
きっと良いご両親が良いご家庭で育てられたのだろう と想像できる。

ともかく そんな医師と話し 入院管理センターで話を聞き また麻酔科へ
戻って 痛み止めのトリガーと一時間の点滴をし その後 入院予約センター
で 事務方との手続き 薬剤師との話と説明 看護師との話と説明 を済ませ
ようやく会計へと進めた。

処方箋を薬局へファックス送り病院を出ると もう午後一時半近かった。

これまで何回も何回も 手術の度に経てきた事ではあるが さすがに
年を経るごとに ”疲れた“ と感じる。

明日の朝からは 手術まで服用を止める薬がある。
入院まで毎日何度か検温し それを記すことも求められた。
来週から止める薬もある。

入院まで あと二週間。

まずは転倒しないこと。
そしてコロナに感染しないように気をつけること だ。

昨日 およそ四ヶ月ぶりに喫茶店で友人と会った。

その時のことを日記にしてアップしたものと思い込んでいたら
どうしたことか載っていない。

久しぶりだったから どこか変なところを触ってしまった結果
せっかく時間をかけて書いたものが 無駄になってしまったらしい。

何ということだ これを徒労というのだろう。

一度書いて完結させたものを 載せられなかったからもう一度 とは
思えない。

だから今日は別のことを書く。

今月の書道の調和体のお手本は 与謝野晶子の歌だ。

  海愛し
  潮の遠鳴りかぞえては
  少女となりし父母の家

これについては既に清書して提出したが
練習しながら 思った。

そうだ もう少し上達したら この歌を 工夫した書にして
娘のところの二人の孫たちへ 額装して贈ろう

週末と長期の休み それに今はコロナ禍もあって 娘家族は
七里ヶ浜にある家で過ごすことが多い。

浜辺に近い家からは この歌のように潮騒が聴こえる。

書道に長く親しんできた祖母が 二人に遺してあげるのに
この歌はピッタリではないか。

まだまだ上達しなければ とてものこと遺す書は書けないが
それを一つの目的にして またがんばれる。

その時にこそ 数年前に雅号をいただいた際 日展作家である
先生のご主人に作っていただいた印象を使おう。

ささやかな生きる目標が 一つたった。



日記も こうして長く書かないでいると 書くという習慣が崩れてしまう。

平々凡々とした変わりばえのない毎日だから 書いても書かなくても
痛みは依然としてあるし 厭世的な心持ちが勝って 「どうでもいいや」
と思えてしまうから よけいに書きたくない。

本当は書く種はあった。

私の入院中に また息子が急性膵炎で自宅近くの病院に入院していた事。

例の叔母が 股関節の軟骨がすり減ったために痛みが強くなり 歩行さえ
困難になってしまった事。

かかりつけ医の紹介で大学病院にかかるのに 夫が仕事を休んで付き添った事。
それ以後数回の付き添いで 十月に手術する予定になった事。

そんなこんなで夫も忙しかったし おまけにこの大量の長雨のせいで
収穫前に 梅の実がおおかた落ちてしまった事。

おかげで 例年なら知人友人にお裾分けするのに 自家用にさえ一瓶しか
梅焼酎が漬けられなかった事。

私が大好きなスモモも たった七粒しか木にとどまっていなくて
それでもと 夫は その貴重なスモモを 面会や見舞いができない中
一階の受付へ届けてくれた事。

また 入院中に 大学内の敷地に建つ厩舎が燃えて つないであった
馬四頭が焼け死んだ事や 部屋からよく見えた火災の有様。

などなど 書こうと思えばいくらでも種はあった。

今日だって 長く行けていない畑へ 雨間に と 朝早く勤めの前に
夫が行ってみると 手間をかけて袋を被せた桃が 何と猿にやられて
ほぼ全滅状態に食い荒らされていた。

畑の周りには人家もあるし道路もあって 車や人の行き来もある場所だ。

山だってずいぶん遠くにある。

それなのに いつ桃の木があると見つけたものか 遠くから来て
まだまだ熟していない実を あっちからこっち こっちからあっち と
手当たり次第にもいではかじり もいではかじって捨て したらしい。

あまりの惨状に せめて数少なくなった残りの桃だけでも守ろう と
夫は 今日 半日勤めを休んで木を網で囲った と帰って来て言った。

怒りをどこへ向けたらいいのか分からない夫に 気の毒 としか
言いようがない私だ。

せめて 美味しいご飯を心をこめて作り 体力をつけてもらうしかない。

息子も 食事の内容には気を配らねばならないから 食材や献立に
当分は気を配らねば。

そして 私はモノグサをやめて 日記を毎日書くようにしよう。

できることはそれくらいしかないのだから。







昨日夕方 病院から帰って来た。

脊髄のそばに二箇所の穴を開け そこから 米粒のように小さな電極がたくさん
付いている二本の線を脊髄に沿って入れて 一方の端を脇腹に固定してある
器械につないでおき 外部から電流を流して痛みが緩和するかどうか
また どの組み合わせの電流が効果があるか を 二週間かけてトライアルする
ための入院と手術だった。

私が麻酔科で受ける手術は 神経が目覚めていて痛みを感じないといけないもの
ばかりで 今回の手術も同じく 穴を開けるときも線を入れ込むときも部分麻酔
で行われた。

もちろん麻酔注射はしての手術だが 当然のことに痛い。

それでも術後 医師は 私の背骨がしっかりしていて真っ直ぐできれいだったから
他の人に比べて あれでも痛みは少なかったはず とのことだった。

二週間かけて 四コース三種類の組み合わせで 私の足腰の痛みがある程度
緩和される とわかった。

実際 立ち上がったり座ったりや起き上がったりが 痛みを感じることなくでき
十何年振りかで 上向きに寝ることができた。

なんでもない小さな事だが 私には涙が出るほど嬉しかった。

緩和された痛みに慣れた頃 シャワーを浴びた後に突然機械が故障してしまった。
当然元のままの痛みが復活し そのあまりの落差に泣けた。

こんなにも激しい痛みを抱えて生活しているのだ と思い知らされての涙だった。

効果がはっきりと出た時点で 本格的に器械を埋め込む手術を受ける事を決断。

八月五日に手術 と予約を入れて 電極を抜き 退院した。

それまでの五週間は また痛い痛いの暮らしに戻るが そのあとの生活を想うと
これまで耐えてきた年月を想うと なんのことはない。

これまで通り 痛み止めの貼り薬や服薬で やり過ごすだけのことだ。

医師の説明によれば 八月の手術はかなり大掛かりで おまけに やはり
背骨に沿って十センチ切開しそこから電極のついた線を埋め込むまでは
部分麻酔だから かなり痛みが伴うらしい。

でも その「とき」さえ我慢すれば あとは全身麻酔だから 目覚めれば
すべて終わっている。

そして その向こうには 痛みが緩和されて明るい気持ちで暮らせる日々が
待っている。

頑張って乗り越えていくだけだよ!きょん!