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何十年ぶりかで出た同窓会 顔を見ただけでは誰かわからない人が 半数以上だった。

席はくじ引きで決める決まりになっていた。

足腰が悪い私は 一度座ってしまうと あちこちの人と話したい思いはあっても
身軽く席を立って動き回れない。

たまたま隣の席の男性が よく話す人だったから その人の話を聞いている時間が多くて
なんとか間が持てた。

そんな私だったが それでも 姿を見つけて側へ来てくれる人もいた。

その一人に 今は名古屋に住んでいるという女性があった。
彼女は 私たちが六年生の時 他の同級生と共に 閉校になった学校から
私たちの本校へ転校して来た。
転校当初 何にもわからないし 今までいた小さな学校からいっぺんに大勢の学校へ来たから
気後れもあって なかなか馴染めないしで 自分からは言葉も交わせなかったらしい。
そんな時に いの一番に 私が何くれとなく話しかけ できないことやわからないことの手助けを
してあげたらしい。

彼女には 子供心に それがとてもありがたかったし嬉しかった という。

そして 彼女は 今回が最後 と聞いて もしかしたら私が来るかもしれない 会いたい
会ったら あの時の嬉しかった気持ちを どうしても伝えてお礼を言いたい
そう思って 今回出席したのだ と 言ってくれた。
今日は会えて 本当に良かった あの時のことはこれからも忘れないと思う と話した。

遥か五十五年も前のことなのに
こんな風に 私の出席を待っていてくれた人がいたなんて・・・

この人に会えただけでも この人からこんな言葉をかけてもらえただけでも
今回出席した甲斐があった。

私自身も 彼女たち転入生のことは 覚えている。
特に大柄だった彼女は 私の一人隣の席になったから 名前もしっかり覚えていた。

彼女たちが住んでいた地区のことは 父の仕事の関係上知っていたし
そこでの暮らしの大変さも 父から聞いていた。
彼らの地区がまるごと離村せざるを得なかったらしいことも
幼いながら 理解していた。

だからだったこともある。
急に大勢の中へ入って戸惑っているらしい彼女が 気の毒に思えたのだろう。
具体的に 何を話し どんなことをしてあげたのかは 全く記憶にないが
おとなしく静かだった彼女に 世話焼きの私は 親切にしてあげたに違いない。

幼かったその頃の私が 彼女を通じて今の私に あなたはこんな子だったのよ と
語りかけられたような そんな気さえする 彼女の温かい言葉だった。

たくさんの人と話す機会がないまま終わり 面白さがなかったかもしれない同窓会を
たった一人の彼女の言葉が 救ってくれた。

置き去りにして来た幼い自分に巡り会えたような 心を温める小さな灯が灯ったような
細やかだが嬉しい出来事だった。
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同窓会から帰ってみれば

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