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 「うまいこと言って」というと もう一つ理解できないことがある と気づいた。

 他人と様々に様々なことを話したとする。
 その場でのその人の話に 「なるほどな そうなのか」 「そう思っているのか」 と
思って その場が終わったとする。
 
 あの人がああ言うのだから きっとそうするだろう と思っていると
なんのことはない。全くそうする気配がない。
 それどころか 言ったこととは反対の行動をとっていたりする。
 
 私には それが理解できない。
 言われた方にしてみたら 騙されたのかも という思いや 裏切られたのかも という
考えすらしてきてしまう。あれは嘘だったのかとも思えてくる。

 もちろん そうしたいと思っていても なかな実現しない時もある。
 かく言う私だって 思うようにばかり事が進んでこの歳まできた訳ではない。
 しかし他人の前で言った事は せめてそうしたいという気持ちが人に伝わるくらいには
努力もするし そうしたいとも心から願う。
 そういう行動をとることが 自分が発した言葉の言質ではないか。
 それが 自分の言葉が真実か否かの証明のような気がするのだが・・・。
 その場まかせの 合わせるためだけの言葉は 虚しいだけだ。
 正直に誠実に生きるということには  「他人にも自身にも嘘を言わない」
「相手を裏切らない」 ことも含まれると思っている。
 「嘘も方便」という言葉があるが そんな時の言葉は別だ。それは自ずと他人にも分かる。

 人間は歳を重ねると いろいろな人と出会い交わり分かれる。
 これまでに嫌だなと思った人も その人となりを通して 私自身の成長に
大きく貢献してくださっていると思うことにしている。理解できないながらも。                              そう考えると ええッそうなの? そうするんじゃなかったの?と不信に思う人たちを
「嫌いだ」 とは無下には言い切れない気もしてくるが どうだろうか。
 
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心許せる人たちとの交わり

暑いと出てくるモノは・・・

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