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昨日は夫と次男とのランチで誕生日を祝い 今日は今日で 叔母が 古希を祝って
デパートで買い物をしよう と言ってくれて 二人でデパートの中を ゆっくり見て回った。

何でも買ってあげるから と言われたが 思ってみると  これが欲しい とか
これがない という物が思いつかない。

それで 各階を見て回ることに。

一階には ブランドのバッグのコーナーがあったが 出かけるときには たいがい
コロの付いたキャリーバッグを杖代わりに持ち歩いているので 普通のハンドバッグは
あまり興味がないし 持つ機会もない。
だから 見るだけになった。

二階の大半は 靴のコーナーが占めている。
叔母が これからの季節の春に履く靴はどう?といってくれるので 見て回った。

あれこれ見た結果 履いていても足が痛くならない靴かあった。
以前 整形外科の医師に ペタンコの靴もいいが 筋肉をつけたりするには かかとが
三センチから五センチくらいある靴を履いたほうがいい  と言われたことがあったが
その靴は ヒールの高さが三センチくらいあった。
でも 実際に履いてみたが かかとがペタンコの靴を履いているときと まったく感覚が
変わらない。 
近年買ってよそゆきにしている東京の有名ブランドのペタンコの靴より履き心地がよかった。
それで この靴を買ってもらうことに。

春になったらこの靴を履いて 娘のところや友人のところへ行ける と思うと嬉しかった。
ちょっとおしゃれっぽい それでいてしっかり歩ける そんな靴だ。

いい物を買ってもらった と思っていると 叔母が じゃあ次の階へ行くよ と言って
いつにないしっかりした足取りでエスカレーターに乗ったので 私も慌てて後を追った。

叔母は 初春に着られる上着を買ってくれたがったが 見て回っても これが欲しい という
物がない。
それじゃあ と ズボンを買ってもらうことになり 裾上げを頼んだ。
四月までははけるだろう と店員が言ってくれたし 色も 私が持っていない色目のものを選んだ。

こんなに散財させてしまって申し訳ない思いでいると 叔母が 今度は私が買ってあげたい
ものがあるから見に行こう と言って エスカレーターに乗った。

連れられて行ったのは 八階のコロコロのキャリーバッグと杖のコーナーだった。

確かに 今 私が使っているバッグは かなりの年数が経って くたびれてはきている。
それでも 使い勝手がいいので 東京でも大学病院へでも どこへでも持って行っている。
だから私自身は このバッグについては 何も思っていなかった。
ましてや 買い換えて新しいバッグにする なんて 思いもよらないことだった。

ところが叔母には バッグの色が渋い草色ということもあって 日頃から よけいに
使い込んでのくたびれ方が目についていたらしい。
それで叔母は 何を差し置いてもこのバッグに代わるコロコロバッグを買ってあげよう と
思ったようだった。

叔母自身も身体が弱ってからは コロコロのキャリーバッグを買って 外出時には
いつも持ち歩いている。
そして 最近ではまた違った形とデザインのバッグを購入して 以来 気に入ったのか
そちらのコロコロバッグを使っている。

それに比べて 私が 長年使ってくたびれたようなバッグを引きずって歩いているのが
みすぼらしく思えて 気になっていたらしかった。

おまけに 私が使っている杖も コロコロよりもっと前からの物だから 持ち手の部分
が はげてきている。
叔母は それもとても気になっていたらしく この機会に杖も新しくしたらどう? と
言ってくれた。

私には思いがけないことではあったが この際だから さまざまな思いには目をつぶって
遠慮せず 叔母の好意に素直に甘えることにした。

たくさんの種類のいろいろなバッグがあった中で これはどうか あれはどうか と見ては
実際に持っていたバッグの中のものを入れてみたりして これがいい と決めた。
今使っているバッグより少し大きめで おしゃれっぽいバッグだ。

杖は 現在使っているものよりもずっと上等のものを買ってもらった。

かなりの時間をさいて選んだので コーヒーショップで一休みすると もう五時近かった。

叔母自身は もう一つ二つ買い物をしたり用事を済ませたりしたかったようだったが
時間が時間だったので それはまたのことにして 夫に連絡し 迎えに来てもらった。

午後から半日 ずっとデパートにいたことになる。

日頃世話になっているから 一生に一度しかない古希の誕生日の記念に何かしてあげたかった
と 叔母は言ってくれた。
そして  ああ これで気が済んだ と言いながら笑った。

夫も私も 叔母との関係に慣れてしまっていて 世話する事を特別なことには思っていなかったが
そう言ってくれた叔母の気持ちが嬉しかったしありがたかった。

そんなわけで 思いがけなくも 今日はスゴイお祝いをしていただいた。
それこそ一生に一度のことになるだろう。

でも それはそれとして ささやかではあっても 長男家族も 驚いたことには次男までが
それぞれに心のこもったプレゼントを準備していてくれたのは嬉しかった。

三人の子をみな成人させ父や母をみおくった後 腰を痛め神経を痛め 誰のなんの役にも
立たなくなってからは 生きていても仕方のない無用な人間に自分が思えていた。
夫や家族のお荷物・・・・・心のどこかに いつもそんな思いがあった。

だから 自分では古希という年齢にまで自身が生きてきたことに 正直言って驚いているだけだが
こうして周囲から祝ってもらうと この先もまだ生きることを許されている と思える気持ちになれる。

たくさんのプレゼントもだが そう思わせてもらえたことが 私には 目には見えない大きなことだ。












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同じ物に対する自分の思いと他人の思いの違い

古希の誕生日を前にしての外食で

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