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今日 大学病院の帰りにデパートへ寄り 日曜日に買ってもらい 裾上げを頼んでいた
ズボンと取り寄せをお願いしてあった杖を もらって来た。

ズボンは冬物セール中だったから 定価の半額の値段だったが 杖のほうは定価のまま。
おまけに 私が気に入った色柄の杖は 売り場の中では最高額の品になってしまった。

叔母は 気に入らない物はどんな物でも すぐに飽きたり使わなくなったりするから
値段にこだわらないで選びなさい そう言ってくれたので 選んだ結果 たまたま
高い値段の杖になった。

それでも叔母は 気に入ったものがあってよかった と喜んでくれた。

日曜日に買ってもらったコロコロのキャリーバッグもそうだったが 杖も 叔母の眼には
ずっと以前から しみったれて貧乏くさく映っていたらしい。

杖は 大学病院の麻酔科へ通い始めて間もないある日 医師に 歩行の補助に杖を
使いなさい と勧められ 杖を突くことに強い抵抗を感じながらも その日の治療を
終えた後 複雑な思いを抱えたまま院内の売店で求めた。

医師の言葉に従って 否応なく買わざるを得ない状況だったのだ。

売店に置いてあった中から選んだので 杖にどんな種類があるのかや値段によっても
違いがあるなど 考えもせずだった。
また 実用に耐えられるものであればそれで十分 という考えでもあったから 杖に
アクセサリー的な要素があることなど思いの外だったし 実際 売店に並んでいた杖は
どれも似たような実用一点張りのものばかりだった。

だから 病院内で売られているのだから 杖としては間違いのないものだろう とだけ
しか思わずに買った。

以来十年近く ずっとその杖を使い続けてきた。
当然 経年で持ち手の部分の塗装ははげて白くなり 後づけした伊勢木綿で編んだ
ストラップも色があせてきている。
でも 杖としての機能は問題がなく 今でも十分に役立っている。

そういう経緯があるからだろうか 持ち手がはげていようが 私にはかえってそれが
共に痛みを分かち合いながら経てきた年月の証のように思えて むしろ愛着がある。
それは 杖を突いて歩くことに ようようなじんできた年月でもあるからだ。

だから まさか叔母の目に みすぼらしく貧乏くさく映っているとは 考えてもいなかった。

コロコロバッグにしてもそうだ。

杖よりは二、三年後だったが 手に提げるバッグはもちろんのこと肩掛けのバッグでさえ
腰に負担がかかるので仕方なく 年寄りくさくて嫌だったが やむを得ず」コロコロバッグを
使うことにしよう と思った。

それで デパートの売り場を探すと コロコロバッグは介護用品のコーナーにあった。
まだ六十を幾つか過ぎただけだった私には 杖もそうだったが 自分がひどく年寄りに
思えると同時に そうせざるを得ない自身が情けなくて 実際に買うまで 何度か売り場
へ通った。
そうして選んで購入したのが 今使っている渋草色のコロコロバッグだった。

だから このバッグにもそれなりの愛着がある。
長年何処へ行くにも使ってきたから 当然のこと型も少し伸びて崩れてはいる。
それでもチャックも壊れていないし どこも悪くなっていないから これからもずっと
不具合が生じるまでは持って歩くつもりでいた。

でも それが叔母には まず渋草色なのが汚く見え 型が崩れ気味なのも 長年使い
込んだだけに しみったれて貧乏くさく感じられて ずっとそのことが気になっていた
と 笑いながらではあったが 言われてしまった。

叔母は 悪気があってそう言ったのではなく むしろその反対で 日頃から 私のことを
思ってくれているからこその言葉だろう。

おばの言葉を聴いて杖やバッグを見ると 事実 どちらも叔母の目に映っている通りだ。

ことほどさように 物に対しての見方は人によって違う と今回つくづく思い知らされた。




 


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今年最大のスーパームーン

今日も古希の誕生日のお祝いに

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