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私たち夫婦にとっては初孫にあたる長男の娘が 今春高校を卒業し 大学生になる。

幼い頃からマイペースで感性も独特だった孫は 長ずるに連れても今時の一般の女子高校
生とは興味を引くものや興味を持つものもちょっと違っていたから 大学で学びたいことも
一般的なことではなかったようだ。 

当然 学びたいことを学べる学校も少なかったし そのうえ彼女は 受験には必須の重要な
科目である英語が大の苦手だから なおさら 受験は大変だった。
おまけに テストの英語の結果がこの上なく悪かったらしいから 入れる学校が遠くへ遠くへ
と離れた土地へ移っていったのはやむを得ない結果だったのだろう。

それでも 彼女はもちろん息子夫婦も彼女の意思を通し ある大学に入ることができた。

そして今日の未明 息子の運転で 一人暮らしの新生活に必要な物などを積み 孫が
出発して行った。

予め家を出る予定の時刻を聞いていた夫と私と叔父である息子の三人は 長男宅へ
出向き 孫の門出を寿ぎ見送った。

半世紀以上も昔 私が生家を離れた時代には ネットもラインもスカイプもなく 連絡や
消息のやり取りは 電話すら自分では持っていなかったから 手紙だけが主な手段だった。

息子や娘を大学に出した頃でさえ パソコンはあったものの 互いの顔を見ながら気軽に
会話のできるスカイプなどはまだ開発されていなかったし携帯電話もなかったから 唯一
NTTの電話だけを持たせた。

時代が変われば 別れの仕方も門出の仕方も その覚悟でさえ変わっていく。

おそらく息子夫婦と孫は スマホを片手に 朝でも昼でも夜でも互いの時間が合う時に
今までと変わらず 距離感なく互いの顔を見ながら その日にあった出来事を話したり
するのだろう。

だから当然 未明の出発もあっけないもので 親も子も じゃあねぇ と 手を振るだけの
あっさりした別れだった。

このために 娘のところへ行くのを一週間早めてまで見送りたいと思った自分の思いは
なんだったのか 肩透かしをくったような気分だった。

物事への思いだけでなく 人生における節々への思いや型までも 時代は変えていくもの
なのだと しみじみ感じさせられた。

馬の口を捕らえてはなむけをした頃よりもずっと大昔には 旅立ちは今生の別れそのもの
だっただろうし 消息を伝え合う手紙をやり取りするような時代になってもやっぱり 遠くへ
の旅立ちは命がけのことだった。
そんな時代の別れには 見送る方も旅立つ方にも それなりの重い気持ちと覚悟があった。

文明の進化とともに 確実に 人の心の重さは軽く深さは浅くなってきていると言える。
特に昨今は 何につけて心や気持ちの重いことを嫌う。

軽い気持ちで見送り軽い気持ちで出て行く・・・それでも互いの心が繋がっていさえすれば
それはそれでいいし 重く受け止める必要はないのかもしれないが。

それでもやっぱり昔人間のジジババは 封にしっかり 「はなむけ」 と書いて 車に乗り
込む孫に渡したのだった。


 


 

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新元号によせて

娘夫婦の新築した家へ

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