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今朝 最寄りのJR駅の広場で待ち合わせ 六年ぶりに中国の青年と会った。
名古屋まで出るつもりでいたが 私の体調を気遣った彼が 最寄り駅まで来てくれた。

待ち合わせ場所へ行くと 離れた場所に 先に着いていた彼がいた。
互いに同時に やすやすと相手を見つけられた。

まずは 駅構内にある喫茶店に入り 腰を落ち着けて互いの消息を報告しあった。

彼は現在 派遣会社の社員として 日本に本社がある会社が中国内の各地に設けている
支社や営業所へ 長期出張の形でIT関係の指導や新しいプログラムのインソールをしたり
してまわる仕事に就いていた。

そして今回彼は 現在は中国内の支社にはない新しいプログラムを日本国内でインストール
するために 中部空港に一番近い支社へ 二週間派遣されて来たのだと言った。

また 日本での滞在の後 そのインストールしたものを持って それを必要としている蘇州の
無錫にある支社へ 中部空港から直に行くのだとも言った。

日本への出張の前には 武漢に半年滞在していたらしい。

広大な国土の中国内の各地に支社や営業所が散らばっているから 生活の本拠である
東北地方の瀋陽には 年に一、二度しか帰れないし ひとたび出張すると行った先々で
長時間の就労を余儀なくされるから とてもキツイ とこぼした。

かといって もし瀋陽市内で就職したら 日本円にすると6万円くらいしか月収がないが
現在はその三倍は収入があるから キツイからといって今の仕事をやめるわけには
いかない とも語った。

それに 二年ほど前に 瀋陽市内に新築された六階建ての集合住宅の 最上階の六階に
分譲住宅を購入したのだと言う。
すぐそばには高層住宅のビルが何棟もあって 当初そこに住みたかったが 二階にしか
空いている住宅がなかったため 通りを隔てた中層ビルの最上階にしたらしかった。


角部屋で百ヘーベあるというから まずまずの占有面積の住宅のようだ。
おまけに最上階の住宅は その上の屋上階も自由に使える と言っていたから 瀋陽の
中心地に建つ最新の住宅とあって 高額な買い物だったに違いない。

瀋陽市は 大阪の人口より多いくらいの八百二十万人以上が暮らす大都市で 市内には
大学が十八校もあるが 希望する学部がある大学に入るには大変な倍率で 日本以上に
勉強しないとダメらしい。
せっかくそうして大学を出ても めぼしい職種や将来性のある就職先は まず党員や
その家族 または縁故者が占めてしまうから 一般の者は なかなか有利な就職先が
ないのだ と以前に話したことがあった。
だから 高給を得ようとすると 彼のように多少の無理をすることになってしまう。

家は手に入れたものの 今のように 国内を転々として しかも日本でいうところの
サービス残業を長時間しなければならないような仕事では お嫁さんを見つけること
もできない と心情を語った。

でも 親はどこの国でも同じとみえて 早くお嫁さんをもらえ と両親がうるさく言う
特に母親がうるさいから 両親の家へ行きたくないのだ と笑って言っていた。

大病院の看護師だった母親は 定年退職した後は孫の面倒をみるつもりでいたらしいが
いつになっても結婚しそうにない息子の様子に 諦めてまた働き始めた と 息子である
彼は 苦笑しながら話してくれた。

中国は特に「一人っ子政策」で 一組の夫婦には子供が一人しかいないから 親が子に
かける思いは 日本のそれとは比べものにならないくらい大きくて重い と想像がつく。

男の子にしても女の子にしても 適齢期の子供は夫婦に一人ずつしかいないから
そうでなくても少ない出会いなのに ひと所に長くいられない職業では なおさら結婚は
遠のいてしまうだろう。

本人も 高給を取りたいが現状の働き方では体がもたないしお嫁さんももらえない
でも瀋陽に定住しての職だと給料はグッと少なくなってしまう と 悩んでいる様子
だった。

そんなこんなや私の体のことなどを話題にしていると 時間などあっという間もなく
過ぎてしまった。

喫茶店 お昼ご飯のお店 また喫茶店 とお店を変えながら話し 名残を惜しみながら
夕方の六時を過ぎる頃 駅で別れて帰って来たのだった。
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いまどきは

今回だけ受診日が代わったら

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