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次男が適応障害になって帰って来てから 早いものでもう二年近くが経った。

以来 私の病院通いや書道教室への送迎 たまの夫と三人での外食の他は
月に一度の自分の病院へ行く以外 外出しなかった。

ごくごく稀にコンビニや本屋へ行くくらいが精一杯だった。

戻って来た頃は心の痛手が深くて 一日中二階の部屋で物音がしないと
変な心配が先に立って 痛い腰を我慢してそっと階段を上がり 部屋の中の
様子を伺ったりしたこともあった。

私自身も様々に心が乱れて 眠れないこともあった。

前の会社での扱いや諸々が頭や心から離れないらしく 辛かった思いが
繰り返し繰り返し襲ってくる様子に 私たち親も心が痛んだ。

当時は夫や私への信頼感さえ薄れ 激して攻撃的な発言をすることもあった。

今思うと こんな最初の一年は 本人もまた親である私たち夫婦も 相当に
辛かった。

そのうち次第に それなりに本人が落ち着いて来 私たち夫婦にも
ドッシリとした覚悟のようなものが しっかり根づいてきたのだと思う。

その頃から 息子の顔つきが徐々に穏やかに変わっっていった。
笑うようにもなった。

そんな彼の様子に 病院や教室への送迎の際 二人で外食することが
度々できるようになった。

スーパーへ一緒に行ってくれるようにもなった。

ようやくここまで来たか と一息ついた頃 この春からのコロナ禍が
始まってしまい またもとの引きこもりのような状態になってしまった。

それで 容態が前に戻りはしないか と心配したが そうはならなくて
今では一緒にテレビを観て笑ったりしている。

そんな中 今月に入って突然「ハローワークへ行ってくる」と言い出した。

求人率 特に息子が携わってきた製造業の景気がコロナ禍のために一気に
落ち込んでいる時期だから 世の中がこんな情勢だし 慌てることはない
のだから それより身体を完全によくすることが大事だから と言って
思いとどめたが それでも息子はハローワークへ出かけて行った。

最初はアルバイトから始めて様子を見て心身を慣らしてからにしたら
と こっちは せっかくここまで良くなったものを また元に戻ったら
今度こそ もっと大変なことになりはしないか と内心で心配している。

でも 本人は どのような勤務形態で働くつもりなのか言わないから
分からないが 面接までしてきたようだ。

さすがに 一人暮らしは精神的に負担が大きいと自覚しているのだろう。
家から通える範囲で探しているらしい。

これまでのように愛知県で働けば 当県よりずっと賃金が高いので収入
も多いが アパート代や光熱費などを考えると 手元に残る金額は
大して変わらなくなる。

本人が自分で考えて踏み出した第一歩だから 私たち夫婦が
嬉しくないわけはないが 本当に大丈夫なのだろうか という不安も
大きい。

それでも ようやくここまで来たか という感慨も大きい。

まだまだ油断はならないが 二年経って初めて 
「明日は夕方から友達と会ってくるから 夕ご飯は要らないから」と
言ったのには驚いた。

息子が二階へ行ってしまうと 夫が 感慨深げに
「友達に会うなんて 二年ぶりだなあ……やっとだなあ……」
と ボソッと呟くように言った。

ほんの少し明けかけ差し込んできた一筋の光が どうかこのまま
あふれるほどの光になりますように……

手放しで喜ぶにはまだ早い ついつい浮かれたがる気持ちに そう
言い聞かせている。
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叔母の付き添い

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