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  今日は 月一回の 温め療法の勉強会だった。
  医師から車の運転を禁止されている私は 毎回 I さんに乗せてもらい 出掛ける。
  会では いつものように 器具の使い方や療治の仕方の指導を受ける。

  十二時に会が終わり 今日は 先生も一緒に お昼ご飯を喫茶店でいただいた。
  メンバーは先生と生徒三人。

  食事を終える頃から ボツボツと 先生が話始められた内容に 私は驚かされた。
  自分より大事とも思って心血を注いで育てた 子供との関係についての悩みだった。
  その内容が 驚くほど 私の内に蟠っていることと似通っていた。

  親と子は この世で一番近しい間柄なのに 一番やっかいな間柄でもある。
 人間は 様々なしがらみの中で生きている。
  中でも 親子のしがらみは 切りたくても切れない間柄であるだけに やっかいなのだ。

  母親は 十か月自分の中で子供の命を育てる。
  胎動をお腹に感じながら 子の命を我が身として育てる。
  そして 自分の体を危険と隣り合わせに晒しながら この世に命を産み出す。
  産み出した後は 自分の足で社会へ出 一人前の人間として生きていけるよう
一時も心身を休めないで 育てる。
  そうして 子供は巣立っていくのだ。

  一方 親の翼の下で当たり前のようにして育ち 巣立った子は
親がどれだけ心を砕いて育ててくれたか よりも 自分が生きていく事の方に夢中で
社会の中に 自分の生きる場所を見つけることに夢中で 親の心の内を伺うこと等
想いもしないで生きる。
  
  親は それでよし と自分に言い聞かせる 一抹の寂しさを感じながら。

  親という字そのままが 親だ。
  子が 一人前の人間として生きていてもなお 親は子を心にかけるのだ。

  親が 真剣に子を育てれば育てるほど しがらみは密になる。
  そして しがらみから起こる確執もわだかまりも 大きくなる。
  しがらみが 親を苦しめ 子を苦しめる。
  それでも 親は子の幸せを願わない日はない。

  親と子は 互いに親子であることからは 逃れられない。
  どちらかがこの世から消えるまで 親と子として生きなければならない。

親おもふ 心にまさる親心 けふのおとずれ なんと聞くらん

  世の中の全ての子らが 松陰のように 親の心に自分の心を寄せてくれたなら
しがらみも絆となり わだかまりや確執は互いへの真の思い遣りになるだろう。

  親とは なんとおろかな者か なんと悲しい者か なんと慈悲深い者か。
  子とは なんとおろかな者か なんと自分勝手な者か.
そして なんと愛しいものか・・・。 
    
     

  
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次男の帰省

気持ちが立ち上がらなくて

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