FC2ブログ

  最近 知っている人が テレビに出ている姿を 何回か視る機会があった。

  今夜も なにげなく視ていた旅の番組に 友人が映っていた。
  飛騨を旅する女優親子が ある施設で 飛騨の有名な人形を
手作りするシーンがあった。
  その時 彼女らに 作り方を手ほどきしていたのが 友人だった。
  まさか テレビで視るとは思っていなかったから 驚いた。
  友人は いつもと変わらず 明るい笑顔で 女優たちに接していた。

  十日ほど前には 朝の番組に 娘が映った。
  番組内で取り上げた特集に インタビューを受けていた場面が映った。
  今夜の友人と違って あっという間のことだったが
娘から インタビューされたことと 放送される日にちや番組名を聞いていたから
見ることができた。

  友人の中には 素人としては かなりの回数 テレビに映る人もいる。
  今度テレビに映る と事前に知らないから 彼女も 番組の中で偶然に視る。
  しかし 彼女の場合は テレビの番組表で 番組のタイトルを見て
多分映るのでは と予想ができる。
  白川村の年間行事の番組や 初午の頃などに よく映るのだ。

  知っている人を テレビの中で視るのは 不思議な気持ちがする。
  直に会って話たりする時には感じない事を 画面を通してだと 感じたりする。
  画面は 生で見るより 横幅が広がる。
  顔がアップされて映ったりすると あれッあんなところにシミがある などと
気づくこともある が 一番強く思うのは
テレビ画面を通してだと その人の丸ごとの人間性までもが映し出されるような
そんな気がする ということだ。
  テレビという媒体が間に入ると 超客観的にその人を見られるからだろう。
  常なら感じないことが その人が隠しておきたいこともなにもかもが
画面の中で暴露されてしまうような そんな気がする。

  私自身 四十代の頃 地域のテレビ局の番組に 何回も映ったが
その時にも 同じように感じた。
  だから 自分が映るのを できるだけ視ないようにしていた。
  良いも悪いも 丸ごとのさらけ出された自分が 不特定多数の人に視られる・・・
そのことの怖さと 未熟な自分を恥ずかしく思う気持ちからだった。

  普段 深く考えないでよく視るテレビだが 視座を変えてみると
俳優たちは 常にそんな恐怖の中で自分以外の人間を演じているのだと気付いた。
  同じ歴史上の人物も 演じ手によって雰囲気が変わるのは
演じ手の人間性が そこに反映されるからだろう。

  体は 整形やエステで きれいになれる。
  でも 人間性だけは 外側からではなんともできない。
  見 聞き 考え 体験や経験を積んでこそ 心は磨かれ 
豊かな人間性が 培われる。

  なにごとも うわべだけ装っても 自分磨きを怠れば それは現れてしまう
見る人には見られてしまう ということだ。

  この歳になって そんなことを再認識されるとは思わなかった。
  たまたま 身近な人間がテレビに映ったからこそ 気付かされたことだ。

  改めて 今からでも 自分磨きに精を出さねば と 思う。
  棺桶に入るまでは 自分なのだから・・・。

  

  
スポンサーサイト



楽しくも重みのある三時間

連休明けの医院は患者で満員

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)