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  今夜 ガイヤの夜明け という番組を視た。

  番組の前半は 国内大手の 着物のリサイクルチェーン店に焦点を当てていた。
  着物が大好きな私は 興味深く視た。

  誂えたり購入したりした時には 百万単位だった着物も 引き取りを依頼すると
なんと 三万 五万の値しかつかない。
  ウールとなると もはや 値などつかない。

  ショックだった。
  母が残したもの 嫁入りの際に作って持たせてもらったもの
好きで自分で作ったもの それらの着物や帯が 箪笥二棹に収まらないくらいある。
  それらの値段が 箪笥一棹分でも 作った時の百分の一にもならない。

  私が生きているうちは まあいい。
  精を出して着ることにしよう。
  でも 私が死んだら これらの着物と帯はどうなるだろう。

  幸い 娘が着物好きだから 大半は 娘が引き取るかもしれない。
  でも 母の着物は 丈が足りない。
  行き場がないからと 今夜の番組のように リサイクル店へ引き取られるのか。
  
  なんだか 悲しくなってしまう。
  一枚一枚の着物や帯には それを作った時の 母の思いや
身にまとった時の想いや嬉しさなど たくさんのモノが詰まっている。
  自分のものにしても そうだ。
  色や柄素材など気に入って誂えたり 反物を買ったりして作ったものばかりだ。
  それが 二束三文で買い取られていくなんて・・・。

  考えてみると 着物だけではない。
  道具 と呼ばれる物すべてが 末は そうなる運命だ。
  人が生きて暮らす ってことの果ては みんなそうなる。

  体がこの世から消え 生前使っていたモノは無くなる.・・
  それではいったい その人間がこの世に生きていた証って なんなのだろう。

  人は 一人で生まれて 一人で死んでいく・・・
  よく言われる言葉が 頭に浮かぶ。
  死んでいく時は この世で大切にしていたものも なにもかもを置いて
薄い帷子だけを纏って 一人で三途の川を渡っていかなくてはならない。

  着物が好きで大切  これは着物への執着があるからだろう。
  モノへの執着心 これも 欲の一つなのかもしれない と思う。

  この世からいなくなる時 モノへの執着も この世に置いていく・・・
  だとしたら 執着心とは 生きているからこそのもの。

  私は まだ死にたくはない。
  せいぜい 命のあるうちは 着物への執着心を持って生きていくつもりだ。

あぁ それにしても 着物のなれの果ての
なんと悲しい姿を見てしまったのだろう。
  
  
  
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痛み止めの後は

今宵は最高のスーパームーン

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