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個人の家庭に代々伝わるものや気に入って買い入れた「お宝」を掘り出す
テレビ番組がある。
扱いや金額相当の「お宝」もあるが 中には ショックなほど価値のない品物もある。

そもそも「お宝」とは 金額をもってそういうのか その家やその人にとって
お金の高低に関係なく大切なものを指していうのか 考え方によって違っている。

また 世評的に価値あるものとして 家宝として何代にも渡って秘蔵されてきた物でも
いざ真の価値は 贋作だったり 作者が違っていたりして 家伝にしては
価値が認められないものだったりするが それでも 家伝の品としては
その事自体が「お宝」ともいえる。

翻って 夫の実家には 家史が長いにもかかわらず 「お宝」と言えるものが
何一つない。
それに比べて 私の実家は分家だったが 父の生家は江戸時代以前からの家系だったし
祖父が骨董や書画が好きで 私の子供の頃 祖父の元へ骨董屋や絵描きさんが
よく出入りしているのを見て育った。

中でも アララギぶんぽうさんが 祖父のお気に入りだったらしく
家の前の道で遊んでいると 駅から歩いて来られる姿を 度々見た。

小柄な方で 白いシャツに乗馬ズボン 革靴を履いて 腰をかがめ
軸が入っているのだろう 細長なものを風呂敷で包んで 片手に抱え
独特な姿で ヒョコヒョコとガニ股で歩いて来られた。

祖父が ・・日にはぶんぽうが来る と 楽しげに話していたことも覚えている。

だから 本家には たくさんのぶんぽうさんの軸があった。

夫から私への結納が実家へ入った日の床間には 本家にあった ぶんぽうさんの
それは見事な鳳凰の軸が掛けられた。

そんなわけだったから 我が家にも 祖父から父へと渡った軸が何本かあったし
あまりに身近にあったものだから 経緯は承知していても 価値 となると
興味もなく 大人になった。

そして 思いがけなくぶんぽうさんの名と絵に会ったのは 結婚後 県の美術館でだった。
県出身の画家の中に ぶんぽうさんの名があり いくつかの作品やデッサンなどが
他の県出身の画家の作品と同じに陳列してあった。

それを見た時 本当にビックリした。
えツ あのぶんぽうさんなの❓との思いと 単に祖父が贔屓にしていた そのへんの画家 では
なかったのか という思いと 懐かしい名に出会った思いとが混じり合って
ガラス越しに作品を観ながら 何故かしら泣けてきてしまった。

実家にあったぶんぽうさんの軸は 他の軸と一緒に 今 我が家にある。

それら 松鶴の図 打ち出の小槌に白鼠の図 の二本や短冊などは
世界的や全国的に有名ではなくても 子供の頃の祖父との思い出や ぶんぽうさんと
祖父に絡んだ思い出があるから 私には 何にも変えられない
大切な「お宝」になっている。


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賑やかな我が家の庭

久しぶりにおしゃべり

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